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2009年9月 7日 (月)

足りないものは足せばいいのか?

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0908/17/news015.html

いまいちばん問われるべきは、これからの日本の姿である。中でも最大の問題は高齢化が急速に進むと同時に、人口が減少する社会になっていることだ。子どもの数が減れば、人口構成が頭でっかちになる。それによって、医療費も年金も大きな影響を受ける。人口が減り、高齢化する社会は、活力を失う社会である。

人口が維持できなければ何が問題か。よく生産人口が減るということが指摘されるが、たとえ生産人口が減っても、生産性を上昇させるとか、企業の定年を延長するなどによって不足する労働者を補うことはできるだろう。まして日本の場合は、女性の労働人口の割合が先進各国に比べれば少ない。要するに出産したり子どもを育てるために、仕事から離れざるをえない女性がたくさんいるという話である。

こうしたことは予測しえたのに、大きな声で警鐘を鳴らした人はほとんど見当たらない。それはなぜなのか。

状況を打開する唯一の手立ては、移民を受け入れることだと思う。日本で働き、家族を持ち、永住する気持ちのある人々を受け入れればいい。彼らが日本で働いて税金や年金を払い、医療保険にも入れば、日本という国にとっては大きな助けになることは疑いない。もし、移民は嫌だというのであれば、あなたは日本という国が徐々に衰退していくことを受け入れるのか。こう問われたら、人々はどのように答えるのだろうか。

結局のところ「移民」という社会的議論を呼ぶような大問題に取り組もうとする政治家は現れない。そして、気が付いたときにはもう間に合わない、ということにもなりかねない。

政権交代が実現して、世間は「維新」だとか「改革」だという雰囲気が先行しています。私はそんなお気楽な気分で民主党新政権に期待をしていない方ですが、民主党政権が誕生したら「移民問題」が浮上するのは必定だと推測していますので、この記事を敢えて取り上げてみたいと思います。

この記事の筆者は「結局のところ「移民」という社会的議論を呼ぶような大問題に取り組もうとする政治家は現れない。」と嘆いてみせています。この記事自体が総選挙の前に書かれていて、移民政策に前向きな民主党へのラブコールの裏返しとも深読みできる気がします。

>状況を打開する唯一の手立ては、移民を受け入れることだと思う。日本で働き、
>家族を持ち、永住する気持ちのある人々を受け入れればいい。彼らが日本で働
>いて税金や年金を払い、医療保険にも入れば、日本という国にとっては大きな
>助けになることは疑いない。

移民大国のオーストラリアには「投資退職者ビザ」というものがあります。55歳以上で一定以上の資産を有している人が、退職後オーストラリアでの生活を目的とするビザです。有効期間は4年間。その後は更新が必要というものですが、更新を繰り返していけば永住しているのと同じ事です。違うの社会保険や社会保障の対象ではないこと。これは日本で年金などが利用できれば、健康保険は保険会社のものを利用すれば済みますので、負担はそう大きくないでしょう。

1) 申請者が55歳以上であり、配偶者以外に扶養家族がいないこと。
2) 次のいずれかの資産を保有していること
  A: 都市部に居住希望の場合:A$750,000 年金や投資による年収がA$65,000
  B: 地方部に居住希望の場合:A$500,000 年金や投資による年収がA$50,000
3) 次の州債購入ができること
  A: 都市部に居住希望の場合:A$750,000 
  B: 地方部に居住希望の場合:A$500,000 

日本には景勝地も多くありますし、地方でもインフラは充実しています。移民は労働力という固定観念を捨てれば、滞在者として迎え入れて、日本で購買者になって貰うことで消費力を担保するという考え方があるように思うのです。ですが筆者は固定観念が抜けていないように思えます。

また、日本の生産能力が海外に移転してるのは明白な事実です。だから若年労働力が就職する場所を見付けるのに苦労しているという現実を筆者は見逃しています。実は社会基盤の衰退を招く問題において、まず目を向けないといけないのは、正社員として生活基盤を将来にわたり確保できるビジネスモデルの創造なんです。日本社会は独特の商慣習や銀行が保守的なためにベンチャー企業が生まれたり、大きく成長することは難しい。政治が新たなビジネスモデルの方向性を導いてやれるのか。官僚の作り出すモデルは行き詰まってます。

人口減少に歯止めを掛けるには、この問題を解決しないとお話しになりません。生活の安定があって、初めて結婚が出来、出産を迎えることが出来るという人生設計モデルが今の日本で適齢期にある世代にはぼやけてしまってるのが、政治の無策であるのは言うまでもありません。

>もし、移民は嫌だというのであれば、あなたは日本という国が徐々に衰退して
>いくことを受け入れるのか。こう問われたら、人々はどのように答えるのだろ
>うか。

スペインの人がよく口にする言葉に「今日が1年で1番最良の日だ」というのがあります。意味は、毎日その日を一番と思って暮らしていこうということなのです。この哲学が生まれた背景には、世界の覇者スペインの凋落の日々があります。何せ400年ほど、この国は頂点から下り坂。国民は既に歴史でしか世界の覇者スペインを知りません。例えて言えばバブル崩壊後400年たったようなものです。だから明日は今日よりも良くなるなんて夢はもう見ない。今日が一番最高の日だと思う事で、現実を見ているのです。

日本人はまだまだ大国になれるという発想から抜け切れていませんが、明治維新から始まった大国作りは1980年代に一応の頂点を迎え、今は多少の乱高下はあっても約30年ほど続いている小康状態のようなものです。要は再び何処まで国力を戻すのか。実はこの点を語る政治家が日本にはいません。

要するに前進有るのみで来てしまった時代が戦後30年ほどあって、兎に角、前へ進めという発想に縛られてるに過ぎないのです。これじゃフランス外人部隊のモットーである『前進か死か』とあまり変わらないお話しです。

同様のお話しが人口増加の問題です。人口を増やすとして、何処の時代にまで増やすのか。実はそのモデルが曖昧です。2億人にしたら、この国は幸福になるのか。1億5千万人なら良いのか?実はこう言う話をする政治家もあまり見掛けたことがありません。

移民受け入れの問題で考えておかないといけないのは、日本人の人口減少モデルを補完するという考え方に立つのであれば、どれくらいの不足分を想定して受け入れるのかという問題です。つまりこの記事の筆者が言う、日本で働いて税金や年金を払い、医療保険にも入る=日本で働いて収入を得るというモデルの人数は、この想定数で日本の社会保障基盤や税制が維持できるという計画に基づかないとお話しにならないのです。

ですが、先程私が言った正社員として生活基盤を将来にわたり確保できるビジネスモデルの創造が存在しないと、どうなるんでしょうか。要するに低賃金で日本人が嫌がる仕事ばかりの層を移民が引き受けてしまう事に成りはしませんか。そうした階層が不景気になれば最初に雇用調整のために失業するのは、昨年の派遣斬り問題を見ても明白なのは誰もが知っていると思います。

そうなると移民達は日本人国籍を得た新たな生活保護の対象となる外国人となりはしないでしょうか。わざわざ細っていく社会保障のパイを移民を受け入れたことで崩壊させてしまうことになりはしないのでしょうか。

貴方は心配しすぎるという批判もあるでしょうが、私はどうも安直に足りないものは足せばいいという発想についていけないだけです。参考までに移民大国オーストラリアのある問題を紹介したブログのアドレスを下に記しておきます。移民問題は一筋縄ではいかない事が多少は感じて貰えるでしょうか。

http://www.keiointernational.com/exchange/diary4/index.html

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