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2007年6月 5日 (火)

戦史を学ぶときが来た

マキャベリーは『政略論』の中で「過去を見ながら未来を予測したいと思えば、その地方の住民が長期にわたって、どのような長所・短所を持っていたかを調べればよい。」と書いています。

戦争という歴史の研究にこれを置き換えれば、どの国にも戦い方には国民性が現れるものですから、その点を検討し蓄積することで、次の戦いの際の外交や戦略に活かす素地を作るということになるのではないでしょうか。

そういう意味で第二次世界大戦は多大な犠牲と国富を失わせた訳ですから、その血と肉で得られた体験や記録は必ず後世の役に立てて行かねばならないと思うのですが、どうでしょうか?

日本には戦史叢書(大東亜戦争公刊戦史)という防衛庁防衛研究所戦史部編纂の資料がありますが、その改訂は1966年8月20日発行以来、 1983年2月20日増刷時にあっただけで、その後の発見や研究の成果が活かされているとはいえません。戦争に関して常に反省をするというポーズは得意ですが、自国民へ向けてさえ、この程度の予算しか与えてこなかったというのはなんとも情けないことです。「防衛研究所が引き継いでいた大本営の膨大な史料の整理・分類が、昨年度にようやく完了のメドがつき、立ち遅れが指摘されていた戦史の比較研究に重点を移せることになった。」というコメントも嘆息するばかりです。

日本が明治以来行ってきた中国分析の資産も雲散霧消して、あの国の特性をよく理解せず、外交で失敗ばかり重ねる外務省を見ていると、役所にはこの手の研究が出来ないということなるとおもいます。しかし、大学や政府系のシンクタンクでも同様なのは何故でしょうか。

戦史の話に戻しても、大学の歴史学科で近現代史、特に戦史を専門的に研究するところなぞ、すくなくとも国立大学(今は独立行政法人)系には皆無です。高級官吏や外交官を輩出する東大法学部にしたところで、戦史など体系的に学んではいません。

この辺にも、「戦争」を口にすることは悪であるという一種の洗脳教育を行ってきた、いわゆる「護憲派」運動の弊害が生じている証です。「癌」と言うから「癌になる」、だから癌の研究をすることも止めておくという論理を医師が学会で公言すれば、まともな人物として扱われないと思います。しかし、戦史の研究者に対しては、こうした変な論理を振りかざす輩がいるから不思議です。

本当におかしな国、汝は日本ですね。


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