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2013年3月

2013年3月21日 (木)

今更遅すぎる

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130319-00000179-jij-pol

「成田空港の午後11時から翌日午前6時までの「夜間離着陸制限」について、地元自治体の千葉県成田市と芝山町が19日、午前0時までの離着陸を認める国土交通省などの緩和案に同意した。31日からの航空自由化(オープンスカイ)に合わせて制限を緩和する。今後、空港周辺の他の市町とも協議した上で、森田健作千葉県知事も交え、29日開催予定の「四者協議会」で、国、空港会社と地元が正式合意する見通し。離着陸制限は開港以来、騒音対策のため設定され、緊急事態などを除き、1分でも「門限」に遅れれば着陸を認めてこなかった。成田には昨夏以降、少数の機体をフルに活用してコストを引き下げる格安航空会社(LCC)が相次ぎ参入したが、門限のために欠航や他空港への代替着陸が続いた。」

羽田空港の国際化が拡大する勢いなのを尻目に成田空港の地位は下がるばかり。国費を多年に渡り注ぎ込んでおいて、今やLCCのハブ空港に成り下がっている。そうなってしまった理由は、

①国際最大級の4000mの滑走路(A滑走路)を有しているのに、その設備がフル活用できない。

A滑走路南端から約800mの位置に反対派の「団結小屋」が建つ未買収地が234m²残っていたためアプローチ帯を建設できず、本来そこにあるべき進入灯はA滑走路南側内に750mにわたって設置されて、南側から着陸する場合は実質3,250mの滑走路としてしか利用できなかった。その後、当該範囲の土地取得により、2009年度からA滑走路南側内にある進入灯をアプローチ帯へ移設する工事を行い、2012年12月13日に4,000mの滑走路として完全運用を開始したが、これは開港(1978年5月20日)後なんと34年後のこと。

②中型機の離着陸が可能な2500mのB滑走路は完成から10年近く2180mしか使えなかった。

第2滑走路として計画されたB滑走路は、2002年5月に開かれた日韓ワールドカップに間に合うよう、同年4月18日に、当初計画の長さより短い2,180mの平行滑走路として暫定的に供用開始された。これは滑走路の用地買収が進まず、反対派住民の住居などを避けるため、B滑走路の一部を計画時より北西側に延伸させたためである。本来の長さである2,500mへの延伸は、反対派の敷地を避けるため、条件派の土地を収用して空地となった北西方向へ320m延長することになったが、B滑走路に並行する西側誘導路の一部が、空港反対派民家とその所有地を避けるため滑走路側に向かって「への字」に湾曲していた。このため、この部分を走行する航空機は離着陸機の滑走に合わせて一時待機を余儀なくされていた。これを解消するため、成田空港会社はすでに用地収得済みの「への字」部分についてカーブを緩やかにする改修工事を2010年11月末までに完成させ、2011年3月10日より一時待機は廃止された。これにより滑走路との安全距離が確保され、誘導路上での一時待機が無くなり発着効率が大きく向上した。B滑走路が完成して9年目の出来事でした。

③横風用に建設される予定の3200mの滑走路が未だに完成できないでいる。

C滑走路(第3滑走路)は、長さ3,200m・幅60mで主に横風用滑走路として計画されているが、建設工事は凍結中でC滑走路用地はC誘導路として使用されている。仮に横風用滑走路が整備された場合、強い北風・南風の際の着陸が容易になり、離着陸の遅れの減少、発着の効率性の向上・発着枠の増大が期待できる。しかし、空港反対派の熱田派はC滑走路用地内から撤退したものの、C滑走路用地内に別の空港反対派の所有地や、空港反対派支援者・協力者の一坪運動共有地が多数存在しているのが理由です。

④多大な維持費が掛かり続けるコスト高の空港。

周辺地域住民への環境配慮という名目で、成田空港開港以来、住宅などの防音工事に400億円超、電波障害対策に200億円超など、合計3,200億円超の環境対策事業を実施。今後も実施され続ける予定。

などが考えられます。

本来のLCCハブ空港は、地方都市にある離発着の少ない空港です。これが都会に近くて、アクセスの交通機関が整備されていたらなお良い。例えば、神戸空港は、その典型です。はたして成田空港は、そういう空港なのでしょうか?

2013年3月16日 (土)

ロシア爆撃機が日本列島一周

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2359948

フォト

「防衛省は15日、ロシア軍の爆撃機「TU95」2機が日本列島を一周するルートで飛行を続けたため、航空自衛隊の戦闘機を緊急発進(スクランブル)させて対応したと発表した。ロシア軍機が同様の飛行をするのは2011年9月以来という。同省でロシア側の意図などについて分析している。同省統合幕僚監部によると、15日朝、自衛隊のレーダーが朝鮮半島の東側でロシア軍機を探知。2機は九州の西側を南下し、沖縄近海に出た後、太平洋を日本列島に沿って北上。北海道を周回し、同日夜になって、北の方角に飛び去ったという。」

”ロシア側の意図を分析”って、これは完全に偵察飛行ですけどね。

旧ソ連時代以来、定期的(「東京急行」と云われた)にやってきているので、特に驚くことではありません。飛行の目的は航空自衛隊の防空レーダーの電波の周波数などの情報収集、スクランブル機の到達時間などのチェックなど様々。



注目すべきは、このTU95の航続距離。約15,000kmだと云われています。4発レシプロ機で、NATOでは”ベアー”と呼ばれている機体は、あの戦略爆撃機B-29を米国が第二次大戦中にソ連の貸与したことから始まった機体の開発で派生的に生まれたもの。最大速度こそ925km/hと亜音速ですが堅牢な設計故に未だに現役というのが面白いですね。

2013年3月 6日 (水)

消えゆく冷戦の残照

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2348316

「ハモンド英国防相は5日、下院で、国防費削減のためドイツ駐留英軍を2019年末までに完全撤収させると述べた。英軍は第2次大戦終結時からドイツに駐留してきたが、東西冷戦終結から20年以上がたち、駐留の意義が失われていた。英軍は冷戦期、最大約5万5000人がドイツに駐留し、現在も陸軍を中心に約1万6000人いる。国防相が5日に明らかにした計画では、15年末までに1万1000人前後を帰還させる。英政府は、ドイツからの完全撤収で年間約2億4000万ポンド(約338億円)の節約を見込む一方、帰還兵用の宿舎建設などで約18億ポンド(約2532億円)を支出するという。」

英国とドイツは、日本と韓国のような関係の国です。現在の英国王室は、その祖先がドイツ王室だったりする訳ですしね。そんな骨肉の恩讐がある英国に戦後半世紀以上も占領軍として駐留されてきたのですから、ドイツにしたらウザイ話しですよ。なにせ日本に置き換えたら、入間あたりに韓国軍が約1万6千人もいる訳ですから。

ただ、英国にしたら、自分達がドイツから離れてしまうと、またドイツの暴走がおきやしないかと危惧する空気が未だにあるんのではないでしょうかね。


さて、記事に寄れば英国がドイツ駐留軍を引き上げることで年間約338億円の経費を節約できるのだが、そのために本国へ引き揚げてくる部隊の駐屯地などの整備に約2532億円も掛かるというのです
。が、整備費の方は今回だけですむ出費ですが、駐留経費は毎年毎年駐留が続く限りは無くならない話しですから、10年間駐留を継続すると考えると充分お釣りが来る計算になります。長い目でみれば、充分国防費を節約できる話しです。

平和の維持(政治)には本当に金が掛かるものです。

    2013年3月 4日 (月)

    第303沿岸監視隊

    http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2345537



    「安倍晋三首相は4日の衆院本会議で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で中国軍などが活動を活発化していることを受け、日本最西端に位置する与那国島(同県与那国町)への陸上自衛隊沿岸監視部隊の配備を2015年度末までに実現する方針を表明した。尖閣諸島から与那国島までは約150キロメートル。防衛省は、艦船や航空機に対する沿岸からの警戒監視を強化するため、100人規模の部隊を与那国島に常駐させる方針で、13年度予算案には敷地造成費など約62億円を計上している。」

    民主党政権の時代から実現の道筋はついていましたので、今更ではありますが、あの素人政権でも、評価される判断ではありました。



    沿岸監視部隊というのは、日本の沿岸を航行する船舶の情報収集を主任務とする部隊の事です。現在のところ、北海道の稚内と標津に部隊がおかれているのみで、与那国島に新編されると3っ目の部隊となります。なお、北海道の部隊は来年の春に新編される北部方面情報隊の隷下に入ることになります。この北部方面情報隊には無人偵察機を運用する部隊が新たに作られます。


    (第302沿岸監視隊(標津分屯地)のセンサー類)

    第301沿岸監視隊(稚内分屯地及び礼文分屯地)
    第302沿岸監視隊(標津分屯地)


    仮に与那国島に部隊が作られるのなら、第303沿岸監視隊となるのではと思います。

    この部隊を管轄するのは西部方面隊ですが、ここには西部方面情報隊が既にあります。通信情報隊(健軍)や無人偵察機隊(飯塚)がおかれていますので、事態が悪くなれば無人偵察機部隊も分遣されることになるでしょうね。

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