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2013年7月30日 (火)

読売新聞の限界点

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2520125

離島・ミサイル防衛の強化サイバー攻撃や大規模災害への対処――。日本の平和と安全を確保するため、こうした様々な課題に確かな解と道筋を示さなければならない。防衛省が、年末に策定する新防衛大綱の中間報告を発表した。離島防衛について、航空・海上優勢の維持と、陸上自衛隊の機動展開能力や水陸両用機能(海兵隊的機能)の整備が重要と指摘した。冷戦終結後、「量から質へ」の発想と防衛費削減の流れの中、海上自衛隊の護衛艦や哨戒機、航空自衛隊の戦闘機などが減らされてきたが、もう限界と言える。中国軍艦船の日本一周や、沖縄本島と宮古島の第1列島線を越えた中国軍機の飛行が初めて確認された。最近の中国軍の装備増強と活動の活発化を踏まえれば、海空自の護衛艦や戦闘機の減少を増加に転じさせる必要がある。警戒監視能力向上のため、無人偵察機グローバルホークを前倒しで導入することが重要だ。陸自も、離島防衛の専門部隊の拡充や米海兵隊との共同訓練の強化によって抑止力を高めたい。自民党が先に「検討」を提言した敵基地攻撃能力の保有について中間報告は言及せず、ミサイル攻撃への「総合的な対応能力を充実させる」との表現にとどめた。自衛隊が巡航ミサイルなどを導入することには、日米両政府内に賛否両論があるためだ。米軍の打撃力を補完し、日本の抑止力を高めるとの積極論と、そうした予算は他の優先分野に回した方が良いとの慎重論である。肝心なのは、日米同盟を強化する方向で自衛隊と米軍の役割分担を見直すことだ。どの攻撃手段をどんな形で保有するのが目的に適(かな)うのか、検討を進めるべきだ。中間報告は、サイバー攻撃対策として、米国や民間企業との連携強化や専門家の育成を挙げた。1月のアルジェリアでの邦人人質事件を踏まえて、在外大使館の防衛駐在官の増員など人的情報収集機能も強化するとしている。いずれも重要な課題であり、着実に実施することが大切だ。懸念されるのは、報告が言及した防衛省改革の行方である。部隊運用を担当する内局の運用企画局を廃止し、自衛隊の統合幕僚監部に一元化するなどの急進的な案が検討されている。自衛官が主体の組織が国会対応や他省庁との調整まで行うのは非合理的で、混乱や士気の低下を招こう。組織改革は今の優先課題ではない。慎重な対応が求められる。」

自衛隊の戦略理念は、「専守防衛」というのが半世紀程変わらない日本の軍事方針です。

「専守防衛」とは、政府の見解で云えば、「他国へ攻撃をしかけることなく、攻撃を受けたときにのみ武力を行使して、自国を防衛すること」です。実際は、自国に侵攻を受けた時、自国内で侵略軍を殲滅し、敵の戦意を挫いて侵略を断念させる戦略です。無論ですが、これが何度繰り返されても、敵の国土に攻撃を加えたりはしません。他国への攻撃は憲法の禁じるところだからです。この方針は今後も変わるとは思えません。

その上で、記事にある「新防衛大綱」の中間報告は、こう提案しています。

まず、「量から質へ」という目標の元に防衛費を削減してきた方針を転換する。その上で、「質」の充実を図り、今後10年の予測される実状に合わせた戦力を増強する。

具体的には、

○離島防衛能力の強化:陸上自衛隊に機動展開能力や水陸両用機能を付与・強化する
○警戒監視能力の向上:海上自衛隊と航空自衛隊の警戒監視作戦機を増加する
○サイバー攻撃対処能力の充実:米国や民間企業との連携強化や専門家の育成
○人的情報収集機能も強化:在外大使館の防衛駐在官の増員

などを挙げています。

読売新聞の限界を感じさせるのは、次の部分です。

「懸念されるのは、報告が言及した防衛省改革の行方である。部隊運用を担当する内局の運用企画局を廃止し、自衛隊の統合幕僚監部に一元化するなどの急進的な案が検討されている。自衛官が主体の組織が国会対応や他省庁との調整まで行うのは非合理的で、混乱や士気の低下を招こう。組織改革は今の優先課題ではない。慎重な対応が求められる。」

例えば、警察庁は国家一種採用試験を経て採用されたいわゆるキャリア官僚ではありますが、身分は警察官として、その地位に相応しい階級を付与された人達で警察行政を行っています。制服こそ着ていないとはいえ警察官が国会対応や他省庁との調整をしているのは不合理でしょうか。

記者が危惧するのは、軍人に防衛省を委ねてしまえば、いつかは軍の暴走があるのではないかと懸念です。こう書くと常識的という感覚が未だに日本社会にはありますから、お約束として書かねばならないと思い込んでるのでしょう。そして、国防は軍人の手に預けず、文民が統制をする体制が当然なのだとも考えているのです。

「シビリアンコントロール」を「文民統制」と訳し、「文民」を官僚と考えるようにしたのは、GHQにより解体された官庁の中の官庁であった内務省の元内務官僚達です。自分達の居場所を作るため、そして軍部を二度と官僚機構に置かないために、そういうすり替えをやったのです。

皆さんは、ジェラルド・バトラー、モーガン・フリーマン出演の『エンド・オブ・ホワイトハウス』という映画をご覧になりましたか。大統領も副大統領も、そして国防長官もが人質になったため、アラン・トランブル下院議長(モーガン・フリーマン)が大統領権限を継承して、救出作戦の指揮を執ります。

実は米国には大統領権限の継承順位が(1947年大統領継承法(合衆国法典第3編第19条)規定されています。その継承順位の上位部分は以下の通りです。

①副大統領兼上院議長
②下院議長
③上院仮議長
④国務長官
⑤財務長官
⑥国防長官
⑦司法長官

副大統領も大統領と一緒に生死不明となれば下院議長が指揮を執るのは当然のことと、映画の中でも描かれています。

そのトランブル下院議長とエドワード・クレッグ陸軍参謀総長(ロバート・フォスター)が、救出作戦の方向性を巡り対立する場面が映画の中で描かれています。殊更に自説を主張し譲らない陸軍参謀総長に業を煮やした下院議長が云った言葉が「君に辞めて貰う」でした。本来のシビリアンコントロールは、軍事組織の中に官僚を置くことではなく、軍の高級幹部の人事権を選挙で選ばれた政治家がコントロールすることなのが普通に描かれていました。

日本は戦後70年になろうとしているのに、未だに政治が軍事に超越することに自信が持てないようです。

ちなみに内局と称する防衛省の官僚も、法律上は自衛官です。

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