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2005年11月22日 (火)

『無防備都市宣言』という幻

ある休日のお昼過ぎ、車で10分ほどの大手スーパーへ買い物に出かけると何やら署名活動をしているのに出くわした。前を通ると小母さんがビラを呉れながら、
『無防備都市宣言』をして○○市に平和をもたらす署名活動にご賛同下さいませんか?」と云いました。
「無防備都市宣言というのは軍備を置いていないと宣言することですよね」と私は質問をしてみました。
「ハイ、その通りです」
「誰に対して宣言するんですか?」
「世界に対してです」
「それでどんなメリットがあるんですか?」
「へ?」と小母さんは言葉に詰まりました。
そこへ近くにいた小父さんが様子を見ていたのか駆け付けて来ると、
「どうかされましたか」と私に聞きました。
「無防備都市宣言のメリットをお尋ねしていたのですが?」
「ああ、この町が無防備都市宣言をしていれば誰からも攻撃はされませんでしょう。つまり戦争に巻き込まれないということです。平和を保てるのです」
「エッ?」
「つまり、軍備があるところが攻撃されるんですから、軍備を町から無くせば攻撃はされないということですよ」
「あの、私は少し世界の歴史を学んだのですが、無防備都市だから攻撃されなかったという話は寡聞にして知りませんが、そんな例があるんでしょうか?」
「ジュネーブ条約で確立されたものです。国際法で認められた権利なのです」
「いゃ、だから実際にその宣言をしたら攻撃されなかったという先例はあるのですかと聞いているのですが?」
「なんですか、あなたは」と小父さんは少し切れ気味。
「なんですかって、私の質問に答えてくださいよ」
「もっと平和について真剣に考えて下さい」
「何時でも私は考えてますよ」
「だったら屁理屈をいって私どもを困らせないで下さい」
「私は屁理屈は言ってませんよ、質問してるんです。武装している集団は恣意的に攻撃目標を選べるはずで、無防備都市だから攻撃しないとは限らないという疑問を発しているだけです。テロリストが軍事施設だけを攻撃しないようにね」
「もういいです、他へ行って下さい」
「あの、人にちゃんと説明できないことで署名活動するのはよした方が良くないですか」「貴方にそんなことを云われる覚えはありません」
「私も天下の公道で貴方にあちらへ行けと云われる筋合いはないですけどね」
そこへ騒ぎを聞きつけて店の警備員がやってきた。
「貴方がたは当店に署名活動の届けをされてますか?」と警備員。
「もう引き上げますから」と帰り支度を始める小父さん達。胡散臭い奴だなぁ・・・と思いながら、私は彼等を見送りました。

このように、ジュネーブ条約で有事の際に攻撃が禁じられている『無防備地域』の宣言をするよう地方自治体に求める運動が全国に広がりをみせているのをご存知ですか。『無防備地域』の宣言をすれば「平和を確保できる」「武力攻撃を免れることが可能」などの謳い文句を合言葉のように繰り返し、この宣言が戦争不参加や反戦につながるような呼びかけをする集団があちらこちらの街頭に出没しています。

調べてみると、すでに全国規模の連絡組織もできており、彼等は自治体に『無防備地域』宣言の条例制定を請求するための署名運動を展開していることが判りました。報道機関の調べでは現在21区市町で署名活動などが進められていることが確認されているそうです。運動が展開されている主な都市は、札幌市、苫小牧市、国立市(東京都)、藤沢市(神奈川県)などだとか。すでに署名が法定数に達した大阪市、枚方市(大阪府)、西宮市(兵庫県)などでは市議会に条例が提出されたとのことです。この内、大阪市では否決されたと聞いています。このように、未だ宣言条例が成立した例はないそうですが、過去にも1986年に天理市(奈良県)で、1988年には小平市(東京都)で『無防備地域宣言』を含む条例案が直接請求されこともありました。いずれの都市でも否決された経緯があります。一方、大分県安心院町の『非核自治体宣言』(1989年6月)のように無防備地域の趣旨に沿った内容を盛り込んだ宣言の例もあります。

日本において『無防備地域』運動を初めて提唱したのは林茂夫氏(本名・塩伸一)という平和・軍事評論家であるというのが定説のようです。林氏には、『戦争不参加宣言』(日本評論社)など多数の著書があるそうですが昨年7月に亡くなられ既に故人です。

「無防備地域宣言運動の提唱者、林茂夫さん逝去」
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/123HayashiShigeo-seikyo.htm

さて、『無防備都市宣言』の根拠になっているのは、ジュネーブ条約追加第一議定書にある「紛争当事国が無防備地域を攻撃することは手段のいかんを問わず禁止する」という規定からだと推察されます。

個人的には『無防備都市』という単語を耳にすると、私の頭の中では自動的に「パリは燃えているか?」というフレーズが出てくるようになっています。そして映像としてルネ・クレーマン監督の映画『パリは燃えているか』が浮かびます。時は1944年のパリ。ノルマンディー上陸作戦後、次第にパリに迫る連合軍。守勢に回ったドイツ軍は後退しながらパリ周辺まで追いつめられています。ヒトラー総統は全軍に徹底抗戦を命じ、パリから後退する際には敵に利用させないためにパリの徹底的な破壊命令を出していました。しかし、パリ防衛を担うドイツ軍のコルティッツ将軍は人類の歴史的遺産ともいえるパリの街を破壊してもいいモノかを悩み抜きます。結局彼は、その命令に反してパリに『無防備都市宣言』を行い、自らは軍を引くのです。映画とは違い現実はもっと複雑で込み入った事情があるのですが、その辺りをここで書くのは遠回りになりますので、興味のある方は以下のブログをお読み下さい。少し長めですが、事情は飲み込めることと思います。

「パリは燃えているか」
http://mark-nana.cocolog-nifty.com/keyman_/2005/06/post_4e5e.html

誤解の無いように云っておきますと、コルティッツ将軍の出した『無防備都市宣言』というのは当時の国際法には確たる規定があった訳ではありません。先ほどから話題にしている『無防備都市宣言』というのは1949年(昭和24年)に制定されたジュネーブ条約ではじめて「非戦闘員の保護」が規定されたことから端を発しています。この条約に「無防備地域」の規定が追加されたのは1977年(昭和52年)と更に後になります。その追加部分が、いわゆる『ジュネーブ条約』の第1追加議定書第59条2項といわれるものです。この部分を以下に書き出してみます。

「紛争当事国の適当な当局は、軍隊が接触している地帯の付近又はその中にある居住地で敵対する紛争当事国による占領のために解放されているものを、無防備地域と宣言することができる。無防備地域は、次のすべての条件を満たさなければならない。」

(a)すべての戦闘員が撤退しており並びにすべての移動可能な兵器及び軍用設備が撤去さ  れていること。
(b)固定された軍事施設の敵対的な使用が行われないこと。
(c)当局又は住民により敵対行為が行われないこと。
(d)軍事行動を支援する活動が行われないこと。

つまり、『無防備地域』を宣言するためには4つの条件を満たす必要があると『ジュネーブ条約』はいっています。

(1)戦闘員・移動兵器の完全撤去
(2)固定した軍用施設(基地・駐屯地・軍港)などの使用禁止
(3)(市民などの)敵対行為の禁止
(4)軍事行動の支援をしない

初めに断っておきますが、ジュネーブ条約というのは国家対国家の条約です。この条約自体には「交戦状態にある国家間の戦争行動に対する規範を定めたもの」という認識が普通の国にはあると思います。日本政府の公式見解でも「ジュネーヴ諸条約の第一追加議定書においては、敵対する紛争当事国による占領のために開放し、特別な保護を受ける地域として『無防備地域』の規定が置かれていますが、その宣言は当該地域の防衛に責任を有する当局、すなわち我が国においては、国において行われるべきものであり、地方公共団体がこの条約の「無防備地域」の宣言を行うことはできません」(首相官邸HPより)とわざわざ断っています。

では『無防備都市』とは何かといえば、「相手国による占領」を前提にした規定であるということです。国家として戦略上防衛出来なくなった地域の自国民に、新たな戦火を及ぼさないよう、その地域の防衛行為の放棄を宣言して敵に明け渡すという宣言なのです。見方を変えれば戦略的に価値のない地域の住民を見捨てて、国軍が後退をするということにもなります。そうした『無防備都市』宣言の下で占領された都市では、(c)の規定にもあるように「当局又は住民により敵対行為が行われないこと。」が守られなければ反古になるのですから、裏を返せば占領軍に対する正当な抗議行動すらもあるいは宣言違反として圧殺される可能性があります。とにかく占領された地域の処遇は占領軍に一任してしまう宣言なのですから。

ジュネーブ条約は一種の紳士協定です。この手の国際法には違反行為に関する罰則規定などはありません。いわば当事国の良識に期待しなければならないような宣言を市町村が勝手に出しておいても、占領軍がそれは日本国が宣言するものだと無視して攻撃を仕掛けられても、法的には国際法の違反にはならない可能性すらあります。その攻撃で被害を被る住民は当然泣き寝入りするのがおちなのです。そんなあやふやなことを平和運動の御旗の下で市民に喧伝して良いのでしょうか?

この認識がどれ位いい加減な話しかという一例を挙げてみます。以下は先に触れた『無防備都市』宣言を大阪市に直接請求した際に、その審査した大阪市会平成16年第1回臨時会での問答の一部です。質問者(Q)は自民党市議、答弁者(A)は大阪市の総務課長です。

 Q「無防備地域とはどういう地域か」
 A「占領のために開放された地域です」
 Q「それはどういう地域か」
 A「いわば無血開城、無抵抗の地域」
 Q「占領軍が来たときに白旗を掲げて、どうぞ占領してください、ということですね」 
 A「おっしゃるとおりです」

 (ここで議場には失笑が漏れる)

 Q「宣言主体はどこか」
 A「外務省の見解では国。防衛に権限を持つものしかできない」
 Q「平時に宣言をあげて、誰に通告するのか」
 A「わかりません」(再び失笑)

(正論 平成16年10月号)
 http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2004/0410/ronbun2-2.html

そもそも憲法上「交戦権の否定」を宣している日本国です。他国が日本の領土に攻め込んでこない限りは「交戦状態」を生じ得ないのですから、戦闘開始前に『無防備都市宣言』をしていること自体が無意味であるのも自明ですが。

国を護るということを真剣に議論せずに60年過ごしてきた結果が『無防備都市宣言』に代表されるような日本人による日本人のための平和理論だと思うと、なんだか虚しくなってしまいます。この運動を他国の人間に説いても恐らく理解は出来ないでしょう。

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コメント

そのような運動があることは、全く知りませんでした。正直、ばかばかしいと思います。
無防備だろうが、有防備だろうが、攻めたいヤツは、考えないですよ。街で署名運動をやっていたとしても、自分は、無視です。話にならない。そんなのに署名する人も、悪いけど「アホ」です。無知蒙昧のなせる技ですね。「条約」なんて破るためにあるようなものだったりするし、いざとなれば「容赦ない」っていうのは、「この世の常」…なんて思います。TBありがとうございました。貴重な記事を拝読できて嬉しく思います。

あかん屋さん、コメント有り難う御座います。

他人に自分の命だけを預けるなら、敵が攻めてきたらとっとと自分だけ降伏なり亡命なりをすればいい訳です。それを他人も巻き込んで、もしも予想と逆になったらどう責任をとるのか何て考えていないのでしょうね。

問題はこうしたリスクを説明しないで運動を進めていることです。署名する方は何の知識も持たないのですから。早い話が詐欺です。

初めまして。
mixiから飛んで来ました。
まったく、イメージだけで行われる児戯の様な平和運動も困ったものですね。
まあ、その手の運動をやってる連中の上層部は、実質“第五列”ですから確信犯なのですが。
軍事オンチで頭の軽い連中は、語感でコロっと騙されるのでしょう。
 「戦争とは位置取りの業なり」の言葉が示す通り、「その場所に有る」だけで意味を持つ都市が有り、その都市が、どんな戯言をホザこうと、攻撃、占領の対象に成るって事が判らないのでしょうか。“保障占領”って言葉も有りますし。
 しかし、「平和について、真面目に考えないのですか?」の言葉には笑いました。真面目に考えられたら、困るのは貴方達なのでは?と逆に聞き返したいですね。

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