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2010年12月14日 (火)

私は誰に助けを求めたらいいのでしょう?


「菅直人首相が朝鮮半島有事の際に自衛隊による邦人救出に言及したことが内外に波紋を広げ、政府は火消しに追われている。北朝鮮の軍事的挑発で緊張感が高まっているとはいえ、韓国側では過去の植民地支配に対する国民感情に配慮しない「不適切な発言」(朝鮮日報)に反発も出ている。仙谷由人官房長官は13日の記者会見で「韓国との関係で日本の自衛隊が何らかのことができるのかどうかは、いまだ全く検討されていないし、当然のことながら協議はない」と明確に否定した。発端は首相が10日の拉致被害者家族との懇談会で、北朝鮮にいる拉致被害者を自衛隊が救出できるよう韓国側と協議を始めたと受け取れる発言をしたこと。11日には在韓邦人の救出を念頭に置いていると修正したが、韓国側と協議する考えを改めて示した。自衛隊法には緊急時の在外邦人輸送の規定があるが、安全確保と相手国の同意が前提となる。戦闘地域への派遣はそもそも想定されていない。 仙谷氏は「頭の体操もやっておかないとならないが、歴史的な経緯があるから簡単な話ではない」と述べ、首相の発言は「頭の体操」にとどまるとの認識を示した。安住淳副防衛相も12日の民放番組で「こちらの意思だけでは、なかなかうまくいかない」と戸惑いを隠さなかった。」

「国民の命(人命)は地球よりも重い」と云って、総理の独断に近い形で、捕らえられていたテロリストを超法規的措置により解放することで(ついでに身代金もつけた)、人質となっていた邦人を解放させたのは福田赳夫総理でした。当時のその判断は賛否両論を招いたのですが、世界ではテロリストと取引をしたと批難と嘲笑を受けただけでした。

それでも今の内閣から比べたら国民の命を総理の地位を捨てでも守ろうとしたことは確かでしょう。

さて、まず注目しておかねばならないのは、このマスコミの視点です。

北朝鮮の軍事的挑発で緊張感が高まっているとはいえ、韓国側では過去の植民地支配に対する国民感情に配慮しない「不適切な発言」(朝鮮日報)に反発も出ている。

朝鮮半島有事に際して、在留邦人を救出することと、過去の歴史問題をリンクさせていいのでしょうか。自衛隊による救出活動を韓国政府が反対することも想定して、在韓米軍の飛行場を使用する秘密交渉をしてでも用意するべきと思うのですが。

現行の自衛隊法では戦闘地域(要するに戦場)に邦人救助のための自衛隊派遣は出来ません。そもそも自衛隊法では国外での戦闘地域においての活動を想定していません。しかし、過去にその戦闘地域を「イラク復興支援特措法が定める「非戦闘地域」の定義について、「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と云った総理がいました。早い話、総理が邦人救助の為に派遣される自衛隊の部隊が活動する地域を非戦闘地域だと判断したら、自衛隊は出せるという話です。

今朝鮮半島の緊張は少し解けてきています。それでも戦争が始まれば在留邦人の救出をしないといけない事態になります。その場合の検討を今の内閣は真面目にしているのか?

「頭の体操もやっておかないとならないが、歴史的な経緯があるから簡単な話ではない」

一応はやっているというスタンスだそうです。何というのんびりなお話しでしょう。というか1993年の北朝鮮のテポドン発射実験から翌年に掛けての緊張状態の中で、日本政府は真剣に朝鮮半島からの在留邦人救出を検討したそうです。その延長線上に自衛隊法の改正があったのですが、戦闘地域への派遣に関しては棚上げになったまま放置されています。本来ならこの機会に世論を喚起して、この問題を前進させるというのが急務なのですが、どうもこれも今の内閣は手をつける気は無いようです。

この話題について、夏川和也(元統幕議長・元海幕長)氏が、こういうエッセイを書いています。長文ですが敢えて引用させて頂きます。

『朝鮮半島で戦争が始まったら』

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3000
 
仮定の話であるが、「外国で武器の使用を伴う暴動が発生し、在留邦人の一刻も早い引き揚げが問題になっている。国境は閉鎖され、空路を使用した行動が唯一の方法である。政府は航空会社に打診したが、航空機の安全が確保されないという理由で拒否された」という状況になった時、日本政府はどんな策を取るのであろうか。そして、それは国民が期待しているものなのであろうか。

邦人輸送という任務

自衛隊が保有するC-130輸送機。しかし、海外の邦人救出に使われることはない。自衛隊には邦人輸送という任務がある。自衛隊法に述べられている要旨は「外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命または身体の保護を要する邦人の輸送を行うことができる」ということである。一見、自衛隊機で救出できそうであるが、決めつけるには続きを読まなければならない。その前に、そのような事態があったのか、どのような事態で、どの様に対処したのか、二、三の例を挙げてみる。

①1985年、イラン・イラク戦争時

イランは日時を決めて、それ以降上空を飛行する航空機は警告なく撃墜すると宣言した。テヘランに残された邦人216人の一日も早い離脱が必要であった。日本政府は民間航空会社に臨時便の要請をしたが、危険であるという理由による組合の反対により実現しなかった。日本人仲介者の努力により、トルコ政府の承認の下、トルコ航空が特別機を派出、救出した。

②1997年、アルバニアにおいて政府の失政に端を発した治安の急速悪化により、在アルバニア外国人の生命が危機に陥った報道によれば、銃撃戦のある状況下ドイツ空軍機により邦人は救出された。

③1997年、カンボジアにおいて2大政党系軍が衝突、銃撃戦になった。日本人を含む多くの外国人が国外に避難した。その中には440人の邦人のタイ軍用機による救出を含む。日本政府は邦人輸送準備のため、タイのウタパオ海軍基地に航空自衛隊機3機を待機させたが、情勢の安定化に伴い撤収した。

④1998年、インドネシアで暴動発生。5000人近い邦人の多くは、日本政府がチャーターした航空機や民間の臨時便等により国外に退避した。邦人救出に備え、政府は海上保安庁のヘリコプター搭載巡視艇及び自衛隊機をシンガポールに待機させたが、暴動が沈静化したため、撤収した。

アルバニアのケースは緊急性も危険性も高く、あらゆる手段を用いて救出の努力をすべきであるが、時間的に間に合ったとしても自衛隊機を派出しなかったであろう。カンボジア、インドネシアのケースでは、自衛隊機や海上保安庁のヘリコプター搭載巡視艇を近辺の国に待機させ邦人救出に備えたが、事態が銃撃戦を伴う厳しい状況では出動させなかったであろう。なぜか?先に紹介した自衛隊法には続きがある。すなわち「当該輸送の安全が確保されている場合に行うことができる」となっているのである。安全が確保できない状況では行動しない自衛隊機が、上記のような状況で邦人を救出するために行動するはずもない。何かおかしくないだろうか?むろん、やみくもに行けばいいというものでもないが、基本的には危険を冒してでも救出してくるのが自衛隊なのではないか。国民の生命と財産を守るために武器を保有し訓練を重ねた自衛隊は、あらゆる困難を克服してその任務を果たすべきであり、隊員たちはそのように宣誓をし、そのような覚悟を持っている。また、国民もそのように期待しているのではないか。しかし、できないのである。全く自衛隊が役に立たないということはないし、この法律が有名無実であるということでもない。民間機が離発着できない飛行場での運用も可能であり、刻々と変わる情勢の中で千載一遇の機会を捉えて救出することもあるであろう。だとしても、本質から眼を逸らすわけにはいかない。私は本論の中で「輸送」と「救出」という言葉を使用している。輸送とは人・物をある地点からある地点まで運ぶことであり、救出とは困難な状況にある人を危険を冒してでも、その環境から平易な場所に運ぶことであろう。自衛隊法に記載されている「邦人輸送」は「邦人救出」であることを、国民は期待していると思う。なぜ、そんなことになったのか。

名古屋高裁は2008年4月17日、自衛隊のイラク派遣について、航空自衛隊の空輸活動が違憲だとの判断を下した。なぜこんなことになったのだろうか。乗組員や機体の安全を考えてのことか。軽視するわけではないが、もちろんそうではない。憲法制定時から自衛隊創設時の論議、さらにはそれ以後もずっと引きずっている防衛論議、すなわち自衛隊の行動は災害派遣等武器の使用を伴わない場合を除いて国内でもできるだけ控える、ましてや海外での武力行使はしない、ということの延長線上にあると思う。自衛隊の武力行使を認めることに関しては、事象が生起するたびに問題になり議論された。簡単にいくつかの事象を追ってみよう。

*カンボジアでのPKO(平和維持)活動に従事する陸上自衛隊が個人装備として携行する小銃の数が1丁なのか2丁なのかで、議論されたことがある。

*アフガニスタンでの復興支援に当たる陸上自衛隊の派出に当たって、武器使用の可能性の関係から戦闘地域であるかどうかが問題になった。全国土がテロの恐怖にさらされている国で、特定の場所だけの安全が保障されるはずがないのに。

*フランスから核燃料を日本へ輸送するという事案があった。輸送船舶には、過激な団体の武力を使用しての奪取から核燃料を守るために護衛をつける国際規約がある。当然、海上自衛隊の護衛艦が当たるべきであろうが、海上保安庁が通常の任務では使用しない大型の巡視船を建造、大砲を搭載して派遣された。

実際のケースでは、アルバニアの場合のように他国の救援機が搭乗を許すだろう。しかしそれは余力のある時だけである。ギリギリの状況になれば他国民より自国民を優先するのは、自明の理である。飛行場に集まった色々な国の人たちそれぞれが自国からの救援機で脱出していき、日本からだけは救援機が来なくて取り残されたとしても、自衛隊の海外派出に反対した人たちは自説を曲げないだろうか。国民は黙ったままでいるのか

私は、一般の国民は「なぜ救援に行かないのか」と怒り狂うであろうと思う。そして、これまでその様な行動に反対してきた人たちでさえ、そのことを忘れたかのように非難を強めるであろうと思う。実際にその様な事例があった。一昔前になるが記憶には新しい阪神淡路大震災により、神戸を中心に惨憺たる被害が発生した。その救援・救助にはあらゆる機関・団体・法人・個人がそれこそ必死の思いで当たった。その中には陸・海・空自衛隊もいた。中でも、近傍の伊丹に所在する陸上自衛隊中部方面隊隷下の部隊はよくやった。しかし指揮官である総監は、出動が遅かったと報道陣から糾弾されたのである。確かに発生から間を置かず部隊を出動させなかったが、隷下部隊の準備が遅れたのではない。なぜか?自治体との不十分な協力態勢、およびそのことによる情報伝達の混乱という状況下で大部隊を動かすことに躊躇があったと思われる。 またそこには、「自衛隊は出来るだけ使わない」という歴史的な考え方が作用したのかもしれない。報道を国民の声、期待とするならば、総監の行為はその期待に応えられなかったことになり、国民の非難に晒されることになった。国民にとっても、自衛隊にとっても不幸なことが待っている。

ところで、自衛隊の行動に関するすべての条文は「…ができる」という表現になっている。
なぜか?それは既に述べたように、自衛隊は出来るだけ行動しないようにという考えで法律が作られているからである。自衛隊は原則として行動させない、行動させる場合だけを法律に記載するという考えである。従って行動に関する全ての条文が「・・・ができる」という表現になっている。「このような権限の付与の仕方をポジリスト方式と呼ぶ」(色摩力夫・元チリ大使)。

横道にそれるが、このような法体系では当然のことながら法に記載されている以外の行動は一切できない。それは想定以外のことには対応できないということであり、情勢の変化に応じた対応もできないことになり、対応は遅れ遅れになることになる。一方、「諸外国では軍隊の行動は国家主権の行使であり、原則自由、例外的制限を設けるネガリスト方式を取っている」(同元大使)。この際、不測の事態が生起した場合、根拠法規がどうであれ、現実に大きな被害が生起しているのであるから状況に応じて柔軟に対応すべきであるという指摘があるだろう。しかしそれは当たらない。法律を運用する場合、条文を趣旨に照らして解釈し良い結果を追求するということはあり得るが、趣旨に反することはすべきでない。一度行われれば例となり、それが蔓延していくからである。

毎年4兆円もの税金をつぎ込んで維持してきた自衛隊が、必要な時に適切な行動を取れないとしたら、国民にとっては不幸であろう。自衛隊員にとっても、営々と訓練を重ねてきたのに国民の期待に応えられないということは、不幸なことである。放置したままでは将来に禍根を残す課題は多い。邦人輸送を例に取って所見を述べてきたが、新潟沖の不審船事案関連・領空侵犯対処等の法制上の問題、訓練の制約の問題、武器輸出三原則・調達等装備に関する問題等、さらには我が国防衛の根幹である日米共同に関わる基地・集団的自衛権等々、放置すれば将来禍根を残すと思われる課題は多い。

国民の期待と自衛隊の行動が合致するような法体系、態勢・体制の整備を、前もってかつ抜かりなく行っておくことが必要である。そのためには、国民が我が国の防衛に関心を持って議論を深め、自衛隊に何を期待するのかを明確にしていくことも重要なことである。ちなみに、阪神淡路大震災のケースでは、防衛庁(当時)内の規則が改正され、出動の判断が明確になった。またこれを契機に、地方自治体の防災担当部署に自衛隊OBが採用され、計画の作成や調整に当たっているところが増えてきた。

仮に第二次朝鮮戦争が勃発したら、さて政府は在留邦人の救出をどうするのでしょうか?

色々と検討しているが、現行の法律では邦人救助は戦闘地域でない場所でしか救援活動は出来ないと言い逃れるのでしょうかね。

当分の間は、ソウル旅行は控えた方がいいのだけは確かです。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

 明治維新後、欧米の新しい法律を導入するにあたって、一番の問題になったのはフランスやドイツの法体系を導入するのか、あるいはイギリスの法律を導入するのかということでした。結局は民法典などをフランスから導入し、憲法などはプロイセンのものを導入することになりました。ここで大陸法を導入したことが後々に影響を残すことになります。
 大陸法は概ねその重要な項目を条項内において規定するもので、いわば「~することができる」ものであり、言い換えれば「規定されていないことはできない」のです。
 そこに第二次世界大戦で敗戦。米国による間接統治をうけたことにより英米法の体系を一部分受け入れたことによって幾分混乱状態にあるといってもいい状態が続いています。
 ただし、本来的に大陸法の体系は民法典などの私法に強くその影響が表れますが、公法については英米法とあまり変わりはなかったというのが正しかったように記憶しています。

 戦後の日本政治では長らく政府与党である自由民主党(保守政党)と日本社会党をはじめとする野党が対立する構図が見られました。そのためもあって、ことに野党は大陸法の考え方の典型を援用して「させない」ための足かせに利用していました。(憲法の条文を字義どおりに解釈するなど。ただし、私学助成などの字義どおりに解釈すれば「違憲」となるようなことには融通無碍でしたが)
 これはヨクヨク考えてみれば戦前の政治にも見てとれます。明治の元勲が退場して行く明治時代の末期から昭和の初めのころに政敵を抹殺するために自分たちの都合のいいように法律などを解釈するなど、いろいろと見られました。その一番の罪過は近視眼的に自己の利益を図るため天皇や軍隊を利用したことがあげられるでしょうね。それが延いては政党政治の終焉を招き、無謀な戦争への道に突き進み、果てはわが国を亡国の淵へと追いやる寸前まで行ったのではなかったのか?
 戦争後は「悪かったのは軍部(自分たちは悪くない)」という、しかもそれを「一億総懺悔」と言って責任の所在を曖昧にしてしまったために誰も真剣に考えることもなかったので、今、同じようなことを繰り返しているような始末です。

まぁ、どのみち言えるのは「この国にいる間は自己責任の原則を厳守する」ことが必要でしょうね。そこから考えればこの時期、韓国に旅行するなどということは止めておくに限るということかもしれません。何しろ、あの国は休戦状態にあるだけで、決して戦争状態が終結しているわけではないのですから。

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