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2005年8月 3日 (水)

『ヒトラー最後の12日間』のために

☆ナチスは合法的に政権を獲得した

『ヒトラー最後の12日間』という映画が、この夏公開になっています。新生ドイツが戦後60年を経て、はじめてヒトラーに真正面から向き合った映画として、ドイツをはじめ欧州では昨秋大ヒットとなった久々のドイツ映画の大作の日本公開です。

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今回から数回にわたって、この映画の内容に即した「ヒトラー最後の日々」についての、私なりの考察と解説を試みたいと思います。(「最近ブログの更新を怠っている!」とある読者の方に暖かい励ましを受け、ついその気になりました)

さて、いきなり1945年の最後の12日から話を始めると、歴史に詳しくない人が面食らうといけませんので、少しだけ歴史の勉強をさせて下さい。

ナチス(正式には国家社会主義ドイツ労働者党)が台頭した遠因は、ドイツ帝国が第一次世界大戦に敗北した事にあるのは皆さんも御存じと思います。しかし、敗戦の混乱で人気に火がついたナチスも、ミュンヘン一揆の失敗で一度はその人気も地に落ちます。その瀕死の状態を救ったのが世界大恐慌だったというのは学校ではあまり教えていない皮肉なお話です。

戦後賠償の重い負担による国庫の破綻、敗戦と不況という大変な社会の混乱状況。疲弊したドイツ社会で、政治家は衆愚政治の見本のような、汚職と不正の代弁者としてしか生きていませんでした。国民は政治のあり方に不信感を抱き、政治離れ、無関心が広まっていました。しかし、そうした弊風の吹き荒れた世の中でも、先の見えない世界大恐慌によるドイツの不況は、もう、どうしようもない所まで来ていました。そこに現れたのが急進的な国家改造(今なら改革というのでしょう)を唱えるヒトラー率いるナチスでした。

<関係略年表>
1918 ドイツ、第1次世界大戦で敗北
19 ワイマール憲法制定、ドイツ労働者党結成                                (翌年ナチスと改称)
21 ヒトラー、ナチスの独裁者となる
22 イタリアでムッソリーニのローマ進軍                             (ファシスト内閣成立)
23 ナチス、ミュンヘン一揆に失敗
25 ヒトラー、『わが闘争』発表
29 アメリカで世界恐慌始まる
30 ナチス、総選挙で第2党へ。共産党第3党。
31 金融恐慌ドイツに及ぶ
32 総選挙でナチス第1党へ。パーペン内閣。                         シュライヒャー内閣。
33 1月ヒトラー内閣成立。3月全権委任法成立、                       ナチスの独裁確立。

闇夜を照らすがごときナチスの登場に、最初に支持を与えたのはドイツ中産階級や農民たちでした。経済混乱に対応できない既存の中間諸政党を捨て、ナチスを支持する庶民層は徐々にですが拡大していく勢いを見せていました。風潮に敏感なナチスは、強く大きな祖国ドイツの再興と、その栄光を唱える徹底的な民族主義をことさら訴えるようになり、以前から存在したドイツ再興の国民的機運を継承する形を取るようになりました。また、一方では失業対策をアピールしたり、社会福祉の充実を約束したり、その主張は、けして我々が信じ込まされているような荒唐無稽なものではありませんでした。勿論、それ故に、一般民衆にもナチスは強く支持されていったのです。(この辺りは数年前の小泉政権成立時の熱気と期待を思い出せば少しは理解できるのではと思います)

そんなナチスの暴走を阻止できたはずのドイツ国防軍は、ナチスが軍備の大拡張を訴えはじめ(敗戦で軍備は最低限の保有しか認められていなかったので)、愛国運動を展開していくと、当初は新興政党であるナチスの胡散臭さに不審の目を向けていた将校団も、徐々にナチス支持に傾いていったのです。

そんなナチスは選挙の度、確実に議席数を増やすことに成功していきます。この勝利の方程式は、ナチスが充実した党組織を要し、組織を利用した先進的な宣伝活動を行ったことによります。この宣伝を企画には、あのゲッペルス(のちの宣伝相)も加わっていました。

彼らのアイデアは、

(1)ヒトラーの演説を吹き込んだレコードを各家庭に無償で配って名を売る
(2)ナチスの活動を映像化したニュース映画を映画館に無料で提供して名前を覚えさせる
(3)歌と音楽を利用して女性層(選挙権はない)や子供層にも浸透する作戦を採る
(4)チャーター飛行機で、ヒトラーが各地を遊説し、短期間で全国的な知名度を上げる。

などでした。

この人気に気をよくしたヒトラーは、1932年4月の大統領選挙に出馬しましたが、現職のヒンデンブルグ大統領に敗れさります。しかし、同月末に行われた地方選挙でナチスは大半の州で大勝利をおさめました。

国防軍の実力者シュライヒャー中将(国防省官房長)は、5月8日にヒトラーと会談。SS隊(親衛隊)・SA隊(突撃隊)というナチス私兵隊組織の活動禁止を解くことを条件に、新しく創設を目指していた大統領直轄内閣への協力を求めます。ヒトラーもこれを受け入れ、パーペン(中央党、プロイセン州議会議員)を首班とした新内閣が成立しました。

しかし、パーペン政権は連合国側への30億ドルに及ぶ賠償金支払いを受け入れたことを議会で批判され敢え無く総辞職。7月31日に再び総選挙となりました。その結果、ナチスは37,3%の得票数を獲得。608議席中230議席(それまでの倍以上)を得て、ついに第1党となります。(他に社会民主党133,共産党89,中央党75,国家人民党37)・ヒトラーは、こうした議会情勢をうけて8月5日シュライャー中将と密会。中央政府の首相、内相、法相、経済相、航空相、プロイセン州政府の首相、内相、法相をナチスから出すよう求めましたが、それを伝えられたヒンデンブルグ大統領はこれを拒否。強硬に第二次パーペン内閣を成立させました。8月30日、第二次パーペン内閣に批判的な中央党は、ナチスに協力して、ゲーリング(後の空軍大臣)を国会議長に選出。9月12日、議会解散権を行使せんとする首相と各党との駆け引きの中で、ついに不信任案が可決されましたこれに対抗して、同時にパーペンの提出した議会解散令も発効。11月には、この年2回目の総選挙となりました。

その結果ナチスは現有議席から34議席を減らして196議席となりす。かろうじて第1党の位置を保ってはいましたが、これはナチスには予想外の展開でした。敗因は、大不況下でのたび重なる選挙を国民が嫌ったこと、ナチス党の資金繰りが悪化して以前のような選挙活動を行えなかったことなどが背景として考えられています。

選挙後間髪を入れず、ヒトラーはヒンデンブルグ大統領と会見して、首相の地位を要求しましたが、老獪な大統領はまたもこれを拒否。あくまでもパーペンに組閣を命じようとします。ところが自ら首相の地位をねらっていたシュライヒャー中将が、これに公然と反対を唱え始めたため、さすがの大統領も仕方なく中将に組閣を命じました。翌33年1月、シュライヒャーに裏切られたと知ったパーぺンはヒトラーと会見。二人はヒトラー内閣樹立について原則的に合意します。

同月、リッペ州選挙が行われますが、ナチスはこれを『天下の分け目の戦い』と位置づけて、総力を挙げて宣伝に努め、これに勝利します。ここにナチスの政権獲得の機は熟しました。この頃から、日の出の勢いのナチスに財界も献金を盛んに行ない、シュライヒャー内閣は議会の支持を完全に失います。

それでも、ヒンデンブルク大統領は最後までパーぺンの再任を望んでいましたが、ヒトラーが大統領側近に自身への支持を得られるようにと工作をし、さらにはパーぺン自らが大統領を説得したことによって、1月30日、ついにヒトラー内閣が成立する運びとなりました。

第一次ヒトラー内閣のメンバーは、

首相:ヒトラー 

副首相:パーペン 

国防相:ブロンベルク中将 

外相:ノイラート男爵   

蔵相:クロジク伯爵  

農相:ブラウン男爵

逓相:ルーベナッハ男爵               

法相:ギュルトナー  

内相:フリック  

経済相:フーゲンベルク(国家人民党首)        

労働相:ゼルテ(鉄兜団幹部) 

無任所相:ゲーリング
 
与党となったナチスは、議会での絶対多数を得るためには、議席数を伸ばしていた共産党を倒すべきだと考えました。そこで、まず共産党に騒ぎを起こさせ、左翼革命の恐怖を喧伝することを意図します。その左翼勢力にナチスが敢然とした態度で対峙すれば、国民の支持は雪崩をうったかの様に、ナチスへ下るという策略も背景にありはました。そこにタイミングを合わせるかのように1933年2月27日、国会議事堂炎上事件が起こります。(未だに実行犯が不明でナチスの謀略との見方もある)ナチスは、これを共産党のしわざと決めつけ、警察も共産党員約4000人を捕らえる大弾圧を行いました。

この事件を受けてナチスは、ワイマール共和国憲法48条にある、『国家非常令』(ワイマール憲法では『大統領緊急令』)の規定を利用することを思いつきました。(もし前もって用意されていたのなら陰謀なのは確実)それは、以下のような文言で始まります。

「『公共の秩序と安定』が危険にさらされ国家が憲法の義務を履行できなくなったとき、大統領は軍隊の援助のもとに緊急令を強行でき、その際に身体の自由、住居不可侵、通信の秘密、言論の自由、集会結社の自由、私有財産の保護の一部または全部を停止することができる」

国会放火事件の翌日には、1)上記の諸権限を制限できる。2)武装蜂起・ゼネストに対し必要があれば中央政府が連邦各州の全権を掌握し(もともとドイツは各州の独立性の高かい連邦制の国家です)、犯人には裁判を経ずに死刑も科せるという2つの緊急令が制定されました。

この2つの緊急令を制定した裏には、ナチスの一党独裁体制を容易に成立させるための布石となる陰謀があった訳ですが、それに気付く者は、国際的にも国内的にも少なかったと云われています。(戦後になって私は危険だと警告していたなんて人は沢山出てきたそうですが)そして、最後の総選挙が行われます。ナチスとしては、ここで絶対多数の議席数を獲得し、民主的手続を経て一党独裁を合法的なものにしたかったのです。

勝利のための標的は再び共産党でした。ナチスは選挙期間中、一般市民に共産党に対する恐怖感を煽る運動を展開します。さらにそれ以外の民主主義政党の集会も軒並みSA隊員に襲われるなど、徹底的な選挙干渉が行われました。その結果が次の通りです。

ナチス党:288議席  社会民主党:120 共産党:81                                          中央党:74 国家人民党:52 バイエルン人民党:18 諸派:14

選挙結果はナチスの期待を裏切り、ナチスは絶対多数どころか過半数も得られない状況に追い込まれました。選挙前からナチスに協力を表明していた国家人民党の議席数52を加えても、『全権賦与法』(ナチスの一党独裁を可能にする法)成立に必要な3分の2(ワイマール憲法の改正になるため)の議席数には達しません。

窮地に陥ったヒトラーとナチスは、同法成立に反対票を投じることが確実な共産党や同じくナチス党に反対の姿勢をとる社会民主党が欠席戦術に出て、法案審議自体をストップさせる危険を恐れました。そこでナチスは、カトリック勢力との接近姿勢を示すことによって中央党の協力を獲得。裁決直前に改正議院規則を抜き打ち的に施行し、無断欠席議員を出席扱いにする議長(ゲーリング)の裁量権を認めたさせたのです。こうした奇策により、3月23日の議会において、ついに『全権賦与法案』は、賛成441票で可決される運びとなりました。ここに、からくもナチスの独裁は完成したのです。その時、12年後に起こる、あのベルリンの悲劇を誰が想像していたでしょう。

私は、日本の戦後処理を批判する一部の人が、よくドイツの戦後処理を絶賛するのには違和感を感じています。合法的に国民が選択した政権が冒した戦争犯罪を、その政権党のみの暴走であったとするのを絶賛するのなら、日本だって戦後処理を東京裁判史観に基づいた軍部暴走としているのだから、何の違いがあるのだろうと首を傾げたくなるのです。

この映画の最後には、ナチスがユダヤ人600万人を虐殺したことをテロップで流していましたが、こういうところがドイツのあざといところです。日本だと南京虐殺を人数で明記するだけで、その映画は上映も危ぶまれる可能性があります。日本では未だに虐殺について、本当の事実なのか、日本国の戦争犯罪なのかという是非論争があるからです。しかし、ドイツでは国や国民は悪くない、ナチスとヒトラーが悪いのだからと、その責任は完全に転嫁されているからこそ、あれだけハッキリ明言しても、国家も国民も罪悪感を感じない構図が出来上がっているからこそ、できるのだと思います。

皆さんは、この辺、どうお考えですか。

私はドイツのこの姿勢を悪いと云うつもりはありません。外交的な方策としては、これも高等戦術なのですから。「誠実」は外交の世界では「馬鹿」ということと同義です。ドイツは敗戦から立ち直り、60年を経てEUの中で再び大国として復興しました。この戦後処理なくして、ドイツの復興は有り得なかったのです。

まあ、前回の国歌の話を読んでいただければ、ドイツ人のメンタリティーも少し理解できると思います。この濃さがゲルマンなのかもしれません。

さて、ちょうど、よい時間となりました。では、次回をお楽しみにして下さい。

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コメント

TBありがとうございます
すごい勉強になりました
この映画がこの歴史を踏まえて見れたらよかったです
ありがとうございます

TBありがとうございます。こちらの記事もたいへん興味深く拝読いたしました。勉強になりました。政治家や政党は、国家や国民のためではなくて、自分たちのために「懸命」に活動しているように思えます。この時代、真実「自己犠牲」なんて美辞は、形骸化して「自己犠牲」も「自己満足」のためにしか過ぎない…のかもしれない、と堂々巡りの足らない頭で混沌とする毎日です。

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zattchiさん、コメント有難う御座います。
これから数回に分けて色々と書いていきたいと思っています。また時々TBを差し上げます
のでご覧になりに来て下さい。(孔子)

あかん隊さん、コメント有難う御座います。また関連記事を書きますのでTBを差し上げます。

TBありがとうございます!
映画では、ほぼいきなり(?)ヒトラー政権の末期から始まったので、その前(全盛期)はどういう状況だったのか、凄く興味がありました。で、こちらの記事を読ませて頂き、その以前の段階のことを知ることができ、すごく勉強になりました。ありがとうございます。

こちらからもTBさせていただきます!

TBありがとうございます。
なんの知識もないまま映画を見たので、こちらで詳しい歴史を知ることができて、興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。

あたりまえのことですが、国民が選んだからこそナチスが第一党になったんでね。そしてそのナチスが虐殺を行い、最後はナチスに国民も殺されていく。

あの映画を見て「白旗」の力や意味を、はじめて考えました。

ぜひ、続きも読ませていただきます。

shirasuさん、コメント有り難う御座います。

第二回もUPしました。また感想をお聞かせ下さい。

はたはたさん、コメント有り難う御座います。

来月は日本も衆院選ですが、国民である以上は、ちゃんと国政に参加しないといけませんね。今の国政では、ヒトラーのように弁舌に長けた政治家が出てきたら、うかっと投票してしまう気がして怖いです。

今後とも宜しくお願いします。

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