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2005年6月

2005年6月27日 (月)

国歌よ、国歌よ!

国歌よ、国歌よ!

国歌というものは、実はそんなに古いものではありません。歴史的に見れば、ここ百五十年程の間に制定された国が多く、中には中国のように戦後という国も珍しくありません。日本だって、明治になってから諸外国にならって国歌を定めたので、「君が代」だって奈良時代からあったわけではありません。

国歌として最古のものは、フランス共和国国歌「ラ・マルセイエーズ」 LA MARSEILLAISE でしょう。1795年に制定されたそうです。フランス革命成就から3年目のことですから、その歌詞は世相を反映して過激なものです。実際、フランスの小学校で国歌を教えるのかという議論が起きているそうです。こんな内容の国歌は、日本人の感覚では大声で歌えないかも知れませんね。

LA  MARSEILLAISE

--- 一番 ---

Allons, enfants de la Patrie, Le jour de gloire est arrive.

(さあ、祖国の子供たちよ、栄光の日がやってきた)

Contre nous, de la tyrannie, L'etandard sanglant est leve,

(我らに向かって、暴君の血塗られた御旗がはためいている)

L'etandard sanglant est leve. Marche

(血塗られた旗がはためいている。

Entendez-vous, dans les campagnes, Mugir ces feroces soldats?

(戦場で、どう猛な兵士たちがうごめいている音が聞こえるか?)

Ils viennent jusque dans nos bras, Egorger nos fils, nos compagnes!

(息子や仲間たちの首をかっ切りに、ヤツらは我らの元へとやって来ている)

Aux armes, citoyens, Formez vos bataillons!

(武器を取れ、市民たちよ、そして軍を組織せよ!)

Marchons, marchons, Qu'un sang impur Abreuve nos sillons!

(進め、進め、あの汚れた血を我らの田畑に飲み込ませてやるのだ)

--- 二番 ---

Amour sacre de la Patrie, Conduis, soutiens nos bras vengeur;

(母なる祖国の神聖なる愛の女神が我ら復讐の手を導き、支えてくれる)

Liberte, Liberte cherie, combats avec tes defenseurs,

(自由の女神が、愛おしい自由の女神が君を守る者たちとともに戦ってくれる)

Combats avec tes defenseurs.

(君を守る者たちとともに戦ってくれる)

Sous nos drapaux, que la victoire Accoure a tes males accents!

(我らが御旗のもと、勝利が君の勇ましい叫びに答えて駆けつけますように!)

Que tes ennemis expirants Voient ton triomphe et notre gloire!

(息も絶え絶えになった君の敵どもが君の勝利と我らが栄光を目の当たりにしますように!)

Aux armes, citoyens, Formez vos bataillons!

(武器を取れ、市民たちよ、そして軍を組織せよ!)

Marchons, marchons, Qu'un sang impur Abreuve nos sillons!

(進め、進め、あの汚れた血を我らの田畑に飲み込ませてやるのだ)

こんな歌詞の由来は、マルセイユからパリに駆けつけてきた義勇軍が、その行軍中に口ずさんでいた歌から来ているといわれていますが、一説には1791年4月にストラスブールで作られ、最初は「ライン軍のための軍歌」という名であったともいわれています。革命を経て、共和政へと移っていく間に、いつのまにか国歌に祭り上げられたというのが、どうも正しい姿のようです。フランスの民主主義が、国民の中からの義勇兵によって勝ち取られた故の歌詞という理解をすれば納得しやすいかも知れません。

フランスの好敵手であったドイツの国歌も歌詞は凄いですよ。(紙面の都合上原文は割愛します)

--- 一番 ---

ドイツよ、すべてに上回るドイツよ

全世界に冠たる国であれ

国家防衛のために力を合わせ

マースからメーメル、エッチュからベルトまで

すべてに冠するドイツであれ

--- 二番 ---

ドイツの女性、忠誠、ワイン、詩歌は

その古き良き評判で全世界に残り続けるだろう

我々の優秀な行いは命の限り我らを陶酔させる

ドイツ人女性、ドイツの信頼、

ドイツワインとドイツの歌よ

--- 三番 ---

団結、正義、そして自由を

我らが祖国ドイツのために

その為に我らは心と手を通わせ全力を尽くす

団結、正義、自由は成功の礎

幸運の輝きの中で栄え、祖国の為に栄えよ

なんなんだ、この高慢な歌詞は。まあ、自信家のドイツらしいといえばらしいですが。ドイツ人の特質を示す逸話に、こんな話があります。他国の旅行者がドイツのレストランで目玉焼きを注文しました。その際、卵を三個でというと、ウェイターは三個は多いです。二個で充分ですと言って取り合わない。いゃ、私は一日に一度は目玉焼きを三個食べるのが習慣なんだ、気にしないでくれ。そういっても二個で充分だと言い張る。注文した方は親切の押し売りにウンザリするというものです。

この会話の亜流が映画ブレード・ランナーでも挿入されています。ただし、こちらはうどんを何玉という話になっています。ハリソン・フォードがうどんを三玉注文すると日本人の店員が二玉で充分ですというのですが、三玉は多いですけどね。えっ、私も高慢ですか?

永遠にフランスのライバル、大英帝国(イギリス)の国歌は、フランスとは少し趣が違っています。一言でいえば厳かです。

God save the Queen (King)

(注)女王のあいだはクィーン、国王になるとキングと読み替える

神よ、我らが慈悲深き女王を救いたまえ

高貴なる女王よ永遠なれ

神よ、女王を救いたまえ

女王に勝利と幸福と栄光を

御代が長く続かんことを

神よ、女王を救いたまえ

イギリスは立憲君主制の国となって久しいですが、国王を象徴として敬うという姿と民主主義が矛盾しないという点が、大人の国の風格を感じさせてくれる気がしています。日本の「君が代」も、イギリス国歌を参考にした節が伺える内容です。

では、そのイギリスから独立を勝ち取ったアメリカの国歌はどうでしょう。

おお、夜明けの薄明かりの中で、

我らが誇り高く呼びかける、あの旗が見えるか?

夜通しの激しい戦闘の中にも、要塞に

勇ましくはためき続けたあの星条旗は誰のものか?

砲弾が赤く閃光を発し、砲弾が空に炸裂する中にあっても、

我々の旗はずっと要塞にはためき続けていていたのだ

おお、星を散りばめた美しい旗幟は、

自由の地、勇者たちの地に今もはためいているか?

何だかフランス国歌の匂いがしませんか。自由と独立のためには戦いを厭わないというお国柄は、この国歌で既に描かれています。実際、アメリカの歴史はイギリスからの独立戦争で始まるのですから致し方ないですけど。フランス革命と同じように、アメリカの独立戦争は市民が義勇兵として馳せ参じたことからはじまります。彼等は「パトリオット」(愛国者)と呼ばれ、それが今の防空ミサイルの愛称に採用されています。ちなみに義勇兵を英語ではボランティアと呼びます。手弁当の無償奉仕活動は、本来は国防のための言葉だったんですね。ただし、「よし、国を守るぞ」という気概は、日米とも薄れつつあるのはなぜでしょう。

ところで、我が国の国歌である「君が代」の成り立ちをご存知ですか。あの歌詞は、延喜五年に出た歌集「古今和歌集」の巻7、賀歌の初めに「題しらず・読み人知らず」として載っていたものが初出だといわれています。その後、神事や祭礼、酒宴の席でも、よく詠われて、日本では民衆に広く親しまれた和歌でした。これに曲がつけられたのは、明治2年10月ごろ。当時、横浜の英国公使館の警備に分遣されていた英国海兵隊の軍楽長、ジョン・ウィリアム・フェントンが「日本にも儀礼音楽が必要だから、何かふさわしい曲を選んだらどうでしょうか」と、当時薩摩藩の大山巌(後に陸軍元帥)に進言したのがきっかけだと伝わっています。大山は平素、自分が愛唱している琵琶歌の「蓬莱山」に引用されている「君が代」を選び、その作曲をフェントンに依頼したのだそうです。しかし、その曲調は日本人の音感にはどうもふさわしくなかったようで、改めて明治13年、宮内省雅樂課に委嘱して、課員の奥好義作曲した作品が選ばれ、これに一等伶人(雅楽を奏する人)の林広守が補作して発表されたのが現在の曲です。それを小学校でも歌えるようにと、「君が代」に洋楽風の和声をつけたのは、当時教師として日本に滞在していたドイツ人の音楽家フランツ・エッケルトだったそうです。個人的な感想をいわせて貰えれば、国歌としては厳かで名曲であると思いますが、全員で合唱するとなると結構難しい曲ですね。肩を組んで唄える曲調でもないです。入学式や卒業式で、生徒に教えるのは苦労します。(体験談)

さて、反日が国是のようなお国柄の中華人民共和国。その国歌も実は反日の内容だとご存知でしたか。

中国の国歌は、正式には「義勇軍進行曲」といいます。歌詞をご覧下さい。

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!

我らが血肉で築こう新たな長城を!

中華民族に最大の危機せまる

一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。

起て!起て!起て!

もろびとよ心をひとつに、

敵の砲火をついて進め!

敵の砲火をついて進め!

進め!進め!進め!

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!

我らが血肉で築こう新たな長城を!

中華民族に最大の危機せまる

一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。

起て!起て!起て!

もろびとよ心をひとつに、

敵の砲火をついて進め!

敵の砲火をついて進め!

進め!進め!進め!

この曲は、1935年に製作された中国製抗日映画『風雲児女』のテーマ曲でした。映画が公開されるや大ヒットとなり、たちまち抗日運動の象徴歌となった歴史を持っています。戦後になって現在の共産中国が建国されると、誰もが知っていたこの歌が1949年に国歌に制定されたのです。文化大革命中の1978年に毛沢東を讃える内容へ歌詞が変更されましたが、現在は元の歌詞に戻されています。

「義勇軍行進曲」の作曲者、聶耳(ニエ・アル)は、亡命中の日本で、この行進曲を作曲しました。神奈川県鵠沼海岸には、それを記念した記念碑が今でもあるそうです。

聶耳は、1912年に中国雲南省・昆明に生まれました。雲南省立第一師範の学生時代に学生運動に参加して雲南政府の弾圧を受けると、1930年上海に逃げ出します。上海でも、反帝大同盟という大衆団体に加わった彼は、31年に呂驥(リュイチー)などの上海で活躍していた新進音楽活動家達と知り合います。彼等は意気投合して、百代(パテー)国楽隊を組織。「金蛇狂舞」という中国民間器楽曲でレコードデビューを果たします。翌32年には進歩的映画を制作する聯華映画会社の音楽主任に聶耳は抜擢され、ここで聶耳というペンネームで数多くの映画主題歌、大衆歌曲を精力的に作曲していきました。彼の楽曲は、中国における社会主義リアリズム音楽の先駆として、今でも高く評価されています。聶耳のこの当時の作品は、今でも中国の人々に革命歴史歌曲と呼ばれて広く歌い継がれているほどです。

しかし、そんな社会運動の象徴的存在となった彼には、当然当局の弾圧も厳しくなり、とうとう35年には日本へ亡命してしまいます。田漢の作詞による「義勇軍進行曲」の楽譜は、その亡命中の日本から中国に送られたのですから、何とも皮肉な話です。その直後の7月17日、聶耳は鵠沼海岸で水泳中に溺死し、その短い生涯を終えています。この事実は案外中国人にも知られていないそうで、中国で製作された聶耳を描いた映画では中国国内で死んだことにされていたり、別の映画では日本に出国する時点で終わってしまったりしているそうです。一説には中国当局(国民党政府)の放った暗殺者に殺害されたという話まであるそうですから、その死の真相はタブーなのかもしれません。案外、共産革命のためには、英雄視された聶耳は邪魔だと中国共産党のオルグが暗殺したのかもしれませんね。それなら、有耶無耶なのも納得できないこともないですが。

この「義勇軍進行曲」が中国民衆の間に広く受け入れられたのは、長い軍閥間の国内紛争や日本の侵略戦争に憤りを感じていた大衆が、その軽快な曲調と勇壮な歌詞に士気を鼓舞され、救国の意識を強く持つのに相応しい内容であったからではないでしょうか。やがて、国共合作で国内が抗日一辺倒に向かうと、まるで抗日のテーマ曲のように、至る所で歌われたのです。長年耳に親しんできた曲だから、これを国歌にというのも納得できる話です。でも、例えていえば、映画「若者たち」の主題歌「若者たち」がいい曲だから国歌にしようというのは、日本では絶対に有り得ない話ですから、この辺も大衆文化が革命達成期には無視できなかったという見方をしたほうがいいのかもしれませんね。

ちなみに、作詞者の田漢は不幸にも文革中に捕らえられ、獄中で病死しています。国歌の作詞者も手に掛ける文化大革命暗黒史の一面ですね。作曲者も作詞者も数奇な死を迎える運命が中国国歌には隠されていると云うことを憶えておいて損はないでしょう。中国人と討論するときのネタにされては如何ですか。

ですから、中国で日中の試合があんなにも荒れるのは仕方がないのかもしれませんね。中国国歌を歌い、その後に「君が代」を聞かされた相乗効果で、嫌でも反日が燃え上がる心理になるのは必然かも。

この話を読まれて興味を持たれたら、他の国の国歌も調べてみると面白いと思います。特に、韓国や北朝鮮の国歌がお薦めです。

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