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2013年4月21日 (日)

史実ではなく物語としてのリンカーン史劇


映画『リンカーン』を見てきました。

以前も書きましたが、米国の歴史、なかでも政治史を学ぶ機会のない大半の日本人には、どうして南北戦争が起きているのか?なぜ奴隷解放なのか?そこらが判らないまま、物語は議会闘争と駆け引きの話しに転がっていきます。

映画の時間は2期目の大統領選に勝利して3カ月後の1865年1月から始まります。戦争の勝利は目前に迫っていましたが、このまま終戦してしまっては、彼が目指した「奴隷解放」は、南部諸州では実現されることはない。戦争が終わる前に、連邦憲法を修正しておかねばならないとリンカーンは確信しています。その為には前任期中に上院を通過したものの下院で否決された、「憲法修正第13条」を、再度下院でなんとか通すべく、採決の日までリンカーンは全身全霊をかたむける姿が描かれています。そして議決まで約1カ月におよぶ多数派工作を事細かに政界裏模様もしっかり光を当てているのも印象的です。

さて、リンカーンをはじめとして議会の奴隷解放派はやたらと「freedom」を口にします。「freedom」を我々は学校で「自由」と教わりますが、そもそもこの「自由」とはどういう意味なのでしょうか。

穂積陳重の『法窓夜話』によれば、加藤弘之から聞いたこととして、こういう話しを書いています。訳字「自由」は幕府外国方英語通辞の頭をしていた森山多吉郎が案出したのが最初であるとするが、文献上では文久2年初版・慶応3年正月再版訳了の「英和対訳辞書」(堀達三郎・著)に紹介され、慶応2年初版の「西洋事情」(福沢諭吉・著)にも訳字が見られるとする。鈴木修次によれば初出は森山多吉郎、福沢の西洋事情により広まったとすると。「自由」という言葉は日本人の創作ではありません。古典中国語では「後漢書」に自由という表記が見えます。ただし、その意味するところは「我儘で放蕩」です。徒然草の第60段にも「よろづ自由にして、大方、人に従うといふことなし」とあるほどです。

この「自由」の意味にそうのが「freedom」です。ですから、リンカーンが奴隷の解放をするという意図は完全な抑圧から解き放つという意味になってしまうのです。故に、そんなことは許せないと猛反発する理由がここにあります。

一方で「liberty」はラテン語「liber」を語源とします。その意味するところは「社会的・政治的に制約されていない」、「負債を負っていない」というところです。ですから「liberty」のいう自由とは完全なる解放ではなく、一定の条件付解放という意図を持ってしまいます。故に圧政などからの解放を「liberation(名:解放)」、それを行う者を「liberator(名:解放者)」というのも納得です。

映画を見ていると、米国では共和党が善で、民主党は悪と思えてきます。監督のスピールバーグは民主党の高名な支援者の一人です。ビル・クリントン大統領とは親友だとも云われています。ですから、ここに彼の政治バイアスは働いていません。史実として、こうだったということです。

むしろ、冒頭の場面で黒人兵士がリンカーンに雑談風に語る、「50年後には黒人にも参政権が与えられ、100年後には・・・」という部分に注目したいです。「・・・」は大統領が出ると言わせたかったんじゃないのかと思いました。その上で、黒人も血を流して勝ち取った解放。そしてアメリカ人として戦ってきた先人達を思えば、社会福祉に力点を置いた政治姿勢はどうなのかと云いたいのではないかと思えて仕方がなかったです。

さて、米国映画の常として、俳優陣がよく演じる役に顔までなりきっているのも、この映画を見る楽しみではないでしょうか。

フォトフォト
(ダニエル・デイ=ルイス - エイブラハム・リンカーン大統領)

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(サリー・フィールド - メアリー・トッド・リンカーン大統領夫人)

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(トミー・リー・ジョーンズ - サディアス・スティーヴンス共和党議員)

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(デヴィッド・ストラザーン - ウィリアム・スワード国務長官)

フォトフォト
(ハル・ホルブルック - フランシス・プレストン・ブレア共和党議員)

映画の中でリンカーン夫妻の夫婦喧嘩の場面が出てきます。リンカーンは妻のメアリーに精神病院に入れと云いますが、実際に彼女はリンカーンが暗殺されたショックで精神不安定となり、以後生涯を精神病院で過ごすことになりますので、アメリカン人にはさもありなんというプロットではと思いました。ただし、映画の内容全てが史実通りでないのは確認しておきましょう。

私が一番不思議だったのは、リンカーン暗殺場面のこと。私の知識では夫妻で観劇中に暗殺されるのですが、映画では観劇中の夫人が暗殺を知らされるという風に作られています。私が習った史実はこうです。


リンカーンと妻のメアリーはローラ・キーン主演の『われらのアメリカのいとこ』を見ることにしていました。リンカーン夫妻はさまざなストレスとを抱えていたので、劇を見て精神的にリラックスしたい思いがあったと云われています。一緒に観劇をしようと何人もの側近に声をかけましたが、ことごとく断られ、ヘンリー・ラスボーン(Henry Rathbone)少佐と婚約者のクララ・ハリス(Clara Harris)のみがこの誘いを受けました。大統領夫妻は開演後にフォード劇場に到着。ボックス席に入り、大統領が左側のロッキングチェアに座りました。暗殺犯のブースは俳優としてフォード劇場を知り尽くしていたので、難なくリンカーンのいるボックス席に入り込み、ドアにつっかえをして応援を阻止する備えをしました。ブースは大統領の背後に近づいて、後頭部めがけてデリンジャーピストルで銃弾を発射。撃たれた大統領はイスに座ったまま、前のめりになった。

なぜ、スピルバーグは新解釈を加えたのか。その意図は一度見ただけは分かりませんでした。この映画から、南北戦争に興味を持って、少し勉強するのも楽しいのではないでしょうか。

*穂積陳重の『法窓夜話』は岩波文庫に入っています。名著ですし、読みやすいので一読をお薦めします。



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