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2008年11月 2日 (日)

「海軍休日(Naval Holiday)」

皆さんは「海軍休日(Naval Holiday)」という言葉をご存じですか?

1921年1月にアメリカでワシントン海軍軍縮会議が開かれました。この会議の主旨は、第一次大戦後、新興海軍国であるアメリカ合衆国が世界第一主義を標榜し、戦艦をはじめとした艦艇の建艦に着手したことにより、英・日の両国もこれに対抗して建艦競争を行い、建艦競争が起こったことにより、その競争に伴う建艦費、維持費の膨張をどうするかでした。この頃各国の財政に建艦競争が重い負担を強いていたからです。例えば日本に おいては、その予算は歳出の3分の1にも達し、さらに増大することが予想されていたのです。

終わり無き建艦競争は国家の財政を破綻させる。その危惧を政治課題にしたのは、国民への税制面での負担軽減を公約に当選したアメリカの大統領ウォレン・ハーディングです。彼は財政節減のためには、軍事費の大幅な削減を行なわなくてはならないと主張し、そのためには建艦競争を終わらせるための国際的協定が第一である考えたのです。

そこで海軍軍縮に関する国際会議の開催を列国に提案。

同様の悩みを抱えていた列国政府は、この提案に賛同して、最初に書いたワシントン海軍軍縮会議が開かれたのでした。アメリカは、この機会に台頭してきた対抗馬の日本に一定の枠を押しつけようとも画策します。これ がアメリカ発案の「五・五・三艦隊案」です。米英の主力艦5割に対して、日本を3割に制限を加えようとするアメリカ案に、当然日本国内の世論は激昂しまし た。一枚岩の日本海軍を分裂させる契機にもなった言われているほどです。田母神前空幕長がアメリカに嵌められたという思いに敷衍されているのは、こういうアメリ カの外交を示してるのでしょう。

しかし、この時日本の代表として会議に出席した海軍大臣加藤友三郎は「国防は軍人の専有物にあらず。戦争もまた軍人にてなし得べ きものにあらず。仮に軍備は米国に拮抗するの力ありと仮定するも、日露戦争のときのごとき少額の金では戦争はできず。しからばその金はどこよりこれを得べ しやというに、米国以外に日本の外債に応じ得る国は見当たらず。しかしてその米国が敵であるとすれば、この途は塞がるるが故に結論として日米戦争は不可能 ということになる。国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養し、一方外交手段により戦争を避くることが、目下の時勢において国防の本義なり と信ず。」として、この不利な比率を敢えて受諾する決意を固めます。部内の声高な反対意見も彼の見識の前に口を閉ざさざる得なくなったといわれていますが、下級士官には割腹自殺をする騒動などが起こりましたが、政府は勿論加藤の意見に大賛成でした。

敢えて書きますが、加藤友三郎は日本海海戦の際に東郷平八郎連合艦隊司令長官の参謀長を務めた海軍軍人です。軍人は戦争大好き的な観念がまかり通る昨今、私達の祖先にはチャンと国益を考えられる軍人が居ました。(というかこれが論理的・科学的には普通なんですけれども)

       (加藤友三郎大将)

こうして老朽艦のみならず建造中、計画中の戦艦を廃棄し、各種の制限を定め、主力艦の建造はむこう10ヵ年休止する協定は結ばれます。その後、休 止期間が終る前に行われたロンドン海軍軍縮条約によって、さらに5ヵ年の延長をされます。そして1935年には、さらに5ヵ年の延長を目指して第二次ロン ドン海軍軍縮会議が開かれますが、これが不調に終わり、ロンドン海軍軍縮条約の失効(1936年末)をもって海軍休日は終了することになりました。この不 調の理由には様々な原因がありますが、今は書かずにおきます。

条約の失効を迎えて、各国がどれだけの戦艦を建造したか。ちょっと下を見て下さい。右は就役年月日を示します。

<アメリカ海軍>
Washington BB-56      June 01, 1940
North Carolina BB-55  June 13, 1940
South Dakota BB-57    June 07, 1941
Massachusetts BB-59   Sept.23, 1941
Indiana BB-58         Nov. 21, 1941
Alabama BB-60         Feb. 16, 1942
Iowa BB-61            Aug. 27, 1942
New Jersey BB-62      Dec. 07, 1942
Wisconsin BB-64       Dec. 07, 1943
Missouri BB-63        Jan. 29, 1944

<イギリス海軍>
King George V         Feb. 21, 1939
Prince of Wales       May. 03, 1939
Anson                 Feb. 24, 1940
Duke of York          Feb. 28, 1940
Howe                  Apr. 09, 1940
Vanguard              Nov. 30, 1944

<フランス海軍>
Dunkerque      Oct. 02, 1935
Strasbourg     Dec. 12, 1936
Richelieu      Jan. 17, 1939
Jean Bart      Mar. 06, 1940

<ドイツ海軍>
Scharnhorst    Oct. 03, 1936
Gneisenau      Dec. 08, 1936
Bismarck       Feb. 14, 1939
Tirpitz        Apr. 01, 1939

<イタリア海軍>
Vittorio Veneto   July 25, 1937
Littorio          Aug. 22, 1937
Roma              June 09, 1940

<日本海軍>
大和            Aug. 08, 1940
武蔵             Nov. 01, 1940

無条約時代になって、日本が建造できた戦艦はたったの2隻。イギリスは6隻、アメリカは10隻。「五・五・三」どころの比率じゃありませんでした。国内で評論家気分で幾ら声高に叫ぼうが、議論しようが、国家には歳入があって予算が決まるもの。また限られた工業力があります。加藤友三郎の言葉がいかに真理を突いていたかは明らかです。

それじゃ、どうして日本は米英戦にうって出たのか?

陰謀史観で見たらアメリカかイギリスに嵌められたんですが、中立を標榜しているアメリカを第二次世界大戦に引き込むため、ドイツ戦に参戦するため、三国同盟を結んでいた脳天気な日本を利用した・・・などなど後付でも色々言えそうです。

とまあ、そういう話しは他でするとして、皆さんに質問です。貴方は上の戦艦の中で、どの戦艦がお好きですか?

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