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2013年6月11日 (火)

あの騒ぎは何だったのか?

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2462668


「千葉県房総半島沖で2008年2月、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と衝突した漁船「清徳丸」の父子が死亡した事故で、業務上過失致死罪などに問われたあたご当直士官2人の控訴審判決が11日、東京高裁であった。井上弘通裁判長は、あたごに回避義務がなかったとして、元水雷長の長岩友久(39)、元航海長の後瀉桂太郎(41)両被告を無罪とした一審横浜地裁判決を支持し、検察側控訴を棄却した。一審判決は、検察側が主張した漁船の航跡を「供述を恣意(しい)的に用いて特定した」などと退け、独自に航跡を特定。控訴審では、一審が認定した漁船の航跡が合理的かどうかが争われた。井上裁判長は、一審が認定した航跡は、速度や衝突角度などの点から「合理性に疑問があり、そのまま採用できない」と指摘した。その上で、一審が用いた航跡の特定手法に基づき、最も漁船の動きの変化が多い航跡での過失の有無を検討。漁船が事故直前に右転するまで衝突の恐れはなく、あたごに回避義務はなかったとした一審判決を追認した。」 

この件では海上自衛隊と海上保安庁の軋轢も明らかになり、何より漁船への衝突回避をどうしてできないのかとマスコミも、その尻馬に乗った素人評論家が兎に角大騒ぎしてました。そして反論を黙殺されるのがお約束の自衛隊側を叩きに叩きました。その世論の圧力で海上幕僚長は引責辞任したのですが、今は裁判の経緯ですら、もうテレビニュースに時間を割こうとしないのですから、大手マスコミはいい加減な社会の公器だと思いましたね。


「(海上自衛隊側に)回避義務なし」という東京高裁の判断は、海の仕事をする人には何を今更の判断だと思います。逆に「回避の義務あり」という判決が出たら、大変困ったことになると抗議がされてもおかしくない話しなのです。


ただ、艦長が東京湾に差し掛かる入港のシーケンスを当直士官に委ねて、自らは就寝しようとしたという判断は、事故後部内へ波紋を広げてしまうことになったと思います。そのために裁判上の責任追求は、その当直士官にのみ行われ、艦長は訴追されなかったですし、護衛艦の艦橋には記録用カメラが据え付けられ、操艦風景は記録されるという(これが改善案?)前代未聞の話しなったのですから。ちなみに、巡視船には、こんな装置は備えられていません。海上自衛隊は信用できないという話しになってるような不甲斐なさを防衛省大臣官房や内局がしてるというのも、実は大変な問題を孕んでいるのですけどね。

何より気の毒なのは、二人の当直士官ですと書くと、それでは海上自衛隊は事故への責任はひとつも無いのかと絡んでくる人がいると思います。嫌な国です。

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