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2007年5月26日 (土)

その場凌ぎの行政が招いたんじゃ

関東方面で大学の休校や一部閉鎖が広がるに従い、ワクチンの争奪戦が水面下で行われだしている麻疹の大流行。

マスコミは先進国で麻疹の大流行が起こるのは日本だけとか、外国ではMMR免疫の制度が確立されてるとか、また何時もの韜晦モードに突入してますね。

どうして麻疹は大流行したんでしょうか。可能性として考えられているのは、「免疫力の低下」(近年、はしかの発生が減りウイルスに接触する機会が少なくなったため、免疫が低下した人が多いから。)、「10代後半の世代でワクチン接種をしていない人が多い。」という2点が挙げられます。つまり、いま日本で麻疹に苦しんでる世代は、幼児期と小学生の時に、MMRワクチンを接種していない人達に多いといえるでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/d63e3199ebceaac6e05a0836e3895316

では、何故ワクチン接種をしていないのかといえば、こんな経緯があったからです。

「日本では1976年に定期予防接種が導入された。89年春には、はしか、おたふくかぜ、風しんを予防するためのMMR(新三種混合)ワクチンも導入されたが、副作用で死亡したり重度障害を負うケースが相次いだ。接種が中止された93年までの4年間は接種率が落ちた。その後は接種が徹底されつつある。」

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070521k0000e040057000c.html

要するに1989年から1993年までの4年間に、全国で約180万人がMMRワクチンの接種を受けました。その内の1800人(当時の厚生省調べ)が副作用と思われる「無菌性髄膜炎」の被害を受け、各地で提訴の動きが始まると厚生省は接種者の1200人に一人は「無菌性髄膜炎」を発症する可能性があると公表し、接種を中止させたことがあったのです。この措置に伴い接種を受けなかった世代があったことが大流行の原因だといえます。(実際は任意で接種することになっていたのですが、以前は無料で接種できたものが約1万円程度掛かる事になり敬遠されたという裏事情もあるようです)

日本の医療行政は、タミフルの件にしてもそうでしたが、被害が拡大しないと被害を認めないという悪癖があります。そして批判を受けると使用を中止するだけで、あとは訴訟の対応を視野に入れて、個人の責任で薬物を使用する方針を打ち出してきます。今回の流行も任意で接種しなかった側の責任という姿勢で進むでしょうが、それが行政として正しい態度かどうかの検証は常に置き去りです。

本来は薬害を乗り越えて、副作用の出来るだけ少ないワクチンを開発し、国民の健康を守るという医療行政の見識がないといけないのですが、これを批判ないし長期的に監視するマスコミもこの国には存在していません。

10数年前には医師の供給過剰を懸念するといいながら、現在の医師不足を招いたのも、あまりにお粗末な単年度感覚の行政方針のお蔭ですが、こんな調子でバイオテロでも起こされて対応できるのかといえば、それは無理というものです。

日本は世界から見れば、世界で唯一の被爆国であり、唯一の化学兵器テロの被害国です。(ついでにいえばバケツで臨界を起こした稀有の国でもあります)故に、それらに対する医療体制や対応手段は完璧なものがあると思われています。

しかし、実態は起こったことも忘れてしまう健忘症的国民性に助けられて、行政は常に認知症を装いながら生きていける不思議な国なのです。


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コメント

 個々の事象を纏めて俯瞰すると「官僚(的)組織」の悪弊が見えてきますね。
基本的に行政組織は予算の単年度主義が徹底していますから、どうしても自らの行為も単年度主義に陥ってしまいます。
 そこに責任の回避などが入ってきますので、どうしても前動続行や無根拠不動というものが出てきます。

官僚主義=前動続行や無根拠不動は当然なのかも知れませんが、そこを実利に合わせるために政治というものがあって、法律上でも官僚の上に立っている意義を認められているのですから、責任を遡れば国会に責任があるとも、与党に有るとも言えます。

日本の制度疲労は、官僚機構と政治機構の双方に出ていて、お互いにモタレ合って責任をなすり合ってるだけですね。

大丈夫か日本?

 そうですね。官僚組織を統御するのが広義のシビリアンコントロールです。政治が軍事に優先するという狭義のシビリアンコントロールよりも目立たない存在なんですが、重要な責務の一つなのです。
 しかし、それができない政治家を選んでいるという有権者もまた、それ以上に責任十台なのです。

 こうして見ると「このままで日本は大丈夫か?」と聞かれたら「破滅の縁を目を瞑って歩いている状態」と答えたくなります。

P.S.
 統一地方選挙直前にあるTV局が北海道夕張市の市民を取材して、それを報道していたのですが、ある主婦が「私たちは何にも悪いことをしていないのに・・・」と言っていましたが、市当局をチェックすべき議員がそれをしていない。
 また、それら議員を選んできていたのはあなた方有権者であって、何も悪いことはしていないというのは間違いだと私は受け止めていました。

異邦人さん

>「私たちは何にも悪いことをしていないのに・・・」

日本の民主主義というものの現実を良く現している言葉だと思います。何となく真面目に納税してれば国が自治体が何とかしてくれる式の発想がまだまだありますから。しかし年金の問題を見ても判るように官僚機構はいい加減な面も多くあります。それをそうさせない政治家は選挙で国民が選ぶというのこそ、学校でとことん教えるべきなんですが、それを教えて欲しくないかのように国は熱心じゃないのが、この国の制度疲労の遠因かもしれません。

|官僚機構はいい加減な面も多くあります。

 そうですね。その一端を担っていましたから良く判ります。

 政府や地方自治体が「政治家が官僚を統御し、その政治家を国民が選ぶ」という基本原則の教育に対して不熱心というのは今に始まったことでもないですよね。
 学校の教師にしても「教育公務員」だったりしますので余り期待はできません。この辺は私立学校も似たようなものに思います。
 大学教授ですら狭義のシビリアンコントロール以上のことには興味も関心も無いのが普通ですから一般大衆ともなればそれこそ推して知るべしでしょうね。

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