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2009年12月

2009年12月17日 (木)

楽屋落ちのネタでないと困る

「民主党の小沢幹事長が14日夕の定例記者会見で、天皇陛下と中国の習近平国家副主席との会見に関して述べた内容は以下の通り。」元記事

小沢幹事長の会見を見ましたけれど、ああいう場で全国ネットで自分の発言が放映されるという意識がないのは困りものです。政治家としての見識はどうでもいいですから、自分が政権与党の幹事長という立場を意識してくれないと、この国の権威だって傷付けかねないのだと判るようにならないと駄目ですね。

天皇陛下というのは、日本が持っている外交上のワイルドカードみたいな存在です。しかも外交の上では世界が認める権威でもあります。だから安売りしたら駄目というのは当然です。

その辺の詳しい話は以前のこの 拙文を一読下さい。

一部に習近平国家副主席と陛下の会談は格が云々というのもありましたが、どうやら胡主席が副主席時代の98年にも皇居・宮殿で会見しているとの事なので、前例は既に10年前に作られているということのようです。元記事

そういう意味では副主席の中で天皇陛下と会見出来た者が、次の主席の有力候補者となるような慣例作りに利用されたという批判は可能かもしれませんね。

 

【小沢氏】30日ルールって誰が作ったの。知らないんだろ、君は。
 ――2005年に。
 【小沢氏】法律で決まっているわけでもなんでもないでしょ、そんなもの。それはそれとして、君は日本国憲法を読んでいるか。天皇の行為は何て書いてある。それはどういう風に書いてある、憲法に。国事行為は、内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ。だから、何とかという宮内庁の役人がどうだこうだ言ったそうだけれども、全く日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。ちょっと私には信じられない。しかも内閣の一部局じゃないですか、政 府の。一部局の一役人が内閣の方針、内閣の決定したことについて会見して、方針をどうだこうだと言うのは、日本国憲法の精神、理念を理解していない。民主 主義を理解していないと同時に、もしどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ。当たり前でしょう。役人だもん。そうでしょう。だからマスコミがそういうところを全然理解せずに、役人の言う通りの発言を報道ばっかりしていてはいけません。


今の天皇制の運用は英国に範をとって”存在すれど統治せず”が大原則な筈。今回の騒動も、そもそも天皇陛下を政治利用したかどうかが争点だと思わ れます。とすると、小沢幹事長が言う「天皇陛下の(国事)行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われる」とは、どういう意味なのでしょう。

憲法に見られる国事行為とはこんなモノです。

* 国会の指名に基づき内閣総理大臣を任命すること(日本国憲法第6条第1項)
* 内閣の指名に基づき最高裁判所長官を任命すること(第6条第2項)
* 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること(日本国憲法第7条第1号)
* 国会を召集すること(第7条第2号)
* 衆議院解散(第7条第3号)
* 総選挙[1]の施行を公示すること(第7条第4号)
* 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること(第7条第5号)
* 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権(恩赦)を認証すること(第7条第6号)
* 栄典を授与すること(叙勲)(第7条第7号)
* 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること(第7条第8号)
* 外国の大使及び公使を接受すること(第7条第9号)
* 儀式を行ふこと(第7条第10号)
天皇の国事行為


さて、その国事行為に対して天皇陛下と内閣とはどういう風な関係にあるのでしょうか。内閣法制局は、過去の衆議院内閣委員会での答弁で、こういう見解を示しています。


1. 国事行為に際しての内閣の助言と承認に対して、天皇はこれを拒否する権能、変える権能はない
2. 海外旅行は国事行為に含まれないので、内閣の助言と承認に拘束されることなく、理論上、終局的には天皇の意思によって決定することになる
3. 天皇は国事行為について内閣に質問はできる

つまり、国事行為は内閣の助言と承認に基づかなければならず、内閣が国事行為の責任を負う(第3条)のですから、天皇陛下が今回の会見をもしも拒 否したいと質問をした場合、どうなるのでしょうか。実はそういう対応マニュアルがあるのかどうか公開されていません。ただ、想像として考えられる方法論 は、天皇陛下を正常な判断が出来ないとするため、一時的にせよ病に伏せられていることにして、その代行を皇太子殿下に求め、皇太子による決裁を経て会見を 実現することが考えられます。ただし、これも皇太子殿下の拒否にあった場合どうなるのか。これまた謎だと思われます。どちらにせよ天皇陛下による国事行為 は、要請をすれば受けていただけるという全ては性善説に基づいて運用されていると言っていいでしょう。

現在の憲法下であってはならないのは、天皇陛下の質問という実質的な拒否に遭遇した場合に、内閣が恐懼して総辞職したなんて事態です。ですが、だからといって内閣の命令を受け入れない天皇陛下を無理矢理に廃して良いとも云えないと思います。

つまりは、そういう事の内幕を世間にあからさまにすること自体が問題ということが言えるのではないでしょうか。

私は小沢幹事長が怒気を含んで会見してる本当理由は、羽毛田宮内庁長官の今回の会見が身内の恥さらしだという感覚からだと思います。

今のマスコミの報道姿勢だと羽毛田長官、あなたは勇気を鶴ってよく直言したという肯定論が多いようです。しかしこういう意見もあります。

羽毛田宮内庁長官が、尊皇のまこと心をもって天皇陛下をお守りしているのかどうかということが問われているのだ。習近平 氏の会見を受けるべきでないと羽毛田長官が職業的良心に基づいて考えるならば、「私はそのようなお願いをすることはできません。どうしてもというならば、 私を解任してください」と言って頑張るべきだ。そして、解任されても、言い訳をせずに静かに去っていくべきと思う。身を挺して、天皇陛下が政治の嵐に巻き 込まれないようにすることが宮内庁職員の仕事ではないか。羽毛田長官が経緯説明という名目で記者会見を行ったことによって、天皇陛下が政治問題に巻き込ま れてしまったというのが真相だ。


今回の事態を見ていると、本来批判されるべき外務省が態を潜めています。親中派のチャイナスクールが巣くうあの外務省が今回の会見問題に絡んでいないのは不思議と言えば不思議です。

これは民主党政権への官僚界からの嫌がらせなのとさえ思えてしまいます。

世界で一番権威がある立場

http://www.infosnow.ne.jp/~sevas/adult/japan/japan2.html

世界で一番偉い人って誰でしょ?判りやすく言えば、世界で最も権威のある人。もっと砕けて言えば、世界で最も地位が高い人。

ぶっちゃけて言えば、皇帝が一番偉い。以下法王、王様、大統領、首相の順に続く。一覧にするとこんな感じ

 皇帝(emperor)≧法王(Pope)>王様(king)> 大統領(president)>首相(premier)

皇帝と法王の間は一応≧にしてるけど、ほぼ=。ちなみに法皇だと皇帝と法皇兼任ですので更に偉い。

で、これを現在の世界情勢に合わせてみると・・・

天皇陛下(emperor)≧ローマ法王(Pope)>英国女王(Queen)> アメリカ大統領etc(president)>日本国首相etc(premier)

 っつーわけで、天皇陛下が一番偉い。と、まで言わないが、世界で2トップのうちの一人なのよ。いや、マジで。


山に住んでる人は山が見えない。人は自分の背中が見えない。 まあ、そういう風に現代日本人は、普段の生活の中で天皇の存在とか価値をすっかり忘れてしまってるということなんだとしたら、それは愚かだよね。何も盲信しろは言わないけれど、その権威を理解して置くべきだと思うんですけどね。

護憲派の人は、我が国の平和憲法は世界で一番進んだ憲法であると自慢するのだけれど、その憲法の第一条にはこう書いてある。

第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


当然護憲派の人も、この点で疑義はない訳だから、その象徴を敬うのは当然だと思うのですが、そうじゃない意見の護憲派も居るからややこしい。 でも、世界の外交の場でのプロトコルは上にあるような立場なのだとは知っておいて損はないと思いますよ。

2009年12月 2日 (水)

東風吹かば

たまたま、この前の日曜に京都へ出掛ける用事がありました。午後から雨が降るみたいな予報だったので、面倒なので車で出掛けていきました。用事を済ませて車を上七軒方面へ向けると北野天満宮が見えてきて、ついつい頭の中では、こんな事を思っていました。

道真は梅花を好んでいたと言われています。都落ちして九州の太宰府に向かう時、自宅の梅の木に向かい、こういう和歌を詠んだと言われています。

「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」

そんな主人の心を感じた梅が、一夜にして太宰府まで飛んで来て根を下ろしたというのが飛び梅伝説です。一夜で着いたのでは、道真さんはまだ太宰府に着いていなかったと思うのですが、その辺はどういう風に調整したんでしょう?( ̄ー ̄)ニヤリ

この道真宅の梅は、今でも京都の菅大臣神社(要するに道真の旧宅跡)にあるのです。菅大臣神社は意外に知らない人もいる隠れた名所です。京都に来られる時にでも、一度足を運ばれてと思います。

http://kakitutei.gozaru.jp/kyoto05ma/13-7.html

さて、そんな有名な和歌に、こういう質問(^^)/が来ています。

maruさん→「主なしとて春をわするな」と、記述されることもあるんですが、この違いはどこから来るんでしょうか?ちなみに私は「春なわすれそ」で覚えてるんですが。

satokoさん→天満宮はよく行きましたが、管大臣神社はまだ行ったことがありませんでした。天満宮は丑年ということもあり、親しみがあって京都の旅程で暇があると行って牛の像をなでておりました。管大臣神社今度是非行って見ます。ちなみに私は「春をわするな」で覚えてました。現代訳で覚えているのかも。

質問に出て来る「春を忘るな」と「春なわすれそ」は、どちらが正解なのかですが、実はどちらも正解というしかないようです。

というのも、下をまず見てください。古いもの順に並べてあります。

(拾遺和歌集 巻第十六 雑春)

流され侍りける時、家の梅の花を見侍て   

 東風吹かばにほひをこせよ梅花 主なしとて春を忘るな

(『大鏡』第二巻 )

かたがたにいとかなしく思し召して、御前の梅の花を御覧じて

 こち吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな

(『宝物集』巻第二)

古郷の梅をよみ給ひける

 東風ふかばにほひをこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ

本来の初出である拾遺和歌集では「東風吹かばにほひをこせよ梅花 主なしとて春を忘るな」とあります。拾遺和歌集は勅撰和歌集ですから、これを正しいとするのが正当なのかも知れません。

ただし、細かい品詞の解説などは避けますが、「春を忘るな」は「春を忘れるなよ」という風な強い口調になります。九州に左遷させられる道真の憤懣を思えば、そういう口調でも致し方が無いといえばそうですが、歌としてあまりに情緒が感じられません。

それで誰かが「春な忘れそ」としたのではないかと想像することができます。これだと「春を忘れるでないぞ」のような詠嘆の意が加えられて柔らかい口調になります。それに梅の木との別れを惜しむ情感も表現できています。歌としてはこちらのほうが上等な気がしますが皆さん如何でしょうか。時代が下ると「春な忘れそ」が増えてくるのも、こういう事情ではないかと思います。

いずれにしても、なにぶん古い話なので、そもそも道真がこんな歌を詠んだのかさえも不明ですし、他人が和歌集に選歌する際に勝手に(意図的に)手を加えている可能性も否定できません。「春なわすれそ」が不正解という明解な根拠もありません。故に両方が存在するということだと思います。

ちなみに、私は「春な忘れそ」で記憶しています。

さて、(菅原道真+太宰府)+歌=「飛梅」(さだまさし)というのが私の頭脳が導き出した答えです。歳がばれるか(*_*)

ちなみに、こんな歌詞です。

心字池にかかる 三つの赤い橋は
一つ目が過去で 二つ目が現在
三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた 僕の指
手を合わせた後で 君は神籤を引いて
大吉が出る迄と も一度引き直したね
登り詰めたらあとは 下るしかないと
下るしかないと 気づかなかった
天神様の細道

裏庭を抜けて お石の茶屋へ寄って
君がひとつ 僕が半分 梅ヶ枝餅を喰べた
来年も二人で 来れるといいのにねと
僕の声に君は 答えられなかった
時間という樹の想い出という落葉を
拾い集めるのに夢中だったね君
あなたがもしも 遠くへ行ってしまったら
私も一夜で飛んでゆくと云った
忘れたのかい 飛梅

或の日と同じ様に 今 鳩が舞う
東風吹けば 東風吹かば君は
何処かで想いおこしてくれるだろうか
太宰府は春 いずれにしても春

この歌、凄く想い出があるんですよね。高校の頃のほろ苦い想い出ですけれども。

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