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2006年5月19日 (金)

孔子の戯言:「自主国防」なんて夢想ですよ

「防衛庁よりも省の方が何故良いのだろうか?」

現在の防衛庁長官は、こんな答えを我々に提示している。「庁はできた法律を守るだけ。省は自らの判断で法律を作り、予算を獲得し、政策を実現していく。庁でなく省として機能させたい」と述べている。

「それじゃ最初からどうして国防省を作らなかったんだろう?」

その答えも、図らずもだろうが額賀長官の談話が明らかにしてくれている。要するに軍事組織は「出来た法律を守る」だけにしておきたかったというのが創設時の国家の意識だったのである。戦前の軍の暴走を再来させることを恐れたのだということも匂わせている。(「エッ?匂わないって」)

戦争アレルギーには、こうした問題で一番古い体質を引きずっている言論界が明確に答えを教えてくれる。「防衛庁を外局にとどめたのは、日本が掲げた平和主義の一つの証しといえる。」(神戸新聞)まあ、これが進歩派と自称している知識人レベルの平均的な答えだろう。

神戸新聞社説の書き手は「自衛官の士気向上」が省への昇格の目的とも書いているけれど、それは背広を着た一部のキャリアの話だろうと思う。制服組は防衛大に入った18才の将校候補生だった人も、二士から始めた下士官も、55才という早期退職制度のおかげで、退職時まで国に奉仕しても、第二の人生に向けてのまともに再就職も叶わないのが現実だ。省への看板の掛け替えよりも、その点を改善してくれる方が切実な問題だと認識している隊員が多かろう。つまり、現場の問題を改善した方が士気が上がりそうなモノなのだという点には記者は気付いていない。その程度の自衛隊への知識しかない人の記事なのだから始末に悪い。
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/00045003ss200612070900.shtml

軍事問題に関して、日本のユニークな点は、「軍事」という問題で一度失敗したから、軍の掌握を政治でどう行うかという議論を積極的に進めるのではなく、「軍事」を忌み言葉にして避けることで、再び戦争に日本は巻き込まれないのだとする信仰のような意識がまかり通っている点である。恐らく他国の人間が聞いたら首を傾げたくなるような、日本独自の祟りの論理で納得してしまってる事に当の日本人の一部が気づいていないから始末に悪い。変な例えだが、一度結婚で失敗したから二度と籍には入れないで女と暮らして、その女性が何時までも納得してついて来てくれるかという問題に置き換えたら、理解は早いかも知れない。つまり、日本は戦争を否定しているが、戦争は日本を否定していないということに早く気付いて欲しい人が沢山いる。自分は進歩派のインテリと思い込んでいる、そこの貴方のことです。

現実に目を向ければ、今の「平和」を維持するには、米軍の駐留継続と機能の拡大を求めるしか手段はない。他に誰に頼れるのだろう。米軍は世界最強、精強無比なのだから。(ただし打撃力と展開力に偏重しすぎて治安維持や占領地の司政に関しては大したことはないのがばれているけど)そんな米軍をあくまで日本の盾とするよう米軍を上手く利用するという安全保障戦略の基本を、今回の米軍再編問題と在日米軍基地縮小問題を絡めて、上手くすり抜けられようとしているのではないか。しかも米国は自衛隊によって極東アジアの軍事プレゼンスを維持させて、自らは後ろ盾になりたいと望んでいるのが見え見えだ。米軍がその影響力のみを日本に留めて(司令部機能の見残して)、実戦部隊は本国に引き上げて、他の地域へ振り向けたいという事になったら、当然の反動で日本は軍備増強を迫られることになる。そのために年間何兆円か国費を投入することの方が大問題なのに、マスコミもそれに気付かないふりを決め込んでいる。政・官・マスコミの暗愚協定である。

米軍へ依存して駐留経費を負担することは、自国軍隊が再び暴走することを思えば安い気もするというお題目なら護憲派にも飲み込みやすいと思うのだが、どういう訳か「平和運動」は「在日米軍撤廃」とセットで展開されている。それでは米軍無き後の安全保障政策はどうするのか。彼等の一番弱い点は、その代案を国民に納得させられない点にある。何せ軍事問題に関しては素人で大した知識も勉強もしていない人達なのだから。それも仕方がないといえるだろう。本当に皮肉な話だ。保険料をタダにしてくれ、その代わり保険契約の内容は継続してくれというような話で不安に思わない国民ばかりじゃない。理想と現実は違う。理想を現実にする牽引者が政治家の仕事だとしたら、自分の家族を守る努力をしない者の言葉を誰が信じるだろう。そんな目線だから、米国に出し抜かれて今回のような事態になってるんじゃないかと思う。

ことは国家の大計を論じる問題なのだ。官僚と政治家の権益確保のための昇格話に思える防衛省の話題は実のある話なのだとは思えないのだが、これは私の僻み根性だろうか。

こんな事で日本の未来は大丈夫なのだろうか。いつもの嘆息が漏れる。ハァ・・・。

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