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2012年9月15日 (土)

エスカレートゲーム

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2155502&media_id=20

「尖閣諸島周辺の領海内で14日午前、過去に例がない6隻もの中国の監視船による領海侵入事件が発生したことで、政府は中国の行動が今後さらにエスカレートしかねないとして危機感を強めている。16日以降、大量の中国漁船が尖閣周辺に押し寄せるとの情報もあり、政府は海上保安庁による警戒監視を強化する方針だ。6隻の監視船は14日午後、すべて領海から去った。藤村官房長官は14日の記者会見で、「今後とも周辺海域における警戒監視、領海警備に万全を期す」と語った。オーストラリア訪問中の玄葉外相は、15日夜に予定していた帰国を、同日朝に早めることを決めた。玄葉氏は14日のオーストラリアでの記者会見で、「事態をエスカレートさせてはならない。適切、冷静な対応を期待したい」と中国側に自制を求めた。」

1974年1月11日。中国政府は、当時の南ベトナム政府が領有していた西沙諸島が自国領土であることを改めて主張する声明を発表しました。この発表は、前年9月に南ベトナム政府が、同じく中国と係争中の南沙諸島についてフートイ省へ編入する旨を発表したことへ対抗措置だと受けとめられていました。

同年1月15日。南ベトナム海軍の哨戒艦が、西沙諸島を哨戒に訪れると永楽群島の甘泉島(ロバーツ島)に中国国旗が掲揚されており、沖に中国の大型漁船2隻が碇泊しているのを発見。哨戒艦「リ・トン・キェト」は中国漁船に退去を命じ、陸上の中国国旗を狙って威嚇射撃を行いました。

1月17日。中国と南ベトナム双方は増援部隊を現地に派遣します。南ベトナム軍は、護衛駆逐艦「チェン・チン・ユー」と哨戒艦「チェン・ピン・チョン」に歩兵部隊を乗せて派遣し、甘泉島と金銀島に上陸させます。中国軍も、第73駆潜艇大隊の海南型駆潜艇「271号」、「274号」に歩兵1個小隊ずつを乗せて送り、普卿島、深航島、広金島を占領。

1月18日。南ベトナムは哨戒艇「ヌータオ」を増派し、永楽島付近を警戒させた。中国側は第74駆潜艇大隊の駆潜艇「281号」と「282号」と、輸送任務の掃海艇「389号」、「396号」(増援の歩兵と輸送物件を搭載)を加えて、駆潜艇4隻・掃海艇2隻(実質はいずれも高速砲艇)の態勢となっていました。さらに1月15日から同海域にいた中国側漁船2隻も依然として周辺海域にとどまっており、南ベトナム艦艇と体当たりを繰り返していた。

1月19日。午前7時40分に南ベトナム軍歩兵40人が広金島に上陸を開始。同島の中国軍と銃撃戦となった。中国側は第73駆潜艇大隊と掃海艇2隻が駆け付け、午前8時頃から両軍艦艇がお互いに進路妨害や体当りなどの小競り合いを始めます。午前10時22分、南ベトナム艦隊がついに発砲。中国海軍と南ベトナム海軍は本格的な交戦状態となります。南ベトナム艦隊は「チェン・チン・ユー」と「チェン・ピン・チョン」が艦列を組み、他の2艦は単艦で行動しいました。単独行動をしていた南ベトナム海軍の哨戒艇「ヌータオ」と中国側掃海艇2隻が遭遇。両者は激しい接近戦となり、「ヌータオ」と中国掃海艇「389号」のいずれもが浸水・炎上するにいたりました。更に1時間足らずの交戦で南ベトナム艦隊は次々と損傷し、バラバラに戦場離脱を図ることに。中国側は午後0時過ぎに第74駆潜艇大隊から2隻を増援として送り出し、現場海域に到着していたため、南ベトナム艦への追撃戦を開始。低速の「ヌータオ」は逃げ切れず、優速な中国艦隊の集中攻撃を浴び、午後2時52分に西沙諸島西部海域で沈没。午後1時30分、永楽島に3個歩兵中隊と1個偵察中隊の中国陸軍部隊が上陸して、同島を占領しました。

1月20日。金銀島など3島にも中国軍部隊が上陸し、航空機の援護の下で占領した。同島を守備していた南ベトナム軍約100人がこの地上戦で死傷したとされています。

これが世に言う「西沙諸島海戦(あるいは「西沙諸島の戦い」)」の顛末です。

この戦闘の結果、西沙諸島は完全に中国の実効支配下に置かれることになりました。中国軍は、その後に永興島へ4階建ての建物やヘリポートを整備し、戦車部隊やミサイル艇を駐留させるなど要塞化を進めました。1988年には2600m級の本格的な滑走路を有する飛行場まで完成させ、現在では南シナ海支配の戦略拠点としています。同年には中国軍がベトナム支配下にある南沙諸島(スプラトリー諸島)にも侵攻するとベトナム軍を撃破し勢力下において現在に至ります。

漁船を突出させて紛争を引き起こす。ついで海軍部隊を送り込み、相手を挑発する。そして必ず相手から攻撃をさせて紛争状態に持ち込む。そして島々を占領して実効支配を完遂する。これが中国の常套手段という訳です。

ベトナム戦争終結後、ベトナム統一を遂げたベトナム社会主義共和国政府は、中国に対して西沙・南紗両諸島の領有権を主張して外交交渉を求め続けていますが、中国政府は全く応じていません。

漁船が大挙してやってくるという情報の背景には、こういう中国側の意図が隠されていると考えた方が、この事態の危険度を認識しやすいのではと思います。

日本側の対応は時に苛烈になるかも知れません。

中国側に海保の巡視船が反撃無しで撃たれ続ける。魚釣島に待機していた沖縄県警の機動隊は中国軍と地上戦となる。多くの死傷者が日本側に出ても自衛のみに反撃を留める。それが世界で認知された頃、自衛隊は武力で中国側を排除し、尖閣の島に警備隊を置く。

それしか日本は今の法制度下で出来ないのですから。

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