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2007年5月

2007年5月31日 (木)

知らないところで危機が進んでる

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070530id01.htm

「ロシア軍は29日、複数の核弾頭を搭載できる新型の大陸間弾道ミサイル「RS―24」の発射実験に成功した。ミサイルは同国北部プレセツク実験場から発射され、約5500キロ離れた極東カムチャツカ半島付近の標的に命中した。RS―24はロシアが配備する弾道ミサイル「トーポリM」の改良型といわれる。」

「イワノフ第1副首相は実験の成功を受け「ロシアはいかなるミサイル防衛(MD)システムにも打ち勝つ新たな戦術兵器、戦略兵器を手に入れた」と述べた。」

記事にあるRS-24はロシアが配備する弾道ミサイルSS-27(トーポリM/Topol-M)の改良型と言われています。ベースになったSS-27は戦略核ミサイルとして開発配備され、現在は、サイロ発射型のみが確認されています。「トーポリM」はロシア軍での呼び名で、西側ではアメリカがSS-27、NATOはシックル(sickle)というコード名で呼んでいます。核弾頭をひとつだけ搭載する単弾頭型ミサイルです。

今回この弾道ミサイルを改良して「複数の核弾頭を搭載できる」=多弾頭型ミサイル(RS-24)を開発し、発射実験に成功したというのが記事の内容です。ロシア軍ではアメリカのミサイル防衛システムをうち破る目的で、この多弾頭化を1990年代はじめから開発していたとされています。

多弾頭型を軍事の世界では「MIRV」(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle)=「複数個別誘導再突入体」なんて言い方をします。あるいは「多弾頭独立目標再突入ミサイル」とも。要するにひとつの弾道ミサイルに複数の弾頭(一般的に核弾頭)を装備し、それぞれの弾頭が違う目標を攻撃できるものだと理解されると分かりやすいでしょう。

ミサイル防衛技術が進む中で、MIRVも多弾頭の中に囮の弾頭を入れたりする工夫が研究されてきました。一つの目標に対して多数の弾頭で攻撃することにより、ミサイル防衛能力を越える事が出来れば、確実に核攻撃は成功します。ロシアはソ連時代から飽和攻撃の研究に熱心でしたし、質よりも量という対処法は、量よりも質のアメリカと相克にある思想ですから、世の中巧くできているものだと思います。

ただし、どこの国でもMIRVを開発配備できるかというとそうではありません。一つの弾頭を小型化しないことには配備できませんし、単純に同じ方向へ落下するのでは多目標への攻撃効果が高まりません。現在、MIRV化された弾道ミサイルを配備している国はアメリカ、ロシア、フランス、イギリス、中国のみというのも、そういう事情です。

ロシアは既に90年代には、R-36(SS-18)という大陸間弾道ミサイル(ICBM)の派生型であるR-36MでMIRVの実用化に成功しているので、今回のRS-24が搭載するMIRVは迎撃を困難とする軌道を描くような工夫がされているか、あるいはデコイを工夫して、迎撃能力を殺ぐように作られているかのどちらかだと思います。

ただ、ロシアのプーチン大統領は29日に、「米ミサイル防衛(MD)システムの東欧配備計画について、「欧州を火薬庫に変える」と述べ、軍拡競争を誘発する危険があると警告した。ロシアを訪問したソクラテス・ポルトガル首相との会談後の記者会見で語った」ように、RS-24の配備は少数ではアメリカのミサイル防衛網をうち破れません。多数のRS-24を配備するだけの経済力がロシアにあるのかという問題が、そこには横たわっています。もしも、ロシアの核戦力が無力化される時が来るとしたら、それに手をこまねいているのではなく、ロシアは先制攻撃に出て自国の安全保障を維持するという恫喝にも、私には聞こえる気がします。

この辺の事情は中国も同じです。中国では1970年代初期からMIRVを研究開発しており、80年代後半から、DF-21という単弾頭の弾道ミサイルを配備してきましたが、2002年に東風21号で初めてMIRV化の実験に成功したことを発表しています。この実験の成果として配備が始まっているDF-31Aは既に実戦配備がされているという情報もあるのです。つまりアジアからインド洋に書けての不安定な弧の線上でミサイル防衛網が完成することは、中国にとっても核戦力の無力化につながる訳です。その網の一部を日本が構成することに関して、硬軟織り交ぜた外交上の圧力が今後強まるのは避けては通れません。

問題は日本政府が長期的な戦略を策定して、安易な外向的妥協に走らないという事が出来るかどうかです。現実問題として、日本に長期的な国家戦略を策定させたくない連中が日本の政界や官界、マスコミにも大勢居ますから、その端緒をつけようとしている安倍政権を少しでも早く潰したいというのも判らないではないですが、此処で頓挫して遠回り出来るほど、日本の周辺は安全でもありません。

我々国民がどれだけ、この問題を真剣に捉えているかに、日本の平和は掛かってると思います。


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2007年5月29日 (火)

こんな言い草には意味がある

『米統合参謀本部傘下の研究機関、米国防大学国家戦略研究所は29日までに、日中関係について分析した報告書をまとめ、東シナ海のガス田をめぐる日中摩擦が紛争に発展する可能性があると警告、「東シナ海で発生し得る危機に備えるべきだ」と米政府に提言した。

日中間では東シナ海のガス田開発問題が主要懸案の1つとなり、共同開発を目指した協議が続けられている。こうした中で作成されたこの報告書は、米国の軍事・外交専門家が日中摩擦を深刻に受け止め、注視していることを示している。』 

(時事通信社 - 05月29日)

煽りますねー!米国がこういう事を言い出すのは、当たり前ですが思いつきじゃありません。それなりの理由があります。

中国海軍は正直いって海自の敵じゃありませんが、長期戦になったら敵いません。なんでって、中国海軍が台湾海峡から太平洋にかけてを海上封鎖をして来たら、日本経済は大混乱になり、ガス田なんか譲ってしまえとマスコミと一部の政治家は騒ぎ出すでしょうから。それに広範囲に散開されると海自のような少数精鋭海軍は対処のしようがありません。

逆に日本が中国を海上封鎖しても、あちらは痛くも痒くもありません。食料のエネルギーも自給自足が可能な上に、陸路でも輸送できる手段があります。また陸上兵力で日本が中国を占領するのも不可能です。これは米国軍でも同じです。

だから米国との安保関係を維持しないと損しますよ。米海軍の(特に第七艦隊)プレゼンスがないと中国は今以上に居丈高になってしまいますと言いたいんでしょう。

つまり、ガス田を開発されたら、もう負けてるも同じということですね。これをちゃんと認識している日本人はどれ位いるんでしょうか?


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2007年5月27日 (日)

使命感と良識に恥じる所はないか

「会津若松市で県立高校3年の男子生徒(17)が母親を殺害した事件で、国選弁護人の大峰仁、小池達哉両弁護士が26日、生徒との接見後に記者会見し、「生徒が反省とも受け取れる発言をした」と明らかにした。」

母親を理由はともかく殺害しておいて「反省とも受け取れる発言」があったとしても、世間的に考えたら"だからどうした!!"と言う程度にしか思えない。勿論、弁護士達が殊更こんな事を公言する背景にも理由がある。今後の裁判での情状酌量を見越しての事なんだろう。

記事にある『光市母子殺害事件』も犯人には殺意があったのではないと弁護団は主張し続けてきた。だが実際の殺害状況を見る限りは故意でないと考えにくい。

殺害された女性は頸部を圧迫されて窒息死させられた上に、少年によって屍姦されている。傍らで泣きやまない幼児は床に繰り返し叩き付けるなどした上で、首にひもを巻きつけて窒息死させられた。その上に女性の遺体を押入れに、幼児の遺体を天袋にと、それぞれ隠蔽する工作した上で、居間にあった財布を盗んで逃走しているからだ。

今回の差し戻し裁判で弁護団は改めて「母恋しさ、寂しさからくる抱き付き行為が発展した傷害致死事件。凶悪性は強くない」という主張を展開している。

曰く(弁護団の主張の一部)

*強姦目的じゃなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた。

*幼児を殺そうとしたのではなく、泣き止ますために首に蝶々結びしただけ。

*検察は被告を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている。

*水道屋の格好をしたのはコスプレの趣味であり、計画的な犯行ではない。

*死後に姦淫したことは、被告が死者を生き返らせようと思ってやったこと。

一読しても俄に理解できないような歪曲のロジックだが、これを世間では屁理屈というのではなかったか。

さて、こうまでして弁護団が目指すのは被告への死刑判決の回避である。弁護団は当初から被告が「反省している」と主張して死刑回避・減刑を求めてきた。

しかし、こういう事実も明らかになっている。被告は一審の無期懲役判決後に知人へ手紙を出している。後に知人はこの手紙を検察へ提出して審理の最中に公開された内容の一部が以下の通りである。

「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。(遺族は)出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」

「私を裁けるものはこの世におらず」

「無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す」

「犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま"やっちゃった"・・・これは罪でしょうか」

「(被害者に対して)『ま、しゃーないですね今更。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。』

この裁判に関わる21名の弁護団が目指しているのは、ひとえに死刑廃止運動なのであって、この被告はその主義主張のための道具ではないのかという批判に私も頷かざる得ない。

皆さんは『永山則夫連続射殺事件』というのをご存じだろうか。1968年10月から11月にかけて、東京都・京都市・函館市・名古屋市において発生した、ピストルによる4名連続射殺事件だった。犯行当時19歳の少年だった永山は後に死刑が確定するのだが、ここに少年による殺人事件の場合は4名以上殺害しなければ死刑判決を出さないという判例を巡る争いがはじまったのではないかと思わざる得ない。つまり、今回の被告は2名の殺害のみなので、死刑の求刑は厳しすぎるという論理の構築である。逆に言えば、今回の差し戻し審で死刑判決が確定することは、新たな判例と成りかねないという畏れだとも言える。

弁護士という仕事において、自らの主義主張に阿るあまりに、その使命と良識を忘れていないかと危惧しているのは私だけだろうか。


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2007年5月26日 (土)

その場凌ぎの行政が招いたんじゃ

関東方面で大学の休校や一部閉鎖が広がるに従い、ワクチンの争奪戦が水面下で行われだしている麻疹の大流行。

マスコミは先進国で麻疹の大流行が起こるのは日本だけとか、外国ではMMR免疫の制度が確立されてるとか、また何時もの韜晦モードに突入してますね。

どうして麻疹は大流行したんでしょうか。可能性として考えられているのは、「免疫力の低下」(近年、はしかの発生が減りウイルスに接触する機会が少なくなったため、免疫が低下した人が多いから。)、「10代後半の世代でワクチン接種をしていない人が多い。」という2点が挙げられます。つまり、いま日本で麻疹に苦しんでる世代は、幼児期と小学生の時に、MMRワクチンを接種していない人達に多いといえるでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/d63e3199ebceaac6e05a0836e3895316

では、何故ワクチン接種をしていないのかといえば、こんな経緯があったからです。

「日本では1976年に定期予防接種が導入された。89年春には、はしか、おたふくかぜ、風しんを予防するためのMMR(新三種混合)ワクチンも導入されたが、副作用で死亡したり重度障害を負うケースが相次いだ。接種が中止された93年までの4年間は接種率が落ちた。その後は接種が徹底されつつある。」

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070521k0000e040057000c.html

要するに1989年から1993年までの4年間に、全国で約180万人がMMRワクチンの接種を受けました。その内の1800人(当時の厚生省調べ)が副作用と思われる「無菌性髄膜炎」の被害を受け、各地で提訴の動きが始まると厚生省は接種者の1200人に一人は「無菌性髄膜炎」を発症する可能性があると公表し、接種を中止させたことがあったのです。この措置に伴い接種を受けなかった世代があったことが大流行の原因だといえます。(実際は任意で接種することになっていたのですが、以前は無料で接種できたものが約1万円程度掛かる事になり敬遠されたという裏事情もあるようです)

日本の医療行政は、タミフルの件にしてもそうでしたが、被害が拡大しないと被害を認めないという悪癖があります。そして批判を受けると使用を中止するだけで、あとは訴訟の対応を視野に入れて、個人の責任で薬物を使用する方針を打ち出してきます。今回の流行も任意で接種しなかった側の責任という姿勢で進むでしょうが、それが行政として正しい態度かどうかの検証は常に置き去りです。

本来は薬害を乗り越えて、副作用の出来るだけ少ないワクチンを開発し、国民の健康を守るという医療行政の見識がないといけないのですが、これを批判ないし長期的に監視するマスコミもこの国には存在していません。

10数年前には医師の供給過剰を懸念するといいながら、現在の医師不足を招いたのも、あまりにお粗末な単年度感覚の行政方針のお蔭ですが、こんな調子でバイオテロでも起こされて対応できるのかといえば、それは無理というものです。

日本は世界から見れば、世界で唯一の被爆国であり、唯一の化学兵器テロの被害国です。(ついでにいえばバケツで臨界を起こした稀有の国でもあります)故に、それらに対する医療体制や対応手段は完璧なものがあると思われています。

しかし、実態は起こったことも忘れてしまう健忘症的国民性に助けられて、行政は常に認知症を装いながら生きていける不思議な国なのです。


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2007年5月25日 (金)

食糧自給率と飢餓作戦

http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200705241104?vos=nr25alsc0143002

「今後は、不足するのは金属素材だけではなさそうなのだ。例えば食糧。BRICs4カ国約26億人が、一気に先進国の食習慣になればどうなるか。穀物相場の高騰はすでに始まっている。原油高は一段落したが、上げ基調は相変わらず。鉄鋼メーカーもそうだが、金属などの原料や穀物を扱う企業は、商社はじめ軒並み業績好調なのだ。ニュースの陰に実はBRICsあり。意識して見ておきたい。」

国連食糧農業機関(FAO)は、世界の人口が2006年の65億人から50年には1・4倍の90億人を超え、穀物需要が大幅に増加すると見込んでいます。日本の農業白書でも、農産物の生産は、水資源の不足や地球温暖化の影響のほか、ガソリンの代替燃料として需要が増しているバイオエタノールの原料となるトウモロコシなどの需要増などで、深刻な影響を受ける可能性があると指摘しています。

現在の国内の耕地面積は491万ヘクタール。日本が食料輸入のために、海外に依存している作付面積は1200万ヘクタール。その大半は船舶によって日本へ運ばれて来ます。しかし、それを自覚してる国民がどれくらいいるでしょうか。

http://www.osaka-daika.co.jp/free/fe1411.htm

皆さんは「飢餓作戦 (オペレーション・スターべーション)」というのをご存じでしょうか?1945年3月から8月までの約5カ月間に、米軍が航空機(爆撃機)により実施した作戦で、

 ①日本への原材料および食糧の輸入の阻止

 ②日本軍隊への補給および移動の阻止

 ③日本内海の海運の崩壊

という目的のために、機雷1万個を日本の主要湾岸に投下しました。特に関門海峡周辺は中国や朝鮮との海路輸送の戦略的要衝であるため、全国に投下された1万個の機雷の内で約半数の4696個 (日本側調査)が投下されています。この効果は絶大でした。1945年3月に下関海峡を通過した船舶は月間約7万トンあったものが、封鎖の完了した5月には約7500トンと約十分の一に激減してしまいます。機雷に触れて沈没や被害を受ける船が激増すると船舶の運航が鈍くなるのも当然ですし、この頃の日本には新たな船を造ることも出来ない事情もありました。また米軍の投下した機雷は最新式で、当時の日本海軍の機雷掃海技術では撤去も困難だったため(掃海艇などの新造も出来ないという事情も重なった)、この作戦が進むことは、食料や石炭などの燃料を大陸から輸入することで辛うじて国民を養ってきた日本は、近い将来、完全に命脈を立たれる事が嫌でも予想できました。

これは歴史的な事実ですし、戦後に日本が海上自衛隊を整備する契機となったのも、1万個の機雷を取り除いて航路の安全を啓開する必要性が急務だったからです。そして完全に機雷の啓開を終わらせるのに約30年の時間を要したことも書き添えておきます。

過去にこういう事件があったのにも関わらず食糧自給率が先進国中で最低の日本。相変わらず食料や燃料など国を支える物資を輸入に頼っているのですが、将来に多様な海上封鎖に有った場合に、それを独力ではね除ける海軍力はこの国にはありません。

平和運動やら護憲運動やら、理想が有ってやってるのかも知れませんが、自分が飢え死にしても平和憲法が大事なら、お願いなので私達を巻き込まないで下さいね。

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2007年5月24日 (木)

クラスター爆弾規制に見る思惑

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20070524k0000e030029000c.html

「ドイツは同爆弾を大量に保有する米露中がリマ会議に参加していない点を強調。米露中が参加し、国連の枠組み内にある「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)締約国会議」が、「議論の場に最適」と訴えるなど、条約の枠組みをめぐる議論が続いた。日本も、不発弾による被害は重視するものの、同爆弾の安全保障上の必要性を強調。CCWでの議論が「効果的」と主張した。」

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◎クラスター爆弾=集束爆弾=対人・対戦車用の空対地爆弾。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/weapon/cluster.htm
http://www.fas.org/man/dod-101/sys/dumb/cluster.htm

一個のクラスター爆弾(母弾)には、数個から数百個の子弾(爆弾や地雷)が収められています。投下後に空中で母弾が破裂すると、広範囲に多数の子弾が散布され、地上に被害をあたえる事の出来る仕組みを持った爆弾なのです。

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今問題になっているのは、この子弾の不発弾によって、被害を受けている人々をどう救済するのかという議論です。皆さんのご記憶にあるかどうかは判りませんが、イラク戦争終結直後の 2003年5月1日。毎日新聞のある記者が、この子弾の不発弾をバクダットでの取材中に拾い、記念品として持ち帰ろうとして爆発してしまったという事件がありました。この爆発で、空港職員が1人死亡、空港職員と一般人の計2名が負傷したのですが、一個の子弾の威力はこれ位はあるという事になります。(実際は米軍のMLRSによって散布された成型炸薬(M77子弾)を拾ったというのが軍事専門家達の間では有力です。)

こうした議論において、クラスター爆弾そのものを使用禁止にすべきという意見があります。国際的にはノルウェーが呼びかけた国際会議で、2007 年2月23日にはクラスター爆弾に対し2008年までに使用・製造・移動・備蓄の禁止と同型爆弾の廃棄や使用された爆弾の撤去や被害者のケアを目指すという「オスロ宣言」が採択されています。この記事の会議もこうした動きに連動したものだと思われます。

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誠に高邁な思想なんですが、世の中それを逆手にとって来る国があるものです。つまり自国だけは会議に参加せず、条約や宣言は批准せず、独占的にこの兵器を売り続け、使用し続けるのが平気という国です。このあたりの感覚は地球温暖化問題などでも出ていますのでよくお分かりと思います。逆に正直者は防衛的に使用する(要するに自国内で戦時に使うのみに使用を限定する)事も出来るのに、国際的な体面で放棄してしまいます。日本はその代表的な国のひとつです。なにせ対外的な戦争を憲法が禁じているのですから。

かつて対人地雷撤廃運動が盛り上がった時もそうでした。通称『オタワ条約』と呼ばれる『対人地雷全面禁止条約』によって、締約国(条約が発効した国)は対人地雷を廃棄し、10年以内で国内に埋められている対人地雷も廃棄することが義務づけられました。

世間では、それで地球上の対人地雷は全廃されたものとして理解された筈です。

しかし現実には、国連安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち、米国、ロシア、中国の
3カ国はオタワ条約に加入していませんので、当然ながら対人地雷の撤廃をしていません。また、対人地雷の主要生産国である米国、ロシア、中国、インド、パキスタン、イスラエルも条約の締結国ではありませんので、いまだに生産を続けていて、世界の紛争国に供給を続けています。

つまりは、正直者が馬鹿を見るという現実を、まず我々は直視しないといけません。日本に限定して言えば、マスコミはこの問題に関して米国のみを批判したがりますが、中国やロシアを同列に批判しないでおくのは何故でしょう。クラスター爆弾の廃絶運動でも、主要な生産国である米・中・露に条約を批准させないで何の効果を生むんでしょうか。単に寡占状態にしてこの兵器の市場を独占させるのに手を貸しているに過ぎないのではないでしょうか。

また、世の中にはアメリカだけが悪いというお約束の人々が偽装して、こうした運動に参加してきたりもします。反米運動というのは単に忌米思想な人のみならず、それで得をする国々が背後で資金や人材を提供している運動であるのは、日本における原爆廃絶運動ですでに解説したところです。

(米国の戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局)
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Japanmilitarism/scrap_cluster_bombs.htm

繰り返しになりますが、クラスター爆弾を製造・販売・保有している主要国は、アメリカ、中国、ロシアの三国です。故に記事でもあるようにドイツが「米露中が参加し、国連の枠組み内にある「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)締約国会議」が、「議論の場に最適」」とするのも頷ける話です。

日本のような外征を自ら規制しているような国では、自国内でのみ有事に使用する兵器という観点で、こうした問題を捉えないと、そのうち小銃弾も暴発して死者が出るので禁止という議論になりかねないから要注意です。(日本では航空自衛隊がクラスター爆弾を装備していますし、陸上自衛隊も同じ効果のあるMRLSを配備しています)

何よりも、そうした世論を誘導する勢力の背後に、実は製造・保有している大国の影はないかを注意深く観察してみることをお勧めします。

2007年5月22日 (火)

東条英機というカリスマ

『ヒトラー最後の12日間』という映画をご覧になったことがあるでしょうか。かつて、この国にも"日本のヒトラー"と米兵から呼ばれた人物がいました。最近お孫さんが参議院選挙に出馬することでも話題になった「東条英機」その人です。

東条英機の人物像を現す有名な逸話をドキュメンタリー作家の児島譲氏が書き残しています。それは彼の甥で同じ陸軍の少佐が、首相になった東条の私邸に呼び出されたところから始まります。実はこの少佐は前日にも私邸を訪ねたのですが、東条に会えずに帰宅していました。その際に、応対してくれた女中さんが待ちぼうけをしている彼に酒をつけてやり、話し相手になってくれた時に、つい彼女の手を握ってしまったのでした。その話を件の女中から聞いた東条は激怒していたのです。呼ばれてきた甥は玄関先で応対に出た東条に、いきなりはり倒されてしまいます。訳が判らず憤慨した彼が理由を尋ねると、昨夜の出来事が東条の口からでてきたという訳です。甥は結婚しておりましたので、東条は「およそ妻帯している男子が他の女性の手を握るなどは不貞な行為である」と決めつけるのに呆れたと児島氏は伝えています。

ここで、この甥が憲兵隊に引き渡され、軍事裁判抜きで処刑にでもされていたら、彼はヒトラーに近いのかもしれませんが、甥は別に前線に飛ばされた訳でもありません。彼の謝罪を東条は認めて、事後は普段通りに付き合いをしたそうですから。(無論、陸軍刑法で罪に問える訳もない)

こんな風に彼には(少なくとも開戦時の高級軍人らには)、官用車に家族を乗せたりするような公私混同はしなかったのです。では、どうして東条は蛇蝎のごとく部内外から嫌われたのでしょう。

それは彼が大変優秀な能吏であったからです。普通なら、首相と陸相、参謀総長を兼任なんかしたら、仕事が多すぎて参ってしまいます。日々が会議会議で、何の会議だったかも忘れてしまうでしょう。ところが東条はそういう人ではありませんでした。忙しくなればなるほど仕事ぶりはそつがなくなり、正確であったのです。

無論彼も人間です。努力無しには、こういう仕事は出来ません。メモ魔の東条は、どの会議でも会談でも気が付いたことをメモに取りました。それを帰宅したり執務室で時間の空いた時に、手帳に書き留めていたそうです。しかも、首相用、陸相用、総長用と三冊の手帳を用意し、それぞれの仕事に関するメモを作っていたとか。

こんな生活ですから、仕事の後に料亭(当時は待合を利用した方が多い)に行く時間はありません。彼の立場では戦時でもこうした招宴は多かったそうですが、どうしても顔を出さねばならない宴も、最初の半時間もいなかったそうです。もちろん仕事に差し支えると酒も口にせずでした。

こういう仕事ぶりでしたから、彼にあやふやな報告や結論を伝えようとすると、メモを開かれて反論されたり確認されたりするのは度々だったそうです。そうなると部下も迂闊な処理や決済も出せなくなります。この頃の普通の大臣や総長は、上まで上がってきた決裁や書類は、下の決済を経てきたものですからとほぼめくら判です。まして戦時になれば、決済事項も尋常な数ではありません。ところが、それらにことごとく東条のチェックが入るのです。おかしな内容なら、先に決済をした人間を呼びだして糺すのも平気でやります。こう書くと何だか高潔な人に思えますが、要するに彼は全てのことを自分自身でやらないと気が済まない性格だったのがよく判ります。おおよそ、理想の上司像ではありません。まさに、型破りな陸相であり、総理であり、総長だったのです。

それに、こういう性格の人は、自分が受けた恥辱や反抗はけして忘れません。(きっとメモに書かれているでしょうし)軍の人事権の及び範囲であれば、その行為は人事異動に反映されました。ただし、正論を論じていて東条と衝突したからといって、そういう目に遭う訳ではありません。(ただし東条から見て正論でないといけません)要は、誤魔化しを重ねていたり、仕事に怠惰だったり、前線指揮において退嬰的行為に及んだり、軍規に反する行為を命じたり犯したなどした場合です。

ただし、それに該当する人には怖い存在です。なにせ相手は忘れてくれませんし、戦争中なんですから危険な前線に出されて本国へ帰してて貰えないとなれば、恨み言も出てくるものです。また、あからさまに東条が人事権を使った(彼にすれば自らに付与された権利の行使というのでしょうが)ものですから、怨嗟の声を戦後に噴出させたともいえるのです。

そんな彼にも人間らしい一面がありました。佐藤賢了と富永恭次という出来の悪い部下を偏愛して、庇ったり引き立てたりしてやっている点です。この二人の悪評は陸軍でも響き渡っていましたが、どういう訳か東条は好いていたようです。まあ、出来の悪い子ほど可愛いといいますから、そういう気持ちがあったやもしれません。

ただし、この逸話を見ても、彼の人を見る目がないのは確かです。そんな東条の家族が戦後、辛酸をなめたのを最近になって知りました。彼は天皇の股肱の臣下として、一身をささげ、聞いたこともない戦争犯罪という罪を背負い、処刑されたんですが、上記のような事情が重なって、首相を退陣後から既に政界や軍からも外されていたのですから、スケープゴートにするには都合が良かったんでしょう。

彼の宿敵、石原完爾が東条を称して「大将の器じゃない、連隊の曹長辺りが適職だ」と広言していたそうですが、まさにその通りでしょう。東大法学部を出て高級官吏にでもなっていたら、彼は出世したでしょうし、処刑されたりすることもなかったでしょう。それが証拠に、彼の次男が、三菱の航空部門で設計者をしていましたが、仕事の区切りがつかないと帰宅させてくれないことで有名な人で、夜8時を回って彼が蕎麦を取ろうと言い出したら、徹夜は覚悟しないといけなかったそうです。東条の長男も次男も視力の問題があって軍人に不適ということで、普通に大学に進ませていたのですが、こういうところも公私混同しない彼の性格を示しています。

ちなみにある重臣が、東条に過度の権力集中することに苦言を呈そうと、ヒトラーを引き合いに出したところ、東条は即座に「ヒトラーは一兵卒(彼は元陸軍伍長だった)、私は大将です。同じにしないでもらいたい」と答えたという話です。

そういう東条家も今年夏は暑くなりそうです。。

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2007年5月21日 (月)

英語が出来ないのには理由がある

米国連邦議会で俄に沸き上がった『従軍慰安婦問題』。何の関係もない米国で、安部総理は妙な謝罪を強いられることになりました。

(その内容に関して)

http://d.hatena.ne.jp/honyakusha/20070416

しかも件の議会で証言した元従軍慰安婦は、日本では曰く付きの人物。また、この慰安婦問題の発端となった吉田清治の著書『私の戦争犯罪・朝鮮人強制連行』(三一書房 1983)の内容がフィクションであったことは、秦郁彦日大教授(著書「昭和史の謎を追う下巻」)や板倉由明氏(『諸君』1992年7月号)、上杉千年氏(『諸君』1992年8月号)、中川八洋氏(『歴史を捏造する韓国』)などにより明らかにされています。

しかし、こうした情報が米国では広く知られていないのは何故なのでしょう。私は、それは日本のネット社会で数多存在するブログもホームページも大多数は日本語のみで書かれていて、英語に翻訳されたモノが少ないことが一因ではないかと考えています。また日本の一般市民が、異議や抗議を米連邦議会や上院下院の議員に直接メールで行っていないのも(多少は有ったろうと信じたいですが)、一因だろうと推察しています。

要するに、米国議会を巻き込んだ宣伝戦において、日本は中朝韓の国々に遅れをとってしまっているのです。

さて、ここからが今日の本題です。我々日本人は通常6年間(大卒者は8年間)も英語教育を受けながら、発言すべき問題があっても、その意思と内容を英文に起こせないのは何故なんでしょう。私はこの問題を考える時に、「どうして日本では英語教育なんだろう?」という点を考えてみると、この答えが見えてくるのではないかと思います。

明治初期、西洋列強国(死語)に負けないためにはどうするか?と考えた明治新政府が、まず取りかかったのは教育による人材作りでした。そこで高等教育機関として西洋に倣って大学校を作ろうとします。しかし建物は建てれば済みますが、高等教育を施す人材(教員)や教科書、或いは参考図書が当時の日本にはありませんでした。それで決断したのが教師は外国の大学等からの招聘教官、教科書は外国語の物を流用、参考図書も外国語の図書という三点セットでした。

しかし西洋列強は一つの言語で成り立っていない。概ね、英・仏・独の言語が必要になると考えた政府は、まず大学に進学できる人材を育成するために、その準備をする学校を設けようと思いつきます。それが旧制高等学校です。

旧制高校には、文科と理科のコースがあると同時に、専攻する第一外国語別に、英語専攻の甲類、ドイツ語専攻の乙類、フランス語専攻の丙類という分け方がありました。例えば文科コースで将来は大学で英文学や法学・経済学を学ぼうと思うと学生は、外国語は甲類(英語)を専攻するのが有利です。それは文献や論文の大半は英語、もしくは他国語から英訳されたものが手に入るからです。逆に理科コースで、将来医学部を目指すにはドイツ語を専攻しないと困るという具合です。

実は、この名残なのでしょう、東京や京都の伝統ある(由緒正しきかも)女子校などでは、未だに第一外国語がフランス語なんていう学校があります。あのセンター試験でも外国語の選択肢は英語・フランス語・ドイツ語がちゃんと用意されています。皆さんお気付きでしたか?

ついでですが、陸海の士官学校でも事情は同じで、陸軍は英語とフランス語、ドイツ語、ロシア語を士官学校予科(高等学校に相当する課程)で教えていました。(どれか一つを専攻する)これは幼年学校でもそうですが概ねここでは英語かフランス語という選択肢だったようです。海軍兵学校及び機関学校では外国語は全て英語に統一され、有る時代までは英語の教科書を使い、英語で講義が行われていた時代がありました。その他の外国語は兵学校卒業生の一定数を少尉任官以降に現在の東京外語大に、それぞれの言語別に派遣学生として教育を受けさせていました。また駐在武官或いは補佐官として派遣される者は、事前に当地の大学で1年程度の語学研修が認められるのが通常でした。

こんな風にして、明治時代の日本では、外国語を学ぶ目的は、外国人教官の授業を外国語で聞きながら、外国語の教科書を読み、外国語の参考文献を理解するためのスキルとして必修だった訳です。

こういう迂遠なことをやったのは、当時のアジアでは日本だけでした。中国も韓国も、手っ取り早く俊英を選抜して、その国へ留学させるのが普通です。しかし、この方法だと人は戻ってきますが、大学という資産は国に残せません。皮肉な話ですが、韓国の東大に相当するソウル大学は旧制の京城帝国大学が前身です。日本の統治下になって日本の教育制度が持ち込まれたので、西洋的な大学が韓国に持ち込まれた訳です。しかも、ここでは日本語で講義が行われ、日本語の文献が主に提供されました。当時の朝鮮人大学生達は日本語を学ばねばなりませんでした。(もっとも小学校から日本語教育をしていたので、それなりには喋れる、読める人は大勢居たのですけど。)

こうした伝統が昭和20年の敗戦で失われ、全て消えたかというとそうではありません。つまり日本の英語教育は明治の始まりから、大学で諸外国の文献を読み解くために必要とされた生い立ちを未だに抱えているのです。故に入試問題で英米人が理解できない、あるいは19世紀の英語だといわれるような問題文を平気で出題してくる訳です。かみ砕いて言えば文献理解主義とでも申しましょうか。明治の亡霊は健在なりです。

と言うことで英語(外国語)教育を議論する時には、こうした歴史的背景を無視してはならないと思います。

今の日本で有識者のいう『英語教育の欠陥』意見の大抵は英会話能力不足にあるように思います。英語の場合には会話と文章では随分違います。今の日本で普通の高等教育を受けた者には、英字新聞の内容は多少理解できても、歌の歌詞はあまり理解できません。これと同じように英語圏には新聞でもブルカラー向けとホワイトカラー向けの区別があります。日本のような大衆新聞とアッパー向け新聞の中間点という国は珍しいかも知れません。我々の英語力では東スポは読めても、朝日は読めないと言う現象が英米では普通に存在します。

と言うことで、大学へ進学する者と、高校で学業を終える者とを分けて英語教育のコースを用意できるのか。実際の教育現場ではこういう葛藤が有るように思います。

英会話が出来たら尊敬されるのかも知れませんが、英語の文献が読めないでいいという英断を、平成の日本政府は出来るのでしょうか?

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2007年5月19日 (土)

イージス艦の機密情報流出疑惑もろもろ

海上自衛隊を巻き込んだイージス艦の機密情報流出疑惑。興味があって色々な記事を読んでいるのですが、先日ある新聞でこんなのを見付けました。

「海自は今回流出したイージス艦データの範囲や重要度については公表していない。だが、軍事ジャーナリストの”神浦元彰氏 ”は事態の深刻さをこう言うのだ。世界最高峰の防空能力を持つイージス艦のデータは通常レベルの情報とは段違いに秘匿性が高く、日米相互防衛援助協定に基づく『特別防衛秘密』にあたります。漏洩した場合は10年以下の懲役です(通常の罰則は5年以下の懲役)。今回の事件ではすでにイージス艦の性能を示す数値データなど、『イージスシステム』の中枢情報が含まれていたことが分かっている。巨費を投じた日本のミサイル防衛構想は丸裸になった恐れがあります」

あの~・・・どうせ聞くのなら野木恵一さんとか江畑謙介さんとか、小川和久さんに聞けませんかね(*_*)

なんで神浦元彰なんだ?

「世界最高峰の防空能力を持つイージス艦のデータは通常レベルの情報とは段違いに秘匿性が高く、日米相互防衛援助協定に基づく『特別防衛秘密』にあたります。」

これは確かにそうです。海自のイージスDDG『こんごう』級のひとつ前に建造されたDDG『はたかぜ』級のCICを私は見学したことがあります。あの当時最新鋭の設備でしたけども。(まあ素人が見ても判らないんですが)

しかし『こんごう』級の場合は、その艦長が大変親しい人にも関わらず、CICどころか、イージス区画すらスルーされてしまいました。もちろん「ドアの外から少しだけ見るか?」とも言われませんでした。後に市販されたDVDでCICが写されてた時にはガックリしたものです。(実際にCICへの立ち入りは防衛庁(当時)の許可が必要なほど部外秘度は強いのは確かです。)

「すでにイージス艦の性能を示す数値データなど、『イージスシステム』の中枢情報が含まれていたことが分かっている。巨費を投じた日本のミサイル防衛構想は丸裸になった恐れがあります」

”『イージスシステム』の中枢情報が含まれ ”という部分がもの凄く不明確なのは何故なんでしょうか。軍事評論家としては、この部分を読者に伝えて欲しいと思うんですがね。この辺が神浦元彰の限界なのか?

『イージスシステム』の肝のひとつは「同時多目標処理能力」です。何だか聞き慣れない言葉ですが、従来のSAM(対空ミサイル)の誘導方式は、発射から命中まで1基のイルミネーター(ミサイルを誘導する電波を出すアンテナ装置)が全て管制しなければならない方式でした。つまり1つの目標に対空ミサイルが命中するか、ミサイルの誘導を止めるまで、次のミサイルが発射できなかったのです。

そのために艦上にあるイルミネーターの数しか、目標に対する処理ができないという能力的な限界が存在しました。普通のDDGでイルミネーターの数は3基から4基が限界というのが、イージスシステムが登場するまでの常識だったのです。ですから、映画『男達のYAMATO』に出てきたような同時に数百機の攻撃機に襲撃されたら、これでは対処がなかなか出来ません。(まさに下手な鉄砲数うちゃ当たるです状態です)

イージス前夜、コンピューターの発展とプログラミングの工夫で、1基のイルミネーターで2機のSAMを誘導する(携帯電話でいうところのパケット方式みたいに)方式が実用化されていたという話しもありましたが、それでも誘導できるミサイルは倍にしかなりません。

これに対してイージスシステムはフェーズドアレイレーダーによって、多数の目標を探知・追尾・脅威度判定までを自動で行うため、脅威度が瞬時に判定されます。脅威度の高い目標に対してSAMが発射されると、フェーズドアレイレーダーの一部を利用した搬送波が、このミサイルを大体の位置まで誘導してくれます。イルミネーターによる誘導は目標に命中する最終段階のみ。つまり発射後一定距離まで飛翔させる間は射ちっ放しが可能なのです。このためイルミネーターの所要拘束時間は劇的に短縮され、同時に複数のミサイルを管制することが可能になったのです。

米海軍の場合ですが、イルミネーター(SPG-62)を4基装備するタイコンディロガ級では最大16目標に対処可能、3基を持つアーレイ・バーク級では12目標に対処可能というのが定説になっています。(実際には米海軍はハッキリと認めていない)これがイージスシステムの大きな特徴です。また年々システムのバージョンアップが図られていますので、この目標処理システムも向上している可能性は当然あります。しかし流出したのは今から10年ほど前のものなので、最新のモノではありません。

この搬送波の周波数や誘導するための処理を行うプログラミング、イルミネーターへ受け渡される際の搬送波の位相方式などが、この記事の言う『イージスシステム』の中枢情報がのひとつです。

幹部教育用の教育資料の中に、今私が書いたような話があると思いますが、その具体的な周波数とか方式に関するプログラムのソースまで含まれていたかどうか、私は怪しいなぁと思っています。

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『テロ対策特別措置法』再延長の裏で

5月1日で期限切れとなった『テロ対策特別措置法』の再延長が先月末に決まりました。

インド洋で給油支援活動を行っている海上自衛隊の派遣期間は、また半年間延長されることになりました。

2001年(H13年)から続く海外派遣任務に関しては、海自(インド洋後方支援派遣部隊)も空自(イラク復興支援派遣輸送航空隊)も正直いってもう限界に来ています。何が限界かと言えば、自衛隊の本来任務とは別枠で課せられたこの任務が、予想外に長期化したことで、自衛隊が本来の任務とする有事での戦時態勢を維持できないからです。

これは、とりもなおさず、自衛隊という組織に対して、装備面では戦時を想定せずに、ギリギリの装備や人員しか必要ないというミスリードを続けてきた政治の歪みが課してきたために発生している事態です。

海自に関して、もう少し詳しくいうと、補給を担当する船(補給艦)は防衛大綱で定数4隻と定められています。この4隻しかない補給艦を3ヶ月毎にインド洋に派遣するローテーションを繰り返してきたために、どの補給艦を何度も何度もインド洋に繰り返し派遣されてきました。

その為に補給艦の乗員は最低1年に1度は3ヶ月の長期航海に出ている状況が続いています。また4個ある護衛隊群(8隻の護衛艦の部隊)に対して1隻の補給艦が必要として整備されている訳ですから、もしも日本海で緊張する事態が発生したら、長期の行動が破綻するのは目に見えています。

しかも国民の大半はこの姿を知らずにいますし、マスコミもあまり関心を持って、この苦境を取り上げて訴えようとしていません。一朝有事になって、慌てる前に、補給艦の定数を見直してみるべきじゃないでしょうか。最低でもあと2隻は増やす必要があると個人的には思います。また補給艦の乗員などに関しても、艦齢の古い補給艦2隻は自衛艦籍から一旦抜いて、予備艦扱いにした上で、防衛共済会あたりに特殊法人を作って、予備役登録をした退役海自自衛官による運用を検討してみるべきだと思います。

(補給艦とは)

http://www.kojii.net/opinion/col040705.html


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2007年5月18日 (金)

SAT隊員が出動現場で死亡-警察上層部の躊躇いが生んだ被害-

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070517-00000011-yom-soci

「警察庁によると、死亡した林一歩巡査部長は、特殊部隊(SAT)の隊員で、SAT隊員が出動現場で死亡したのは今回が初めてだ。午後9時20分ごろ、救出活動中に現場から7、8メートル離れた捜査車両の陰で警戒していたところ左胸に被弾した。18日午前0時14分に病院で死亡が確認された。防弾チョッキを着用していたという。最初に撃たれたのは県警愛知署・長久手交番勤務の巡査部長(54)。捜査員が接近できなかったため、首を負傷したまま倒れていた。」
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事件現場に余計な人間がウロウロし過ぎてるのはSATにとっては可哀想な気もします。これも県警本部が管轄の警察署や機動捜査隊、県警捜査一課などに手柄をばらまくためというか日本の警察全体の感覚の鈍さだと思えてなりません。SATだけが現場で活動し、テレビカメラがないという状況に出来るのなら、こういう損害もあるいはでなかったかとも思えます。 

さて、いきなり血なまぐさい話で申し訳ありませんが、戦場で正規軍が使用する小銃弾は高速で貫通力には優れてはいますが、殺傷力という面では若干劣ります。それには理由がありまして、戦場で敵の兵士を殺すよりも動けないような傷を負わせる方が効果的という考え方があるからです。

分かりにくい人は、戦争映画を思い出していただくと理解が早いかと思います。例えば『ブラックホークダゥン』。敵の支配地域にヘリから降下中のレンジャー隊員が誤ってロープから地上に落下して意識不明になります。それを分隊長以下が救い出し、救援の車両に運び込むのですが、その担架を担ぐのに2名、護衛に2名の隊員が必要なのがよく分かります。つまり、戦場では負傷者を多く作り出す方が敵の戦闘能力は確実に低下するのです。(この原理に当て嵌まらなかったのが白兵戦時の日本陸軍で、負傷者の救援はせずに突撃してくるのが敵には理解できなかったようです。)

つまり、戦場では作戦行動中に死傷する場合も多いのですが、その死傷者を助けようとして死傷してしまう場合も多いのです。今回のSAT隊員の死も、正にこのケースにあたります。殉職した隊員は防弾チョッキの隙間から銃弾が侵入して、左鎖骨から心臓まで達したために出血死したと言われています。それにしても防弾チョッキの方が不備(性能不足)だったのか首を傾げてしまいます。また、こうした場合に防弾性のある盾を装備しているものですが、今回どういう状況で使われたのか、後々の検証を待ちたいところです。

ついでに書いておけば、このような場合(一度目は銃を乱射して警察官を負傷させた時点、二度目はSAT隊員が死傷した時点)にSATの狙撃手が犯人を射殺できない日本の世論にも問題がありだと思います。(SATには、制圧班、狙撃支援班、技術支援班、指揮班がある)

警察官職務執行法第7条によれば、

(武器の使用)
第7条 警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法(明治40年法律第45号)第 36条(正当防衛)若しくは同法第37条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

1.死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる十分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他の手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のあるとき。

2.逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

と規定されていて、「死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる十分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し」に今回は該当すると思われるからです。
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実は警察には狙撃手による犯人射殺に関してトラウマがあります。1970年(昭和45年)5月12日に発生した、旅客船乗っ取り事件、通称「瀬戸内シージャック事件」において、大阪府警機動隊から派遣された狙撃手が犯人を狙撃し犯人を死亡させた事件がありました。事件後、自由人権協会北海道支部所属の弁護士(下坂浩介、入江五郎)が、狙撃手を殺人罪で広島地検へ告発。不起訴処分になりましたが、これ以降起こった日本の凶悪事件では、犯人が銃器等で武装している場合でも、なかなか射撃命令が下されなくなり、1972年のあさま山荘事件で犯人からの一方的な攻撃を受けて複数の警察官が殉職するといった事態を招きました。また射撃を行った警察官もマスコミの追及などから職務が続けられなくなり辞職に追い込まれています。

警察法(警察の責務)の第2条には「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」とあるのですから、今回の事件の犯人は近隣住民の生命及び身体と財産の保護のために鎮圧すべき対象です。SAT自身の能力を生かす事も出来ず、ただ犯人が銃を乱射しているために出動させられたでは、まさに仏作って魂を入れず。こういう被害が出てから判断を決めたのでは意味がありません。

さて、最後にSATについて少し触れておきます。『SAT』の正式名称は警視庁SATの場合は「警視庁特殊部隊」(警視庁組織規則第64条より) です。今回の場合は愛知県警特殊部隊となってるのかどうかは不明です。SAT自体は「Special Assault Team」=特別(特殊)急襲部隊の略称です。

SATは「ハイジャックや人質立てこもり事件の際に人質の安全を確保しながら、容疑者を逮捕するために高度な訓練を施された専門部隊」と記事は解説していますが、実際は対テロ部隊として訓練されていて、ハイジャック事件の早期解決のために創設された歴史を持っています。この辺は記事にもあるように 1977年に起きた日本赤軍による日航機ハイジャック事件が契機になっています。当時国会で対テロ部隊を警察が保有することに一番反対したのは社会党で、「部隊創設が軍国主義の礎になる」と主張していたとか。

それでも1977年中に最初のSAT前身部隊が、警視庁機動隊と大阪府警機動隊に極秘裏に創設され、当時の警察庁長官後藤田正晴の視察を受けて運用がはじまったと言われています。SAT前身部隊は警視庁では通称「特科中隊」、大阪府警は「零中隊」と呼ばれていたのですが、実はこの事実は日本でなく米国のジャーナリストの出版した『世界の特殊部隊』という本がいち早く取り上げていたのにも関わらず、日本のマスコミでは誰も知らず、その本が邦訳されてマニアの間に噂が広まりました。余談ですが、@niftyの軍事フォーラムFDRで、この頃に自衛隊にも特殊部隊が創設され『101中隊』というのだ・・・という吾人がおられて、私が異議を申し立てたら炎上したことがありました。だって、『世界の特殊部隊』の英語版を読んでたけど、そういう話が載ってないんだから仕方がありません。SATは、その後1996年4月から、北海道警、千葉、神奈川、愛知、福岡、沖縄県警などにも設立されるようになり、現在では全国で約300名の隊員が任務に就いています。

一説では対ゲリラ戦にも投入可能と警察関係者は言ってるようですが、警察官として訓練された発想のままでは、虐殺されに出ていくようなモノです。 SWATやGIGNが戦争に出ていかないのと理屈は同じで、SASのような元々軍隊の特殊部隊が内務省指揮下で犯罪鎮圧に出てくるのとは違うという当たりの理解が、警察官僚にはできていないようです。

2007年5月17日 (木)

戦争を知らない子供達の現実

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070517k0000m040171000c.html

「福島県会津若松市で高校3年の少年(17)が母親(47)を殺害した事件で、少年が、県警の調べに「戦争が起これば人を殺せるのに、戦争が起きないから、いま人を殺してしまおうと思った」と供述していることが分かった。」

う~ん・・・、平和呆けの生み出した少年達の真実が此処に居るというような供述です。(まあ、本気でそんなことを言ってるのかという気もしますけど)もしこれが米国だったら銃の乱射で大量殺人だってやってのけたかも知れないという恐怖も同時に感じました。

何故呆けてるかと言えば、戦争になったら人は殺せるかも知れないけれど、それと同じぐらい人に殺されるかもしれないということが、少年の頭には浮かんでいないからです。一方的に自分だけが殺せると思うというのは、ある意味、戦争を反省するとか言いながら、戦争というものをちゃんと直視して来なかった教育のつけが来てしまったたか・・・と思いますが。

それともうひとつ。人を真剣に殺したいと思うのなら、どうやって殺すのか、何処なら殺せるのかを考えると思うのですが、それがまともな思考方法になっていない。

高校生の頃には母親と喧嘩して"殺してやる"とか思うことは誰にでもあります。けれど、じゃ殺してしまったら、洗濯や食事、布団干しは誰がしてくれるんだろうという、自らに降りかかる(本当は殺人罪でそれどころじゃないんですけどね)不利益を思うと、"いゃ殺せないなぁ"と思わないのでしょうか。

それに、人を殺すために空手を習いに行くぞ!とか、居合いを習うんだ!とか、段階を踏んでいくという気がないらしいのも気に掛かりますね。

また、人を殺せる場所が戦争だという認識があるのなら、その戦争が行われている地域は何処なのか、そこでどうすれば戦闘に参加できるのかという考え方もしないんだろうか。今時ネットで色々と情報は集められるんだし。

そういう思考が出来れば、アフガニスタンでもイラクでもゲリラに成りたい、キリスト教徒を殺したいと言う動機にして、自らもイスラム教に改宗し、パキスタン辺りへ入国してから、1年ほどモスクで修行してみて、それからゲリラに当たりをつけようかと思い出すだろうに。それで渡航費用がないので親の定期を勝手に解約して行方不明になった方が、よほど人間的にはましなんじゃないかと(まあこれでも充分身勝手な息子ではありますけど、親を殺すよりはましという意味ですよ)思ってしまいます。

もしも私がそういう気持ちの高校生だったら、卒業後に陸自に入り、空挺部隊を目指して1任期頑張ってみます。親には自分を鍛えたいとか言って。給料も貯金しておき、一時金を手にしたら、フランスに渡ってフランス外人部隊へ入隊。ここで5年の任期を全うしてフランス国籍を取得できたら退役。その経歴を生かして傭兵になっちゃえば、危ないところに派遣される警備会社の警備員として採用されるでしょう。此処まで来たら仕事で人殺しが出来ます。

ただ、そうやって社会の中に暮らしてる内に、人間は成長して考え方も変わるモノです。けして人殺しに成りたいなどとは思わなくなる。そう信じたいですね。

異常者だから、そんな理屈だっては考えないといえば、それでおしまいになってしまいます。この少年がそう珍しい人物だったとは周囲も親も思っていなかったんですから。

2007年5月16日 (水)

イラク・アフガン政策統括補佐官という苦労

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070516id03.htm

「イラク・アフガニスタン政策を統括する大統領補佐官職を新設し、ダグラス・ルート統合参謀本部作戦部長(中将)を任命すると発表した。任務を「省庁間での政策立案の調整」としており、国防総省と国務省の対立のために、復興事業やテロ対策で混乱が生じた事態の改善を図る。」

なり手が無くて困り果てていた『イラク・アフガン政策統括補佐官』にダグラス・ルート統合参謀本部作戦部長が任命されました。

ダグラス ルート ( Douglas E. Lute)中将は、2004年6月から2006年7月まで米中央軍の作戦部長を務めた人物です。つまりイラクとアフガニスタンで、その間に行われた作戦の中心にいた事になります。

思い出してみると、2004年4月にはファルージャで反米武装勢力と駐留アメリカ軍の間で、大規模な戦闘が起こり、占領統治の綻びが見え始め、この頃から比較的平穏だったイラク南部でもシーア派イスラム教徒が反米抗議を行うことが増え、更には5月に米兵によるイラク人捕虜虐待が明るみに出て、反米運動は全国的な広がりを見せるに至るという最悪の雰囲気の中で、6月に暫定政権が発足した頃に、彼は中央軍の作戦部長に抜擢された訳です。

彼の軍歴を見ると作戦畑と指揮官を交互に務めるような配置にあったことがよく分かります。さて、そんな彼が今回イラクとアフガニスタンの両派遣軍と国務省をはじめとした各省庁との調整役というべき大統領補佐官職に就く訳です。折しもアフガニスタンでもタリバンの攻勢が起こり、混迷の度合いも深まっています。作戦の神様は何か良い処方箋が示せるのでしょうか。功よりも労の多い仕事だけに、確かになり手がない仕事ではありますね。

(ダグラス ルート中将略歴)

1975年に陸軍士官学校を卒業。第2機甲騎兵連隊へ配属となり、部隊の駐屯しているドイツで新任少尉として任務に就きました。その後大尉で同連隊の中隊長を務めたあと、ハーバード大学大学院で修士号を取得。このあと士官学校の教官を務めています。ついで英国陸軍大学に留学。終了後は第2騎兵連隊の作戦参謀として勤務しています。そして1990~91年の湾岸戦争に出征。帰国後は陸軍参謀本部勤務に転じます。1992~94年は第7騎兵連隊大隊長。次いで統合参謀本部勤務、戦争カレッジでの研究員勤務となり、1998~2000年には第2騎兵連隊の連隊長を務めます。連隊長の後は14ヶ月間統合参謀本部議長の副官勤務のあと、2001年にはドイツ駐留の第1歩兵師団副師団長となり、コソボ紛争へNATO軍のスタッフとして半年間参加。2003年 1月には米欧州軍の作戦部次長に就任します。2004年6月に米中央軍作戦部長となり、2006年7月に統合参謀本部作戦部長に指名され上院の承認を経て就任。

(参考サイト)

http://www.jcs.mil/bios/bio_lute.html

http://www.defenselink.mil/News/NewsArticle.aspx?ID=2733

http://www.ksg.harvard.edu/ksgnews/Features/news/022007_harvard_honors

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何気ないニュースから一掴み

米海軍は、次世代に配備される新型水上戦闘艦の開発計画として『SC21』(Surface Combatant for 21st Century)を準備しておりました。この計画は現在運用されているスプルーアンス級・キッド級駆逐艦(現在は中華民国海軍にて基隆級駆逐艦 (Kee Lung class)として活躍中 )及びオリバー・ハザード・ペリー級フリゲート艦などを一挙に更新する野心的計画でした。

(写真スプルーアンス級)

 実は、米国海軍は第二次大戦終了後に核戦略の一環として原子力潜水艦によるICBMの発射機能を開発し、SLBM搭載型の戦略原潜を多数配備する計画を推進しました。同時に空母の大型化と機関の原子力化も進めました。こちらは艦載機による核爆弾や核ミサイルの搭載を想定した構想でした。こうした大プロジェクトのあおりを受けて、なかなか更新予算の確保が出来なかったのが駆逐艦やフリゲートといった戦闘艦艇達です。

(写真はギアリング級駆逐艦)

 

先送りを繰り返す内に、米海軍の駆逐艦は第二次大戦後期に配備・発注された艦艇ばかりとなり、その改修の繰り返しで運用するのも限界というところまで追い詰められてしまいます。そこで安価で高性能で汎用性に富む船体を目指して開発設計されたのがオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート艦です。これを米海軍は『ハイ・ロー・ミックス』 (High Low Mix)構想と呼んでいました。オリバー・ハザード・ペリー級は『ロー』に相当する艦種として一括発注、大量生産により建造費を低く抑えるのに成功して約12年で51隻が就役しました。『ハイ』の方は先に書いたるスプルーアンス級です。キッド級はスプルーアンス級を基本にヴァージニア級原子力ミサイル巡洋艦の兵装と戦闘システムを組み合わせて設計・開発されたイラン発注の駆逐艦でした。イランの革命騒ぎで行き場を失ったため米海軍が買い取り配備したものです。(下の写真はオリバー・ハザード・ペリー級)

また現有のイージス巡洋艦の後継には、弾道ミサイル迎撃を付与され防空能力強化型の『CG21計画』が進められ、こちらも『SC21計画』と共に進められる予定になっていました。

 しかし予算上の壁は高くなる一方で、2001年11月に米海軍は『SC21計画』と『CG21計画』とを、可能な部分で互換性を持たせ、レーダーや動力機関、船体及び攻撃兵器等を共通化又はモジュール化して、DD21計画=DD(X)、CG21=CG(X)とするファミリー開発を目指すと公表しました。今のところ米海軍は、まずはDD(X)=ズムウォルト級ミサイル駆逐艦(Zumwalt class destroyer )の建造を現在進めている最中です。一部では2010年頃に1番艦ズムウォルト(USS Zumwalt, DDG-1000)が就役予定といわれています。(下の写真)

 しかしCG(X)の方は、まだ具体的な話は進んでいないようです。ミサイル防衛絡みで現行イージス艦の改修が急がれているため、予算がそちらへ振り向けられているのでしょう。また空軍で実用化され配備が予定されるABL(Airborne Laser)をにらんで、攻撃兵器にレーザー兵器を搭載するシステムの検討に、あるいは動いているのかも知れません。(下のイラストは90年代に公表された未来の艦艇の想像図ですので直接CG(x)とは関係有りません)

 

さて、そんな事情の中でこんな記事が先日流れました。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070513i116.htm

「北朝鮮による昨年7月の弾道ミサイル発射により、ミサイル防衛を担う日米のイージス艦の防空能力強化の必要性が高まり、常時提供を行うことにした。日本が弾道ミサイルで攻撃された場合、イージス艦は弾道ミサイルの追尾と迎撃に集中し、自艦の防御が手薄になるためだ。」

 この記事が出る少し前に久間防衛大臣が「航空自衛隊が運用するバッジシステム(自動警戒管制組織)の情報を、日本有事の際に限らず、平時にも米軍に提供すべきだとの考えを明らかにした。」という報道がありましたので、提供解禁をにらんでの発言だったようです。バッジシステムというのは、日本領空への侵入機を探知し、敵味方の識別後に、戦闘機や対空ミサイル部隊が迎撃する判断を行うシステムの総称です。

 米国には『北米航空宇宙防衛司令部』(通称ノーラッド(NORAD)と呼ばれています)という組織があります。冷戦期に核攻撃を早期探知するために設立され、監視網を北米上空の宇宙空間にまで広げているのですが、上記の記事は、その警戒網が北米から日本列島上空まで広がって来るのですよという意味にとると分かり易いと思います。(写真は宇宙空間で監視に当たる衛星)

MD(ミサイルディフェンス)に関して、日本独力での警戒網構築には、金も掛かれば組織も必要になります。なにせ宇宙空間に早期警戒用の衛星まで持つ必要に迫られます。その上、日本が運用する偵察警戒衛星だけでは当然ながら能力不足に陥るのは必然です。必要な時だけ米国に情報を貰うのも、場合によってはあちらの都合で拒否される場合もありえます。故に防衛省が「情報はギブ・アンド・テーク」という判断が、バッジシステム情報の米国への提供とつながる訳です。ならば、いっそうノーラッドに加わるのが手っ取り早い・・・というか、これは米国にも都合がよい話です。

(写真は発射される迎撃ミサイル)

恐らくは米国からMD絡みで協調態勢が持ちかけられたのでしょう。米国にすれば極東のホットゾーンの一部でも、その空域情報が24時間無償で手に入るのですから。しかも日本のバッジシステムには、日本が運用する各地のレーダーサイト情報以外にも、早期警戒機のモノが当然含まれてきます。空自が運用する早期警戒機(AWCS)は24時間態勢で日本海の隠岐上空で滞空しています。目的は朝鮮半島から黄海の一部までを電子の目で監視しています。その情報が手に入れば、在日米空軍の偵察への負担は軽減されますし、必要な場所や偵察地域へ、これまで監視任務に就いていた機体を振り向けることも出来ます。これは本国から機数を増派する手間も省くことにもつながります。つまり米国にとっても、損はないというところでしょう。

さて、ご紹介した記事には、こんな下りがありました。日米の(防空)「情報交換を緊密にすることで、防空能力を強化する狙いがある」。一読すると"どういうこと?"と思えるような内容ですが、これは日本海で常時警戒にあたる米海軍のイージス艦に対して、日本は集団的自衛権の行使が憲法上不可能なため、その護衛を直接行えないのだが、防空情報だけでも米国に提供することにしたという解釈をすると、色々と面白いことが見えてきます。                                 (写真は空自のAWCS)                                                       

 (MDの概念図)

イージス艦は本来、艦隊の防空のために建造された高性能なシステムを搭載した艦艇です。その最強防空艦を、空からの攻撃から守る必要が生じているというのはどういうことでしょう。MD任務に就いているイージス艦は迎撃時に、その能力を高空域に割いてしまうため、自らを守る航空攻撃に備えるのには不充分な能力しか持ち合わせないと読めば、こうした任務時にはイージス艦に護衛が必要だという意味にも取れます。しかも、その護衛はイージス艦であるのが望ましい。何故かといえば一隻のイージス艦が搭載できる迎撃ミサイルには限度があります。もしも護衛にもう一隻のイージス艦が居れば、そちらのミサイルも利用できるからです。もし日本海で米海軍のイージス艦がMDのために任務に就いている際、その数マイル圏内に海自のイージス艦が居たとしても、それは何の不思議もありません。そして海自のイージス艦が装備している迎撃ミサイルが発射された際、それを米海軍のイージス艦の電波が誘導したとしても、端から見る分には誰にも分かりません。MDを構築するシステムがあるいは集団的自衛権に風穴を明けるかも知れないという事かも知れません。

また、この記事は米海軍がMD網の迎撃部分で、世界中のどの海域ででも艦艇を派遣して、その能力を提供するという任務能力が本格的に稼働して来るという事をも示しています。逆に言えば、そうした任務を遂行する以上最初に書いたCG(X)の開発と配備は、その能力次第で大きく世界中の海軍を変えてしまう可能性を秘めても居ます。いわば21世紀のドレッドノート級となるかも知れません。             
(写真は米海軍のイージス艦アーレーバーク級)

 結局、北朝鮮の核配備危機は、極東の集団防衛体制化を促進させ、その動きに封じ込められると危機感を募らせた中国の軍拡を招くという、新たな冷戦を招いた事になりはしないでしょうか。この混乱に紛れて生き残るというのが偉大な将軍の妄想なのだとしたら、彼の野望を粉砕する戦争以外の外交を日本も展開する必要が有るように思います。また新たな核兵器開発に使われると分かっていて、日朝国交正常化の美名の元に賠償金名目で支払われるであろう数兆円を差し止めるためにも、「拉致問題解決無くして日朝国交正常化なし」という、今の日本政府が堅持している対北朝鮮外交の方針を、我々国民がちゃんと理解して支持をしていかねばならないのではと思います。また、国交正常化優先を主張する政治家達が、この数兆円を利権として捉えているということもお忘れなきようにお願いします。

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空飛ぶグッピーの後継者か?ドリームリフター

http://news.www.infoseek.co.jp/business/story/14mainichiF0515m075/

さて、記事のB787主翼輸送の件は記事で読んでいただくとして、下の写真にご注目。記事でも使われた写真ですが、飛行機の主翼を飛行機に搭載している場面です。この尾部を開いて胴体に貨物を搭載している機体の愛称をドリームリフター(Dreamlifters)と呼びます。正式にはB747-400LCF型。(LCF=Large Cargo Freighter)

ドリームリフターはボーイング787の部品を各製造国から輸送するために、中古の747-400を改造した大型特殊貨物機です。

改修・改造は台湾のエバーグリーングループのアビエイションテクノロジーズ社が担当しました。機体そのものはボーイング社が所有し、運行はエバーグリーン国際航空が担当しています。(胴体部輸送する際のイメージ)一見不格好ですが、2名の搭乗員でこれだけの貨物を世界中の何処からでも米国まで運べてしまうのですから、新たな輸送機体を開発するよりも遙かに格安で性能も申し分がありません。改めてB747のポテンシャルの高さを再評価したいものです。

そんなドリームリフター初号機は2006年9月9日[下の写真]に初飛行しました。

続いて、2号機は2007年2月16日[下の写真]に初飛行しています。(今回主翼を運んだのもこの2号機)

1号機がどうして未塗装なのかは不明ですが、主翼の翼端にあるウイングレットは後に撤去されています。(試験飛行中の振動のためと公表されています)故に2号機にもありません。計画では3機の改造が予定されていて、それぞれの元の機体は以下の通りです。

運航機  改造後初飛行   エンジン   登録年月日         旧所有者

1号機  2006年9月9日   PW4056    2001年8月22日     中国国際航空

2号機    2007年2月16日  PW4056   2004年12月17日    チャイナエアライン

3号機    2005年5月17日  PW4056                            チャイナエアライン

ドリームフターの仕事は、名古屋、イタリアグロッタリエ、カンザス州ウィチタ、サウスカロライナ州チャールストンで製造したボーイング787の主翼や胴体、エンジンなどの大型部品を、分解せずに機内に搭載し、最終組立工場であるワシントン州エバレット工場へ輸送するのがお仕事です。つまりあとはパーツをそろったら組み立てるだけ。(実際は配線などが複雑でプラモデルのようにはいかないそうですが)ボーイング社の発表では、通常B787を1機製造するのに、同機12回分の飛行が必要とのことです。

これからもドリームリフターはたびたび名古屋(セントレア空港)で見掛けられる機体です。一度見に行かれてはどうでしょう?セントレア空港のオープン送迎デッキは気持ちが良い場所ですし。

(ボーイング社ニュースリリース)

http://www.boeing.jp/ViewContent.do?id=21102&Year=2007&aContent=LCF

(中部国際空港写真ブログ)

http://umekyon2.exblog.jp/4905474/

(関連記事)

http://www.evaair.com/html/b2c/japanese/eva/News/2005/744LCF.htm

http://www.centrair.jp/cargo/news/news-list/1178539_3496.html

http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20070514k0000m020112000c.html

http://www.toray.co.jp/news/carbon/nr060425.html


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2007年5月14日 (月)

『君が代』は恋の歌?

「難波なる長柄もつくるなり今は我が身を何にたとえむ」

という和歌が、平安時代に編纂された古今和歌集(以後古今集)にあります。現在の淀川と新淀川の分岐点に架かる長柄大橋の付近に、その昔架かっていた『長柄の橋』を歌った古歌です。

『長柄』という言葉は、接助詞の「ながら」(意味:本来の姿で永続する)から来たと思われますが、昔の人が淀川に架かる橋の大切さをどう考えていたかが分かるネーミングだと思います。和歌の世界では『長柄』という言葉は枕詞して扱われます。「君が代」で始まる和歌には、「天皇の治世が長く続く事を願う」という気持ちから、『長い』に掛けて『長柄』と歌われる事が多いのはそういう理由からです。

この『君が代』について、以前、書道家の柏木白光さんが「君が代は・・・」と言うのは、恋の歌だと解釈されて聴衆の関心を買われていたのを思い出します。同じような説は結構流布してるようで、最近似たような事を質問されました。

私が読んだ柏木さんの解釈によると、元々古典などで天皇を示す言葉には「大君」(おおきみ)という言葉が多く用いられてきた。だから「君が代」の『君』とは、天皇を示すのではなく、二人称の代名詞で「あなた」と言う意味ではないかということでした。『代』の方は、源氏物語などで「男女の仲」という用法が見受けられるので、この辺りから「あなた」+「男女の仲」で「恋歌」という解釈が出来るという事になるという解説でした。

お話としては面白いのですが、私は二つの点で首を傾げて仕舞いました。

現在の『君が代』の歌詞は、『古今和歌集』に収められている「わが君は…」という和歌の初句を、「君が代は…」と改めたものです。つまり元々"大君"の事を詠った歌だと言うことを、どうやら柏木さんはご存じないようです。この「わが君は」の和歌は、古くから祝賀の歌として、宴席などで朗詠され、謡曲や歌舞伎などを通じて、江戸時代には庶民層にまで、広く普及した歌詞だったようです。

その歌詞を国歌にしようと最初に考えたのは、薩摩藩出身の大山巌(陸軍大臣・日露戦争の総司令官)です。明治2(1869)年に「天皇に対し奉る礼式曲」を作成するために、この歌詞を選んだのが始まりだと言われています。

曲の方は、明治9(1876年)に海軍省軍楽隊長・中村佑庸の提唱に基づいて,ドイツ人F.エッケルトを交えた4人の楽譜審査委員と,宮内省伶人長・林広守が雅楽旋律を採用した楽譜を選定したのが始まりです。

日本政府は、明治21(1888年)に政府は各条約国に対し,この楽譜をもとにして祝祭日に吹奏された楽譜を「大日本礼式」として送付し、正式に国歌として国際的にも認知されるように以後なっていくのです。また、明治36(1893年)には、文部省が学校儀式用唱歌として告示し、国歌としての教育も始まりました。つまり国歌として扱われる様になってから既に119年が過ぎようとしています。

意外に国家としての歴史が無いのは、世界史的に見ても国歌というものが制定されだしたのが、そんなに古いことでは無いからです。英国の国歌である『God save the Queen』が英国国歌に定められたのが1825年。英国が国歌を定めて以来、国歌を定めるのが欧州各国で流行になりました。実は国歌は、欧州でも200年程しか歴史が無いのです。しかも、その元歌は、一般に古い民謡や既成楽曲の転用が多いと言いますから、「君が代」が産まれたのも欧米列強に近づきたい明治政府の熱意が生み出したものだったのでしょう。また、『君が代』が昔からある様に思うのは、歌詞が平安時代から日本人に親しまれてきたからだと思います。

さて、手元の古語辞典を引くと、「君が代」とは、

<1>あなたの寿命

例:君が代もわが代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな〈万葉集〉

<2>天皇の御寿命(つまり治世)

例:君が代は限りもあらじ長浜のまさごの数はよみつくすとも〈古今和歌集〉

と言う意味を持っていると解説されています。

つまり、「君が代」自体がひとつの単語として、昔から扱われている事になります。その熟語を分解して解釈を加えるという方法論は斬新なのですが、どうにも説得力に欠ける気がします。

念のために図書館で角川書店の古語大辞典(現時点では一番権威ある古語辞典)を引くと、「君」の意味として

<1>上代の姓

<2>天子または主君

<3>二人称の代名詞

<4>敬意をこめた三人称

<5>人名や官名の下に敬意を表す意味でつけられた語

<6>遊女

という説明がされていました。

「代」の方は

<1>人間が産まれて死ぬまで(一生)

<2>過去・現在・未来の三世

<3>人が生きている間に存在する社会

と書かれてあります。余談ですが、「代」が現代語の「世」に近い意味なのが分かります。

これを見ても分かるように、どんなに意訳を試みても、「君が代」は精々が「貴方の時代」くらいにしか、解釈は出来ないと思えるのでした。

いずれにしても、平安時代頃には、既に「君が代」と言う単語が存在し、最初に書いたような、その「君が代」を使った和歌が古今集で詠われていた事を考えると、どうにも柏木さんの説には同意しかねるというのが一応文学士(国文学専攻)としての感想です。

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2007年5月11日 (金)

イラク戦争と米議会

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070510it05.htm

「米議会の政府監査院(GAO)は9日、イラクで治安維持などに当たる多国籍軍の動静に関する調査報告を、下院外交委員会に提出した。2003年末に、米国を除いて33か国、計2万4000人を数えた多国籍軍は、今月時点で25か国1万2600人となり、兵員数では半減したことが明らかになった。ブッシュ大統領が目標を共有する国々と構築した「有志連合」のほころびが、裏付けられた形だ。03年12月以降の半年ごとの集計によると、米国を除く多国籍軍は04年12月に2万5000人でピークを記録した後、着実に減り続けている。最大勢力の英国軍の部隊縮小でさらなる縮小が見込まれるという。一方、米軍の規模は、選挙などで臨時増派された時期を除くと、13万人前後でほぼ一定していたが、今年初めからの増派で14万5000人に拡大。総兵力に占める非米軍の比率は、3年半で16%から8%まで低下した。報告を受けて、同委のウィリアム・デラハント監視小委員長(民主)は、「米国は今やひとりで戦っている」と述べ、早期撤収を主張した。」
(2007年5月10日読売新聞)

Csm_wood_a イラク戦争は2003年3月19日に開戦宣言、翌3月20日に陸上部隊が侵攻を開始したのですから、今年で丸4年を経過した事になります。米国の開戦意義がどうとか、正義がどうとか云う前に、この兵員の減員は、あまりにも派遣が長すぎたせいだとまず思います。

それにですが、開戦時には多国籍軍全体で26万3千人の兵員がイラクで作戦に当たりました。その内、米軍は21万4千人、英軍4万5千人だった兵力が、現在は米軍約16万人、英軍9千人(2007年中に半減予定)となってるんですから、一番兵員数が激減してるのは、実は米英軍なんです。戦争を主導した国がこんな風で他がついてくる訳もないと思います。しかも米軍はこの記事にもあるように一時期13万人まで兵力を削減していたんですから。

そういう事実をふまえると、政府監査院(GAO)のウィリアム・デラハント監視小委員長(民主)のいう、「米国は今やひとりで戦っている」という言い草が、いかに身勝手で自己中心的な視点でイラク戦争を見ているのかをみて取れます。(この尻馬に乗ってそれに同調する日本のマスコミもあまりに短絡的としかいいようがありません)

半分に兵力が減ったとはいえ、今も多国籍軍としてイラクに残る他の国は、結構これでも頑張ってきたというのが私の分析です。全然綻んでなんかないと思いますが、どうでしょうか?

以下がその参加国と兵力です。

#韓国:3,600人(2007年末撤収予定)
#イタリア:3,000人(2006年12月撤収)
#ポーランド:2,400人
#ウクライナ:1,600人(2005年12月撤収)
#スペイン:1,400人(2004年5月撤収)
#オランダ:1,350人(2005年3月撤収)
#オーストラリア:920人(2006年夏撤収)
#日本:800人(2006年7月末撤収)
#ルーマニア:850人(2006年末撤収)
#デンマーク:540人(2007年8月までに撤収予定)
#ブルガリア:462人
#タイ:450人(2004年9月撤収)
#エルサルバドル:380人
#ホンジュラス:370人(2004年5月撤収)
#ドミニカ共和国:300人(2004年4月撤収)
#ハンガリー:300人(2004年12月撤収)
#シンガポール:180人
#グルジア:160人
#アゼルバイジャン:150人
#フィジー:134人
#モンゴル:130人
#ポルトガル:127人(2005年2月撤収)
#ラトビア:120人
#リトアニア:120人
#ニカラグア:120人(2004年2月撤収)
#スロバキア:102人(2007年1月撤収)
#フィリピン:100人(2004年7月撤収)
#チェコ:98人
#アルバニア:71人
#ニュージーランド:60人(2004年9月撤収)
#トンガ:44人
#エストニア:34人
#マケドニア:33人
#カザフスタン:27人
#モルドバ:12人
#ノルウェー:10人(司令部要員)
#北大西洋条約機構(NATO)訓練要員派遣

1991年の湾岸戦争の際、多国籍軍の総兵力は66万人でした。それでもフセイン政権は倒せなかったんです。戦後、当時の米統合参謀本部議長であったコリン・パウエルは、後に『パウエル・ドクトリン』として有名になる、「圧倒的な兵力を投入し、短期間で敵に勝利することを目指す」ことを提唱しました。今回のイラク戦争では、当時のラムズフェルド国防長官が、この『パウエル・ドクトリン』を時代遅れとして一蹴したことが、今日では敗因とする見方が有るのも事実です。

478pxdonald_rumsfeld_defenselinkイラク戦争で具現化した、いわゆる『ラムズフェルト・ドクトリン』は、よく訓練された中規模兵力とハイテク兵器を一挙に投入して、三次元的な電撃戦をおこなうことが眼目でした。攻撃の目的は敵の指揮・統制機能を無力化することにあります。それによって、敵戦闘部隊は麻痺させられ、抵抗も不活発となっている間に、短期間で敵の重要拠点を一挙に攻略できるとする戦略が『ラムズフェルト・ドクトリン』なのです。

確かにイラク戦争では、この戦略により短期間で勝利を得ました。今では『麻痺戦』と言われているラムズフェルド戦略ですが、彼は戦争と戦闘を同義と勘違いしていたため、戦闘に勝利したのに戦争に勝利できなくなってしまうという教訓を後世に残すことになりました。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog290.html

もちろんですが、開戦前に米軍内では『パウエル・ドクトリン』を支持する勢力が大半で、ラムズフェルド国防長官と激しく対立したのは有名な話です。当のパウエルは国務長官として政権内にいたのも皮肉な話でした。

ベトナム戦争に尉官として出征したパウエル世代は、米軍が再びベトナム戦争のような戦いに巻き込まれたくないと言う意識が強いはずです。そんな彼らが米軍上層部の将官世代になっていた訳ですから、士気が上がろう筈もありません。最近ではイラク派遣部隊の司令官がなかなか決まらない事態もそういういきさつの延長線上にあるということを知っておいても損はないと思います。

このままブッシュ政権が何の解決策も見出せないまま政権を終えるとなると、米軍のイラク撤退は次の政権で実行に移されることは必至です。結局、米国は多民族・多宗教の国であったイラクという近代国家を崩壊させて、19世紀の時代に引き戻した上で、混乱と内戦の火種を巻きに来ただけという存在で終わるのは確実です。この事例はアフガニスタンに侵攻した旧ソ連軍が同地を撤退したあとに、ソ連軍に対して抵抗運動を行っていた様々なセクトが内戦を繰り返し、タリバンを生み出していった姿を見れば明らかなような気がします。

日米「軍事情報に関する一般保全協定」(GSOMIA)

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/p20070508k0000m010160000c.html

「政府秘密情報:漏えい防止策に新組織 来年4月発足へ

 政府は7日、秘密情報の漏えい防止策を強化するための新組織「カウンターインテリジェンス(CI)センター」(仮称)を来年4月に発足させる方針を固め た。CIセンターは、今後設ける情報管理の政府統一基準に沿い各省庁が秘密情報保護策を適切に講じているかを点検する。米政府は日本との軍事情報の共有拡 大で合意したことを受け情報管理強化を求めており、具体策を打ち出す必要があると判断した。

 安倍晋三首相は1月の施政方針演説で「内閣の情報機能の強化」を強調。これを踏まえ政府の「カウンターインテリジェンス(防諜)推進会議」(議長・的場順三官房副長官)は、8月にまとめる中間報告でCIセンターの新設を盛り込む。

 CIセンターは内閣情報調査室の一部署として発足。同推進会議がまとめる機密文書の管理方法や省庁外への持ち出しなどに関する政府の統一基準に基づき、各省庁に情報管理の状況報告を定期的に要請。基準から外れたケースが見つかれば、当該省庁に対応の是正などを迫る。

 秘密漏えいがあった場合の罰則については当面、現行の国家公務員法や自衛隊法などの規定を適用する見通し。

 日米両政府は1日の外務・防衛担当閣僚の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、軍事秘密保護に向けた「軍事情報に関する一般保全協定」(GSOMIA)を締結したため、秘密情報の共有が拡大されることになった。」(毎日新聞)
(関連記事A)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070502k0000m010170000c.html

(関連記事B)
http://www.defensenews.com/story.php?F=2458037&C=asiapac

「Japan and the United States are preparing to sign General Security of Military Information Agreements (GSOMIA), say sources in Tokyo.

The announcement is expected to be made later this month in Washington during the “two-plus-two” talks between Japanese Foreign Minister Taro Aso and U.S. Secretary of State Condoleezza Rice, and Japanese Defense Minister Fumio Kyuma and U.S. Secretary of Defense Robert Gates.

The United States has GSOMIA agreements with more than 60 counties. Japan’s decision to go forward with the agreement will allow the United States to share sensitive technical information on a variety of classified weapon systems with Tokyo. Previously, the sharing of sensitive data was on a case-by-case basis, and Tokyo was further encumbered by legislation that made transfers of sensitive information bureaucratic.」
(.Defensenews.com)

この記事の肝は二つあります。

ひとつは日米が軍事秘密保護に向けた「軍事情報に関する一般保全協定」(GSOMIA)を締結したということ。

もうひとつが「カウンターインテリジェンス(CI)センター」(仮称)を来年4月に発足させる方針を固めたということです。

「軍事情報に関する一般保全協定」は、英語では「General Security of Military Information Agreements」と表記されます。要するに同盟関係の2国間で秘密軍事情報を提供し合う際、第三国への漏洩を防ぐために結ぶ協定(共通のルール)の事です。一般社会でいえばISOに相当するものだと理解すればいいでしょう。

(GSOMIA)
http://www.mainichi-msn.co.jp/yougo/news/20070502ddm001030074000c.html

ここで問題なのは「軍事情報」とは何かの定義の方です。一般的な解釈では、軍事技術情報だけではなく、戦術データ、暗号情報、高度のシステム統合技術など有事の際の共同作戦に必要な情報の全てが協定の対象となるほか、秘密情報活動で得られた情報なども含まれるとされているので、防衛省のみならず、外務省や警察庁、公安調査庁なども、この協定の対象として入ることは確実になります。

ちょっと分かりにくいかも知れませんが、外務省は米国務省から外交情報の提供を受ける際、それが秘密情報活動の内容を含めば対象になるということです。何も特別な極秘情報ばかりではなく、例えば偵察衛星の写真とその解析情報などは軍事的活動(米国では国家偵察局という準軍事組織が衛星写真等の解析や管理をおこなってるので)と米国が見なしていれば日本は対応せざる得ないという事になります。警察庁や公安調査庁はCIAと定期的に情報の交換を行っています。これもまた秘密情報活動の一部が内容に含まれれば対象となる訳です。

こんな具合なので、各省がバラバラに部署を設けて対応することに関して、米国がそれを許さない態度があったと予想されます。(責任の所在を明確にするには総合的な管理と監査の機関が必要という考え方なのでしょう)それで新たに設けようというのが「カウンターインテリジェンス(CI)センター」(仮称)という訳です。この機関は、秘密情報の漏えい防止を目的にした組織で、その活動内容は今後設けられる対象情報の管理に関する政府統一基準に各省庁が秘密情報保護策を適切に講じているかを点検するのが役割です。

既に安倍首相は1月の施政方針演説で「内閣の情報機能の強化」を強調し、「カウンターインテリジェンス(防諜)推進会議」(議長・的場順三官房副長官)が設けられて、8月までに中間報告を行うことが決まっています。

この記事にあるように、「カウンターインテリジェンス(CI)センター」(仮称)が内閣情報調査室の一部署として発足することになると、警察庁が事実上関係各省庁の機密文書等の監察権を持つに等しいことになります。それ故、警察官僚と、他省庁との鍔迫り合いは相当激しいと仄聞しております。

警察官僚や外務官僚は、防衛官僚や自衛官が独自の軍事情報に基づきミサイル防衛等で国防の主導権を握ることに大変な危機感を抱いているというのは想像に難くありません。また自衛隊の地位向上や台頭に伴う暴走にも厳しい目を向けていこうとするのはある意味習性のような面もありますから、この情報管理に関して米国という錦の御旗の元で新たなる霞ヶ関の権力闘争は始まるのではないかと予想されます。

ただ、こうなると例のイージス艦情報の漏洩が、海上自衛官の中国人妻の不法滞在容疑から発覚したというのも、随分きな臭い話となる様な気がしないでもないです。元々自衛官に接近する中国人女性の情報を内定していた神奈川県警の公安が件の自衛官妻をターゲットにして、捜査を行い不法滞在の事実をつかんだ後、軍事機密の漏洩はなかったかと押収物を念入りに捜索したら、単に興味本位で集めていた情報の一部にイージス艦の教育資料を発見してただけなんじゃ。それをタイミングを見ながら公表し、自衛隊の秘密管理は稚拙だというキャンペーンを行ったのではないかと疑いたくなります。これに本気のふりして怒ったのが米大統領府と米国防総省だったのかも知れません。

いずれにせよ、本来の目的である秘密情報の保護という活動が、単なる省庁間の権力闘争にすり替わり、何ら機能を果たせずに脳死状態になるのだけは避けて欲しいモノです。今の日本で一番杜撰で脳天気に放置されてるのが情報の管理なんですから。

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