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2007年12月

2007年12月27日 (木)

何を求めてのことなのか

http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2007/12/27/20071227ddm041040034000c.html

「「軍の強制」との表現はダメだが「関与」ならOK。沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題に、文部科学省が結論を出した。地元の沖縄県民か らは「一歩前進」との評価と「歴史の歪曲は変わっていない」との意見が交錯した。一方で「事実上の検定撤回」と批判する声も。揺れ動いた検定内容に不信感 が残った。」

毎度書いてますが、沖縄戦で起こった集団自決問題を一括りにするという着想や発想自体がおかしいですし、政治的な意図を持って、逆に犠牲者を利用しているとしか思えないというのが私の意見です。

例えば、記事にもあったこの文章を読んでみて下さい。

 「天皇陛下、ばんざーい」。45年3月、村長の声と同時に集団自決が始まった沖縄県渡嘉敷(とかしき)島。母と妹、弟を手にかけた金城重明さん (78)=与那原(よなばる)町=は「村長が命令を発する直前、(現地召集の)防衛隊員が村長に『命令が出た』と耳打ちしたのを同級生が聞いている。当時 は一木一葉に至るまで軍の支配下。集団自決に軍の命令はあった」と強調する。

村長に集団自決の命令が軍から出たと伝えたのは防衛隊員。その耳打ちを聞いたのは、記事にある金城さんの同級 生。つまり金城さん自身はそれを聞いていない。防衛隊員は誰からその命令が出たとは後に証言も残していない。(恐らく自決に加わったでしょうから無理で す)村長もその命令を元に実行したという証言もない。(こちらも自決されたでしょうから無理)これが裁判なら原告は勝訴できますかね。

しかも誰もが見落としがちなのですが、軍命令を伝えた防衛隊員とは何者かということです。何となく軍人かなと思われてる方が多いのではないでしょうか。

沖縄戦では、「国家総動員法」の趣旨に基づき、14歳以上45歳未満の健康な男子は「防衛隊員」として召集されていました。ただし正規軍に属する 軍人ではありません。帝国在郷軍人会沖縄支部(退役軍人の互助組織の沖縄支部)という組織が市町村の集落単位で住民男性を集めて中隊を編成した、いわば義 勇兵の集団なのです。村長、助役などの村の顔役が隊長を兼ねて、部隊の分隊長や小隊長といった指揮官は中国戦線などから帰還した戦場経験者(退役軍曹な ど)がリーダーシップをとりました。つまり地域の行政機関が消防団を結成して火災に対応しようとするのを、戦争に置き換えたような組織なのです。ですから陸軍の正規部隊の構成員ではありません。 軍人でもないんです。故に軍服・武器は支給されませんでした。服装は国民服姿が主立ったようです。したがって日常生活は地域住民として家族と起居をともに していました。その任務は軍と協力し、軍を補助する仕事。戦闘ではなく後方で地域住民を避難させたり、攻撃の被害から守ったりする役割を軍から与えられて いました。そうすることで正規軍は住民保護を切り離して戦闘に専念できるという思想が一般的な当時の感覚だったんです。なにせ日本軍は外国軍と本土で本格 的な戦闘を交えるのは蒙古襲来以来です。何度も侵略を受けているならまだしも、住民を保護しながら戦闘をするという経験が無く、軍の作戦でも恐らくは取り 上げられていない分野だったと思われるほどです。

話が逸れましたが、つまりは、防衛隊員が命令が出たと伝えた村長自身が防衛隊の隊長であった可能性が高いのです。この点は記事では触れられていません。

また、渡嘉敷島という本島から離れた島へ集団自決命令はどういう経路で軍から伝えられたんでしょうか。正規軍の命令系統を考えると、方面軍(第 32軍)司令部から各師団や独立部隊に対して集団自決の命令が起案され、通信部隊によって暗号か予め決めてあった符丁などで発信されます。それを受信した 師団や部隊の司令部通信隊は命令を了解して、各指揮下の部隊に命令を伝達します。命令を受領した部隊は、地域の防衛隊や役所などへ電話や伝令を出して、口 頭、もしくは文面で命令を伝えるというのが通常でしょう。ということは渡嘉敷村に対して命令を出した軍部隊が何処かにいた筈です。それがどの部隊かを調 べ、命令を記録している文章があるかどうかを調べていくのが通常の手順です。もちろん、軍は崩壊してしまい、部隊は解散したり、壊滅したりして、それらが 残されていない可能性はあります。しかし、米軍が回収した可能性もありますし、沖縄外の軍部隊が通信を傍受して記録していた可能性もあります。渡嘉敷島の 場合、「海上挺進第3戦隊」という部隊が防衛に当たっていたんですから、なおさらです。

いずれにしても、渡嘉敷島での集団自決は軍命令であったという方便で、戦後自決した住民の遺族に補償を与えようとしたというのは既に有名な話で す。当事者達も当時はそれが判っていた上でのことだったと思います。しかしそれを知っていた大人達は既に亡くなり、当時は子供であった人々だけになった ら、こういう話になってしまうのですから、同じ日本人同士でもこうなのだというのは肝に銘じないといけません。

ただ、では住民達が悪かったという問題でも無いことを書き添えておきます。記事にあるような沖縄の島などでは、防衛戦が困難なため正規軍は配置さ れないところが多くありました。そういう島では米軍が上陸してきても抵抗する武器すら無かった場合も多かったですし、何より戦う兵士は俄作りの義勇兵で す。本当は沖縄を防衛する第32軍は、これら防衛困難な島々の住民を早期に避難させておくべきでした。(実際には住民が海路の避難は米潜水艦の脅威により 嫌がっていたし、実際運ぶ船舶や護衛も手薄で難しい問題だった)またそれが出来なくなった時点で、無防備都市宣言を出して、住民の保護を米軍へ要請すると いう発想を持つべきだったと思います。

さらにいうなら、沖縄の住民達に未だに沖縄戦の怨嗟を日本政府に向けさせている理由を考えるべきで、其処を反省するべきなんじゃないでしょうか。 戦後64年にもなる中で、沖縄振興のために数兆円もの国費を投入しているのは、沖縄戦への贖罪の意味もあった筈ですが、結局は本土の大企業がそれを食い物 にして箱モノや道路だけ造って、沖縄県民に本土並の所得や仕事を与えてこなかったという失政こそが問題なのだと思います。もしも沖縄県民が日本政府に対し て、此処までして貰わなくてもという風な感謝の念が強ければ、こうした話が今頃まで続いているとは思えませんから。

最後に、記事にはこういう結びがあります。「今回の結論について「軍命をあいまいにする歴史の歪曲。自衛隊の海外派遣を恒常化させるため、軍の負の部分を薄めるのが政府の狙い」と断じた。」

まあ、要するに自分達の政治信条や個人的な目的のために沖縄戦で犠牲になった人々を利用して、平和運動を正当化してるるゲス達がやっているのだという事になりませんか。私は、こういうやり方に一番腹が立ちます。

「どうして?」って。

日本は専守防衛を宣言している国なんですよ。つまり本土に攻め込まれてきたら本土で戦うという宣言を国際的に公認している国です。要するに沖縄戦 が貴方の町で再現されるのを仕方がないと認めてる訳です。なのに、平和運動と称する非戦運動に熱心な人々の歪んだ思想で、未だに戦闘時の住民保護や財産の 保全は完全ではありません。それらを60年近く放置してきた政府の責任に怒りや不安を覚える感覚もほとんどの国民にはないのです。

そうなるまえに外交で解決するという人もいますけれど、日本の外交がそんなに優秀ですか?

「何処かの国が攻めて来るというの」という人もいますけれど、では再び沖縄が侵略されたら、法的にも組織的にも、それに対応する能力がないのを仕 方がないと沖縄の人に言えますか。これを個人に置き換えてみたらどうですか。何の備えもせずに、何かが起こるはずがないという感覚で、あなた方は日常を送 られていますか。自動車を運転される方なら強制保険以外に任意保険だって掛けてらっしゃるでしょう。何のためですか。起こらないかも知れない事故のためで はないのですか。

国も個人も、いざという時に備えるのは当然の事です。国防費の負担というのは掛け捨ての保険のようなものです。それが高すぎる、安すぎるという議論は大いにやればいいですけど、保険を掛ける必要があるなしは、議論する価値もないと思います。

皆さんは、どう思われますか?

2007年12月18日 (火)

平和惚けの唄

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=365212&media_id=2

「防衛省は米ハワイ沖で17日正午(日本時間18日午前7時)過ぎ、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」に搭載した海上配備型迎撃ミサイル (SM3)の発射実験を実施し、標的の模擬中距離弾道ミサイルの迎撃に成功した。米国以外の国によるSM3の発射実験は初めて。「こんごう」(艦長:平田 峰雄1海佐)は来月上旬、長崎県佐世保市の海自佐世保基地に実戦配備される。実験では、ハワイ・カウアイ島の米ミサイル発射施設から17日午後0時5分、 米海軍が標的の模擬ミサイルを発射。「こんごう」は数百キロ離れた海上で探知、追尾し、同12分、SM3を発射して高度100キロ以上の大気圏外で標的の ミサイルを撃ち落とした。日本では、地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)も含め、ミサイル防衛(MD)システムで初の迎撃ミサイル発射実験。米国では02 年からSM3実験を13回実施し、2回迎撃に失敗している。政府は昨年7月の北朝鮮による弾道ミサイル発射実験や同年10月の核実験を受け、来年3月に予 定していたこんごうの実戦配備を2カ月前倒しした。PAC3は今年3月から配備を始めており、日本のミサイル防衛(MD)システムが本格的に稼働する。防 衛省は、12年度までに8000億~1兆円の整備費用を見込むが、倍増する可能性も指摘されている。周辺国がミサイルを発射直後は標的が日本なのか分から ない可能性があるが、集団的自衛権の行使に関する憲法上の課題も残されている。」

写真

現地時間17日12:05、カウアイ島の米海軍太平洋ミサイル射場から、1発の模擬弾道ミサイルが発射されました。これを同島北部海域で待機して いた「こんごう」が、模擬弾の発射と同時に探知して、その追尾を開始。発射から約4分後に、迎撃ミサイル「SM-3」(ブロック1A型)を発射。その約 3分後、高度100キロ以上の宇宙空間(大気圏外)でSM-3は模疑弾の弾頭に命中し、これを破壊することに成功しました。

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「SM-3」とは、弾道ミサイルを大気圏外で撃墜するイージス艦発射用の迎撃ミサイルのことです。今回使用された「SM-3」は米国が独自開 発したブロックIAと呼ばれるタイプです。これとは別のSM-3ブロックⅡを日米が共同で開発を進めています。ブロックIAよりも命中精度や射程などを向 上させた次世代型です。

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今回、実射訓練が成功したことで、日本は「ノドン」や「テポドン1」などわが国を標的とする北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対抗し得る手段を手に入 れたことになるとマスコミは報道していますが、何も北朝鮮の弾道ミサイル専用というものではなく、中国やロシアの弾道ミサイルにも一定の防御力を備えたこ とを意味します。そうは書けないというところに、日本のマスコミの不思議な遠慮が見え隠れしますね。

産経新聞は「イージス護衛艦「こんごう」が日本のミサイル防衛(MD)システムの基幹をなす海上配備型迎撃ミサイル(SM-3)の初の迎撃実験を 成功させたことで、北朝鮮や中国の弾道ミサイルの脅威に対する備えが一歩前進した。ハイテクの粋を集めた迎撃態勢は着々と整うが、一方で機密保全態勢の確 立など、使う「人」の能力向上が課題となる。」と指摘しています。

実は日本全土を海上配備型迎撃ミサイル「SM-3」でカバーするにはイージス艦2隻が常時洋上に配備される態勢を組まなければなりません。そのた めには現在5隻しか存在しない海自のイージス艦のみでは不可能です。現時点ではアメリカ海軍の「SM-3」搭載型イージス艦とペアーになって警戒態勢を組 むしかないということになります。日本が自前で警戒態勢を組むには最低限でもイージス艦8隻態勢が整わねばならないでしょうから、これは大変な負担を国民 にも強いることになる訳です。しかも航空自衛隊が配備する地上配備型のPAC3の整備とセットですからね。

その上、早期警戒のための監視衛星や警戒衛星に関しては、今のところアメリカ頼みです。いくら迎撃態勢が整備されようと、その発射を探知できなけ れば意味がありません。こうした情報をも日本独自で整備していくためには、数兆円規模の国家プロジェクトが必要となってきます。ただ、現在のようなアメリ カからの情報伝達に基づき防衛体制を基礎とした場合、リアルタイムに情報が日本へ伝えられるとは限らないという可能性も考慮しておかねばなりません。ま た、日本では集団的自衛権の行使に関する論議が出来ていません。、アメリカに向かう弾道ミサイルの迎撃を日本が行わないという事であれば、アメリカ側は、 発射された弾道ミサイルの軌道を計算して、何処へ向かって発射されたかを検討した上で、日本に向けられたモノだけを知らせて来るという可能性も当然考えに 入れておかねばなりません。

そうなると数十秒か数分かの時間が失われている訳です。そこから政府が迎撃を指示する判断を自衛隊に出すのにどれだけの時間が必要なのか。そこも 考えておかないといけないということになります。そのためには総理秘書官として防衛省の人間が常に側にいる必要があるという話を念頭に置く必要がありま す。防衛省でも24時間態勢での防空司令部が存在して、発射を指揮する司令官が日替わりで詰めていないといけないということにもなります。仮に1佐の配置 だとしても、陸・海・空の制服組が統合軍として組織され、訓練されていないと機能しないというお話にもなってしまうんです。此処に集まってくる情報の管理 をどうするのかだって、今の自衛隊には深刻な問題でしょう。第一、まだそうした組織が設立され運用されてもいないというのをご存じでしたか。

当然のことですが、政府首脳は東京が攻撃されるという可能性を考慮して避難を行わないといけません。総理官邸の屋上はヘリポートですから、木更津 から陸自のヘリがピックアップに向かう態勢も整える必要があります。そして、そのヘリは何処へ向かうのか。核攻撃をされる可能性のある日本の首都東京とい う事態は、実は昭和20年から60年以上存在していたのにも関わらず、平和ボケの日本では、攻撃される際の政府機能の維持という発想が全くなかったという のをご存じでしょうか。

これがアメリカであれば、ホワイトハウスからヘリでワシントン郊外のアンドリュー空軍基地に大統領や閣僚が移動し、待機しているE- 4"Nightwatch"というボーイング747-200Bをもとに改造された、「国家空中作戦センター」(NAOC= National Airborne Operations Center)へ乗り込んで空中に避難をする態勢が組まれています。NAOCには搭載している電子機器を核爆発による電磁パルス(EMP)から防御にする シールドが施されていて、通信機器を介したアメリカ軍ICBM部隊・SLBM部隊・戦略爆撃部隊の指揮能力を持って、反撃に転じることが出来るようになっ ています。有事には最寄りの空軍基地から護衛の戦闘機が発進し、国内を飛行している最中もきっちりとガードしています。(この辺りの雰囲気は、映画「トー タルファィアーズ」を見ると判りやすいと思います。)

日本の場合、今のところは陸自のヘリは空自入間基地に向かい、航空総隊司令部飛行隊・ 支援飛行隊のU-4多用途支援機に乗り込んで兎に角東京を離れるしかないということになるでしょう。ただこの飛行機から自衛隊や警察・消防に指示を出す機 能は限定的なものですし、防衛省や警察庁、消防庁などの組織は核攻撃の被害を受けて機能をしない可能性がありますんで、それをどうカバーするのかというこ とも考えておかねばなりません。

結局、日本という国は、核攻撃が行われるかも知れない冷戦期、その危険を知りながら、国内の政治上から見て見ぬ振りを決め込み、何の準備も整備し ないまま長年過ごしてきたのです。それが急にTMD構想というアメリカ発の集団的な弾道ミサイル防衛網の一員となることで、見て見ぬふりという自己暗示か ら嫌でも出てこなければならなくなった、そういう気が私はしています。

なにせ、国民が逃げ込める対核用防護シェルターなんてのはひとつもないんです。あの広島、長崎にだってありません。核の悲劇を一番知っている広 島・長崎の人々に再び核攻撃を受けさせないためには、本当は毎年夏に集まって騒ぐだけではなく、両市の地下深くに市民全員が避難できるシェルターを高度成 長期からでも着々と整備しておくという発想がなかったことが悔やまれます。それで市民を本当に二度と惨劇に巻き込まない政治が行えていると胸を張ることが 出来るんでしょうか。ソフト面とハード面での両方同時の対処という発想がないのが日本の政治家と思想家に欠けているところです。

そんな日本に明日、何処かの国が核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射したらどうなるんでしょうか。

最後にもうひとつ申し添えておきますと、今回の実射試験では、技本が研究開発中の「将来センサーシステム」(通称・エアボス)を搭載した海自 UP3C試験母機も現地に派遣されています。エアボスは「こんごう」から発射されたSM-3の飛翔を遠隔地から赤外線センサーによって探知・追尾する性能 評価試験を行ったようです。このエアボスは弾道ミサイルの噴射ガスを探知する高性能の赤外線センサーで、技本が18年度から実用化に向けた研究開発を進め ており、これまでも発射されたミサイルのモニターに成功しています。その内、航空機系の月刊誌で詳細が出てくるかも知れませんのでご注意下さい。

2007年12月13日 (木)

制海権を意識しているか?

071210nj3764116

「東アフリカのソマリア沖で、日本の「ドーヴァル海運」(本社・東京)所有のケミカルタンカー「ゴールデン・ノリ」(6253トン)が海賊に乗っ取られた事件で、同社は12日、タンカーと韓国人、ミャンマー人ら乗組員22人が解放されたと発表した。AP通信は負傷者はいない模様と報じた。タンカーは10月28日に襲われた。AP通信によると、海賊は人質の殺害を予告し、100万ドル(約1億1100万円)の身代金を要求。同社は「米英海軍の協力を得つつ、解放に向けた交渉を続けた」と説明したが、身代金の受け渡しについては「コメントできない」としている。 」

http://mainichi.jp/select/world/news/20071213ddm012030010000c.html

071212n5200f001 解放されたタンカー「ゴールデン・ノリ」はアメリカ海軍(第五艦隊所属のUSS Whidbey Island (LSD 41) )の艦船に護衛されながら現在アデン湾を移動をしている最中です。

http://www.cusnc.navy.mil/articles/2007/253.html

あまりこの事件が日本で報道されなかった理由は乗組員に日本人がいないという点だろうと思われますが、結構深刻な問題なんですよ。

まず、海賊に襲われた日本船が100万ドルの身代金を払うというのは、東アフリカやインド洋、南シナ海などの海賊にとってはまさに福音でしょう。武装もしていない日本船が毎日のように通るし、タンカーなどが多いので船会社は乗っ取られても知らぬふりは出来ません。また保険に入っているでしょうから、海賊との直接交渉はロイズなどの海賊などとも交渉する事に長けた第三者が介在するし、身代金の全額かあるいは一定額は保険でカバーされる可能性も高いので、コスト面で高くつく警備要員の同乗よりはと安易に交渉で解決する方法を選びたくもなります。

国連海洋法条約(「United Nations Convention on the Law of the Sea」1994.11.16)で
定義されている海賊行為の要件は、

①私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客の行為であること 
②行為の目的が私的であること 
③公海を含めていずれの国家の管轄権にも服さない場所にある船舶・航空機・人又は財産を対象とすること 
④行為類型は暴力行為・抑留又は略奪行為という典型的な作為(真正作為犯)であること 近代国際法の基本原則の一つである公海自由の原則を侵害する

これがもしもイスラエルのタンカーだったらどうでしょう。恐らく身代金の交渉は進めるでしょうが、身代金を支払うにしても、そのあとで海賊を特定して報復に出るのは確実です。正規の軍事作戦は採らないにしても、特殊部隊などによる狙撃や爆弾、あるいは事故に見せかけて海賊達は殺害されていく可能性があります。この辺りは映画『ミュンヘン』を見た人なら納得だと思います。だから、イスラエルのタンカーは海賊だって襲いません。

これが英国や米国のタンカーだったらどうか。地中海や紅海、アラビア湾に展開する海軍艦艇による捜索、発見、SEALやSBSによる制圧作戦などが発動されてもおかしくありません。本来欧米の海軍は自国の商船の保護を任務のひとつとしていますから、当然の行動ですし、これは国際法上も認められた警察活動でもあるからです。なにせ近代国際法の基本原則のひとつは「公海自由の原則」なんですから。

海賊は昔からいる海のテロリストです。本来なら、日本も<strong>オイルロード</strong>のある中東やインド洋、南シナ海などで、米英海軍と共に自国商船の保護を任務として、共同で作戦を恒常的に展開しないといけなかった筈ですが、憲法上の制約からアメリカ海軍任せでずっと来てしまった訳です。<span class="large">故に日本人は制海権があるからこそ、食料や燃料が世界中から船によって運ばれてきて生活が成り立っているという意識が大変希薄です</span>。

民主党は制海権活動関わるテロ特措法を政争の具にしてる訳ですが、恐らく党首の小沢氏からしてそういう観念は念頭にないでしょう。社民党のある議員は給油活動を停止してひと月経ったが何ら支障はないではないかと国会で政府を追及していましたが、当然制海権などという高尚な論理は理解の範疇にはないでしょう。

070318n5961c262 日本の国力で太平洋全域を海軍力によってコントロールことは不可能です。ましてや世界中の海となると不可能どころか無理・無茶の類になります。だからこそ、米海軍やNATO海軍と協力できる範囲で支援を続け、艦船を派遣するのは、即効性や即時性はけしてありませんが、長年の積み重ねによる関係の構築が日本商船の航行安全に寄与するのは確かです。

ですから、政府もシーレーンの恒常的な安全確保を日本の政策として掲げ、それに基づく活動として、対テロ活動の支援を国民に訴える努力が必要だと思います。もっとも、政府、外務省、経済産業省、自民党だって、制海権を意識してる人は少ないと思います。

結局は、燃料も食料も途絶して、半年後には備蓄米も食い尽くしてしまい、餓死者が一千万人近く出るという所まで追い詰められないと、目に見えない制海権の問題なぞ意識しようともしないのでしょう。でも、それからでは遅すぎるんですよ。66年前、日本はアメリカ海軍の飢餓作戦で、これと同様の目に遭わされていた筈なんですが、学校でちゃんと歴史を教えていないつけがこういうところに出ている気がします。

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