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2009年9月

2009年9月27日 (日)

「Ring A Bell」

「Ring A Bell」 鐘を鳴らして

Reaching out for no man's land
To take a breath and take a chance
I'd walk a thousand nights to change the world
Where to go, when to stop, who to trust, what to say
I found them all
Just need someone to share

どちらでもない処へ 手を伸ばした
深呼吸して、其処で賭けてみるために
世界を変えるためだったら 千の夜を歩いて行くよ
行くべき処 止まるべき時 信じるべき人 言うべき事
全てが判ったけれど
あとはただ分かち合う人が必要なんだ

Snarl in the dusk everyday to carry on
Ain't so strong
I ain't so strong to go on
Living in the past is not the way to live
I wish you could hear me say
That I miss you

毎日を生きていくために夕闇に牙をむいた
けれど強くはない
先へ進めるほど強くはない
過去の中に生きる事 それは正しい行いなのだろうか
僕の言う事が君に届いたらなぁ
君が恋しいって

Why were we there back to back
Why were we there face to face
I must be the light when you're in the dark
If you lose me somewhere and your tears are in the air
I will ring a bell until you feel me by your side

どうしてあの時は背中合わせだったのか
どうしてあの時は向き合っていたのか
君が暗闇へとなる時には 僕は光にならなくてはならない
もしも何処かで君が僕を見失い 君が悲しんでいると感じたならば
鐘を鳴らすよ 君が僕を近くに感じられるようになるまで

Looking up into the sky
Looking for the reason
Why I'm here and why you can't be here
Who's to hate, who's to blame, who's to hug, who's to love
Who decides?
Why can't we be the same

空を見上げて
理由を探している
どうして僕は此処に居るのか どうして君は此処に居られないのか
憎むべきは誰? 責めるべきは誰? 抱きしめるべきは? 愛するべきは?
誰がそれを決めるの?
どうして誰もが同じでないといけないんだろうか

Trying to believe
Walking down the lonesome road
Ain't so far
I ain't so far from you
Staying the way you are means solitude
I wish you were here
And shook off my fear

信じようとしているんだよ
孤独な道を歩きながら
遠くはない
君からそう遠くはない
ありのままの自分でいる事は孤独なものなのさ
君が此処に居てくれたらならと思うよ
そして僕の不安を振り払ってくれたらと

Why were we there back to back
Why were we there face to face
I must be the light when you're in the dark
If I lose you somewhere and I'm still hanging in there
I will ring a bell until you feel me by your side

どうしてあの時は背中合わせだったのか
どうしてあの時は向き合っていたのか
君が暗闇へとなる時には 僕は光にならなくてはならない
もしも何処かで君が僕を見失い 君が悲しんでいると感じたならば
鐘を鳴らすよ 君が僕を近くに感じられるようになるまで

The world has been in a mix too long,
there's no peace when you're at war
Heads or tails, you and I, light and dark, ups and downs
What is there in the middle, what's there to divide us
If you're hurt, cry and say it
Can't you see you're my other half

世界は長すぎる時間さ 混乱と戦争の最中に 平和なんて訪れない
表か裏か 君と僕 光と闇か 浮いたり沈んだり
その真ん中には何があるのだろう? 其処に僕らを隔てる何があるのだろう?
もしも傷ついているのならば 泣いて そして言うんだよ
君は僕の片割れなんだって判らないのって

*作詞:BONNIE PINK 訳詞(意訳):孔子

バンダイナムコゲームス制作のXbox 360用ゲームソフト『テイルズ オブヴェスペリア』のテーマソングとして、ゲームの世界観をイメージして書き下ろされたBONNIE PINKの『鐘を鳴らして』。2008年8月6日にBONNIE PINKの24枚目のシングルとして発売されました。それに先立つ事4ヶ月前の2008年4月16日に配信限定シングルとして発売されたのが、上に書いた本作の英語バージョン『Ring A Bell』です。ゲームが海外と日本で販売が展開されるのに合わせ、テーマソングも日本語詞と英語詞の両方で作られるという試みだったのですが、日本語の『鐘を鳴らして』と『Ring A Bell』では、その歌詞の内容が随分違って読めてしまいます。それで拙い私の英語力ながら(しかもセンスのない意訳ではありますが)、『Ring A Bell』の歌詞を日本語でお目に掛けた次第です。

とはいえ、「Reaching out for no man's land」の訳には自分でも不満が残ります。聖書あたりにもっと相応しい意訳がないかと眺めてみたんですが、見付ける事が出来ませんでした。ちなみに政治・軍事の用語で「no man's land」は中立地帯(緩衝地帯)を意味します。イメージとしては”Virgin land”なのかとも思ったりするのですが。

マイミクの皆さん、それとBONNIE PINKさん、これはどう訳すべきなんでしょうね?

さて、歌詞を一読してお分かりと思いますが、「君」と「僕」が出てきます。

「君が暗闇へとなる時には 僕は光にならなくてはならない」
「表か裏か 君と僕 光と闇か 浮いたり沈んだり」

この二人の関係は、表裏であり、光陰でもあります。つまり永遠に関係を結ばれているのですが、二人は一緒には居られない関係なのです。

私はこの部分を見ると、道教などの基本原理になっている「陰陽思想」を想起せずにはいられません。「陰陽思想」とは、「陰」と「陽」という相反する形(例えば明暗、天地、男女、善悪、吉凶、生死など)がこの世界には存在し、それぞれが消長をくりかえすという考え方です。

人は生まれるからこそ死ぬのであって、生まれなければ死ぬ事はない。永遠に生きるのなら生まれなければいいという屁理屈のネタにもされますが、私達が生まれるには、精子と卵子が必要なように、この世には一対の存在が多くあるのも事実です。

人を愛するからこそ、人とぶつかり、苦しみ、別れを経験する。

これだって立派な相克です。

永遠に愛する形を築くにはどうしたらいいのか?これが『Ring A Bell』の歌詞のテーマです。

そしてその答えが、

「君は僕の片割れなんだって判らないのって」

という部分ではと思います。

片割れにはもう一つの片割れが存在しない限りは永遠に不完全な存在です。ただし、その形は細かな凹凸があるので、その凹凸にピタリと嵌る片割れはこの世の中にそうそう存在しません。

つまりお互いの凹凸を尊重しあわないと、二人は永遠に同じ場所に居られないのです。なかなか上手く嵌らないからといって、互いの凹凸を擦りあって丸くして舞えば、二人は接触する事は出来ても、何時離れてしまうか判らない不安定な存在になってしまいます。

ですから、お互いの凹凸=長所と短所を認め合って、それを尊重するような気持ちを持たなければならない。お互いに足りないモノを補い合う気持ちこそが必要なのだということになるのではないでしょうか。そうすれば堅く嵌った凹凸によって二人は永遠に離れる事のない関係が築けます。

もう少し子細に歌詞を眺めてみましょう。

信じようとしているんだよ
孤独な道を歩きながら
遠くはない
君からそう遠くはない
ありのままの自分でいる事は孤独なものなのさ
君が此処に居てくれたらならと思うよ
そして僕の不安を振り払ってくれたらと

僕の方は、君に対して孤独を癒して欲しい。側にいて欲しい。自分の不安を振り払って欲しいと自分の願望を求めています。

毎日を生きていくために夕闇に牙をむいた
けれど強くはない
先へ進めるほど強くはない
過去の中に生きる事 それは正しい行いなのだろうか
僕の言う事が君に届いたらなぁ
君が恋しいって

それは僕が過去のトラウマを引きずりながら毎日を生きる苦しみを、君を愛する事で癒して貰いたいと願うからです。

行くべき処 止まるべき時 信じるべき人 言うべき事
全てが判ったけれど
あとはただ分かち合う人が必要なんだ

僕は自分の問題点を解決する答えに既に気付いている積もりです。自分の判断を理解して呉れて支持してくれる人さえいれば、きっと自分は先へと進めるんだと思い込んでいます。

空を見上げて
理由を探している
どうして僕は此処に居るのか どうして君は此処に居られないのか
憎むべきは誰? 責めるべきは誰? 抱きしめるべきは? 愛するべきは?
誰がそれを決めるの?
どうして誰もが同じでないといけないんだろうか

なのに、その片割れは何時も側にいるようで近付けないのです。その焦りが自分ではなく別の力や原理へ向けられていきます。本当は自分の凹凸に合う人を捜すべきなのに、自分の凹凸に相手が合わせてくれたらなぁと出来ない相談を正しい事だと思うのです。しかし、それでは永遠に君が側に来ては呉れない。思い悩み、苦しんで、やがて彼は気付いていきます。

どうしてあの時は背中合わせだったのか
どうしてあの時は向き合っていたのか
君が暗闇へとなる時には 僕は光にならなくてはならない
もしも何処かで君が僕を見失い 君が悲しんでいると感じたならば
鐘を鳴らすよ 君が僕を近くに感じられるようになるまで

自分が暗闇(苦しんでる時とか落ち込んでいる時)である時に、相手が光となってその暗闇を消して呉れるのなら、自分も相手が暗闇になる時には光を出してその闇を消してあげたいと。君が道を見失い悲しんでいるのなら、自分は此処に居ると鐘を鳴らして教えて上げたいと。

相手に一方的に愛を求めるのを止めて、相手を思い遣る事が出来なければ二人は永遠の片割れなんだと云う真理に辿り着いた瞬間です。ですから、歌の中でこの歌詞の部分はサビに使われ、二度繰り返して歌われます。まあ、それだけ大事な部分を示唆してると言う事です。

実に深い世界観の歌詞なんだなぁと、『Ring A Bell』の歌詞を眺めなら思います。

2009年9月 7日 (月)

足りないものは足せばいいのか?

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0908/17/news015.html

いまいちばん問われるべきは、これからの日本の姿である。中でも最大の問題は高齢化が急速に進むと同時に、人口が減少する社会になっていることだ。子どもの数が減れば、人口構成が頭でっかちになる。それによって、医療費も年金も大きな影響を受ける。人口が減り、高齢化する社会は、活力を失う社会である。

人口が維持できなければ何が問題か。よく生産人口が減るということが指摘されるが、たとえ生産人口が減っても、生産性を上昇させるとか、企業の定年を延長するなどによって不足する労働者を補うことはできるだろう。まして日本の場合は、女性の労働人口の割合が先進各国に比べれば少ない。要するに出産したり子どもを育てるために、仕事から離れざるをえない女性がたくさんいるという話である。

こうしたことは予測しえたのに、大きな声で警鐘を鳴らした人はほとんど見当たらない。それはなぜなのか。

状況を打開する唯一の手立ては、移民を受け入れることだと思う。日本で働き、家族を持ち、永住する気持ちのある人々を受け入れればいい。彼らが日本で働いて税金や年金を払い、医療保険にも入れば、日本という国にとっては大きな助けになることは疑いない。もし、移民は嫌だというのであれば、あなたは日本という国が徐々に衰退していくことを受け入れるのか。こう問われたら、人々はどのように答えるのだろうか。

結局のところ「移民」という社会的議論を呼ぶような大問題に取り組もうとする政治家は現れない。そして、気が付いたときにはもう間に合わない、ということにもなりかねない。

政権交代が実現して、世間は「維新」だとか「改革」だという雰囲気が先行しています。私はそんなお気楽な気分で民主党新政権に期待をしていない方ですが、民主党政権が誕生したら「移民問題」が浮上するのは必定だと推測していますので、この記事を敢えて取り上げてみたいと思います。

この記事の筆者は「結局のところ「移民」という社会的議論を呼ぶような大問題に取り組もうとする政治家は現れない。」と嘆いてみせています。この記事自体が総選挙の前に書かれていて、移民政策に前向きな民主党へのラブコールの裏返しとも深読みできる気がします。

>状況を打開する唯一の手立ては、移民を受け入れることだと思う。日本で働き、
>家族を持ち、永住する気持ちのある人々を受け入れればいい。彼らが日本で働
>いて税金や年金を払い、医療保険にも入れば、日本という国にとっては大きな
>助けになることは疑いない。

移民大国のオーストラリアには「投資退職者ビザ」というものがあります。55歳以上で一定以上の資産を有している人が、退職後オーストラリアでの生活を目的とするビザです。有効期間は4年間。その後は更新が必要というものですが、更新を繰り返していけば永住しているのと同じ事です。違うの社会保険や社会保障の対象ではないこと。これは日本で年金などが利用できれば、健康保険は保険会社のものを利用すれば済みますので、負担はそう大きくないでしょう。

1) 申請者が55歳以上であり、配偶者以外に扶養家族がいないこと。
2) 次のいずれかの資産を保有していること
  A: 都市部に居住希望の場合:A$750,000 年金や投資による年収がA$65,000
  B: 地方部に居住希望の場合:A$500,000 年金や投資による年収がA$50,000
3) 次の州債購入ができること
  A: 都市部に居住希望の場合:A$750,000 
  B: 地方部に居住希望の場合:A$500,000 

日本には景勝地も多くありますし、地方でもインフラは充実しています。移民は労働力という固定観念を捨てれば、滞在者として迎え入れて、日本で購買者になって貰うことで消費力を担保するという考え方があるように思うのです。ですが筆者は固定観念が抜けていないように思えます。

また、日本の生産能力が海外に移転してるのは明白な事実です。だから若年労働力が就職する場所を見付けるのに苦労しているという現実を筆者は見逃しています。実は社会基盤の衰退を招く問題において、まず目を向けないといけないのは、正社員として生活基盤を将来にわたり確保できるビジネスモデルの創造なんです。日本社会は独特の商慣習や銀行が保守的なためにベンチャー企業が生まれたり、大きく成長することは難しい。政治が新たなビジネスモデルの方向性を導いてやれるのか。官僚の作り出すモデルは行き詰まってます。

人口減少に歯止めを掛けるには、この問題を解決しないとお話しになりません。生活の安定があって、初めて結婚が出来、出産を迎えることが出来るという人生設計モデルが今の日本で適齢期にある世代にはぼやけてしまってるのが、政治の無策であるのは言うまでもありません。

>もし、移民は嫌だというのであれば、あなたは日本という国が徐々に衰退して
>いくことを受け入れるのか。こう問われたら、人々はどのように答えるのだろ
>うか。

スペインの人がよく口にする言葉に「今日が1年で1番最良の日だ」というのがあります。意味は、毎日その日を一番と思って暮らしていこうということなのです。この哲学が生まれた背景には、世界の覇者スペインの凋落の日々があります。何せ400年ほど、この国は頂点から下り坂。国民は既に歴史でしか世界の覇者スペインを知りません。例えて言えばバブル崩壊後400年たったようなものです。だから明日は今日よりも良くなるなんて夢はもう見ない。今日が一番最高の日だと思う事で、現実を見ているのです。

日本人はまだまだ大国になれるという発想から抜け切れていませんが、明治維新から始まった大国作りは1980年代に一応の頂点を迎え、今は多少の乱高下はあっても約30年ほど続いている小康状態のようなものです。要は再び何処まで国力を戻すのか。実はこの点を語る政治家が日本にはいません。

要するに前進有るのみで来てしまった時代が戦後30年ほどあって、兎に角、前へ進めという発想に縛られてるに過ぎないのです。これじゃフランス外人部隊のモットーである『前進か死か』とあまり変わらないお話しです。

同様のお話しが人口増加の問題です。人口を増やすとして、何処の時代にまで増やすのか。実はそのモデルが曖昧です。2億人にしたら、この国は幸福になるのか。1億5千万人なら良いのか?実はこう言う話をする政治家もあまり見掛けたことがありません。

移民受け入れの問題で考えておかないといけないのは、日本人の人口減少モデルを補完するという考え方に立つのであれば、どれくらいの不足分を想定して受け入れるのかという問題です。つまりこの記事の筆者が言う、日本で働いて税金や年金を払い、医療保険にも入る=日本で働いて収入を得るというモデルの人数は、この想定数で日本の社会保障基盤や税制が維持できるという計画に基づかないとお話しにならないのです。

ですが、先程私が言った正社員として生活基盤を将来にわたり確保できるビジネスモデルの創造が存在しないと、どうなるんでしょうか。要するに低賃金で日本人が嫌がる仕事ばかりの層を移民が引き受けてしまう事に成りはしませんか。そうした階層が不景気になれば最初に雇用調整のために失業するのは、昨年の派遣斬り問題を見ても明白なのは誰もが知っていると思います。

そうなると移民達は日本人国籍を得た新たな生活保護の対象となる外国人となりはしないでしょうか。わざわざ細っていく社会保障のパイを移民を受け入れたことで崩壊させてしまうことになりはしないのでしょうか。

貴方は心配しすぎるという批判もあるでしょうが、私はどうも安直に足りないものは足せばいいという発想についていけないだけです。参考までに移民大国オーストラリアのある問題を紹介したブログのアドレスを下に記しておきます。移民問題は一筋縄ではいかない事が多少は感じて貰えるでしょうか。

http://www.keiointernational.com/exchange/diary4/index.html

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