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2009年1月

2009年1月27日 (火)

「クメール・ルージュ裁判」というのを御存知でしょうか

http://www.mofa.go.jp/mofaj/i/press/danwa/2006/das_0703.html

「クメール・ルージュ裁判」というのを御存知でしょうか。

カンボジアで1970年代後半に自国民大虐殺を行ったクメール・ルージュ(ポルポト)政権の幹部を裁くため、国連の技術的・資金的協力を得て3年 間の予定でカンボジア国内裁判所に2006年6月13日に設置された特別法廷(ECCC=Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia)のことです。

日本はカンボジアの最大の支援国として、クメール・ルージュ裁判を重視して、国連負担分予算(3年分、約4,300万米ドル)の半分に相当する約 2,160万米ドルを拠出し、判事として野口元郎(のぐち もとお)国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)教官兼外務省国際法局国際法課検事を派 遣するなど、裁判の運営を支援する外交努力を展開してきました。特別法廷は二審制で、2007年11月から一審の公判が開始されています。一審裁判官(判 事)はカンボジア人3人と外国人2人で審理が進められ、二審はカンボジア人4人、外国人3人で構成され、野口氏は二審判事を務めます。
http://www.cambodia.gov.kh/krt/pdfs/Royal%20Decree%20appointing%20Judges%20etc.pdf

その割りに日本のマスコミはほとんど関心無し状態なんですけどね。

法廷は訴追対象者として、ポル・ポト元首相が1998年に死亡しているため、政権ナンバー2だったヌオン・チア元人民代表議会議長(82)やナン バー3のイエン・サリ元副首相(83)、タ・モック元軍参謀長・最高司令官(80)らを含む5~10人の元最高幹部らを大量虐殺の罪や人道に対する罪など で訴追したい意向でしたが、カンボジア政府が強く抵抗を示したため、その人選が難航しました。

どうしてこんなことになっているかと言えば、現カンボジア政権自体がクメール・ルージュ政権時代に、権力闘争などでベトナムに亡命した指導層で運 営されているということ。さらにクメール・ルージュを投降させる際に、当時の暫定政府が免責を約束していた点などがあると言われています。

要するに本当の反対理由は、訴追された幹部の証言次第で、現政権の閣僚が訴追される可能性を怖れたということなのでしょう。

こうした紆余曲折を経て、まず、2006年7月に、多くの犠牲者を出した政治犯収容所S21(トゥールスレーン)の元所長ドゥック(Duch、本 名:カン・ケク・イウ、Kang Kek Ieu、65)が訴追され身柄が拘束されます。ついで、2007年9月にヌオン・チア(Nuon Chea)元カンボジア人民代表議会議長(82)が身柄を拘束され、同年11月に政権ナンバー3だったイエン・サリ(Ieng Sary)元副首相兼外務大臣(78)と妻のイエン・チリト(Ieng Thirith)元社会問題相(75)の二人が身柄を拘束と続き、キュー・サムファン(Khieu Samphan)元国家幹部会議長(76)も同月に訴追されて身柄が拘束されるに至りました。なお、訴追対象者として有力だった軍最高司令官のタ・モック は、2006年7月に80才で死去し訴追を免れています。

昨年、この裁判は困難の連続でした。2月にイエン・サリ元副首相が体調悪化のため入院。ヌオン・チア元人民代表議会議長は公判前拘置に不服申し立 てを行い審理の延期を要請。7月にはイエン・サリ元副首相の弁護団が、被告はすでに過去、大量虐殺で有罪となった上で国王恩赦を受けているため再度、特別 法廷での本裁判に付されるべきではないとの主張を展開。

今年に入ると1月にヌオン・チアの弁護団が、クメール=ルージュ法廷における収賄容疑で、同法廷のカンボジア政府側最高責任者スィアン=ヴィソッ トに対する刑事訴訟手続に入るようプノンペン市裁判所に提訴するという戦術にでます。訴えによると同法廷のカンボジア人従事者たちが給料の一定割合を上司 たちへ強制的にキックバックさせられていると非難していて、同法廷の前人事部長カエウ=ティヴットの占めた役割についても調査を求めています。しかもこの 提訴はプノンペン市裁判所に受理され、近々捜査が始まる予定です。

当たり前ですが、この収賄で動いているとされる金銭の半分は我々の税金から拠出されたもの。 日本政府は法廷の運営に関してカンボジア政府に圧力を掛ける立場にあるのですが、国政が今あんな状態なので誰も関心を示す様子がないのを良いことに外務省も動く気配がありません。

どうして日本が動かないといけないかといえば、この法廷に対する国民の支持がカンボジアで失われていく動きが広がれば、公正な裁判を期待していた カンボジア国民に、その運営を支援してきた日本への失望感が広がりかねないからです。大半の日本人が忘れていますが、日本はカンボジアの復興支援と民主化 の過程で選挙監視に当たっていた日本人警察官が殉職するという犠牲を払っています。それだけに責任を持って民主化に当たらないといけない立場なんですが、 相変わらずの”金だけ出して口は出さない”メッシー君外交。

こんなんでいいのかね。

どうすればいいのやら

http://www.asagumo-news.com/news.html

「空自F4戦闘機の減勢に伴い、防衛省は島嶼部に対する侵略や領空侵犯などに実効的に対応する体制を確保するため、7空団204飛行隊(百里)の F15戦闘機と83空302飛行隊(那覇)のF4EJ改戦闘機を20年度内に配置換えすることを決めているが、その第一弾として1月8日、百里基地の F15戦闘機10機が那覇基地に空輸された。同10日までにF15約20機すべてが那覇に到着し、204飛行隊は“新天地”那覇で年度内の運用開始を目指 す。」
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一般には関心がない話かも知れませんが、航空自衛隊は今や日本の最前線となった南西航空混成団の戦闘機部隊、第83航空隊・第302飛行隊の配備機であるファントム(F-4EJ)が旧式化し退役するため、百里基地に展開する第7航空団第204飛行隊のイーグル(F-15J)を沖縄へ配置換えすることにし、これを完了しました。
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これまで中国を刺激するという政治的な配慮からイーグルの配備を遠慮していたというんですが、今回の302飛行隊の移駐は、現実問題として空自からファントムが去るため、イーグルしか配備できなくなったという異常事態を物語っています。要するにF-15の後継機が決まらず、これまで必ず主力戦闘機は二枚看板でやってきた伝統が崩壊し掛かってるということです。

実際に、今月16日の空幕長会見で、外薗空幕長は次期主力戦闘機FXの機種選定について、「現在、候補という形で6機種があり、議会による禁輸措置のため情報が開示されていない米のF22最新鋭ステルス戦闘機以外はほぼ必要な情報が得られている」ことを明らかにしました。その上で、「わが国を取り巻く戦略環境として、近い将来わが国周辺にもステルス機を保有する国が出てくるだろう。その時にわが国にステルス機がないというのは防空面と軍事的バランス面でデメリットがある。防空面ではわれわれもステルスを持ってそれをどうやって発見、探知、追尾するかを勉強せねばならない。周辺国にあって日本にはないのは大きなハンディキャップを背負うことになりかねない」と述べた。最終的にF22を取得できるかについては「私どもはF22に強い関心を持っているが、まだ何 とも言えない。全般状況を踏まえながら情報収集に努めたい」と述べるにとどまってはいます。
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ですが、オバマ新政権の誕生を前にして、日本は(航空自衛隊は)F-22をまだ諦めてませんよという、これはアピールです。折からアメリカは空前の経済危機に突入。F-22の生産数も予定数通りに生産されるどうかも判らない情勢です。また米空軍関係者は2010年11月にはF-22ラプターの生産ラインは閉鎖されるという話をしています。予定数を下回った生産ではメーカーも採算が取れにくいとなれば、ステルス技術の海外移転を恐れるよりも、軍需産業振興の観点から、輸出向けに一部スペックダウンしたF-22の改造機型が出てくる可能性もあるかも知れません。

空幕長の発言は、此処で日本が主力戦闘機の後継機として全面的にF-22を支持し、150機程度を買う意志が示せたら、アメリカ議会も自国の軍事産業を守るための妥協を期待する表明なのかもしれないですね。

でも、1機200億円とも言われる高級機が三桁単位で買えるほど日本の財政も豊かじゃないと言うのも事実です。これは、どうすればいいのやら・・・。

2009年1月23日 (金)

やっぱり日本に金をだせってことか

http://mainichi.jp/select/world/news/20090123ddm002040053000c.html

「韓国人強制連行被害者らによる慰謝料請求訴訟で韓国最大手の製鉄会社「ポスコ」(旧・浦項製鉄)は22日、被害者救済の基金へ出資するよう求めたソウル高等裁判所の和解勧告に対し異議申請書を提出した。韓国の裁判所が戦後補償問題で韓国企業の社会的責任を促した初の和解勧告が不調に終わったことで、被害者らが準備を進めている基金創立に向けた資金集めは厳しい見通しとなった。」

「韓国人強制連行被害者」というのは、日韓併合時代を経て日本人になった朝鮮半島の人を、日本が日本本土に強制連行して苦役をさせられたと訴えている、あの強制連行の人々のことです。

日本でも同様な訴訟が起こりましたが、1965年に締結した『日韓条約』(正確には「日韓基本条約」や「日韓請求権経済協力協定」などの総称)では、締結交渉の中で、日本が経済協力資金を拠出する代わりに、韓国が個人補償など8項目の対日請求を放棄する方針に両国が同意しています。日本の裁判所は、同協定で対日請求問題が「完全かつ最終的に解決された」と明記されており、韓国政府と同国民の対日請求権が消滅したとする解釈を示して門前払いになっていたと記憶しています。

1965年当時の韓国は朝鮮戦争の痛手から立ち直り、国家を再建していく過程で日本からの資金援助を必要としていた時代背景がありました。『日韓条約』はいわば、その資金を引き出すために結ばれたといっても過言ではありません。実際、日本との請求権経済協力協定による経済協力資金(無償3億ドル、有償2億ドル)を得て、韓国政府は重工業を興すことから始め製鉄会社「ポスコ」(旧・浦項製鉄)を設立したという経緯があります。この後もベトナム戦争に韓国軍が参戦し、その見返りとしてアメリカ政府から資金を引き出したりもして、「漢江の奇跡」と自画自賛した韓国経済の隆盛を作る基礎を固めたという歴史は、軍事独裁政権であった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領時代の話なので、どうやら民主化以降の韓国国内では忘れられた歴史になっているようです。

ソウル市内の地下鉄建設も最初の路線工事の原資は日本のODAから出た資金ですし、『日韓協定』以後に、有償・無償を含めて現在の価値で2兆円以上の資金が韓国には提供されたと言われています。

記事にもあるように韓国最大手の製鉄会社「ポスコ」(旧・浦項製鉄)は、日韓国交樹立の際に締結された援助金のうち1億1950万ドルをつぎ込んで、1968年に設立された会社です。同時に日本は造船技術も韓国に提供し、製鉄所の鉄が造船所で船になり、一時は世界一の造船大国になる基礎を固める道筋をつけたのも、この頃の話です。

今回の裁判で原告である韓国人強制連行被害者達は、請求権経済協力協定で韓国に提供された5億ドルは韓国国民への戦後賠償金であって、それを国が使うのは不法であり、国民一人一人に支払うべきだという論理から、その資金の約4割を使って設立された「ポスコ」を訴えたという訳です。つまり、「ポスコ」は被害者の受け取るべき資金を使ったため補償が妨害され、精神的苦痛を受けたという趣旨での提訴でした。

ソウル地裁は2007年8月に、その訴えを棄却。原告が控訴していたので、裁判所は和解勧告を出して、被害者を救済する基金を設立することにして、「ポスコ」にも資金の拠出を求めたが、それが拒否されたというのが記事の内容です。

この動きには実は裏があります。

盧武鉉前政権時代の2005年1月。日本の経済協力資金で1975年に実施された民間請求権補償法が不十分だったとして、盧武鉉大統領は追加支援を表明。2008年6月に、死傷者1人当たり2000万ウォン(約134万円)以下の慰労金支給などを盛り込んだ『国外強制動員犠牲者等支援法』が施行されました。申請者約3万5千人の中から、約7千名が支給を受けたとされていますが、政府は財源不足を理由に支援法対象者から無傷の生存者を除外したために、運動を続けてきた被害者団体内部で死傷者家族と生存者との間に亀裂が生じていました。

そこで被害者団体の一部勢力が、政府の財源不足を補充するため、日本の経済協力資金で設立された「ポスコ」や「道路公団」に資金拠出を働きかけをはじめ、それが上手く行かないために、「ポスコ」に慰謝料を求める訴訟へと動いたのでした。ポスコ訴訟を起こした崔鳳泰弁護士は「ポスコが和解に応じて基金に拠出すれば、他の企業も同調する可能性がある。最終的には日本の責任ある企業にも働きかけ、日韓の和解を目指したい」という趣旨の考えを話しています。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090116ddm007040112000c.html

要するに韓国で前例を作り出し、次に日本で強制連行された労働者を使役したとされる日本企業にも同様に資金の提供を求めるというのが本当の狙いでしょう。日本政府を訴えても裁判自体が門前払いとなるのなら、民間企業へその矛先を向けるしかないというお話しです。

ついでに書いておけば、日韓の和解をしたいんだったら竹島をまず和解交渉の俎上に載せなさいって。

まあ、こんな陰険戦法を考えつくのは、北朝鮮のイリーガルな連中なんじゃないですか。

私見ですが、朴大統領の方針は今の韓国を見たら判るように、正しかったと思います。もしも戦後賠償金を国民に分配してたら、そんな僅かなお金はとうに使われてしまい、韓国は未だにユニセフが食料援助をしないといけない最貧国の一つだったかもしれませんし、民主化なんて夢のまた夢だったかもしれません。

自分達の過去の歴史を学ばないということの愚かさを知る反面教師のようなお話しです。

2009年1月22日 (木)

「あたご」の事故にひとつの判断が出た

http://mainichi.jp/select/today/news/20090122k0000e040072000c.html?link_id=TT005

「海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が昨年2月に衝突した事故の海難審判で、横浜地方海難審判所(織戸孝治審判長)は22日、あたごの所属 部隊、第3護衛隊(当時は第63護衛隊)に対し、安全航行の指導徹底を求める勧告をするとの裁決を出した。審判所は「あたごが動静監視を十分に行わず、清 徳丸の進路を避けなかったことが事故の主因」と判断した。裁決が確定すれば、海自組織に対する勧告が初めて発令される。裁決は一方で、事故時の当直士官、 長岩友久・前水雷長(35)ら個人4人への勧告は見送った。」

実際に事故に関しての操艦を担当した当直士官、後潟桂太郎航海長(36)と安宅辰人船務長(44)と長岩友久・前水雷長(35)、それに艦長の舩渡健(53)に関しては、個人としての責任は海難審判では問わないが、事故を起こす原因となった安全航行に関する問題での指導不足を重く見て「あたご」が所属する護衛隊に勧告をだすという判断をしたという記事です。

海難審判所の勧告は、元々海難審判自体が、海難事故の原因を究明して、同じ事故を繰り返さないという目的のためにあるので、こういう話になってるということです。ただし勧告を受けて是正を行わないで放置しておけば、もちろんいけない話です。特に海上自衛隊は国の機関ですから、他の船舶の模範とならないと行けない立場でもあるんですから尚更です。

実は海難審判の審理の過程で、昨年の9月12日に開かれた第3回海難審判で、あたごが所属する第3護衛隊(京都府舞鶴市)を代表して出廷した前司令の末次富美雄一等海佐(52)が、安全運航の教育指導の在り方を問われて、「艦長に任せていた。反省はある。これまで出入港時だけだった部隊による運航指導などの調査を通常航行時でも行う。また、艦橋とレーダー監視を担当する戦闘指揮所(CIC)との連携不足については当直員に能力や知識はあるが、緊張感がなかったとの印象だ」と証言。組織の責任を認める踏み込んだ発言をしていました。

ですから、今回の「裁決」はある程度予想された範囲内の裁定だったといえると思います。

ただ、本当は海難審判所がさらに踏み込んで置かねばならなかったのは護衛艦の乗員定数の問題だったのではと思います。

「あたご」型は満載排水量1万トンを越える大型の軍艦ですが、乗員定数は300人。実際は280人程度しか乗っていません。四半世紀前のミサイル護衛艦「たちかぜ」型は「あたご」の約半分の排水量で定員は250人だったのにです。

海上自衛隊は省力化という名目で、大幅な自動化や少人数化をすることで、現実に起きている護衛艦の定員不足を糊塗してきました。しかし「あたご」の事故でも判ったように、20名の当直員が各部署で任務に就いていながら、その連携は悪く、操艦指揮を執る当直士官の判断も稚拙であった訳です。これは副直士官の時代から操艦の上での訓練が不足してきたという推測を呼びますが、その点も海難審判所は踏み込みませんでした。現実にはCICに当直士官が詰めていることも多く、いわゆるハンドリング(操艦)に関して、昔の(昭和50年代頃まで)初級士官に比べると操艦技術に自信が持てる士官ばかりではないのではないか。当直士官としての資質を単に知識だけで計っていないかなども迫ることが出来たでしょう。

ですから、護衛隊への「勧告」というのは、こうした意味も含まれていると海上自衛隊側が「勧告」の意図をくみ取る努力をしない限りは、事故は再び繰り返される可能性があるのではないかと言えるのかも知れません。

2009年1月21日 (水)

オバマ大統領就任演説 「変革」から「行動」へ

http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-35963620090121

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「第44代米大統領に就任したバラク・オバマ氏は20日、2つの戦争や極めて弱い経済という「危機」に米国は直面しているとし、大胆かつ速やかな行動を約 束した。就任演説原稿で「われわれが直面する課題は現実的かつ深刻で、多数に及んでいる」とした上で、「これらは容易に、あるいは短期間に解決できるもの ではないが、必ずやり遂げる」と述べた。」

就任式で一番印象深かったのは、司会者が「Barack H Obama」と呼んだの対して、オバマ大統領の方は「Barack Hussein Obama」とイスラム教徒風のミドルネーム「フセイン」ハッキリ口にしたことでした。無論彼はキリスト教徒に改宗してるんでしょうが、選挙中は誤解され ないように、ワザとそうは言わないで来た面もあったようですから。

オバマ大統領は選挙中「Change」(変革)というキャッチフレーズで大衆の心に訴えかけてきましたが、就任演説では「Action」(行動) を国民に呼びかけているように私に聞こえました。国が「変革」を起こすのを待つのではなく、国民1人1人が変革に向けて自ら「行動」せよと訴えかけているとでもいいましょうか。

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では、その演説の全文をここに紹介します。

 国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期に語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐 が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、「我ら(合衆国の)人民」 が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。 経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、エネルギーの使い方が地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

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 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

(原文)
My fellow citizens:

I stand here today humbled by the task before us, grateful for the trust you have bestowed, mindful of the sacrifices borne by our ancestors. I thank President Bush for his service to our nation, as well as the generosity and cooperation he has shown throughout this transition.
Forty-four Americans have now taken the presidential oath. The words have been spoken during rising tides of prosperity and the still waters of peace. Yet, every so often the oath is taken amidst gathering clouds and raging storms. At these moments, America has carried on not simply because of the skill or vision of those in high office, but because We the People have remained faithful to the ideals of our forbearers, and true to our founding documents.
So it has been. So it must be with this generation of Americans.
That we are in the midst of crisis is now well understood. Our nation is at war, against a far-reaching network of violence and hatred. Our economy is badly weakened, a consequence of greed and irresponsibility on the part of some, but also our collective failure to make hard choices and prepare the nation for a new age. Homes have been lost; jobs shed; businesses shuttered. Our health care is too costly; our schools fail too many; and each day brings further evidence that the ways we use energy strengthen our adversaries and threaten our planet.
These are the indicators of crisis, subject to data and statistics. Less measurable but no less profound is a sapping of confidence across our land - a nagging fear that America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.
Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America - they will be met.
On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.
On this day, we come to proclaim an end to the petty grievances and false promises, the recriminations and worn out dogmas, that for far too long have strangled our politics.
We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. The time has come to reaffirm our enduring spirit; to choose our better history; to carry forward that precious gift, that noble idea, passed on from generation to generation: the God-given promise that all are equal, all are free, and all deserve a chance to pursue their full measure of happiness.

 我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまで の旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでに この国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。皮肉屋が理解できないのは、彼らが寄って立つ地面が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されな い。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳を もって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注 意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しな がら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来 を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさからと、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

(原文)

In reaffirming the greatness of our nation, we understand that greatness is never a given. It must be earned. Our journey has never been one of short-cuts or settling for less. It has not been the path for the faint-hearted - for those who prefer leisure over work, or seek only the pleasures of riches and fame. Rather, it has been the risk-takers, the doers, the makers of things - some celebrated but more often men and women obscure in their labor, who have carried us up the long, rugged path towards prosperity and freedom.
For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life.
For us, they toiled in sweatshops and settled the West; endured the lash of the whip and plowed the hard earth.
For us, they fought and died, in places like Concord and Gettysburg; Normandy and Khe Sahn.
Time and again these men and women struggled and sacrificed and worked till their hands were raw so that we might live a better life. They saw America as bigger than the sum of our individual ambitions; greater than all the differences of birth or wealth or faction.
This is the journey we continue today. We remain the most prosperous, powerful nation on Earth. Our workers are no less productive than when this crisis began. Our minds are no less inventive, our goods and services no less needed than they were last week or last month or last year. Our capacity remains undiminished. But our time of standing pat, of protecting narrow interests and putting off unpleasant decisions - that time has surely passed. Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America.
For everywhere we look, there is work to be done. The state of the economy calls for action, bold and swift, and we will act - not only to create new jobs, but to lay a new foundation for growth. We will build the roads and bridges, the electric grids and digital lines that feed our commerce and bind us together. We will restore science to its rightful place, and wield technology's wonders to raise health care's quality and lower its cost. We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age. All this we can do. And all this we will do.
Now, there are some who question the scale of our ambitions - who suggest that our system cannot tolerate too many big plans. Their memories are short. For they have forgotten what this country has already done; what free men and women can achieve when imagination is joined to common purpose, and necessity to courage.
What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them - that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works - whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward. Where the answer is no, programs will end. And those of us who manage the public's dollars will be held to account - to spend wisely, reform bad habits, and do our business in the light of day - because only then can we restore the vital trust between a people and their government.
Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. Its power to generate wealth and expand freedom is unmatched, but this crisis has reminded us that without a watchful eye, the market can spin out of control - and that a nation cannot prosper long when it favors only the prosperous. The success of our economy has always depended not just on the size of our Gross Domestic Product, but on the reach of our prosperity; on our ability to extend opportunity to every willing heart - not out of charity, but because it is the surest route to our common good.
As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. Our Founding Fathers, faced with perils we can scarcely imagine, drafted a charter to assure the rule of law and the rights of man, a charter expanded by the blood of generations. Those ideals still light the world, and we will not give them up for expedience's sake. And so to all other peoples and governments who are watching today, from the grandest capitals to the small village where my father was born: know that America is a friend of each nation and every man, woman, and child who seeks a future of peace and dignity, and that we are ready to lead once more.
Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions. They understood that our power alone cannot protect us, nor does it entitle us to do as we please. Instead, they knew that our power grows through its prudent use; our security emanates from the justness of our cause, the force of our example, the tempering qualities of humility and restraint.

 我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから 撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに 地球の温暖化とも戦う。我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々 から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深 くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカ は平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も 満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革して おり、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせ る。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を 体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々が みな共有しなければいけない。政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階 段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

(原文)

We are the keepers of this legacy. Guided by these principles once more, we can meet those new threats that demand even greater effort - even greater cooperation and understanding between nations. We will begin to responsibly leave Iraq to its people, and forge a hard-earned peace in Afghanistan. With old friends and former foes, we will work tirelessly to lessen the nuclear threat, and roll back the specter of a warming planet. We will not apologize for our way of life, nor will we waver in its defense, and for those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that our spirit is stronger and cannot be broken; you cannot outlast us, and we will defeat you.
For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus - and non-believers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth; and because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation, and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace.
To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West - know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.
To the people of poor nations, we pledge to work alongside you to make your farms flourish and let clean waters flow; to nourish starved bodies and feed hungry minds. And to those nations like ours that enjoy relative plenty, we say we can no longer afford indifference to suffering outside our borders; nor can we consume the world's resources without regard to effect. For the world has changed, and we must change with it.
As we consider the road that unfolds before us, we remember with humble gratitude those brave Americans who, at this very hour, patrol far-off deserts and distant mountains. They have something to tell us today, just as the fallen heroes who lie in Arlington whisper through the ages. We honor them not only because they are guardians of our liberty, but because they embody the spirit of service; a willingness to find meaning in something greater than themselves. And yet, at this moment - a moment that will define a generation - it is precisely this spirit that must inhabit us all.
For as much as government can do and must do, it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies. It is the kindness to take in a stranger when the levees break, the selflessness of workers who would rather cut their hours than see a friend lose their job which sees us through our darkest hours. It is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.

 我々の試練は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められて いるのは、こうした真理への回帰だ。新しい責務を果たすべき時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こう した義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前は地方のレストランで差別された父親の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったとい うことを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。

(原文)

Our challenges may be new. The instruments with which we meet them may be new. But those values upon which our success depends - hard work and honesty, courage and fair play, tolerance and curiosity, loyalty and patriotism - these things are old. These things are true. They have been the quiet force of progress throughout our history. What is demanded then is a return to these truths. What is required of us now is a new era of responsibility - a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation, and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task.
This is the price and the promise of citizenship.
This is the source of our confidence - the knowledge that God calls on us to shape an uncertain destiny.
This is the meaning of our liberty and our creed - why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent mall, and why a man whose father less than sixty years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.
So let us mark this day with remembrance, of who we are and how far we have traveled. In the year of America's birth, in the coldest of months, a small band of patriots huddled by dying campfires on the shores of an icy river. The capital was abandoned. The enemy was advancing. The snow was stained with blood. At a moment when the outcome of our revolution was most in doubt, the father of our nation ordered these words be read to the people: "Let it be told to the future world...that in the depth of winter, when nothing but hope and virtue could survive...that the city and the country, alarmed at one common danger, came forth to meet [it]."
America. In the face of our common dangers, in this winter of our hardship, let us remember these timeless words. With hope and virtue, let us brave once more the icy currents, and endure what storms may come. Let it be said by our children's children that when we were tested we refused to let this journey end, that we did not turn back nor did we falter; and with eyes fixed on the horizon and God's grace upon us, we carried forth that great gift of freedom and delivered it safely to future generations.

<出典>
訳文 毎日新聞 2009年1月21日
英文 (Mainichi Japan) January 21, 2009

2009年1月19日 (月)

『非対称戦争(asymmetric war)』

http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20090119k0000e030062000c.html

NHKのラジオのニュース番組で、パレスチナ側の死者の数と、イスラエル側の死者の数の不均衡を挙げて、イスラエルの暴挙という解説をする学者がいま した。私は面妖なことを言うなと、その時思いました。如何にも平等が全ての日本人社会でしか通用しないお話しですが。実は人口の少ないイスラエルでは10 名の死者は他国の100名に相当するという話があります。どんな戦争であれ何万人の死者を出したらイスラエル軍は崩壊してしまうどころか、国自体が立ち行 かなくなるという思想がイスラエルでは強いというのも、この学者は知らないのか、ワザと無視してるのかではないかと思います。

どうしてそんなことになるかと言えば、国民皆兵のイスラエルでは、現役兵は最小限の数で編成されていて、労働力として社会にいる予備役の人達が必 要に応じて動員される仕組むだからです。かつて20年程前にベイルートへ進撃した時には、1年以上の遠征になった結果、ホテルのボーイが老人(元社員)に なったり、バスの運転手も老人になったりしたそうです。無論男女平等のこの国では女性にも徴兵はあって、戦場へ多くが出て行きます。そういう国ですから大 量の戦死者は社会の構成に多大な影響を与えかねません。

ですからイスラエルは勝てる戦争しか行いません。すくなくとも周辺国が戦争を仕掛けてこない限りはですが。

今回のガザ地区侵攻で、イスラエル軍はハマスの拠点を壊滅に追い込み、エジプト国境に掘られたいくつものトンネルを破壊して、兵器の流入を止めるという所用の目的を達成したことで停戦のテーブルに着く用意が出来たと言うことなのでしょう。 さらにイスラエルでは来週が総選挙です。仮に予定外の損害でも出してしまえば与党は苦しい立場に追い込まれます。またアメリカの新政権に対する配慮など政治的な側面もあるのでしょう。

一方でハマスも、ガザ地区の住民に2000人規模の死傷者が出たことで、国際社会がイスラエルを非難し、ハマスの責任論がそう高まらない内に停戦 のテーブルにつけたことはある意味勝利として考えてもよいと言う判断をしたと思います。それに、これまでハマスをテロ組織として無視してきた国際社会が、 ハマスに停戦を呼びかけるチャンネルを開いたことは棚からぼた餅的な利益をもたらしたと感じてるでしょう。それまでパレスチナの正統な政府として国際社会 が認知していたのはファタハでした。アッバス議長率いる暫定自治政府はこのことでその影響力を低下させ、パレスチナに二つの勢力があることをイスラエル政 府にも認知させたに等しい停戦の合意が完成することは、ハマスにとっては大勝利と言ってもいいでしょうから。

つまりハマスは、ガザ地区のパレスチナ市民の命を踏み台にして、自らの組織を国際社会に認知させることが出来たのです。無関係の市民の中に潜み、 市民を犠牲にすることを厭わないというのは、まさにテロ組織の論理なのですが、そのテロ組織をそれでもパレスチナの解放者と応援しなければならないガザの 市民の苦渋も少しは考えてみたいものです。

今回のように正規軍(イスラエル軍)とハマス(非正規軍)とが戦うことを『非対称戦争(asymmetric war)』と言います。イラクでアメリカ軍が苦戦しているのも、この戦いです。

つまり、日本ではやっと平和が戻ったと胸をなで下ろす人も多いのでしょうが、ガザ地区にハマスがいる限りが同様のことが繰り返されるだけです。

実は何にも解決していない(?_?)です、この話は。停戦はガラスの上にあるも同然なんです。

2009年1月 6日 (火)

オバマ政権の攻勢が始まった

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20081231/181619/?P=1

「驚くべきことにオバマ新政権の国務長官を務めるヒラリー・クリントンは日本に対してかなり好意的な見方をしていると、グリーン氏は言う。「日本のメディアはフォーリン・アフェアーズの彼女の論文に対して批判的であったが、彼女はそのことを認識している」。その意味では日本のメディアは、クリントン次期国務長官の日本に対する関心を買ううえで、一役買ったことになる。 「ヒラリー(クリントン次期国務長官)は日米関係の最も強力な擁護者の1人になる。日本のメディアでは彼女のイメージは極端に悪いが、実際は 180度違う。内政のことで頭が一杯になっている日本政府が果たして彼女に適切なパートナーシップを提供できるかどうか、それが唯一の問題である」とグリーン氏は述べる。もはや米国外交の路線転換は揺るぎないものになっている。こうした中で、日本がその変化にただ巻き込まれるのではなく、主体性を示して行くには、潮目の変化を的確につかみ、日本としての最適な解を素早く構築していくことが欠かせない。そしてその解に到達するために、米国を巻き込むくらいの戦略性が必要になる。外交は情報戦。グリーン氏の言うように、今、ヒラリー・クリントン次期国務長官が日本への関心を高めているならば、「ジャパン・パッシング」と嘆く前に、この機会をうまく利用して日本の戦略をいち早く米国に伝達することが、日本政府には求められている。 」

(フォーリン・アフェアーズのヒラリー・クリントン論文)
http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200711/clinton.htm

オバマ次期大統領の就任式まであと半月ほど。ワシントンはホテルの予約も取れないほどのお祭りムードらしい。しかしその裏側では、新政権の閣僚への議会上院での承認にむけた公聴会が次々準備されている。民主党が多数を占める上院での承認を早期に獲得して、政権成立後は早急に政策の展開を行いたいというオバマ大統領の意気込みが感じられる。

一方で、日本への外交攻勢も次第に強まってきている様子だ。元来、与党自民党は共和党と太いコネクションがある。そのために何かと民主党政権とは隔たりがあるように思われてきた。そのあたりを早めに埋めて、日本に国際社会での応分の負担を求めようという意図なのか、上記のような記事が邦訳でネット上に現れている。

このエッセイの著者はマイケル・グリーン。日本通で知られる国際政治学者である。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)時代に、、フルブライト奨学金給付留学生として東京大学に留学。その際に国会議員椎名素夫の秘書なども務めたことで知られている。ブッシュ政権では、アメリカ国家安全保障会議(NSC)のスタッフとして日本・朝鮮担当部長(2001年4月-2004年1月)、アジア上級部長(2004年1月-2005年12月)を歴任した人物。

彼は2008年10月にブッシュ政権が日本に対して、アフガンの復興支援活動として、自衛隊ヘリコプターの派遣などを打診していた件をこのエッセイで取り上げ、

①陸自のCH47輸送ヘリによるアフガン国内の輸送
②空自のC130輸送機による海外からアフガンの拠点空港への輸送
③文民による地方復興チームへの人的貢献

を考えるべきだと言っている。オバマ政権が日本に国際貢献を求めてくる前に、先手を打ってこうした貢献を日本自ら表明することが肝要だと説いているように私に読めてしまう。

アメリカ国民にとっては変革の歳2009年も、日本にとっては新政権とどう向き合うかの苦難の歳になるかも知れない。そんな大事な年始の時期に、日本の政界は極めて政治的な駆け引きにうつつを抜かしている。出遅れた判断と、出し遅れた金銭は、結局は捨て金になってしまう。

さてさて、湾岸戦争の教訓は与党自民党の中にちゃんと是正措置項目として残っているのか、見守りたいものである。

2009年1月 5日 (月)

外交は駆け引き

http://mainichi.jp/select/world/news/20090105k0000e030025000c.html

「東シナ海のガス田開発問題で、日中両政府が昨年6月に共同開発の交渉で折り合えず、継続協議となっていた「樫(中国名・天外天)」について、中国がその後も単独で開発を続けていることが分かった。日本側は協議継続中の一方的な開発は合意に反しているとして中国側に抗議した。日本が主張する境界線の日中中間線付近にあるガス田のうち、両国は昨年6月、「白樺(同・春暁)」のほか「翌檜(同・龍井)」の南側の海域での共同開発で合意した。「樫(中国名・天外天)」と「楠(同・断橋)」は、中国側が単独開発を主張したため協議は継続となった。中国外務省の秦剛副報道局長は4日、東シナ海の天然ガス田「樫」(中国名・天外天)の開発について「争いがない中国の管轄海域に位置しており、開発作業を行うのは中国固有の主権の行使だ」とのコメントを発表した。秦副局長は「中日双方が共同開発のために継続協議することで原則合意した『その他の海域』には争いのない中国側海域は含まれず、その海域の石油・天然ガス田についても共同開発の問題は存在しない」と主張した。」

まず基本的に認識しておかないといけないのは、中国は自国の経済成長によって、世界第二位の経済大国となるため、資源確保に奔走しているという点です。もちろん国家戦略として資源の確保と開発は行われています。2007年10月21日の第17回中国共産党全国大会において胡錦濤国家主席は、冒頭で胡政権が抱える“困難と課題”を列挙し、その第1番目が「資源・環境・格差」であると言っているほどの最重要課題なのです。賢明な方はお気付きと思いますが「環境」と「格差」はリップサービスです。

では、どうしてそれほど資源確保に奔走しているのか?

かって資源大国と呼ばれてきた中国ですが、資源の自給率低下が止まりません。一昨年度の時点で、すでに鉄の42%、銅が20%、ニッケルが30%まで落ちこんでしまっています。その原因の大部分は経済成長に伴う国内での需要の増大です。このままの成長率(一応公式には年間12%)を維持すれば、いずれは資源は枯渇してしまうという想定があるものと思われます。

現政権の温家宝首相は、中国地質大学(旧・北京地質学院)の出身です。彼のキャリアを見ると、甘粛省では地質鉱山部副部長などを歴任したことが判ります。資源開発のプロが政権内にいることを考えてみても、ことの重要性をどう考えているかがわかるでしょう。

国家戦略の構築において中国は日本よりも優れていますし、その実行力にぶれはありません。

例えば、2006年7月に開通した青蔵鉄道は、青海‐ラサ間1145キロメートルを走りますが、高地故の難工事を約3200億円かけて建設した理由は、チベット自治区とその周辺のチベット族居住地域の地下に眠る銅、鉛、亜鉛、鉄鉱石の鉱床を開発し輸送する動脈とするためでした。

また、中国は、ODAの一環として、自国の安い労働力をアフリカをはじめとする途上国で資源を確保するために使っています。囚人なども含む何千人もの労働者が現地に送り込まれては、過酷な労働条件のもとで働かされ、死傷者がでても平気です。アフリカの資源地帯では、こうした中国人労働者の簡素な村が生まれては消えています。 受け入れ国は、こうした人物金を無償で提供して資源の開発を行ってくれる中国の援助に感謝すらされています。でも視点を変えれば、鉱物資源の開発技術を現地に教えてこないのですから、技術移転無き開発であり、掘り出された鉱物資源の量が予め契約にうたわれている量なのかも、当事者国が確かめようのない話なのです。

それほど周到で狡猾な中国を相手にして、単なる外交交渉で東シナ海ガス田の開発が止まるはずもないのは当然のことです。

簡単な例え話ですが、大きな川を挟んで中国と日本が対峙しているとしましょう。中国は川に橋を架けて、日中の輸出入に利用していました。しかし、日本側からその橋を使って中国に物を輸出するには、橋の使用料を支払った上に、関税も支払わねばなりません。日本は橋の使用料の値下げを交渉しますが、なかなかそれに中国が応じてくれません。

こういう場合、日本が交渉を継続しながら、日本から中国への橋の建設を始めることが大事です。日本の所有する橋が完成すれば、橋の使用料は中国側にも科せられます。もちろん中国が橋の建設に反対して中国側への架設を拒否するかも知れません。その時は日本も中国の橋の使用停止を対抗上打ち出すことになります。そうなれば両国の通商は停止してお互いに痛みを分かち合わないといけなくなります。

つまり対抗する手段を持たない限り、交渉は前向きには進まないと言うことです。

そう考えると、日本も同じ海域の日本が従来主張している領海内近くでガス田の開発の本腰を入れることが、交渉の解決する手段となると言うことが理解出来ると思います。また、今中国が所有しているガス田は、将来の領海紛争で中国の領土である道標となるのは予測出来る話です。囲碁と同じで、相手が一目置いたら、こちらも一目置かない限りは相手の独壇場なのです。

ただし、開発コストなどを計算したら、この海底ガス田や石油は採算に合わないでしょう。それでもやらざる得ないのですから、そこには日本の国家戦略が必要ですし、ゲームが終了するまではその継続が求められます。そういう政治姿勢が中国の譲歩を生み出すのですが、今の日本にこれを是として応援するマスコミはないでしょう。国民はそうしたマスコミの報道を鵜呑みにして、財政の無駄使いと思い込まされるかも知れません。中国はそうした世論操作に長けています。日本人がしまったと後悔した頃には、事態はどうしようも無いところに来ているでしょう。それを無理して修正するには戦争という非常手段を取るしか無くなります。

国益を守るというのは、50年、100年単位の視点が必要です。そういう戦略眼を何時になった日本は政治の世界で持つことが出来るのでしょうか。次の選挙ではそういう視点で投票をお願いしたいものです。

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