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2012年8月28日 (火)

シベリア抑留を忘れない

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2130088&media_id=2

「第二次大戦後、旧ソ連によって抑留され、シベリアやモンゴルで死亡した約6万人を追悼する集いが23日、東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれた。「シベリア抑留」は抑留者や死亡者の正確な数も判明しておらず、抑留経験者からは、2010年に成立した「シベリア特別措置法」に基づく国の実態調査を急ぐよう求める声が上がった。集いには、平均年齢89歳とされる抑留経験者や遺族、小宮山洋子厚生労働相ら国会議員など約100人が出席した。旧ソ連の独裁者スターリンが終戦直後の45年8月23日、旧満州(現中国東北部)にいた日本兵の強制労働利用を命じたことから、抑留経験者や遺族らが93年からこの日に集いを開いており、今回で10回目。当事者が開催していることについて、衛藤征士郎衆院副議長は「政府か国会が行うべきだ」と国が主催すべきだとの認識を示した。」

戦時捕虜を強制労働に使うというのは、そもそも東京裁判で日本側が有罪にされた罪状のひとつでしたが、旧ソ連はそれを敗戦後に武装解除を行った日本軍将兵約50万人に対して強制し、シベリア奥地の開拓作業などに従事させました。厳寒の環境下でも満足な食事や休養も与えらず、苛烈な労働を強要させられたことにより、寒さや病気などで約6万人を死に追いやりました。しかも、その強制労働は最長で11年に渡り続いたのです。・・・という部分は歴史の時間でも結構あっさり書かれているだけで、もはや現在ではそんなことを知らない人も多くなってきています。

旧ソ連が占領した北方領土を実行支配している現ロシア政府に対して、日本の遺族を中心に、損害賠償をロシアに求めていく活動を今更ながら始めては如何でしょうか。シベリア特措法は2010年に出来てはいますが、遺族などに補償はされないため、実際に一時金を得られた人はごく僅かです。賠償裁判に関しては日本政府を訴えた例がありますが、全て敗訴しています。

ちなみに、ロシアのエリツィン大統領は1993年10月に訪日した際、「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明しています。

トリビアとしては、当時の社会党の左派は、この収容所に招かれて実状を視察する機会がありましたが、収容者にコッソリ渡された家族などへの手紙は握りつぶし、帰国後の国会で「とても良い環境で労働しており、食料も行き渡っている」との嘘の説明を行いました。抑留者の帰国が始まると、この報告が嘘であることが問題になり、社会党という政党の信義が問われたことがあります。この社会党左派のプリンセスだったのが土井たか子です。

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