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2010年7月

2010年7月24日 (土)

『究極超人あ~る』の毒島から始まる話

「東証1部上場のパチンコ機メーカー「SANKYO」(登記社名三共、東京都渋谷区)の毒島(ぶすじま)秀行会長の資産管理会社が、東京国税局の税務調査を受け、約10億円の所得隠しを指摘されたことがわかった。」

「SANKYO」(登記社名三共、東京都渋谷区)といえば、1980年代のフィーバー(FEVER)ブームの火付け役となったパチンコ機メーカーです。フィーバー(FEVER)は三共の登録商標だって、皆さんは御存知でしたか?

さて、記事の内容はともかく、「SANKYO」(登記社名三共、東京都渋谷区)の毒島(ぶすじま)秀行会長の苗字に興味を引かれませんか?

「毒島」と書いて「ぶすじま」と何故読ませるのか?この疑問、実は『究極超人あ~る』を読んでいた頃に、登場人物に「毒島」が登場して以来気になっておりまして、或る時ふと判った事がありました。

狂言の演目の中に、こう言うモノがあります。外出する主人に毒薬「附子(ぶす)」の番を命じられた太郎冠者・次郎冠者は、興味本位で「附子」を見て、それを砂糖と見誤ってしまいます。何だ主人は砂糖を我々になめさせないために毒だと嘘をついたのかと思い、なめてしまう二人。しかし、そのあとで毒に当たった二人は、苦しみもがいて、主人の大切にしている掛物を破ったりして、家中を転げ回ります。毒が抜けてやれやれと思っていると、そこに主人が帰宅し、家内の異常にどうしたのかと二人に問うので、咄嗟に二人は、うっかり貴重な掛物を損じたために、お詫びに死のうと思って二人で毒を飲んだと言い訳をするというストーリーです。

「附子」とはトリカブトから取った毒の事で、この話から「毒」(正確にはトリカブトの毒)=「ぶす」という読み方が昔はあったと云うことが判ります。

では、何故島なのか?

群馬県に毒島(ぶすじま)という地名があります。県南部の平野部です。その由来は地元では『毒島伝説』として語り伝えられているそうです。その昔、大和朝廷の兵士達がやってきて、このあたりにあった湖に浮かぶ島に住む原住民(彼等はアイヌだったという説があるそうです)を追い払おうとしたそうです。立ち退きを拒む住民に向けて、兵士達が矢を射掛けたところ、島自体が移動してしまい1射も矢が当たりませんでした。兵士達は不気味がって、その場を一旦引き上げ、近くの地元民に尋ねると、「あの島の下には大蛇が住んでおり、島を動かして余所者を寄せ付けないようにして、原住民を守っている」とのことでした。島の秘密を知った兵士達は、それではと湖に附子(トリカブトの毒)を流し込んだところ、蛇は死に島は動かなってしまったので、原住民は追い出して島を手中に治めたと言います。以後、その島を「毒島(ぶすじま)」と呼ぶようになり、後世になると辺りの地域をそう呼ぶようになったんだそうです。

ちなみに、戦国時代には、今の群馬県伊勢崎市赤堀今井町毒島815というところに『毒島城』というお城があったそうですが、このお城、沼の中にあった小島に築かれたお城だったそうで、上記の毒島伝説に由来した命名だったことが推察されます。

そういえば、昔西武ライオンズのコーチをしていた毒島章一(ぶすじま しょういち)氏も群馬県桐生市の出身です。

調べてみると、「SANKYO」も、1966年4月に名古屋で設立。1981年4月に群馬県桐生市へ本社を移転。2008年8月に現在地に本社を移転したとあるので群馬県と関係がありそうです。

群馬と言えば、事業仕分けで評判になった『八ッ場(やんば)ダム』のあるところですが、「八ッ場」を「やんば」と読ませるのも、少し不思議な感じがしますが、地名には歴史的な背景や逸話が潜んでいるものだと思います。

最後に、『究極超人あ~る』の毒島ですが・・・・、あっ、丁度時間となりましたので、また今度機会が御座いましたらゆっくり語らせて頂きますか。天本英世がらみのお話しでもありますし。

2010年7月14日 (水)

Norwegian Wood

「村上春樹の同名小説を、松山ケンイチ、菊池凛子で映画化する映画『ノルウェイの森』の主題歌として、ザ・ビートルズの楽曲「ノルウェイの森」の原盤の使用許可が下り、日本の窓口であるEMIミュージック・ジャパンの担当者も驚いている。というのもザ・ビートルズのカヴァー曲が、映画の主題歌で使用されることは多々あれど、原盤の使用許可が出ることは非常に稀だからだ。」 (ニュースソース)

村上春樹の『ノルウェイの森』は英訳されていて、それなりに売れている作品だし、芸術性も高いという評価が、今回の楽曲原盤の使用許可につながったという話は、まさにその通りだと思いますね。日本でも単行本の小説としては1000万部越えを達成した初の作品ですから。

執筆は海外で行われたそうですが、この題名は当初は「雨の庭(Jardins sous la pluie)」=(クロード・アシル・ドビュッシーの楽曲名:版画 (Estampes) から取った)で書き始められ、途中で「ノルウェイの森」に変更されたそうですが、村上春樹自身は特別なThe Beatlesのファンではないとのこと。

でも、僕とキヅキと直子の関係を考えると、すくなくともThe Beatlesの『Norwegian Wood』の歌詞の意味は理解していたのでしょうね。何故って、 『Norwegian Wood』の本当の意味は昔から「I was knowing she would」(僕は彼女がやらせてくれると思ってた)を早口で言うと「Norwegian Wood」とも聞こえるという言葉遊びだと言われているからです。

『Norwegian Wood』

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian wood

She asked me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair

I sat on a rug, biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said, "It's time for bed"

She told me she worked in the morning
And started to laugh
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath

And when I awoke I was alone
This bird has flown
So I lit a fire
Isn't it good, Norwegian wood

(和訳)

何時だったか ナンパした
イャ、もしかしたらナンパされたのかも
彼女が部屋に来てというから行ったんだ
まるでノルウェーの森にいるようだ

泊まっていってねと彼女は言ったよ
好きなところに座ってねとも
そこで 部屋を見まわしたけど
椅子がひとつもないのに気がついた

敷物の上に座り込んで
ワインを彼女と飲みながら
すっかり話しこんでたら2時だった
すると彼女は ”もう寝なくちゃ”だって

朝から仕事があるのよと言って
彼女はおかしそうに笑った
こっちは暇だと言ってみても始まらず
僕はしかたなく風呂で寝ることにしたさ

翌朝 目が覚めると僕ひとり
かわいい小鳥は飛んでいってしまった
僕は暖炉に火を入れた
まるでノルウェーの森にいるようだ

歌詞を見ても判るように「Isn't it good, Norwegian wood」を「彼女、やらせてくれると思ってのに」と入れ替えたら、確かに意味は判ります。同衾出来ない失望と孤独という高尚な意味にとるのも可でしょう。歌詞は概ねポール・マッカートニーが書いてるようですが、ポールの歌詞は昔から、日本人の英語力では理解しにくい内容が多いというか、感覚で書いてますから分かりづらい気がします。

映画の方は見てみないと何とも云えませんが、

キャスト

僕(ワタナベ):松山ケンイチ

直子:菊地凛子

小林緑:水原希子

キズキ:高良健吾

永沢:玉山鉄二

レイコ:霧島れいか


という配役だそうです。個人的には、こういうキャストを想像してしまいますが。皆さんならどういうキャスティングを想像されます?

Ikuta_touma
僕(ワタナベ):生田斗真

直子:吉高由里子

小林緑:戸田恵梨香 

キズキ:森山未來

永沢:ARATA

レイコ:吉瀬美智子

Kititaka_yuriko


2010年7月 9日 (金)

利権の付け替えを急ぐあまりの暴言か?

「菅直人内閣の要である仙谷由人官房長官が7日、記者会見の席上で、政府として、韓国に新たな戦後個人補償を検討する必要があることを示唆した。仙谷官房長官は、1965年に締結された日韓基本条約で決着済みとされる日韓間の補償問題について「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」と述べた。 韓国のメディアは、日本の菅直人政権が、植民地時代の強制徴用者などに対する日本政府による補償に関して、これまでの政権と違う積極的な立場を見せているとして、社会党出身で先進指向の仙谷長官が植民地支配をめぐる個人請求権問題に対して、政府レベルの補償を検討していることを示唆したと伝えた。日韓強制併合100年を迎える今年、日本は両国関係のターニングポイントになる政策を出すことができるのか期待されるとしている。クォン・チョルヒョン駐日韓国大使は8日、記者懇談会で「前向きで重要な意味」と評価。日本政府が今年中に韓日強制併合100年に関連した首相談話などを出すならば、そこに補償問題解決法の方向が提示される可能性があるとの見方を示した。しかし、仙谷長官が指摘したように、日本国内の世論がさらに成熟しなければ、政治的反発が起こるため、民主党政権としても大胆な問題提起をすることは難しい状況だ。 その上、請求権問題がすでに解決されたという前提の下で施行する補償政策は、対象と程度に限界がある。実際にこの戦後個人補償が成立するためには、越えなければならない難関があまりにも多いとの声も上がっている。」 (サーチナ)

仙石官房長官のある意味では、選挙のための意図的なミスリードが、思わぬ波紋を広げてしまい、日本国内向けの話がアジア全体に広がる話になってしまいました。その背景には中国のメディアの影響力があったと見るべきでしょう。

仙石官房長官のいう(日韓間の補償問題について)「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」を素直に読めば、一部戦後補償に漏れている人にも救いの手を差し伸べるべきだという風にも解釈出来る訳で、例えば親日家や統治下で日本側の管理として働いた人々は、韓国では冷遇され、虐待に近い扱いをされてきたんだから、彼等に日本は補償をしたいとかいうんだったら、それはそれで意見に傾聴する価値はあると思います。しかし、どうにでも取れるように、具体的な事例を挙げて見せなかった点を見ても仙石官房長官が外交的な発言の重みに関して、全くの素人であり、自分の発言が及ぼす重大な影響を斟酌出来ない素人政治家であることも明らかですから、この点は批判を強めていかないと大変なことになると思います。

しかし、これが何時の間にか個人補償の問題にすり替えられて、そういう意思が日本政府にあるような風に流布されてしまったのは、何故なのか?そこをちゃんと冷静に見ていかないと、すり替えた人達の意図に載せられてしまいます。

個人補償を真っ当に取りますと、日本が韓国を統治していた時点に遡り、その損害を補償すると取れてしまいますね。

そんな補償をした国は歴史上皆無です。まして既に戦後補償を終えてるのに、再度検討するという国などありません。そう書くとドイツはユダヤ人に対しては補償したじゃないかという反論をくらいそうですが、それは日本の一部のインテリさんが或る意図を持って流した誤報です。実際には、ドイツ政府・ドイツ司法界は、戦後一貫して「戦争被害の補償請求は自国政府に対してのみ行える」という立場を変えていません。つまり第二次大戦の戦争被害に関する補償は、原則的にドイツ人にしか行わないというスタンスです。無論、当時はドイツ人だった人々の為には行われます。

ユダヤ人へに関しては、『ルクセンブルク協定』により、「故郷や資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者をイスラエル、ないしは新たな祖国に受け入れさせていくための編入費用」を援助してきましたが、これは個人補償や賠償ではないというのがドイツ政府の正式見解です。このあたりは『戦後のタブーを清算するドイツ』(亜紀書房)という本を読まれればよく判ると思います。この本から参照すると、ドイツの戦後処理は、

◎ドイツ国民の戦争被害に対する補償(約28兆円)
◎ホロコーストなどナチスの迫害に対する補償(約7兆円)→(大部分はドイツ人)
◎他国の戦争被害に対する補償(手つかず)→ソ連に対しては東ドイツが占領地からの略奪を「賠償」という形で追認しています

なのでドイツは個人補償を行っているというのは、それがドイツ国民であるという厳密な条件付きだと言う話です。

仙石官房長官に、我々有権者が求めないといけないのは、もしも個人補償を考えるのだとしたら、まず日本人に対する戦後補償が先でしょうという視点です。

東京大空襲の死者は10万人とも20万人とも言われていますし、広島・長崎の死者数は、それぞれ14万人と7万5千人です。これらの人々の遺族に戦後補償したことは一度もありません。まして、国家総動員法により動員された国民への補償などあり得ないというのが従来の日本政府のスタンスです。では、どうして、韓国や中国などに対して、戦後補償とは謳わないモノの、海外援助という形で多額の費用を支出してきたのかと言えば、そういう名目でなら世論は金銭の拠出をみとめやすいという雰囲気をつくり、世論を形成したからですし、補償という名の利権に政財界が群がったからだったといえるでしょう。

穿った見方をしたら、そうした利権構造は自民党側に形成された訳ですから、それを封じ込めて、民主党政権としての利権構造を確保したいという意図が根底にはあるのかも知れません。どうして、そう言えるかと言えば、日本には北朝鮮との国交正常化後に戦後補償問題が生じるのは必然だからです。1965年の日韓基本条約において、日本が韓国政府に支払った補償金額は、援助という形ですが、無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドルだったそうです。合計して8億ドルでした。有償と借款分の6億ドルは低利な利子で貸し出したお金ですから、無償の3億ドルに絞って計算をすると約1兆800億円になりそうです。。日本は統治時代に様々なインフラなどに国費を投じ、各企業も韓国へ進出するなどしたため、韓国国内に日本人が残した資産は約53億円(約20兆円)。これらの一部はつい最近まで韓国で見掛ける事が出来たほど、韓国の復興に役だった筈です。しかし、韓国国民はそれを長く知らされませんでした。韓国政府は個人補償を行わずに、真正国家の建設に全て流用し、国として使う事に決めたからですが、仙石官房長官の発言が大いに韓国で喧伝されるのは、日本が初めて戦後補償をするという誤解に基づいての部分を多々あるでしょう。

私に言わせたら、それだけの補償をしたのに,まだ不十分というのでしょうか?という気分ですがね。

韓国に個人補償をしたら、次は台湾、そして中国、フィリピン、インドネシア、ミャンマーなど同様の補償を求める裁判が次々日本で起こされるでしょう。

自民党利権の解体を急ぐあまり、民主党政権の面々には、日本の国益がどうなろうがしったことではないと言わんばかりの此の横暴ぶり。日曜の選挙ではちゃんと投票したいモノですね。

最後にですが、この記事の配信元は「サーチナ」という日本にあるポータルサイトです。同社の主要ニュースソースは中国国営通信社の中国新聞社で、社長は中国・福建省出身の端木正和(日本での通名)という中国人です。ニュースソース側の情報操作は当然あるモノとして読まないと、配信記事に上手く載せられてします。この点を敢えて最後に書いておきます。

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