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2010年8月

2010年8月27日 (金)

批判の矛先を間違えないようにしましょう

「高齢者の所在不明問題を巡り、戸籍上は生存する江戸時代生まれの人が26日も相次いで明らかになった。
*山口県防府市は文政7年(1824年)生まれの186歳男性が戸籍上生存。
*滋賀県甲賀市でも文政11年(1828年)生まれの182歳男性。
*山形県酒田市で天保8年(1837年)生まれの173歳女性。
*兵庫県姫路市で170歳男性を含め120歳以上の906人が戸籍上生存。
*川崎市でも120歳以上が462人戸籍上生存。」

Suzukikanntarou_2

鈴木貫太郎内閣というのが、今から65年前の日本にありました。その期間は、昭和20年の4月7日から同年の8月17日という僅か4ヶ月ほどの短命内閣でしたが、日本を終戦に持ち込むために尽力し、ある意味では歴史に残る偉業を短期間で成し遂げた内閣として、日本の憲政史に刻まれています。

その首班を務めた鈴木貫太郎は、慶応3年12月24日(太陽暦では1868年1月18日)生まれ。昭和20年の段階で既に齢77才。当時でも高齢です。彼がもし今でも生きていたら、142才になりますが、上の記事を読む限りは、まだまだ若いですね。鈴木は大役を果たし、昭和23年に満80才で亡くなっています。江戸末期や明治生まれの人が壮健だったのは、私の祖父がそうであったので実感していますが、さすがに180才は生きていないですよね。

総理大臣:鈴木貫太郎 慶応 3年(1868年) 142才 *S20年時点で77才
外務大臣:東郷茂徳 明治15年(1882年)128才 *S20年時点で63才
内務大臣:安倍源基 明治27年(1894年) 116才 *S20年時点で51才
大蔵大臣:広瀬豊作 明治24年(1891年) 119才 *S20年時点で54才
陸軍大臣:阿南惟幾  明治20年(1887年) 123才 *S20年時点で58才
海軍大臣:米内光政 明治13年(1880年) 130才 *S20年時点で65才
司法大臣:松阪広政 明治17年(1884年) 126才 *S20年時点で61才
文部大臣:太田耕造 明治22年(1889年) 121才 *S20年時点で56才
農商大臣:石黒忠篤 明治17年(1884年) 126才 *S20年時点で61才
軍需大臣:豊田貞次郎 明治18年(1885年) 125才 *S20年時点で60才
厚生大臣:岡田忠彦 明治11年(1878年) 132才 *S20年時点で67才
国務大臣:桜井兵五郎 明治13年(1880年) 130才 *S20年時点で65才
国務大臣:左近司政三 明治12年(1879年) 131才 *S20年時点で66才
国務大臣(情報局総裁):下村宏 明治8年(1875年) 135才 *S20年時点で70才
国務大臣: 安井藤治 明治18年(1885年) 125才 *S20年時点で60才
内閣書記官長:迫水久常 明治35年(1902年) 108 *S20年時点で43才
法制局長官: 村瀬直養 明治23年(1890年) 120才 *S20年時点で55才

ここ最近の記事を読んでいると、マスコミが持っていきたい方向性としては、また公務員の怠慢が発覚した、行政のいい加減さが判ったという事なのでしょうけれど、今後は住民登録がなく、年金や介護保険などを受給していない高齢者(当分は100歳以上か?)の戸籍を簡単に抹消出来るようにしろ!と言ってるように思えます。

これって、実は大変な話なんですけどね。

現在の戸籍が整備されたのは明治になってからです。目的は徴税と徴兵。いわゆる富国強兵の時代に必要な国家事業だった訳です。だから、明治の頃には戸籍逃れをする人が横行しました。税金は払いたくないし、軍隊にも行きたくないという気持ちは、今も昔もそう変わらないものです。それ故に、戸籍を簡単に作ったり、消したりは出来ないように、この150年間で法律を整備し、制度を定着させてきたのです。

もしも、役所の判断で戸籍の抹消が可能になったら、担当者にお金を渡して戸籍を抹消するなんて不正が出来るようになるかもしれないです。

確かに戸籍があっても、常識的に考えて生存していない人の戸籍を永遠に残しておくことは問題かも知れません。でも、だから行政の業務に滞りがある訳じゃないですし、誰かが迷惑を被ってる訳でもない。むしろ戸籍抹消手続きを簡略化する方が私には恐ろしく思えます。でうから、”いずれの自治体も法務局と相談し除籍を検討する”という記事が、けして楽に戸籍が抹消出来るようにするという方向に向かないように注視すべきだというのなら納得です。

本来の問題点はそういう行政手続きにあるのではなくて、年金や公的給付の不正受給にある訳でして、100歳以上の高齢者に対しては、何等かのかたちで生存を確認する対策を講じることにこそ、議論の矛先を向けさせるのが社会の木鐸たるマスコミの役割なのではないかと思うのですが。

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