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2012年5月

2012年5月 4日 (金)

懲りない人達の常套文句

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1990661&media_id=20

「米ロサンゼルス・タイムズ紙(18日付)は、アフガニスタンで自爆テロで死亡したアフガン人の遺体と記念撮影する米軍兵士の写真を掲載した。アフガンでは、国際治安支援部隊(ISAF)要員によるコーラン焼却問題などで米軍などへの反発が強まっており、新たな火種になる可能性がある。同紙は、一人の米兵から匿名を条件に写真18枚の提供を受けたという。掲載したのはそのうち2枚で、米兵が、上半身の吹き飛んだ遺体を逆さに持ち上げている地元警察官と一緒に笑顔で写真に収まっている様子などが写っている。この米兵は、第82空挺(くうてい)師団の兵士といい、自爆テロの現場を調査した後に撮影されたという。撮影されたのは2010年とみられる。」

このニュースを読んで不快な気分になられた方。私達日本人は元が農耕民族ですから、基本的に狩猟民族の感覚という奴が理解出来ないという大前提を考慮にいれて、この文章をお読み下さい。

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感覚と言えば戦場感覚というのもあるようで、平和なところで暮らしている我々の感覚でモノを言ってはいけないという見方もあります。最初に私がこの事に気付いたのは、ベトナム戦争の報道写真の中にあった、この一枚からです。コルトM79 グレネードランチャーが命中して四散した敵兵の遺体を持ち上げての記念撮影だと思われます。

トロフィーというのをご存じだと思います。トロフィーはギリシャ語の戦利品という言葉が語源です。そして狩猟においては、仕留めた獲物の首から上の部分を剥製にするなどして、壁に飾ったりするものを指します。

つまり、この写真も或る意味ではトロフィーを誇る記念写真なのです。なにせ遺体は持ち帰れないですからね・・・と思うのは早計です。本当は持ち帰りたいけれど、流石に米軍でもそれは禁じられていたからというのが真相のようです。

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この写真は、1944年5月22日にライフマガジン誌に掲載されたものです。その記事によれば、アリゾナで勤労動員され働いているアメリカ人女性が海軍将校のボーイフレンドからプレゼントされた「日本兵の頭蓋骨」トロフィーの横で手紙をしたためている図だそうです。日本人だと、こんなプレゼントはどん引きでしょう。しかし、彼女の顔から嫌悪感は感じられません。彼等が狩猟民族であるという前提以外に、日本人は猿に等しい劣等民族という蔑みの感覚があればこそではないかと思えてきます。

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それを感じずにはいられない写真がこれです。戦死した日本兵の首を刎ね、髑髏にするために煮込んでいるところです。ひとつ上の髑髏もこうやって骨にされたのでしょう。

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しかも、これは太平洋戦線に於いてかなり広範囲に行われていました。その行為は下級兵士だけではなくて、将校連中にも黙認されていたようで、ライフの記事が出たあとの1944年6月にアメリカ陸軍法務部長名でこれらの違法行為を禁ずる通達が出されましたが、だからといってこれらの行為を行った兵士が処罰された訳ではありません。1944年に起きていたことは、朝鮮戦争やベトナム戦争でも繰り返され、イラク戦争やアフガニスタンでも起きたということです。つまりアメリカ軍の暗部にある悪しき伝統だとも云えるでしょうね。

ただ、日本人が一方的に、これらの行為を責められるのかというと、そうでもありません。敗色の色が濃かった1945年(昭和20年)3月。俗にいう「小笠原事件」が起きました。当時小笠原諸島の父島に置かれていた陸軍の混成第一旅団と海軍の父島方面特別根拠地隊は、連日の大空襲の中にいました。攻撃の主は米海軍の攻撃機だったのですが、何機かが撃墜され搭乗員が捕虜にされていたのです。その捕虜を軍刀の試し切りにした上に、死体の人肉を戦意高揚のためと称して酒宴の肴にしてしまったのでした。しかも、その宴席には旅団長の陸軍中将と根拠地隊の司令官である海軍中将が同席し、他の幹部も居並んでいたのですから呆れます。

こういう事例を見ても判るとおり、戦争も長期戦になり、苦戦が続くと、こんな残虐行為が横行するのかも知れませんね。

横浜とハワイほどの距離

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1994065&media_id=20

「福岡県久留米市の指定暴力団道仁会旧本部事務所立ち退き訴訟で、住民が道仁会幹部の目の前で法廷に立ち、被害について陳述せざるを得ない事態になっている。住民側は報復を恐れ、対面しない形での実施を望んだが、福岡地裁久留米支部(有吉一郎裁判長)が認めなかったためだ。同種の訴訟で住民が法廷に立つこと自体少なく、識者からは裁判官の判断に疑問の声が出ている。尋問は27日から開かれる口頭弁論で行われ、住民は原告5人と証人1人が出廷する。道仁会幹部は、これまでの訴訟手続きにほとんど出席しており、口頭弁論にも出廷する意向を原告側にも伝えているという。暴力団排除に詳しい弁護士によると、暴力団事務所の使用差し止めを求める訴訟は1987年以降、全国で十数件起こされたが、住民の本人尋問が行われたのは数件しかないという。」

法律上の常識と世間の常識の間には横浜とハワイほどの距離がありますからね。裁判長が暴力団側と住民側を平等に扱うことに徹するという判断に拘った結果なのでしょう。

有吉判事の経歴を調べてみると、判事としての最初の赴任地は北海道の旭川地裁・家裁の判事補。3年後に東京地裁・簡裁の判事補に転じ、此処も3年で上がって、検察官に出向。3年後には福岡地裁・家裁の判事補。赴任2年後に判事となり、以後は福岡、宮崎、福岡、熊本、福岡と地裁・高裁・家裁などを判事として周り、現在は福岡地裁・家裁久留米支部長兼久留米簡裁判事です。

経歴の大半は九州での勤務ですから、当地の暴力団事情にも多少の知識はあってしかりという推測は出来ると思います。しかも、この数年は暴力団が実力行使に拳銃を使い一般市民にも平気で向けてくることも十分承知でしょう。ただ、市民の生命の保護は警察の仕事であって、裁判官が心配する筋合いでは無いという認識があるのかも知れません。

問題にすべきは、そういう裁判所の判断を批判する事より、福岡県警に証人の完全な保護を求めることでしょう。マスコミだけでは無くて、人権派の弁護士さんも、人の揚げ足を取る前に、こういう事で世論を盛り上げて頂きたいと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?

新たな火種の予感

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=60811

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「25日、フィリピンの石油会社はこのほど、中国と領有権を争っている南シナ海で過去最大クラスの天然ガス田が発見されたと発表した。これにより中国・フィリピン間の緊張が加速する可能性がある。」

以下は、今から約1年前の記事です。

フィリピンが中国との領土紛争が激化、アキノ大統領「頼れる友は米国と日本」

 中国とフィリピンとの南沙諸島(スプラトリー諸島)をめぐる領土紛争がエスカレートしており、双方ともに対抗措置をちらつかせ、一発触発状態に陥っている。ボイス・オブ・アメリカ(VOA)中国語サイトが伝えた。フィリピン政府は5日、国連に抗議文書を提出した。中国は2009年、南沙諸島を含む南シナ海全域の領有権を主張する文書を国連に提出したが、これは国際法上の根拠が無いものだと主張している。南沙諸島や周辺の南シナ海はフィリピン固有の領土だという態度をあくまでも崩さない姿勢だ。

 アキノ大統領は9日、「わが国の安全と主権が脅かされた時、米国と日本以上に頼りになる友はいない」と、領土紛争問題上の中国から脅威から日米両国が守ってほしいとアピールした。フィリピン国軍と米軍が15日に実施した第27回合同軍事演習は、過去最大規模の野戦合同演習となった。また、フィリピン政府は南沙諸島周辺海域の陸・海軍力増強に向け、約1億8400万ドルを追加投入した。

 中国側も負けずに反撃に出た。外交部は7日、南沙諸島は中国固有の領土であると強硬な態度で主張、フィリピン側の主張を真っ向から否定した。14日には中国も国連に文書を提出、フィリピンが1970年代以降、中国の領土である南沙諸島に侵入を続け領有権を主張していることを非難し「フィリピンの主張は一切受け入れられない」と強い態度を示した。
 
 中国海軍の各大艦隊は最近、実戦訓練を強化しており、特に南沙諸島を管轄している南シナ海艦隊の駆逐艦分隊は、水上戦闘艦総合攻防訓練を実施した。また、多くの漁業監視船を南シナ海に送り込み、主権を強くアピールしている。中国初の空母「ヴァリャーグ(瓦良格)」号のテスト運航が今年の夏に実施された後、南シナ海艦隊に配属されるという噂もある。

 南シナ海領土主権論争問題は国際化の傾向も示している。中国・フィリピン以外にも、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾が南沙諸島の領有権を主張している。(2011年04月22日

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中国が南沙諸島で領有権を主張し始めたのは、1970年代後半に海底油田の存在が確認されてから。この辺の事情は尖閣諸島とよく似ています。広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、近隣各国が相次いで領有を宣言したためASEANで現状維持の取り決めが結ばれたのですが、中国(人民解放軍)が建物を勝手に建設したりして、非難を浴びています。以後は、こんな風になっています。

1988年3月南沙諸島における領有権をめぐり中国とベトナム両海軍が衝突(赤瓜礁海戦)し、中華人民共和国が勝利し実行支配する。

1992年11月スービック海軍基地とクラーク空軍基地を返還し全ての米軍がフィリピンから撤退。

1995年、中国軍の活動が活発化し、ミスチーフ礁等フィリピン主張の島を占領して建造物を構築。

2004年9月に、フィリピンと中国が海底資源の共同探査で2国間合意成立。

2005年3月、フィリピンと中国の2ヶ国に続きベトナムも加わり、探査が行われる。

2007年11月、中国人民解放軍が西沙諸島の海域で軍事演習を実施。同月中旬に中国が中沙諸島だけでなく、南沙、西沙の両諸島にまで行政区「三沙市」を海南省の中に指定。

2008年1月に中華民国(台湾)が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島に軍用空港を完成させる。フィリピン政府の抗議を受けた。

2010年3月にアメリカからスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安保会議アジア上級部長が中国を訪れた際に、中国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を、公式に通知したことが報じられた。

2011年2月末から5回以上にわたり、中国探査船がフィリピンが主張する領海内において探査活動をくり返し、5月には無断でブイや杭などを設置した。フィリピンのアキノ大統領はこれを領海侵犯とし、同年6月国連に提訴した。

つい数日前に、米軍と自衛隊がフィリピンで軍事演習を行うことが公表されました。その理由は、この地域での中国軍の動きを牽制する意味もあると思われます。

南沙諸島に対する中国の領有主張も尖閣諸島と同じです。フィリピンを見捨てることは、実は日本を見捨てることなんです。何故かと言えば、日本のエネルギールートはこの海域の安全な交通路を保たれていてこそです。

早晩退役を控えている海上自衛隊の「ゆき」型や「きり」型を、ODAとしてフィリピン海軍に援助してやって、海軍力を強化してやるのが即効性のある対抗手段なのですが、それをやれば中国政府がどういう事を言うのかは明らかです。今の政府にそんな勇気は無いでしょうね。しかし、この手を打たないことで後々に受ける影響を考えたら、この一手は大変有効だと思います。

国際海峡を認識しているのか

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2002883&media_id=4

「防衛省は30日、中国海軍の艦艇3隻が鹿児島県の佐多岬と種子島の間にある大隅海峡を通過したと発表した。同海峡は一定条件下で自由な航行が認められている国際海峡のため、防衛省は通過自体に国際法上の問題はないとしつつも、「異例なケース」として監視を強めている。同省によると、3隻はフリゲート2隻と情報収集艦1隻。海上自衛隊のP3C哨戒機が29日正午ごろ、屋久島の西約430キロの海域を、3隻が東シナ海から太平洋に向けて航行するのを発見。3隻は東方への航行を続け、30日午前11時ごろ大隅海峡を通過したという。」 

大隅海峡は国際海峡です。日本の領海内には、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡、大隅海峡という国際海峡がありますが、意外と日本人には意識されていません。

国際海峡の定義

(1)公海と公海、あるいは公海と領海とを結び、(2)国際航行に使用される海峡は「国際海峡(International Straits)」と呼ばれ、海上交通路確保のため特別な制度が設けられている。国連海洋法条約では、これを「(1)公海または排他的経済水域の一部分と公海または排他的経済水域の他の部分との間にあって(=地理的基準)(2)国際航行に使用される(=使用基準)海峡」と定義している(海洋法条約第37条)

「国際航行に使用される(which are used for)」とは、(1)過去の使用実績から見て判断されるもので、地理的に国際航行に使用される(2)潜在的可能性を含まない。

※例えば、公海たる紅海(Red Sea)と、イスラエル・ヨルダン・エジプト・サウジアラビアの4ヶ国の領海に囲まれたアカバ湾(Aqaba Bay)とを結ぶティラン海峡については、必ずしも通航権が保障されないことになる。


世界中の国際海峡の内、ジブラルタル海峡(大西洋と地中海を結ぶ)、コンスタンチノープル海峡(=ダーダネルス海峡及びボスポラス海峡)、マゼラン海峡等の重要な海峡、バナマ運河、スエズ運河、キール運河等の海峡に準じる重要な運河は、特別条約(例えば潜水艦は浮上して国籍を明らかにして航行する)によって通航制度が整えられましたが、その他の海峡については、海洋法条約が適用されています。それをかいつまんで書くと、こういう話になります。

○通過通航制度

国連海洋法条約により領海幅が3カイリから12カイリに拡張された結果、それまで公海部分を自由通行すればよかった100ヶ所以上の国際海峡が沿岸国の領海となることが明らかとなった。しかし、そうなると、領海では船舶の無害通航しか認められず、航空機の公海上空飛行は認められない(沿岸国の裁量の下に置かれる)ことになってしまう。そこで、海洋における軍事戦略と海上交通の自由を主張する先進諸国の主張により、(1)公海と公海(経済水域を含む)とを結ぶ国際海峡は、(原則として沿岸国の主権下にあるものの)すべての船舶・航空機に通過通航権(right of transit passage)が認められることとなった(海洋法条約第38条)。もっとも、(2)公海と領海とを結ぶ国際海峡については、(従来の慣習国際法を変更して)沿岸国は単に無害通航権(right of innocent passage)を停止してはならないとされるに留まった(海洋法条約第45条①(b)、②)。また、(3)海峡が本土と島で形成されており、航行上・水路上同様に便利な航路がその島の海側に存在する場合は、そちらを利用すればよいので、通過通行制度の適用は無く、単に領海の無害通航権が保障されるのみである。例えば、イタリアの本土とシシリー島との間のメッシナ海峡は、西側にがあるので通過通航制度が適用されない。

○旗国の権利義務

すべての船舶・航空機は、継続的・迅速な通過のためにのみ行われる航行と上空飛行の自由=通過通航権を有する(海洋法条約第38条)。潜水艦は、潜航したまま通航しても構わない。他方、通過通航制度を利用する船舶・航空機は、以下の義務を負う(海洋法条約第39条)。
(1)海峡又はその上空を遅滞なく通過すること。
(2)武力による威嚇又は武力の行使を差し控えること。
  ①海峡沿岸国の主権・領土保全・政治的独立に対するもの
  ②国際法の諸原則に違反するもの
(3)不可抗力・遭難の場合を除いて、通過の通常の形態に付随する活動以外の如何なる活動も差し控えること。
(4)海上安全(衝突予防等)・船舶からの汚染防止のための国際的規則・方式の遵守(船舶の場合)
(5)国際民間航空機関が定める航空規則の遵守、航空管制当局により割り当てられた無線周波数又は国際遭難無線周波数の常時聴守(航空機の場合)
なお、外国船舶は、沿岸国の事前の許可なしに調査活動・測量活動を行うことが出来ない(海洋法条約第40条)。

○沿岸国の権利(管轄権)

沿岸国は、通過通航を妨害・停止してはならず、通航上の危険で自国が知っているものを公表する(海洋法条約第44条)。また沿岸国は、権限ある国際機関の関与を経て、海峡内に航路帯を指定し、分離通航方式を設定することが出来る。


今回の中国海軍の艦艇が大隅海峡を通過した事自体は国際法上何の問題もありません。大事な事は、その通過を日本側知らなかったと言う事の無いように警戒することです。特に潜水艦の通過は要注意。どうして大事なのかといえば、そうしないと上にあるような通行の条件を平気で破るように相手がなってしまうからです。

安かろう、悪かろうが当然のこともかなりある

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2003450&media_id=20

「「休憩中、運転席でうつぶせになっていた」、「カーナビをさかんに気にしていた」など乗客は心配だった。
◆予定の上信越道を通らず、なぜか遠回りの関越道を走った。あげくツアーバスは防音壁に激突、車体は壁に切り裂かれるようになり、乗客7人が死亡した。
◆29日未明、群馬県の関越自動車道で起きた高速バスの惨事は居眠り運転が明白だ。5年前の大阪・吹田市のスキーバス事故など、同様な例も思う。重大な過ちだが、運転手を責めるだけでは防げない。その誘因の分析が肝要で、対策が問題だろう。
◆高速ツアーバスは参入規制の緩和で大幅に増えた。価格競争のしわ寄せが安全に響く心配がある。運転交代、乗務前の仮眠などは果たして万全か。
◆今回の運行も1人1日670キロの国交省指針の範囲内とはいうが、居眠りの現実を見据えるといい。夜間ツアーなら運転手2人の方がいい。多くの運転手が居眠りのヒヤリハットを経験している。
◆利用者も安値とともに交代運転手など安全面のチェックにも目を持とう。」

読売新聞の記事です。これをまとめてみると以下の通りに成ると思います。

○事故の原因=居眠り運転

○その誘因の分析と対策が必要

○誘因分析:価格競争のしわ寄せにより安全の軽視があった

○対策:夜間ツアバスは運転手2人運行がベスト

○結論:利用者は価格だけで無く交代運転手の有無など安全面のチェックをして選択する

こういう惨事が起きない限りは、行政は動きません。しかし厳しい規制をしたら、逆に行政の横暴だという話になる。くだらない学校の校則と同じで規則規則で雁字搦めにしても事故は起こります。

それよりも、利用者が安全をちゃんと吟味して選択するという行動をしないといけないのではありませんか。例えば料金は安いが一人乗務の夜間バスツアーは選択しないとか。そうすれば利用者の少ない安価だが危険の高いツアーはやがて淘汰されていきます。経済理論でいえば、売れない物は売らないようになるのが原則ですからね。

規制緩和により、交通機関は様々な料金を利用者に提供出来るようになりました。しかし、値段が高い安いの理由を利用者も考えないといけない時代になっていると思います。価格が安いから、安全もチープだという風に想像してみる力を養わないといけません。

ところが、マスコミは結論をバスの運行会社やツアー企画会社、監督官庁に向けて、利用者の選択は批判しません。例えば、テレビ報道などで盛んに批判されている「1人1日670キロの国交省指針」ですが、670㎞が1人の運転手で運行できる距離の限界点の指針だという解釈をすべきなのに、670㎞まで運行できるという風に解説している所が多いですね。工業製品などには「安全率(安全係数)」という考え方があります。これは部品などの工業製品では、「極限応力(破壊・変形する応力)」と、「許容応力(機能を保つとする最大応力)」とに基づいて製品の安全率を想定し、設計してから、製造を行っています。670㎞が限度(極限応力)と国交省が規定するのであれば、実際の運航距離は、それ以下の限度(許容応力)で設定されるべきです。世の中に確立された工学システムがあるというのに、それを高学歴集団のマスコミが知らないというのはおかしな話です。

日本では、これまで社会システムが性善説で運用されていました。安全を第一にすればコストが掛かります。しかし、世間はそれを知らされずに高いコストでシステムを利用してきました。ところが、規制緩和により選択肢が増えたのに、同時に様々なリスクに関しては自己責任を求められるようになっている事は教えられず、安全はコストの多寡で示されるということも知らされずにきてしまいました。つまり自らで考え判断する事が必要なのに、自らの頭で吟味することもせずに、価格が安いからと利用してしまうことがあまりに無知だということが世間で認識されずにきてしまいました。

既に世の中は性悪説の社会システムになっているのです。

ロジック無き世論

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1997926&media_id=2

「北海道電力は25日、全国で唯一稼働している泊原発3号機(泊村、出力91.2万キロワット)を5月5日午後11時ごろに停止させ、定期検査(定検)に入ると発表した。政府が進める関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の早期再稼働は困難な情勢で、国内50基の原発は全て停止することになる。」

日本の原発が全て停止する日は5月5日の土曜日です。

テレビでは反原発運動を好意的に報道しております。取材される側も反原発は良いことだと信じているようです。 誠に、この国の人の一部は、お目出度き人々だと思います。その、お目出度き人々は、電力は他の発電方式でも得られるのだから、節電に努めれば原発は再稼働させずに済むじゃないかという理屈を信じているようです。

ですが、日本の発電力は、水力発電7%、火力発電70%、原子力発電23%という割合で成り立っています。水力発電の割合は1965年から現在に至るまでほぼ同じ割合です。発電の主力が火力発電というのも昔から変わりません。その火力発電のエネルギーは、石炭4、石油2、天然ガス4という構成になっています。これらの電力源の大半が輸入に頼っているのはご存じの通りです。輸入先の都合や生産量の増減で、これらの物資の供給量が変わったり、値上げによりコストが高騰したりする不安定さを常に抱えています。

もしも、輸入している電力源の燃料が断たれたり、輸入量が激減したら、どういう対策を講じるのかという議論があまり有りません。例えば日本でも石炭は採掘できます。これまではコスト面で海外の石炭との競争力がなくて、採掘が中断させられてきた経緯はご記憶と思います。原発の稼働停止と再稼働の不透明さから、石炭の自給率を増やそうという有識者の声は報道されていないと思われませんか。更に云えば日本には石炭を液化する技術だってあるのにです。

更に云いますと、これらの資源のほとんどは海路で運ばれています。エネルギールートを安定的に確保するためには、海上自衛隊を増強し、インド洋や東南シナ海での制海権を維持するようにという意見も高まらないとおかしいのですが、多分お目出度き人々を扇動している連中でさえ、そんな考えには至らないようです。 ちなみに現在の所は米海軍が、その制海権を維持している活動も理解されていないと思います。

つまり、天然ガスの供給が断たれたり、価格が現在の数倍に高騰したりしたら、電力量は確保出来なくなります。節電に努めても不足を補えることはできないのです。その時になっても原発は必要ないと考えての発言なのでしょうか。 つまり、原子力発電の無くなった日が来ても、日本の電力供給は不安定なまま。むしろ脆弱性が高まっただけなのです。今もこれからも安心できる状況ではないのですけどね。

しかし、何だかハッピーという世論だけが出来上がっている訳です。何時まで世論に騙されたら目が醒めるのでしょうか?停電が常態化してから嘆いても手遅れだと思いますが。

参考資料:「2030年の電源構成を考える

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