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2010年1月

2010年1月27日 (水)

リアルに冷静に

「鳩山首相は27日朝、沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題で、政府・与党内に現行計画の実現は困難になったとの見方が出ていることについて、「いろいろな 考え方があるのは、今の過程ではあり得る話だが、ゼロベースで議論している最中だ。我々の検討状況を冷静に見守っていただきたい」と述べ、白紙で議論する 考えを改めて強調した。移設候補地として鹿児島県の徳之島が浮上しているとの一部報道については、「いろいろなものが検討される可能性がある。そのことを 否定するつもりはないが、すべてゼロベースでやっているわけだから、どこが入って、どこが入っていないという議論ではない」と述べるにとどめた。一方、政 府高官は同日夜、記者団に「今のままでは(現行計画の)辺野古移設なんて絶対に無理だ。法的権限から言えば、国が無理やりやろうと思えばできるわけだが、 それでは成田闘争と同じになる」と語った。」

「普天間移設先に徳之島浮上」という文字を見たら、徳之島の人は驚くかも知れませんが、町長は喜ぶかも知れませんね。何せ米軍基地を受け入れたら防衛省の予算や国の予算から交付金が出て来るのですから財政的には助かりますので。

ついでに書いておきますと、徳之島空港は海岸沿いに設けられています。離島にしては立派なことに2千メートル級の滑走路を備えています。普天間基 地の滑走路は2,700mですから、1日に定期便が現行で2便しかない徳之島空港を滑走路等を含めて増設したら移転は可能です。米軍基地は空港より海側を 埋め立てて用地を確保する事も可能ですし、新たな3000メートルの滑走路を沖合を埋め立てて設け、騒音と安全を確保する工事も辺野古沖の予算措置の転用 で可能ではないかと思います。現在の滑走は基地施設や駐機場へ転用可能でしょう。

しかし実際に普天間基地の代替地に徳之島が選ばれる可能性は低いと云わざる得ません。

どうしてでしょうか。

まずは以下の文章を一読してください。

沖縄県の予算は、内閣府沖縄担当部局の予算と一体であり、それだけに日本政府の沖縄振興予算が減額されることは、沖縄県の予算も規模が小さくなり、県民生活に夢が持てないものになるのです。

 しかし、「100年に一度」といわれる経済危機の中において、日本政府は21年度予算を、緊縮・財政再建予算から、景気回復最優先の予算に転換 し、88兆円の大規模な予算を編成いたしました。つまり、小泉内閣のときのような財政再建重視の“緊縮予算”の政策から、麻生内閣は景気回復最優先の“財 政投資型”政策に方針を転換したのであります。

 それにもかかわらず、なぜ、内閣府沖縄担当部局の沖縄振興予算はこれだけ減額予算になったのか、日本政府はまったく説明責任を果たしておりませ ん。沖縄県の米軍基地の過重な負担が減少したわけでもなく、失業率や県民所得が大幅に改善したわけでもありません。沖縄県の現状は、何ひとつ変わっていな いにもかかわらず、沖縄振興予算が減額されたことには、その根拠や意味を探すことそのものが不可能であります。

 私どもは、この日本政府の沖縄県を軽視した政策の大きな間違いを指摘するという観点においても、沖縄振興予算と一体である沖縄県の予算に反対することで、日本政府に対して、沖縄政策の見直しを訴えることになると考えております。

 昨年12月、麻生内閣が21年度予算編成を行った際、沖縄振興予算が極端に減額され、予算規模・内容ともに厳しいものになるであろうということ を、仲井真知事は十分に認識していたはずであります。しかしながら、仲井真知事は沖縄振興予算の新たな増額や内容の充実を、政府と交渉することなく、今日 に至ってしまいました。仲井真知事が知事選挙の際、自らが有権者に訴えてきた「政府与党との強いパイプ」という証は、この予算によって、県民に示すべきで はないでしょうか。そのことができなかったということは、まさに仲井真知事の選挙公約違反であるということも指摘をするものであります。
<「平成 21 年度沖縄県一般会計予算案」 に対する反対討論」>


要約すると日本政府の沖縄振興予算が国の財政難を理由に極端に削減された事を非難し、その措置に対して無為無策である仲井真知事を批判する内容であるのが判りますね。この文章を踏まえて下の図表を見てください。

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1972年から2009年までの37年間に沖縄へ投じられた振興予算は総額で約9兆円。年平均ベースだと約2400億円が毎年沖縄に交付されてき た計算になります。またこれとは別に防衛省予算の中から基地対策費等の予算が支出されています。その振興予算が年々削減されてきているのは上のグラフを見 たら判ると思います。

少し前になりますが2007度の沖縄県予算の内訳を見てみると、歳入総額5960億78百万円でしたが、その中身は、

*県収入合計:1941億万円(総収入に占める割合32.6%)
*国等からの交付合計:3402億円(総収入に占める割合57.1%)
*県債:619億円(総収入に占める割合10.4%)

となっています。沖縄県(人口1,387,932人)の収入よりも国からの交付金が遙かに上回っているのがよく判ると思います。この構造は実のところ東京都以外では当たり前といってもよい構図なのです。一例として島根県(人口719,705人)の予算内訳をご紹介します。

*県収入合計:1930億円(総収入に占める割合36.8%)
*国等からの交付合計:3331億円(総収入に占める割合45.8%)
*県債:427億円(総収入に占める割合17.4%)

沖縄県は島根県よりも668,227人も人口では多いのに、県収入はほぼ同じです。いかに貧乏な県かというのがよく判りますね。しかも県の借金で ある地方債(借入金含)累積残高は、約9422億81百万円と1兆円に届きそうな莫大な額になっています。どうして此処まで気前よく借金をしてしまうの か。その理由は読み進めて頂ければ明らかになると思います。

つまり、「沖縄県」という自治体を一人の人間に例えると、働いて得る年収は14万1400円。これでは生活できないので、毎年4万5100円の金 を借りている。借金の返済額は年額5万5400円。借金の残高は利子も含めて68万6700円になる。仕方がないので親(国)から24万7900円の援助 を毎年してもらっていると言うことになります。

これを仮に鳩山方式と呼びましょう。(-^艸^-)

親の方も年々生活が厳しくなり仕送りを減らそうとしてきてるので、生活は益々苦しくなるばかり。それでも援助を止めないのは、米軍基地という厄介 な親類を預かって貰っているから。これは他の援助を受けている兄弟(他の地方自治体)が仕方がないと特別扱いを黙認している理由です。何せそんな厄介な親 類には我が家へ来て欲しくないのですから。

つまり、沖縄県は国からの交付金・支出金より県税等の収入が少なく、財政の自立度が大変に低い自治体だと言えます。小泉改革の時代、国からの補助 金が減らされていく中でもこの傾向は変わらないで来たのは、沖縄県自体は、米軍基地を引き受けているという責任には応分の援助が国よりなされるという意識があったからに他なりません。

普天間基地の移設もそうですが、2007年からの10年間の時限立法として「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法(通称:米軍再編交付 金)」という制度があるのを御存知ですか。新しく再編される米軍基地を受け入れ、協力することを表明した地方自治体に交付されることになっている交付金 で、(1)受け入れ表明、(2)環境影響評価に着手、(3)施設整備に着手、(4)再編の実施、と受け入れの進み具合に応じて金額が増える仕組みとなって います。その総額は10年間で1000億円程度と見込まれています。結局沖縄経済は景気対策費やこうした基地対策費で箱物を作り、それで経済を回す構造し か雇用を支える産業がないような自治体として本土返還後に育てられてきてしまったのです。

仮に社民党の瑞穂ちゃんの云うように,沖縄県から米軍基地を撤廃したとします。米軍基地のない沖縄が島根県程度の交付金になったら、沖縄県は財政 破綻しないのでしょうか。沖縄が破綻して県民が疲弊し、その恨みの矛先を日本政府と米軍基地に向けた場合、いったい何処の国が得をすると思いますか。

実のところ、このジレンマには多くの沖縄県民が気付いています。

今回の名護市長選挙の結果にしても、実のところは普天間基地を受け入れない断固たる民意ではなくて、もっと交付金を上積みして基地の負担に耐えて頂くという日本政府の誠意が示されていないという意思表示ではないのかと、ついつい思ってしまいます。

何せ名護市の歳入は年間約290億円。その内の66.6%は国や県の交付金と借金で賄われているのですから。しかも市債の残高は335億円もあります。米軍再編交付金が年間10億円程度交付されるのなら、市の財政はどれだけ楽になるでしょう。

結論から言えば、沖縄県の財政は基地ありきで37年間やって来たのです。口では簡単に基地を無くすと云えますが、実際には基地を無くして財政危機 を招かない妙薬はありません。かつて炭鉱を閉山させる政策の対価として同様な交付金を得ていた北海道が今財政的にどんな疲弊ぶりなのかを見てみたら,それ は良く理解出来ることでしょう。

社民党や共産党のように基地の撤廃を簡単に口に出来る政治家は、その後のことは正直云って考えていないでしょう。其処をちゃんと見ていないと、そんな振り込め詐欺師みたいな連中の口車に乗れば大変なことになるのは目に見えています。

じゃ、どうすればいいのか。

米軍基地を撤廃して沖縄県を財政破綻させないというのなら、これは首都を沖縄県に移して、政府直轄地域として、自治体という行政の姿を変えること で、破綻を無くすという方法論はあると思います。経済都市東京と、政治都市沖縄という棲み分けです。直轄地域の行政は内閣の沖縄担当大臣に任せる形になる でしょうね。

ということで、普天間基地が沖縄県外へ移設される可能性は現実問題としてはほとんどあり得ないと思います。無論感情論としては県外移設を臨む気持ちは理解出来ますが。

2010年1月25日 (月)

国産次期輸送機(CX)は何時独り立ちするのか?

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(CXの近影)
「防衛省が開発を進める航空自衛隊の国産次期輸送機(CX)の試作機が18日、各務原市の航空自衛隊岐阜基地滑走路で初の地上滑走試験を行った。下旬にも行われる見通しの初飛行に先立ち、開発を担当する川崎重工岐阜工場が実施した。CXは現在の主力輸送機C1の後継機で、航続距離や積載能力の大幅な向上が図られた機種。川崎重工が主契約社となり、国内の航空機関連メーカーと共同で、2001年から海上自衛隊の次期固定翼哨戒機(PX)との同時開発が進められてきた。滑走試験は19日以降も続けられ、安全性が最終確認されれば初飛行が行われる見通し。」http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20100119/201001190842_9787.shtml

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(C-1は何時退役出来るのか)

やっとですか・・・という事で、CXが今月中には初飛行するかも知れません。

CXの制式名が仮にC-2になったとして、その搭載量は最大で37トン。それで航続距離が5600km。C-1が8t搭載時に約1500km、C-130Hは9t搭載時に約8,200km(CXの場合、12t/8,900km、30t/6500km)という具合。その能力が空自の戦術輸送の姿を大きく変える筈。でも、その配備数は20数機から40機までの間と未確定。財務省はC-1の能力の倍以上になるんだから、数はC-1(31機)の半分で充分と言い出してるとか。

 Thumb (グローブマスター(C-17)は一千メートルで着陸可能)

そもそもC-130Hの代替は考えていない様子があって、C-3をC-2の拡大・能力強化版としたいのか、はたまたアメリカのグローブマスター(C-17)を買うのか。C-17は最大積載量が約77トン。だからC-3は同じ程度の搭載量がないと意味が無い。

この前のハイチ大地震の救援だって、海外貢献を考えたら日本には長距離を大きな搭載能力を持って飛行出来る戦術輸送機が必要だと思いますね。今の 空自には空中給油機がありますから、離陸時は燃料を満タンの三分の一程度で離陸し、日本の領空内で、空中給油により満タンにして、太平洋を横断する事にす れば、満載での離陸でも航続距離は伸ばすことも可能です。なのでCXには空中給油設備が備わってるそうです。

国連の平和維持活動にしても、戦闘地域には憲法上の制約があるんだから、後方支援に徹して裏方で地道に働いて汗を流す。それで良いのだと思うなら輸送機をチャンと開発して保有するのは大切な外交問題でもあるんですよ。

でも、そんな発想が政治にはないんです。

彼と彼女のソネット

先日、BSで大貫妙子のコンサートが放映されておりました。遅い時間にも関わらずついつい見てしまいました。

1953年生まれの彼女は1973年に山下達郎、村松邦男らとシュガー・ベイブを結成。音楽活動を始めてますので、そのキャリアは既に37年にも なる超ベテラン。しかし大ヒットがないので、知らない人は知らない通好みのミュージシャンの一人かも知れません。通好みという意味では、同じミュージシャ ンから評価の高いクリエーターのひとりでもあるようです。

オフコース時代の小田和正が、デュエット曲『嘘と噂』をアルバム『as close as possible』のラストナンバーとして書いています。キーボードに坂本龍一を迎えて評判になったのですが、小田の強い希望でデュエット相手に指名され たのが大貫妙子でした。同じレコード会社の坂本の説得に応じて、彼女が参加したのも当時かなり驚きで迎えられたものです。しかもオフコースがメンバー以外 にメィンボーカルを迎えたのも空前絶後でしたから、ファンは腰を抜かす(ちょっと大袈裟ですが)ばかりに驚いたものですが。

さて、そんな大貫妙子が自作曲ではなく、フランスのElsa Lunghiniの『T'en va pas』(邦題は「哀しみのアダージョ」/「T'en va pas」は直訳したら「行かないで」)の楽曲に、自らの詩を乗せて、原田知世のアルバム『Schmatz』に提供したのが『彼と彼女のソネット』(原田知 世バージョンのアレンジは後藤次利)です。その後も坂本美雨や富沢聖子、長谷川恵理、宮村優子など数々の歌手によるカパーがリリースされているので、一度は耳にした方も多いのではと思います。大貫妙子自身も19作目のアルバム「ピュア・アコースティック」に収録し、昨夜のコンサートでも歌っていました。



今の私達をもしも
なにかにたとえたなら
朝の霧のなかで
道をなくした旅人のよう
いくつもの偶然から
あなたにひかれてゆく
星は瞳に落ちて
いくつもの夜を超えて
渡った時の迷路
解きあかしてきたのに

おおきなあなたの胸
ひとりはなれた
木の葉のような
心ささえたまま
かわいた風は私を運ぶ
君は、そう…
いつのまにか知ってる
僕をこえて 歩いて行けることを
懐かしい 白い指に触れても
ほどけてゆく 遥かな愛の思い
こんなに近くにいて
あなたが遠のいてく
足音を聞いている

もう一度
いそぎすぎた私を
孤独へ帰さないで
いつまでも
あなたのこと聞かせて
愛をあきらめないで

(作詞:C.Coper・R.Wargnier 日本詩:大貫妙子 作曲:R.Musumarra)


しっとりとした彼女の歌唱力も雰囲気がありますが、その歌詞の世界観はなかなかのものだと思います。立原道造に通じるなぁと思い、なるほどだからソネットなのかと勝手に納得してます。

今回、あの宮村優子(『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズの惣流(式波)・アスカ・ラングレー役の声優)がこの曲のカバーをしてるのを知り驚きました。でも聞いてみると雰囲気はなかなかのようです。出来たら宮村優子がセーラー服でPVに出て欲しかったです。(爆)

ちなみに「ソネット」(Sonnet)とは、「十四行詩」というヨーロッパで確立された定型詩のことです。まあ和歌みたいなものですね。

2010年1月21日 (木)

事の本質を見誤らないでおきませんか

「人間魚雷「回天」や航空特攻兵器「桜花」の胴体に、キューピー人形の顔をあしらった携帯ストラップが全国の自衛隊基地内の売店などで売られていた。販売 元は「不謹慎」との批判を受けて昨年12月に販売を中止、商品を自主回収した。販売元の「シップス」(神奈川県大和市)などによると、ストラップは戦闘機 の零戦など旧日本軍兵器にキューピーの顔をあしらった「旧軍コレクション」シリーズの一つで自衛隊基地の売店で1個500円で昨年秋ごろから販売。回天 キューピーは「大日本帝国海軍」の帽子をかぶっている。自衛隊関係者以外も購入可能で、通信販売していた売店もあった。(中略)回天は、魚雷を人間が搭乗できるように改造し、敵艦艇に突入して自爆する特攻兵器。訓練基地が置かれていた山口県周南市の市回天記念館によると、終戦まで に搭乗員や整備員ら145人が戦死した。桜花は機首に大型爆弾を搭載し、固体ロケットを噴射して敵艦に体当たりする「人間爆弾」。昨年12月中旬、自民党の山本一太参院議員が自身のブログで「回天のキューピーちゃんは問題」などと記載したことをきっかけに「不謹慎だ」「ありえない」といった批判がネット上で続出した。同社は「予想以上に批判が大きかったので、回天と桜花を自主回収した」と説明。防衛省広報課は「売店が何を売るかについては関知していない」としている。 」 毎日新聞記事

記事にある、昨年12月中旬の、自民党の山本一太参院議員が自身のブログを見るとこんな風に書かれている。


本日の午後、党本部で「小池百合子広報本部長」に会った。 小池氏が愛用している「ユニークな携帯ストラップ」を見せて もらった。 防衛庁(自衛隊?)の売店(?)で買える「ほふく前進のキューピーちゃん」はカワイイ! 「あのね、他にも零戦のキューピーちゃんとか、回天 のキューピーちゃんもあるのよ!」だって。 「零戦」はまだしも、「回天」に乗るキューピーちゃんストラップはマズいと思う、な。(苦笑)


つまり、それまでは誰も問題だとは思わなかったということですね。しかも当の山本一太参院議員が問題視したという部分が「マズいと思う、な。(苦笑)」というのなら、激怒とはほど遠い印象しか受けない。さらに、小池元防衛大臣は問題視してないような印象すら受けるのですが。

そもそも『零戦』だって特攻機としては一番利用された機体だったのだし、ストラップにするのが拙いというならこれも拙い扱いにされるべきでしょうけどね。

エッ?お前何が言いたいかって?

つまらない言葉狩り、些細な事はあげつらうのに、肝心の特攻は何故行われたのか?どうして組織として止められなかったのかは、未だにまともに議論されてないでしょう。こちらの方が余程重大事だと私には思えますけどね。

確かに特攻を美化したり、ストラップのキャラにするのはけしからんというのは正論に見えます。

ですが、特攻兵器をキャラにしてストラップにするなぞ、けしからんと怒ってる割りには、マスコミの書く記事の何処にも『あの大戦で散華した英霊に申し訳ない』という 意見は書きもしないし、思いもしない。ましてやストラップにするのの何がいけないのかも説明する気もなく、ただ、「いけない事だと思う」、「問題だ」で括るまやかしは、早い話が特攻兵器の名前を風化させ、特攻そのものを何となく「いけない問題ですから」にすり替える刷り込みにではありませんか。反戦思想を鼓舞するのではなくて、まともな思考を奪い、雰囲気だけで善悪を決めさせようとする、感覚の社会作りの推進に他なりません。

太平洋戦争での日本の兵士の死者数は約230万人(内、朝鮮や台湾出身の将兵は5万人)にものぼります。彼等は軍事政権の手先であると決めつけ、侵略者の手先という悪者にしてもいいのですかね。私達日本人の祖先ですよ。天に唾する行為になりませんか。

忘れられているようですが、先の大戦で、左翼勢力による国内革命が起こり、軍事政権(左翼さんが言うにわですけど)を打倒して、終戦に持ち込んだというのなら、まあ今の護憲派という左翼さんの態度も容認は出来るでしょう。ですが、実際は彼等の云う軍事政権内で、終戦派と継戦派との暗闘があって、終戦派が辛うじて終戦に持ち込んだのが史実です。その終戦の決定を遂行するのに昭和天皇が終戦派に組みしたのも事実です。

そして、そうした政府内での暗闘の時間に、国防の支えになったのは、沖縄や硫黄島、フィリピン方面での陸海軍の将兵と、特攻機や特攻兵器による攻撃に参加した将兵達であったのも史実です。彼等の努力と死無しには、日本は終戦を決す間もなく、本土決戦に立ち至り、挙げ句には米英ソの分割占領統治の憂き目に遭い、首都東京ではベルリン並みの市街戦が展開されて、今こうして生きている我々の何分の一かは此の世に生まれてこなかったという想像力はないのでしょうか。

”<携帯ストラップ>回天・桜花の販売中止 ネットに批判続出”というような些末な問題を拡大させて、物事の本質を見誤らせる手には、我々はいい加減引っかからないでおきませんか。

自己完結性のある援助が求められる時代

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「日本の国際緊急援助隊などを、米マイアミの空軍基地から搬送した航空自衛隊のC130輸送機は17日午後(日本時間18日朝)、ハイチの首都ポルトープ ランスの空港で米国人の被災者34人を乗せ、同基地に戻った。防衛省によると、海外の災害で被災者が自衛隊機を使って避難するのは初のケースという。ハイ チと米国からの依頼を受け、国際緊急援助隊法に基づく救助活動として実施したという。」

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          (記事にあるC-130Hは、たまたま米国にいた空自機です。 )

そのハイチは治安の面でかなり厳しい状況に陥ってるようです。ハイチ共和国には正規軍が存在しません。治安維持は警察の双肩に掛かっています。ですが、とてもそれは無理な相談のようです。

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    (ハイチ警察の警察車輌内の警察官。分かり難いが自動小銃を持っている)

 

【1月18日 AFP】12日(日本時間13日)の大地震で壊滅状態に陥っているハイチの首都ポルトープランス(Port-au-Prince)で16日、市街の商店から略奪する者たちを散らそうと、警官は空砲を撃った――数秒後、血眼の群衆は再び略奪を始めた。

     震災後のポルトープランスで、ハイチ政府が崩壊しきってはいないことを示す貴重なしるしのひとつが制服警官の存在だろうが、かれらは食糧と飲料水を必死で探す市民が怒り、略奪を始めても、銃撃はしないよう命じられている。

 マグニチュード(M)7.0の大地震で倒壊した店舗のがれき、役所関係の施設や事務所、壊れた住宅に、略奪者たちはくまなくたかっている。食べ物でなく ても壊れていなければ、闇市場で売れそうだからと持ち去る。廃墟に立ち入るのは危険だという警告などお構いなしだ。

     ある警官は「みんな、持って行ける物はなんでも持ち去っている。自分に必要かどうかなんて二の次だ。狂ってる。われわれは略奪者に発砲しないよう命じられている。空砲しか撃てないがそんなものは効き目がない」と語る。

 別の警官は「市民の多くが武装している。刑務所もみんな壊れてしまったから、犯罪者もすべて逃走し、そのへんをうろうろしている。ついさっきもかれらに ブラジルの救援チームが撃たれたばかりだ」と緊張した面持ちだ。いまや首都の中心部を支配しているのはカオスだ。

     

外国の救援隊は国連(UN)部隊の警護なしでは活動中の安全さえ保証されない。コスタリカの救援隊は「この地域に最初に乗り込んだが、こんな状況なので、自分たち用の警護部隊も同行させた」と説明してくれた。

     日用品や食料品店の店主たちは「商品の70%は盗まれた」、「生きているだけまし。泥棒だらけなのに、警察も守ってくれない」と口々に訴える。

     空き家だと見込んで半壊した住宅に侵入した略奪者が、がれきに暮らす家族と鉢合わせる例も多い。そうした家族も自衛のために武装している。

     16日には首都の随所で、遺体の焼却場面を目にするようになった。比較的被害が小さかった首都圏外に向かう者たちも出てき始めた。

     トラックで通りかかったスペインの救援隊に向かって「死んだ人は腐らせておけばいいから、生きてる人間の面倒を見てよ。食べ物をちょうだいよ」と叫んだ女性がいた。


以前からハイチに入っていた国連軍(「国際連合ハイチ安定化ミッション」=MINUSTAH)約8,800人が国連スタッフや援助に入っている外国の派遣隊の護衛を実施しているいるとはいえ、人手不足は否めない様子です。米国は海兵隊と陸軍を併せて5千名急派する事で、治安維持に回る構えですが、日本政府の救援隊もお世話になることになるかも知れません。

今回のように被災地に救援に入る場合に、当地の治安状況が悪いが、震災後の人命救助のリミットである3日間から最大7日間のみでも、現地で救助活動に当たれる態勢を、そろそろ日本政府も考えていくべきではないかと思いませんか。

具体的には護衛部隊を同行するという話しになるんですが、それは警察の機動隊が出せるのか、自衛隊でこうした事態に対応するべく訓練された部隊を用意するか。ここらあたりも考えないといけなくないですか?

パラダイムを変えて問題を見てみよう

「陸山会を巡る政治資金規正法違反事件で、東京地裁は16日、同会の事務担当者だった石川知裕・衆院議員、同会の元会計責任者で小沢氏の公設第1秘書・大 久保隆規被告(48)、石川容疑者の後任の事務担当者だった池田光智容疑者(32)の3人について、25日まで10日間の拘置を認める決定をした。通常国 会は18日召集のため、石川容疑者は会期中も拘置されることになる。国会法では、議員20人以上の連名で、会期前に逮捕された議員について釈放要求の発議 ができ、議決されれば拘置を続けることができなくなる。これまで適用例はないが、小沢氏が検察当局に対して対決姿勢を鮮明にする中、国会の対応が注目され る。過去には、1992年1月、共和汚職事件で阿部文男・元北海道沖縄開発庁長官を通常国会開会の11日前に逮捕した際、検察当局が対応を検討したことが あったが、結局、発議はなかった。検察幹部は「これまで一度も適用されていないが、もし適用された場合は国民がどう反応するかに尽きる。我々はそうなって も法と証拠にのっとって起訴を目指すだけだ」と話す。」 読売新聞記事

今のところ、マスコミの誘導もあって、世論はアンチ小沢が形成されてきています。それと共に鳩山総理の疑惑は忘れたかのようになってますね。この事実をまずは忘れないで下さい。

ここ数日の世論形成は『検察』VS『小沢一郎』という構図です。マスコミでは繰り返し、それを正しいかのように言ってますが、それは本当なのでしょうか?

政権与党の幹事長にして、事実上の今日本政界で第一実力者である小沢一郎。そんな相手と国権力の象徴である司法とが対立して、場合によっては、その政治生命を絶とうとしている。これは見方を変えたら、検察の暴走ではないか?官僚機構は自分達の既得権益を侵されそうになったら、国民から負託を受けた権力を濫用し て構わないのか?

もちろん、そんな事があってはいけません。其処がまかり通れば、これは民主主義ではなくなります。それはもう官僚独裁主義です。

この想定の解答は既に歴史に存在します。

明治以降、近代法における司法活動が行われてきた日本の歴史の中で、司法が汚職にしろ、贈賄にしろ、時の政権政党の政治活動を麻痺させるような捜査を行い、与党の権威を地に落とすような結論をだしたことは一度もありません。

イャ、そんな事はないよ。過去に『指揮権発動』が一度あったじゃないか!と云われる人がいるかと思います。

ここで言う『指揮権』とは、「検察官の検察事務および犯罪捜査について法務大臣がもつ指揮・監督権」で、個々の取り調べや処分については法務大臣 が検事総長だけを指揮できるとされている権限の事です。通常、法務大臣は司法の独立性を維持するために捜査の指揮権を検察当局に委ねています。ただし、先に書い たように官僚機構が暴走をして司法権力を指摘に濫用し、政権政党への攻撃がなされたと判断したら、それを制止する権限を保険として設けてあるのが、この『指揮権』です。ですから普通『指揮権発動』と云われたら、それは政府の権力の中枢に捜査の手が伸びようとした際、時の法務大臣がそれを中止させることを意味します。

その発動が、かつて一度だけ行われたのが『造船疑獄事件』においてでした。

時の与党であった自由党の佐藤栄作幹事長(後に首相)、池田勇人政調会長(後に首相)を東京地検特捜部は逮捕すべく捜査を進め、検事総長は佐藤幹事長の逮捕許諾請求を犬養健法務大臣に請訓しました。それを犬養法相が「指揮権発動」をして、佐藤幹事長の逮捕見送りを検事総長に指示したのです。これは昭和29年のことでした。佐藤幹事長は後に総理大臣になりましたから、この決定は歴史に影響した大変な決断であったのです。無論犬養法相自身が無傷で居られる訳もなく、後々の前例になるために、彼自身の判断で、この責任を取って指揮権発動を命じた翌日には法務大臣を辞職しています。

当時、世間では、「民主主義は死んだ」とか「司法の独立は失われた」と喧伝されましたが、事実は別のところにあったようです。後年、『指揮権発動』について、その是非を問われた犬養は、こう語っています。

「指揮権発動により法務・検察幹部を軒並み引責辞任させ、意中の男を検事総長に据えようという某政治家と検察幹部の思惑があった」と。

また、或る検事総長は同様の質問を職を辞してからのインタビューで聞かれ、法務大臣の指揮権発動がなされたら、その際には即座に辞職して時間稼ぎをすると答えて 評判になったことがあります。この部分だけを捉えたら明らかなサボタージュですが、上に書いたような犬養氏の回顧が事実なら、それは致し方がないともいえ るでしょう。

ですから、『指揮権発動』は事実上の禁じ手として昭和29年以降は封じられた手になっています。

今どういう訳マスコミはこの話をしたがりません。小沢幹事長逮捕があるなら、当然民主党政権は指揮権発動を想定してる筈だと、素人の私でも思うのにです。

さて、この話を読まれてから、改めて今の事態を眺めてみると随分、その見え方が変わられたと思います。

今後の展開としては、恐らく

①小沢幹事長は不起訴となり、現在逮捕拘禁されている元秘書と現秘書が起訴され、捜査は幕引きとなる。

②小沢幹事長逮捕を逮捕許諾請求した検察当局に対して、法務大臣が指揮権発動を行い、法務大臣の辞任と同時に、検事総長や東京地検特捜部長など捜査を指揮した幹部が引責辞任。民主党政権に近い検事総長と検察幹部が主流派を占める静かなる革命が司法界で起こる。

③小沢幹事長は起訴され、民主党の要職から身を引くが議員辞職はせず、長期の裁判中もキングメーカーとしてかつての田中角栄の再来となる。

という三つの方向性が予測されます。

恐らく開会される国会においても小沢幹事長への追求が展開され、論戦はこの点に集中するでしょう。その結果として鳩山総理の政治資金の不明朗な会計処理の件は修正申告に載る納税がなされたというアリバイ作りで忘却されるんですね。もちろん追徴課税分はちゃんと納税しましたで話が済まされる問題ではありません。

今の小沢一郎の自信満々を猿芝居であるとすると、②が国民にとって一番最悪のシナリオであることは云うまでもありません。小沢流の官僚支配が、こうした強引な民主党(もしくは小沢氏個人)シンパのみを取り立てるという強引な人事感覚でなされるのが許容されるのなら、これは日本解体に繋がる楔になりますから要注意です。

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