« 何気ないニュースから一掴み | トップページ | 戦争を知らない子供達の現実 »

2007年5月16日 (水)

イラク・アフガン政策統括補佐官という苦労

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070516id03.htm

「イラク・アフガニスタン政策を統括する大統領補佐官職を新設し、ダグラス・ルート統合参謀本部作戦部長(中将)を任命すると発表した。任務を「省庁間での政策立案の調整」としており、国防総省と国務省の対立のために、復興事業やテロ対策で混乱が生じた事態の改善を図る。」

なり手が無くて困り果てていた『イラク・アフガン政策統括補佐官』にダグラス・ルート統合参謀本部作戦部長が任命されました。

ダグラス ルート ( Douglas E. Lute)中将は、2004年6月から2006年7月まで米中央軍の作戦部長を務めた人物です。つまりイラクとアフガニスタンで、その間に行われた作戦の中心にいた事になります。

思い出してみると、2004年4月にはファルージャで反米武装勢力と駐留アメリカ軍の間で、大規模な戦闘が起こり、占領統治の綻びが見え始め、この頃から比較的平穏だったイラク南部でもシーア派イスラム教徒が反米抗議を行うことが増え、更には5月に米兵によるイラク人捕虜虐待が明るみに出て、反米運動は全国的な広がりを見せるに至るという最悪の雰囲気の中で、6月に暫定政権が発足した頃に、彼は中央軍の作戦部長に抜擢された訳です。

彼の軍歴を見ると作戦畑と指揮官を交互に務めるような配置にあったことがよく分かります。さて、そんな彼が今回イラクとアフガニスタンの両派遣軍と国務省をはじめとした各省庁との調整役というべき大統領補佐官職に就く訳です。折しもアフガニスタンでもタリバンの攻勢が起こり、混迷の度合いも深まっています。作戦の神様は何か良い処方箋が示せるのでしょうか。功よりも労の多い仕事だけに、確かになり手がない仕事ではありますね。

(ダグラス ルート中将略歴)

1975年に陸軍士官学校を卒業。第2機甲騎兵連隊へ配属となり、部隊の駐屯しているドイツで新任少尉として任務に就きました。その後大尉で同連隊の中隊長を務めたあと、ハーバード大学大学院で修士号を取得。このあと士官学校の教官を務めています。ついで英国陸軍大学に留学。終了後は第2騎兵連隊の作戦参謀として勤務しています。そして1990~91年の湾岸戦争に出征。帰国後は陸軍参謀本部勤務に転じます。1992~94年は第7騎兵連隊大隊長。次いで統合参謀本部勤務、戦争カレッジでの研究員勤務となり、1998~2000年には第2騎兵連隊の連隊長を務めます。連隊長の後は14ヶ月間統合参謀本部議長の副官勤務のあと、2001年にはドイツ駐留の第1歩兵師団副師団長となり、コソボ紛争へNATO軍のスタッフとして半年間参加。2003年 1月には米欧州軍の作戦部次長に就任します。2004年6月に米中央軍作戦部長となり、2006年7月に統合参謀本部作戦部長に指名され上院の承認を経て就任。

(参考サイト)

http://www.jcs.mil/bios/bio_lute.html

http://www.defenselink.mil/News/NewsArticle.aspx?ID=2733

http://www.ksg.harvard.edu/ksgnews/Features/news/022007_harvard_honors

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

« 何気ないニュースから一掴み | トップページ | 戦争を知らない子供達の現実 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/97581/15092195

この記事へのトラックバック一覧です: イラク・アフガン政策統括補佐官という苦労:

« 何気ないニュースから一掴み | トップページ | 戦争を知らない子供達の現実 »

2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ