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2008年2月

2008年2月25日 (月)

威厳無き海軍の堕落が招いた事故

「儀礼的旗章の敬礼」というのをご存じでしょうか。


洋上で一般商船は自国他国を問わず軍艦と行き会えば、船尾のマストに掲げている自国旗を半分下げて敬意を示します。これに対して軍艦は自艦の艦旗か国旗を半分に下げて答礼をするという挨拶のことです。


昔から海の世界で儀礼的習慣として続いてきた、この敬礼の背景には敬意があります。軍艦への敬意、つまり海軍への尊敬の念です。どうしてそんな尊敬が生まれたかというと、海軍が何故誕生したのかという起源を考えれば判ります。元々の海軍は海賊行為や他国の艦船による干渉から自国船を守るために組織されたのですから。商船が安全に航行できるための制海権を保障する機関が海軍なのです。だから、その海軍の日々の活動に対して、商船は敬意をはらうという行為が生まれたのでしょう。商船の自由で安全な航行ができて、私達は食糧や燃料、原材料などを世界中から輸入することが出来るのですから、海洋国家にとって海軍力は今も昔も大切な存在です。


車を運転する者なら、どんな混雑した道であろうと、救急車がやってきたら出来る限り道を譲ります。それは道路交通法に書いてあるからでもありますが、何時自分達がお世話になるかもしれないからという気持ちもあると思います。今回の「あたご」と漁船が衝突した事件でも、漁船側に何時かはお世話になるという気持ちがあれば、自然と航路を譲る気持ちも生まれてきたでしょう。きっとお互いにエールを交わしながら別れていったことでしょう。


そんな日本の海軍力である海上自衛隊は、その中途半端な立場と歪んだ歴史のせいで、そうした尊敬の念が湧きにくい組織にされてしまっています。漁船達が安全に操業できるのも、広義な意味での制海権が保障されているからなのにです。

要するに海上自衛隊に威厳がなくなっているんです。故に、漁船が避けてあげようとは思いもしない存在になってしまっているのです。今回の事件で一番の問題点は此処にあると思います。

もっとも、そういう意識が一部の漁師にはないのも当然です。オホーツク海でソ連の警備船に自国の漁船が銃撃されても、そこに割って入れない海軍力を運用をしてきた政府の不甲斐なさもあって、信頼を醸成出来る状況を作って来られなかったのですから。


もちろん、だから海自の船が航路で横柄な態度をとっても良いとは思いません。安全な航行をする義務はどの船にもあります。ただ今回の事故が起きしてしまった遠因は、こうした点にあるのではないかと思ってしまいます。

2008年2月22日 (金)

どちらも悪いと言える社会でありたいもんです

「防衛省の内部調査は、本当に真実なのか--。海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、防衛省が「12分前に漁船を視認していた」などと訂正したことで、21日、記者会見した清徳丸の僚船の船長たちは「ぶつけられた方が悪いということにならないようにしたい」などと語り、同省の内部調査に疑問を投げかけた。」

 

組合側の説明によると、「清徳丸」を含む7~8隻の船団はあたごの右前方を右から左に航行。「あたご」からは赤の灯火が見えていたと推定されています。「清徳丸」の斜め後ろを航行していた「金平丸」は「あたご」との衝突の危険を感じていったん右転。「あたご」「が進路や速度を変えず進んできたため、今度は左にほぼ180度転回しているのがGPSなどの記録で確認されている。この時点で「あたご」からは緑の灯火が見えたはずだと主張しています。外記新勝浦組合長は「左へ舵を切ったのは金平丸だけ。(見張り員が視認した)緑は金平丸の灯火ではないか」と言っています。

 

一方、海自側の説明によると「あたご」の見張り員が右前方に緑の灯火を視認したのは、衝突2分前の午前4時5分。この時点では船かどうか分からなかったとあかしています。「あたご」は自動操舵のまま10ノットの速度を維持して航行。ところがその約1分後に緑の灯火が急に動き出し、さらにスピードを上げたためようやく船と確認。衝突を回避しようと当直士官が後進を命令し、操舵を手動に切り替えさせたのです。海自側はこの間、緑灯が見えていたと主張。これは「あたご」の右前方を清徳丸が遠ざかる方向に航行していたことを示し、衝突の危険はいと判断していたことを暗示しています。ところが衝突直前に清徳丸が右転したため、左舷の赤灯を視認したと言っています。写真

注目したいのは

     

「左へ舵を切ったのは金平丸だけ。(見張り員が視認した)緑は金平丸の灯火ではないか」

 

    という部分。

 

   
「清徳丸」の前方を走っていた僚船の「幸運丸」の船長、堀川宣明さん(51)によると、「幸運丸」は19日午前3時半の時点で、「あたご」とみられる船を6カイリ(約11キロ)先にレーダーで確認。「あたご」を避けようと、その航路を右から左に速度を上げて通過していた事実。この「幸運丸」の証言のほかに、上にあげた「金平丸」と、その側にいた同じ漁協の「康栄丸」も「あたご」と異常接近をしていて、「金平丸」の船長の市原義次さん(55)は「危険を感じて左右に舵を切った」て衝突を回避したと説明している訳です。「康栄丸」の方は「金平丸」の行動から考えると、減速して「金平丸」を避ける形になったため自然と衝突する進路を取らなかったと推理することができます。

 

   
「清徳丸」は「幸運丸」と「金平丸」の間に位置していて、当初は右から左へ「あたご」の針路を急速に横断を試みていたのが、それでは衝突すると逆方向の左へ舵を切り直して船首を右に向け「あたご」に対して真横を向けた瞬間に、「あたご」の艦首部分に乗り上げられる格好で衝突されたのではないでしょうか。この衝撃でFRPの船体は3分裂され、操舵室はそのしたにある機関部の重みもあって急激に水没。その他は左右に分かれてしまった。そういうことだったのではないかと思います。

 

   
一部の人は偏った報道などから受ける印象で海自悪者説へ誘導されてるようですが、これは典型的な相互誤認による事故でしょう。法規上どうとか言う前に、お互い衝突しないように心懸けていれば事故は起こらなかった。

 

   
我々には回避義務はないとしても、事故を起こさないという観点に立って行動するなら、こちらから避けてやるという精神が大事な筈です。私達も車を運転するなどした場合、例え信号が青で進める権利があるとしても、交差点などでは減速して曲がり、もしもに備える心構えと本質的には同じ事です。

 

   
海自側は、漁船が自主的に回避するのやら、針路をギリギリ横断していくというのを散々見てきた筈です。あちらは小型で小回りが利いて、瞬発力もあるんですから。しかも多くの漁船が周辺海域で走り回っているんですから、大きな護衛艦が右に左に動き回る方が、余計な事故を誘発しかねないという判断もあったでしょう。しかし、それでも減速し、自艦の針路を漁船達に横断させてやりながら、こちらが進路を変えず航行するという意図を明示し、同時に周辺の見張りを厳にするという予防措置を執る判断が当直士官には求められていたと思われます。艦長も状況を瞬時に判断して適切な予防措置をアドバイスするか、あるいは自らが操艦する行為にでてもよかったかも知れません。この点で海自の責任は免れません。

 

   
漁船側も、「あたご」を確認し、この針路からすると自分達の方向へ来るので衝突の危険があると判断した時点で各船は回避の行動をするべきで、あちらが避けてくれるという受け身でいることが正しい行為だとは思えません。こちらには避ける義務はないとしてもです。勝った負けたよりも、安全を優先させて無事に帰港するのが第一の目的である筈です。安全第一の精神が漁協ではどう扱われてきたかの。それを言ってる人がいないのは不思議です。

 

   
また、被害者は何も悪くない式の報道も結構ですが、その辺りを公平に取材して伝えるのもマスコミの義務なのではないでしょうか。なにせ、大型船は日本の周囲に無数に航行し、漁船などの小型船もそれ以上に航行しているんですから。今回と同様の事故は発生する可能性が今庫の瞬間にもあるかも知れません。そうした事態を招かないように警鐘をならすのも大事な仕事なのではないでしぉうか。

2008年2月21日 (木)

イージス艦・漁船衝突ドキュメント

 2月19日

7_3

 3時55分 あたごの艦橋にいた見張り員が前方に漁船の灯火を確認(灯火は赤と白) 当時速力は約10ノット(時速18キロ)であった
4時05分 同じ見張り員が右方向に今度は緑色の灯火を視認
4時06分頃この灯火が速度を増して動き出したため見張り員は漁船であると認識


4時06分頃当直士官の指示で自動操舵を手動操舵に切り替え両舷全速後進を命令

9 4時07分 「あたご」と「清徳丸」が衝突
4時?分  「あたご」から第3護衛隊群司令部へ事故の一報
4時23分 「あたご」から第3管区海上保安本部に事故の通報
4時33分 「あたご」から護衛艦隊司令部へ事故の一報
4時48分 「あたご」が所属する護衛艦隊司令部が海上幕僚監部に連絡


 
10時00分 吉川栄治海上幕僚長と防衛省運用支援課に報告
5時35分 防衛省運用支援課から北村博文官房長官秘書官に一報
5時40分 石破茂防衛相に吉田正法秘書官から一報
5時50分 町村信孝官房長官に北村秘書官から一報
5時55分 首相官邸危機管理センターに情報連絡室を設

6時00分 防衛省運用支援課から連絡を受けた栗生俊一首相秘書官が
12公邸の福田康夫首相に連絡
6時18分 防衛省が連絡対策室を設置
7時00分 海上幕僚監部において事故調査委員会を設

7時56分 首相公邸出発
7時58分 国会で緊急閣僚会議
11時10分 江渡防衛副大臣が現地(千葉県勝浦市)に入って新勝浦市漁協、勝浦市役所等を訪問


883時00分 吉川栄治海上幕僚長が記者会見で、イージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に気づいて回避行動を取っていたことを明らかに。「水上レーダーも正常に作動」


13時28分 福田康夫首相が衆院本会議で「事故は極めて遺憾。絶対にあってはならない。未然に防ぐことができなかったか原因を究明し、二度と事故を起こさないよう対策を講じなければならない」と発言
816時07分 石破茂防衛相が首相官邸で福田首相に状況報告。首相は「引き続き行方不明の方の捜索に万全を期すように」と指示
16時30分 横浜地方海難審判理事所が調査本部を設置。あたごの船体検査に5人を派遣 
17時00分 自民党部会で石破防衛相が衝突までの3分間の状況を説明
17時11分 あたごが海自横須賀地方総監部近くの吉倉桟橋に着岸 
17時12分 横須賀簡裁が、業務上過失往来危険容疑であたごの家宅捜索令状と検証令状を発付
17時25分 捜索に出ていた新勝浦市漁協所属の漁船が
92千葉県勝浦市の川津港に戻って接岸し始める
17時50分 横須賀海上保安部が「あたご」の捜索を開始
18時19分 敷設艦「むろと」が「清徳丸」船尾部の曳航を開始
18時20分 衝突直前に「あたご」と遭遇した清徳丸の僚船「金平丸」の船長が記者会見。海自が二つに分かれた清徳丸の船尾部分を千葉県館山市沖に向けえい航開始
19時11分 海洋観測艦「わかさ」が「清徳丸」船首部の曳航を開始
22時55分 [「あたご」の捜索終了

(自衛隊の捜索態勢)
護衛艦「いかづち」、「はるさめ」、「しらゆき」、試験艦「くりはま」、その他水中処分船1隻、内火艇等小型舟艇6隻、(「あたご」は、捜索活動 を行っていたが、現地を離れ、横須賀に帰港。敷設艦「むろと」、海洋観測艦「わかさ」は漁船を曳航。護衛艦「あけぼの」、「はまぎり」が現地へ航行中)固 定翼機(海上哨戒機)1機、ヘリコプター4機(19日夜間は2機)

(海上保安庁の捜索態勢)
巡視船艇5隻、航空機3機、特殊救難隊員6名


20日

午後、「清徳丸」船首部、船尾部は館山湾に到着後、台船に搭載され、海上保安庁の指定する横須賀の岸壁へ移動する予定。

(自衛隊の捜索態勢)
護衛艦「いかづち」、「はるさめ」、「しらゆき」、「あけぼの」、「はまぎり」、試験艦「くりはま」、その他水中処分船1隻、内火艇等小型舟艇6隻、固定翼機(海上哨戒機)1機
ヘリコプター4機(19日夜間は2機)

(海上保安庁の捜索態勢)
巡視船艇5隻、航空機3機、特殊救難隊員6名

出典: http://mainichi.jp/select/jiken/graph/atagograph0802/

「あたご」漁船衝突事件

      

44 「19日午前4時7分ごろ、千葉県南房総市の野島崎から南南西約40キロの海上で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」=艦長・舩渡健(ふなとけん)1等海佐(52)、7750トン、乗組員296人=と千葉県勝浦市の新勝浦市漁業協同組合に所属するマグロはえ縄漁船「清徳丸(せいとくまる)」(全長約12メートル、7.3トン)が衝突した。漁船はあたごの艦首付近と衝突して船体が二つに割れ、船主の吉清(きちせい)治夫さん(58)と長男の哲大(てつひろ)さん(23)=いずれも勝浦市川津=の2人が行方不明になった。第3管区海上保安本部(横浜市)は巡視船艇や航空機などで捜索する一方、業務上過失往来妨害の疑いもあるとみて、舩渡艦長らから詳しい事情を聴く方針。

10_3

現在の報道を総合すると、マグロはえ縄漁船「清徳丸」の船体中央部辺りに、「あたご」の艦首部分が衝突。その衝撃で船体は二つに折れたと見るのが妥当な感触です。事故当時は夜明け前。漁船は漁の最中、マストの一番上にある緑と白の全周灯をつける義務があるのですが、清徳丸が当時も漁をしていたかどうか不明なため、あるいは移動中で全周灯をつけていなかったという可能性などから、海保は双方に前方不注意があっとみています。

60_2
(写真の中の黄色の物体は「清徳丸」付近を捜索する特殊救難隊隊員)    

ざっと報道などを見ていると、「最新鋭のイージス艦がどうして漁船を見付けられないのか?」的な内容が散見できますが、戦闘状態にあるイージス艦なら世界最強かも知れませんが、通常航行中は普通の船と何ら変わりがありません。船のハンドリングに最新鋭も最古参も関係ありませんから。

 

9_2 (艦中央部にある内火艇が降ろされているの注目)   

さて、イージスシステムは基本的には防空システムですから、今回の事故とイージスシステムを結びつける方が頓珍漢なんです。もちろんSPYレーダーは位相を変えてやれば海面だって走査できますが、普段そんな無意味なことは行っていません。普段航行に使用しているのは水上レーダー(OPS- 28D)です。その水上レーダーのモニターは艦橋の中央右舷側にあります。この情報を元に、左右の張り出し部(ウィング)には見張り員が常に周囲を監視していますし、艦橋内でも操艦の指揮を執る当直士官や各乗員も双眼鏡で周辺の警戒をしつつ航行しているのが通常の護衛艦の状況です。報道ではその要員は都合 10名だったそうです。しかも今回は横須賀に寄港して休みを取った上での出港直後に起きた事故ですから、長期行動中の疲れなどの要因も除外できるでしょう。

結局、これは人為的なミスが重なった典型的なヒューマンエラーの可能性があるように思います。   

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080219-OYT1T00361.htm

62 (艦首部海面近くに衝突痕があるとされています)    

◎捜索救助活動について    
*海上保安庁は巡視船艇5隻と航空機2機を現場に急派。午前5時48分に特殊救難隊の隊員3人がヘリから海上に降り、沈没した漁船の捜索活動を始めた。

   



2008021912640441l (写真左上に海保のヘリが見えます。羽田特殊救難隊基地から飛来したスーパーピューマです)

*海上自衛隊は横須賀基地から護衛艦4隻とヘリコプターを捜索に投入しています。    
(ワザと写真を公表しないのがマスコミらしいところですね)    
特殊救難隊員は清徳丸の船首側と船尾側がそれぞれを確認したが、2人は見つかっていない。中央にあった操舵(そうだ)室が事故の衝撃で破壊されたとみられ、2人は衝突の衝撃で海に投げ出された可能性がある。    

◎「あたご」の行動について    
海保第三管区や防衛省などの発表を総合すると、「あたご」は今年1月21~25日、米ハワイ沖で迎撃ミサイルSM2の発射試験を行い、ハワイに寄港。休養を経て2月6日にハワイを出発。同19日に横須賀基地(神奈川県)に立ち寄り、事故当日は母港の舞鶴港(京都府)に向かうため航行中だった。    

◎「清徳丸」の行動について    
19日午前2時ごろ、僚船の「金平丸」など7隻とともにマグロのはえ縄漁のため勝浦市の川津港を出港。伊豆大島沖でエサとなるサバを釣って漁場の八丈島沖に向かう計画で、同日午後9~10時に帰港を予定していた。

2008年2月15日 (金)

これでいいのか?

「安倍晋三前首相の提唱で、首相官邸の外交・安全保障の情報機能強化を議論してきた政府の「情報機能強化検討会議」(議長・町村信孝官房長官)は14日、最終報告書を決定した。「対外情報庁」(日本版CIA)設立など抜本的な組織改編は見送り、昨年2月の中間報告の微修正にとどめる内容。教育再生会議に続き、安倍前政権の目玉政策に、また一つ幕が引かれた。」

そもそも「情報機能強化検討会議」がどうして2006年12月に発足したのか。これは記事にもあるように国家安全保障会議(日本版NSC)の発足を目指したからです。安全保障に関する国家方針の決定には、内外の情勢分析が必要です。その為には情報をどう集めるか、どう分析するのかというシステムが求められます。日本の場合、海外の情報収集に関しては、外交上の情報収集を外務省国際情報統括官組織が行い、軍事情報は防衛省情報本部と各自衛隊の情報部署が行っています。国内の情報に関しては、警察庁と公安調査庁が治安情報の収集を行うという棲み分けが出来ています。しかしこれらはそれぞれ独自に情報を集めてるだけで、何かの情報の裏付けをとるにも縦割り行政の弊害で上手く行かないケースが多々あったと以前から言われてきました。

例えば、1994年(平成6年)9月に行われたルワンダへの自衛隊派遣を決定する際のこと。現地の治安情勢が著しく悪化しているにも関わらず、外務省はそうした現地の情報を持ちながらもこれを無視。政府には「治安は小康状態」とする報告を上げている。これに対して当時の防衛庁は治安の悪化状況を知り、外務省との間で見解の相違が生じた事があります。外務省は自衛隊派遣の推進派で省益をおもねるあまりに情報を無視する挙にでた訳です。

こうした情報の扱いを巡る対立は、何処の国でも存在します。記憶に新しいところでは、アメリカのイラク侵攻時に主たる目的であった「大量破壊兵器の確保」は、実は虚報であったこと。イランの核兵器開発を非難し続けてきたアメリカ政府ですが、その情報機関が、核兵器開発自体が現在イランで行われていないと議会で報告したということもありました。

アメリカは世界でも一番の規模を誇る情報機関を多数有しています。ただし、それらの情報機関が収集した情報の全てが大統領に届くわけではありません。

現在のアメリカでは国家情報長官の下に連邦政府に存在する15の情報機関が集約されています。情報長官は、大統領の情報顧問として、各種情報の報告や国家安全保障会議に対し助言などを行う役割が課せられています。各機関の情報報告は情報長官とそのスタッフが取捨選択をして大統領に報告される仕組みですが、CIA長官も独自に大統領か首席補佐官に情報を提供することが出来ます。また国防総省も軍事情報に関して首席補佐官に持ち込む場合があると言われていて、それらの情報を政策にどう活かすのか、あるいは判断にどう織り込むかは、最終的には大統領の責任に帰することになります。大半は、国家安全保障会議の討議によって、その判断は決定されることが多いため、大統領の独裁的な判断に基づく指示は、そう簡単には受け入れられない仕組みがあるのも確かです。

現在の日本には、『内閣情報会議』という名称の情報調整及び共有の会議があります。その定期開催は年2回とされています。

議長: 内閣官房長官
委員: 内閣官房副長官(政務2、事務1)、内閣危機管理監、内閣情報官、警察庁長官、防衛事務次官、公安調査庁長官、外務事務次官、必要に応じてその他の省庁からの出席

これとは別に局長級が定期的に行う『合同情報会議』と呼ばれるものが実際の情報調整を行っています。こちらは定期開催が月に2回で、内閣官房副長官(事務)を議長にして、 内閣危機管理監、内閣官房副長官補(安全保障、危機管理担当)、内閣情報官、警察庁警備局長、防衛省防衛政策局長、公安調査庁次長、外務省国際情報統括官、その他必要に応じて各省庁からの出席者で行われています。この会議で必要と判断された情報は官房副長官を通じて総理大臣に報告されます。

この仕組みは、英国の統合情報委員会制度を真似たとも言われていますが、日本の場合は対外情報に関してあまりに貧弱な点が以前から指摘されてきました。また英国には「統合情報委員会」の中に国家情報分析官が数名居て、彼等が会議で報告された情報を独自に分析します。彼等には各情報機関に裏付けを取らせることまで出来る権限が与えられていて、その分析の結果必要と思う情報を首相に直接伝えるルートがも与えられています。もっともイラク侵攻への参加を英国が決定したのは、この情報分析官の誤った情報分析であったのは周知の事実です。しかし、その影響力の絶大さは推して知るべしです。その分析官自体が日本では、これから大した権限もないままに内閣情報室の要員として配置しようというんですから、その結果は何も変わらないでしょう。もっとも佐藤優でも採用するというのなら、これは面白いですけどね。

外務省がどうして情報分析に関して貧弱なのかと言えば、在外公館が収集した情報を分析する組織である「国際情報統括官組織」の定員は80名という、あっと驚く規模だからです。しかも、それでは対応できないために、「専門分析員」という期限付きの職員までいる始末です。もっとも、この、「専門分析員」はのオーバードクターなど修士号や博士号を持ち、外務省が求める専門知識がある人にはひとつの逃げ場でもあるようですが。

お定まりの縦割り行政の弊害で、警察庁、外務省、防衛省、公安調査庁などの情報機関は『合同情報会議』でも情報の出し渋りを当然のようにします。この会議そのものの有効性も危ぶまれていると記事も伝えています。

安倍総理が、国家安全保障会議(日本版NSC)と情報機能強化を政策の両輪に据えたのは、北朝鮮を巡る外交交渉で、何度もこの情報機関の手前勝手な動きや、ミスリードに煮え湯を飲まされた体験からだと推測されます。

この辺りは、

「外交を喧嘩にした男 小泉外交2000日の真実」:新潮社 (2005/1/26)
「外交敗北――日朝首脳会談の真実」:講談社 (2006/7/4)

といった本を読まれればよく理解できるだろうと思います。

NSC構想は法案化され、先の臨時国会に提出されましたが廃案になっています。情報機能強化も福田内閣では失速しました。

日本が独自の安全保障戦略を持ち、対外情報の収集に邁進するのを歓迎しないのは、アメリカや中国、韓国、北朝鮮などの国々です。そして既得権益を守るためなら国家も滅ぼす国家機関の官僚達。色々な思惑がこの国の未来を変えることを望んでいない。

これは、そういうことを意味する記事なんですね。

 

CIA:https://www.cia.gov/

MI6:http://www.mi6.gov.uk/output/Page79.html

MI5:http://www.mi5.gov.uk/

ひねくれた視点ですかね

「沖縄県での米海兵隊員による女子中学生暴行事件を受け、同県議会は14日、米軍人の綱紀粛正などを日米両政府に求める抗議決議や意見書を全会一致で可決した。」


沖縄でも、それ以外の土地でも、米軍兵士の起こす犯罪に関しては、その内容次第では外交問題にすべしで、これくらい騒いでも全然構わないと思いますよ。
駄目なモノは駄目ということも大事です。民意を示すのも大事です。


でもね、女性への暴行事件は米軍兵士だけが起こしてるんじゃないんですよ。日本人の方が統計から見たら圧倒的に多いでしょう。一昨年でしたが、滋賀県内を走る特急列車の車内で婦女暴行事件が起こったのをご存じですか。犯行が行われた車内には他にも乗客がいたそうですが、誰もが見て見ぬ振りだったんです。JR西日本はこの事件後、特急列車の各車両に非常ブザーをがあることをアピールし、犯罪や事故が車内であったらこのブザーを押してくださいと言ってました。(実際はブザーを押すと電車は緊急停車し、車掌が駆け付けてきます。もちろん後続車も衝突しないように自動的に止まってしまうんで、迂闊に押せないもんです)


しかし滋賀県議会や県内の市議会などで、抗議決議や意見書が出たという話しを寡聞にして知りません。米軍兵士が起こした暴行事件なら激しい憤りを禁じ得ないけれど、日本人なら憤らないなんてのはあり得ません。犯人へは通常よりも重い罪を求刑して欲しいという嘆願書を議会が出しても良いんだし、通報しなかった乗客達に憤りを感じると声明を出したっていいでしょう。詮索好きなマスコミも、乗客を捜し出して、ここぞとばかりにインタビューしないてはないんですが、消極的でしたね。


嫌らしい詮索ですけど、沖縄の場合 軍人・軍属らによる事件、事故が発生したら、すかさず糾弾するのが、票につながるんじゃないですか。だからやってませんか。
性的暴行事件はぜったに許さない。そういう視点で全国的に憤って祭りになってもいいじゃないですか。


けしてこの問題を政治の道具にしないで欲しい。
そう思えて仕方がないんです。

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