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2014年3月

2014年3月24日 (月)

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=2808969

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(行方不明になっているマレーシア航空370便の機体)

「8日に消息を絶ったマレーシア航空370便の捜索チームは、同機がインド洋南部に向かった可能性が高いとの見方を示した。捜索活動の関係者が19日、明らかにした。関係者は「370便は南方へ向かい、さらにインド洋の南端まで飛行したとの仮説のもとに捜索している」と述べ、捜索対象をインドネシア西からオーストラリアの西に当たるインド洋南部までの範囲に拡大したと説明した。」

8日に消息を絶ち、ほぼ2週間を迎えようとしています。マレーシア航空370便は未だに行方不明。日を増すごとに、謎はかえって深まる一方です。

一度、この事件を整理しておきます。
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2014年3月8日午前0時41分(現地時間)、12人の乗員を含む239人を乗せてクアラルンプール国際空港を出発した370便は、同日午前6時30分に北京首都国際空港に着陸予定でした。

ところが370便は離陸の約50分後、ベトナム南部の海岸近くの海上を航行中の午前1時30分を最後に、クアラルンプールの西南西約15kmにあるスルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港(スバン空港)の管制当局との交信を絶ってしまいます。

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3月13日になって、アメリカの捜索担当者の話として、「ピン(ping)」と呼ばれる位置、速度、高度の情報を発する同機の装置の信号をインド洋上空の通信衛星が受信していたと公表。


その情報を勘案すると、同機がレーダーから消えた地点から、少なくとも4時間飛行していたことになります。また最後の高度は通常の飛行高度であり、そこで通信が途絶した理由は不明ですが、機内の誰かが故意に、この発信装置をオフにした可能性が考えられると推測されました。

公開された衛星データの分析によると、マレーシア航空370便は、タイ北部から カザフスタン、さらにトルクメニスタンに至るまでの北側地帯。もしくは、インドネシアから広大なインド洋にかけての南側地帯の何れかまで飛行した可能性が高いとされています。

北側地帯は、ミャンマー、タイ、パキスタン、インドなどを通過しなくてはならなくなり、特に辺境地域空域は各国の警戒重点的地域とされています。通常は国籍不明機が領空侵犯すればスクランブルを受ける可能性が高いはずです。さらに、これらの地域では各国空軍のレーダーだけではなく、民間のレーダーも交錯する地域です。そこを不明機が“フリーパス”で潜り抜けられることは考えにくいと航空関係者は見ているようです。

記事にあるインド洋の南部地帯説を採るのが米国です。米当局筋は、「不明機がインド南部のレーダーの範囲外に相当する海域に墜落した可能性が高い」とした上で、「現在の時点で、同機がどこかに着陸したとは考え難い」とも分析していることが根拠になっていると思われます。

消息を絶つ直前には高度約3万5000フィート(約1万メートル)を安定飛行中だった同機が忽然とレーダーから消えた。普通に考えるとレーダーに捉えられない高度にまで機体を下げたか、空中分解などで機体が消失したかという話しになります。

しかし、不明機のボーイング777-200ER(製造番号28420、機体記号9M-MRO)には、パイロットが非常時に交信不可能でも、無線を通じ自動で管制と交信して地上に異常を知らせるACARS(エーカーズ)や、墜落事故などの非常時に備え、強い衝撃を受けたりした場合に自動的に遭難信号を発信するELT(航空機用救命無線機)も搭載していますので、その手の事故に遭えば何等かの痕跡が記録される筈です。

ところが、そんな通信が発信されていた記録が見出せません。さらに航空管制用レーダーへ自機の情報を知らせるトランスポンダーも切られていた事が判っています。マレーシア運輸省の発表によれば、パイロットと管制との最後の交信はACARSが切られた後で、その交信では異常を伝えていなかったことから、パイロット自身がエイカーズを切った可能性があるとしていて、行方不明はパイロットにより故意に引き起こされたという見方が広がりました。つまり、わざと各種の信号機器を停止させた上で、インド洋の海上で機体はパイロットの故意により墜落させられたという可能性が、一番無難な結論です。

ただし、こんな話しも出てきています。

アンダマン・ニコバル諸島を管轄するインド海軍のトップ、SudhirPillai氏は、「この地域には多くのレーダーがあるが、何も捉えなかった」とし、「われわれは、必要に応じて任務に当たっているため、軍のレーダーはスイッチが切られることがある」と語った。別の国防関係者は、インドはレーダー施設を常時稼働させてはいないと明かし、理由を尋ねられると「(コストが)高すぎるからだ」と答えた。



もしも、北側を飛んだとしても、ミャンマーのレーダーは旧態依然とした設備です。さらに中国がこの件に関与していたら、マレーシア航空370便は別の所に着陸していることになります。

単純に自殺目的で機体を何処かの海へ墜落させる気なら、トランスポンダーやACARSを切る必要はありません。自殺した後も行方不明になる理由はそうそうないでしょう。むしろ事故に見せ掛けて墜落させ、機体を引き揚げられないような深い海に沈めたいと考えたとしても(例えば家族に保険金を残すためとか)、それならハイジャックを装いながら機体を墜落させる方法の方が自然に見えます。

つまり外部との連絡を絶つ手段を講じた理由があった筈です。

突飛な発想ですが、370便が全ての信号を停止させたタイミングで、その真上に別の旅客機を同じ速度で飛行させながら、2機は同じ航路を飛行して、何処かの滑走路に向かえば、レーダー上は2機には見えない可能性もあります。フェイク機は正常な信号を出しているのですから、民間の管制は何の疑問も注目もしないでしょう。

ただ、どうしてそんな手を使い民間機をハイジャックする必要があるのか?米国の連邦議事堂にでも突っ込ませるための手駒でしょうか。(byトム・クランシー)

そこが上手く説明できない以上、この仮説は”とんでも話し”にしかなりませんね。

武人の本懐

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=2800276
「震災から3年が経過し、海上自衛隊の知られざるエピソードをまとめた著書『武人の本懐』(講談社)をこのたび出版しました。我々は将来も災害から逃れることはできません。そのためにも記録を残しておきたいと考えたからです。」
東日本大震災での海上自衛隊の活躍ぶりは、あまりマスコミで報じられてこなかったので、この本の出版を契機に少しは世間に知られるといいのですが。
一応海幕も、こういう資料は<a HREF="http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/tamokutekisen/2/pdf/shiryou01.pdf" target="_blank">公開</a>してるのですが、なにせ宣伝下手ですから。
教え子の数人は、被災地に派遣された護衛艦に乗り組んでいましたので、少しは話しを聞いています。とはいえ、アッと驚くような活躍ではなく、地味な仕事での頑張りです。そんな中で私には驚きだったのは水の問題でした。
護衛艦や民間船での生活用水は出港時に搭載する真水で賄います。船では清水(雑用水:風呂、洗濯、掃除などの生活用水)と飲料水(飲み水、調理用水)を別々のタンクに蓄えています。蒸気タービンエンジンの場合はボイラー用の水も必要です。
航海が長くなると真水タンクにある水が無くなっていきます。昔は、何処かの港に寄って水を補給する必要がありました。それでは航海に余計な時間が掛かります。そこで今時の船は造水機(船舶用造水装置)で真水を作ります。
海水から真水を造る方法には、海水を沸騰させ、その蒸気(湯気)を集めて冷やすことによって蒸留水を造っています。蒸留水は飲み水としては美味しくないので、そこに薬品(殺菌剤、ミネラル)を投入し、清水、飲料水として利用しています。この方法で無限に真水を補給することが出来るようになったのです。燃料補給が数年は必要のない原子力機関の場合は、無限に航海出来るに等しい能力を得ました。ただし、それ以外の機関の場合、造水機を使えば余計な燃料を消費してしまいます。これが唯一の欠点です。技術革新により最新鋭の造水装置では、逆浸透膜エレメントを利用して、海水を濾過し、真水を作る方式を採用している船もあるそうです。これだと発電機の電力を利用するだけなので、燃料の消費は抑えられます。
ところがです。被災地沿岸部の海面には、津波により多くの物が漂い、水質は最悪でした。それらの浮遊物を大量に吸い込んでしまう可能性もあって、救援にやってきた護衛艦の造水機が使えなかったそうです。同様に海水を使う各種冷却海水ポンプなどのは目詰まりが多発してしまい、機関員は漉し網(異物混入防止用の網)の掃除に忙殺されることになっていたと聞いています。
そうなると調理や入浴、洗濯、洗面など、水を使う生活用水を切り詰めていくしかありません。そして、それが限界になる日時を算出しておいて、司令部に補給を予め要請するなどしておかないと、一旦は何処かの港に戻らないといけなくなります。そうそう現場を離れられない(たくない)のですから、洋上での補給を希望するのですが、補給艦ですら捜索任務に従事している有様では、その補給が先になるのは確実と覚悟するほかありません。ひたすら水の節約に務めるしか有りません。つまり、顔を洗わず、髭も剃らず、パンツも履き替えず、海自の隊員達は汚神となって活動していたのです。しかも寝食を忘れて。

2014年3月 7日 (金)

この国は帝国主義なのか?

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2761844 

「昨年12月に成立した特定秘密保護法は憲法違反だとして、静岡県弁護士会所属の藤森克美弁護士(69)が13日、国を相手に違憲・無効確認と施行の差し止めを求める訴えを静岡地裁に起こした。同弁護士によると、同法をめぐる訴訟は全国初。同法は防衛や外交など4分野で行政機関の長が「特定秘密」を指定し、漏えいした公務員らに最高10年の懲役を科すほか、特定秘密に触れる民間人も処罰対象になる。昨年12月13日の公布から1年以内に施行される。訴状では、秘密事項が拡大するおそれが大きく、情報機関の権限が拡大し思想・信条の自由などの憲法の基本原理に違反するなどとして無効を主張。また、同法に基づき起訴された人の刑事裁判では証拠の収集活動が同法違反に問われるおそれもあり、弁護権を侵害されるとして差し止めを求めた。」

情報機関が暴走するというのなら、国政選挙で国民が一丸になって、与党を倒し、情報機関を廃止してしまう法律を議員立法で通せばいいだけです。

それが民主主義でしょう。

そもそも公務員が全員政府の犬という訳じゃない。政府が不正なことを無理に押し通していたら、いずれは政府と与党の支持は失われるものです。

そのためにも、ちゃんと選挙には出掛けましょう。


 

「昔はよかった」と言うけれど

http://ddnavi.com/news/174997/

 たとえば、多くの人が行き来する駅や電車の中でのマナー。現代は混雑するホームで列をつくって電車を静かに待つ日本人の姿に、外国人から「さすが礼儀正しい」と称賛の声があがるが、大正時代のその光景は“傍若無人の見本市”。1919(大正8)年に発行された電車でのマナー向上のための小冊子には、「無理無体に他を押しのけたり、衣服を裂いたり、怪我をさせたり、まことに見るに堪えない混乱状態を演ずるのが普通であります」とある。こんな有様なのだから、電車が出発した後も車内はカオス。現在のようにお年寄りや病気の人に席を譲るという習慣はなく、先に座った者勝ちの状態。床には弁当の空き箱やミカンや柿の皮、ビールや日本酒、牛乳、サイダーの瓶などが捨てられ、ときには窓の外へ弁当箱やビール瓶などのゴミを投げ捨て、線路の保安員が重傷を負う事件もあったという。

 しかし、道徳心がなかったのは市井の人々だけではない。「天長節」という、かつての天皇誕生日に行われた政府主催のパーティーでさえ、出席者である国内外の“身分の高い人たち”によって、食器やフォーク、スプーンなどが持ち去さられたのだ。当時はこうした“窃盗行為”も、「日常的な光景」だったという。

 こうしたモラルのなさは、海外との貿易の場でも問題となった。戦後は日本の製品は質が良く安全だと評価されるようになったが、戦前は儲け重視で不正行為のオンパレード。とくに大正前期は「特許権の侵害や商標の盗用を繰り返し(中略)粗製濫造を重ねて」いたといい、油に水を混ぜたり、大豆に石を混ぜたりと、その手口も超ズサンだ。

 それにしても、大正時代には東大の教授が“第一次世界大戦の終結後から道徳心が低下している”と著書で嘆き、明治時代には貴族院議員が“明治維新以降、日本人の道徳は破綻してしまった”と述べていることからもわかるように、つねに「昔はよかった」と昔を回顧し現状批判をするのが日本人の特性、なのかもしれない。



『「昔はよかった」と言うけれど 戦前のマナー・モラルから考える』(大倉幸宏/新評論)という本を読みました。

本書には、今の我々からすると仰天するような、戦前日本人のマナーの悪さ、モラルの欠如が露わにされています。

で、こんなことを考えてました。

皆さんは、芥川龍之介の『藪の中』という小説をご存じですか。真相が不分明になることを「藪の中」というのは、この小説が元になっています。その粗筋は、殺人と強姦という事件をめぐって、4人の目撃者と3人の当事者が告白する証言のそれぞれが矛盾し錯綜しているために、真相をとらえることが著しく困難になるという物語です。

世の中、物事を見る人によって、感想は違うものです。その人の所属する社会によっても、常識が違ってしまいます。

戦前の日本は、現在とは違って、身分と階層が明確に存在していました。庶民というのが世間の人の大多数を占め、大半の人がテレビを観て、スマホでネットを操る現在とは違い、小学校を卒業していない人や、卒業しても中学校へ進学していない人がほとんどで、貧困層は今以上に広かったそうです。当然、字が読めない人、革靴を履いたことが無い人、電話を掛けたことが無い人も一定数いました。もちろん、白米だけの御飯を普段食べられない人や、生活苦で娘を売春業者に売り払うこともありました。

”貧すれば鈍する”は、戦前の日本のモラルのあり方、そのものでした。何故なら、戦後の高度急成長により、飢えることが無くなり、生活レベルが向上したら、徐々に日本人のモラルは上がっていったのですから。

私が子供の頃、九州の田舎では、馬が引く荷車があって、未舗装の道には馬糞が落ちてました。トイレは汲み取り式で、肥担桶(こえたご)を積んだ馬車が、トイレの肥を汲み取りに来て、代金代わりに大根や白菜などを置いていったものです。水道水は無くて、井戸水を汲み、水瓶に貯めてましたし、風呂は五右衛門風呂で、薪で焚いてました。薪割りが子供の仕事です。

それが今では、馬車は軽トラになり、水道水が普及して、井戸は水撒き用。肥は化学肥料になり、五右衛門風呂はユニットバス。プロパンガスによる給湯器がお湯を入れてくれてます。

とはいえ、日本に経済格差が広がれば、生活格差も生じて、人々のモラルは低下するでしょうね。

    天麩羅騒動顛末記

    http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=85&from=diary&id=2767028 

    「大雪で道路や鉄道といった交通網がマヒし、さまざまな影響が報じられる中、2月15日と16日の「首相動静」に対しネットを中心に非難が起っているようである。安倍総理は、2月15日は午前中を公邸で過ごし、2時30分すぎにソチ五輪フィギュアスケートで金メダルを獲得した羽生結弦選手に電話かけ祝福、その後自宅へ。2月16日はほとんど私邸で過ごし、夕方に赤坂の天ぷら料理店「楽亭」で支援者らと2時間ほど会食したという内容のもの。特に今回、「国民が雪で苦しんでいるのに天ぷらか!」といったような声が『Twitter』などでは多くみられるようである。三宅雪子・前衆議院議員(@miyake_yukiko35)は、”天ぷら。天○だったらまだしも、よりによって東京一高い(のでは)と言われる「楽亭」。あーあ、という感じ。何も口にできず、寒い中耐えている方々がいるというのに。せめて、会合場所を公邸にできなかったのか。”とつぶやいている」

    国民が雪で苦しんでいるときに、総理は高級天麩羅店で会食とは、けしからん!という中傷記事です。立ち食いうどんにしたら、国民想いの総理と賞賛しますか?公邸に高級店の料理人を呼んで、1人数万円の食事をしたら誉められるのか?

    総理が都内を出ず、何時でも連絡や指示が出せる位置で休日を過ごしたのは、大雪による事態の変化に対応するためだったでしょうに。

    こういう方法論も、もはや陳腐化してると思いますがね。

    さらにお馬鹿なのが朝日新聞官邸クラブの『Twitter』(@asahi_kantei)。”安倍首相は今夜、東京・赤坂の天ぷら料理店で支援者らと食事をしました。先ほどお店を出発しました。(2014年2月16日 8:34 PM)”と世界中のテロリストに、総理の動勢をリアルタイム報道。

    「楽亭」といえば港区赤坂にある天麩羅店。カウンターのみで11席。だから完全予約制の高級店です。ランチでも1万円からなので、誰かに連れて行って貰わないと、庶民のお小遣いでは気軽に出掛けられないお店ではあります。しかし、高級とはいえ、天麩羅店は上限がせいぜい2万円前後。数万円は軽く飛ぶ、高級料亭や仏蘭西料理店に比したら、まだまだ控え目なお値段ですけど。

    しかも安倍総理の年収は約5100万円。月収にして約330万円ほどになります。その人にしたら、敷居の高いお店とはいえない筈です。さらに総理の外食の場合、警備上の問題もある訳ですから、出掛けられる店も限られてくる。駅前の焼鳥屋とか王将で気軽にとはいかない立場であることを無視してるのは不思議です。

    なにせ三宅雪子は前衆議院議員。そこらの事情が知らないとは思えません。さらにいえば彼女の自宅は白金の高級マンションで、父親は元シンガポール大使の外交官。いわゆる小沢ガールズに1人ですが、その縁も父と小沢一郎との個人的な親交故。

    そして、この騒動にジャーナリストの「津田大介」も乗っかってしまい、大炎上というのも、まったくお馬鹿なことで。

      ロシアかEUか?それが問題だ!

      http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=2779282

      「ロシアのラブロフ外相は25日、ロシアと密接な関係を結ぶか、もしくは欧米と密接な関係を結ぶかという選択を、ウクライナに迫るべきではないとの考えを示した。ルクセンブルク外相との会談後に開いた共同記者会見で述べた。ラブロフ外相は「ウクライナに『われわれの側に付くのか、それともわれわれと反対の側に付くのか』との選択を迫ることは危険であり、非生産的だ」と指摘。「(ロシアも欧米も)ウクライナ内の異なる政治勢力との関係を利用して、状況の鎮静化を図るべきであり、国家的な対話を必要としている時に一方的な利益を得ようとすべきではない」と述べた。」

      ここ数日、マスコミを通して報じられているヤヌコヴィッチ大統領の驕奢な生活ぶりは、かってルーマニアにあったチャウシェスク大統領を彷彿とさせられます。早い話が不正腐敗で自己崩壊するしかなかった政権だったというシナリオを作ろうとしています。フィリピンのマルコス政権やイラクのフセイン政権、リビアのカダフィー政権など、似たような話しを誰もが知っていますから、こういう形が誘導しやすいのでしょう。

      ただ独裁的な体制にヤヌコヴィッチ政権があったのなら、どうして軍を投入して反対派を実力で排除することなく、政権を放り出したのでしょう?ロシアに軍事力の支援を要請することも可能だった筈です。

      ウクライナの本当の問題 は、経済危機とロシア軍の存在にあります。

      さて、ウクライナの政府債務(借金)は総額700億ドル(約7兆円)超だと推定されています。この内で今年度中に100億ドル(約1兆円)超が返済期限を迎えます。このままでいけば債務不履行が発生するのは確実です。「2014~2015年で350億ドル(約3兆5千億円)の支援が必要だ」とウクライナのコロボフ臨時財務相は24日に明言しています。

      ヤヌコヴィッチ政権は、この償還金の3分の1程度(総額150億ドル(約1兆5千億円)をロシアからの支援で賄い、更に追加を引き出す予定だったのが、ヤヌコヴィッチ政権の崩壊で反故になるのですから、事態が深刻なのも理解できます。

      だから、EUへ加盟して、EUからの支援を受けたいと望む勢力が台頭してくるのです。そもそも一度はEU加盟を決めておきながら、それを白紙にしてロシアへ依存することを決めたのが、今回の騒動の発火点だったのですし。

      ロシアがウクライナに拘るのは、ウクライナにはロシア海軍の黒海艦隊が今も存在し、その基地の租借権をウクライナはロシアに与えているからです。ロシアに借りを作れば、租借問題はどんどん延長されかねない。さらにウクライナのエネルギーはロシアのガス供給に支えられている現状をみれば、ロシアが外交問題をエネルギー輸出で解決しようとする過去の経験も忘れることはできないのでしょう。さらにウクライナにはソ連時代から置かれている「キエフ原子力研究所」があり、ロシアの核兵器技術の重要な部分を支えているのですから、その人材が失われるのもロシアには深刻な問題となっています。

      そもそも1918年のロシア革命後に、ウクライナ人はウクライナ人民共和国の独立を宣言したのですが、ロシア赤軍の侵攻に破れ、1922年に「ウクライナ社会主義共和国」という傀儡政権を樹立されてしまい、ソ連に取り込まれてしまった過去があります。その後の仕打ちがとても酷かったことをウクライナ人は忘れていません。

      例えば、1920年代から1940年代にかけて、ソ連共産党は、ウクライナの重工業化・集団農場化・共産化を強く行った過程で、ウクライナ的な生活様式と多くの文化財がソ連により崩壊させられた恨みもあります。さらに1932年から1933年に「ホロドモール」(小麦の輸出が貴重な外貨獲得手段であったソ連は、ウクライナなどの小麦産地からは小麦を徴発して輸出に回し続け、それが食糧不足を招くことになったのに無視して継続した)と呼ばれるスターリン指導の政策により人工的な大飢饉が起こり、ウクライナ人だけでも1千万人以上の餓死者を出しました。この事に対して、これは意図的なウクライナ人の虐殺だという歴史的な認識もあります。

      1991年にソ連が崩壊し、同年8月にウクライナはソ連から独立を宣言。同年12月にはロシアがウクライナの独立を承認して、73年ぶりに悲願の独立をなしたという気持ちが同国では強いのです。ただし、軍事的にも外向的にも弱国であることには変わりがありません。

      だから、ウクライナがEUに加盟することで、ロシアの横暴な外交姿勢をやりにくくし、経済危機もEUの手を借りて回避するという、捕らぬ狸の皮算用は、今のところはEUが260億ドル程度の支援を考えているようですから、まずは成功だと思えます。

      EUにしたら、ウクライナのデフォルトを回避することが急務だと考えているのでしょう。ウクライナにおける経済危機が進んでしまえば、ユーロの大暴落がおきかねないという危惧がEUには強くある現れです。実際に2008年にロシアがグルジアに侵攻をした際には、ユーロが暴落したことがあります。

      ただ、ロシアがこのまま静観するとは思えません。ヤヌコヴィッチ政権の崩壊でウクライナは平和になる的な見方は大変危険な勘違いになりかねません。

      藪の中の魑魅魍魎

      http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131105/plc13110509210006-n1.htm

       根拠なく慰安婦募集の強制性を認めた河野談話が出されて以降、世界で慰安婦イコール性奴隷と流布されているが、現実はどうだったか。過去の米国の資料からは、それとは全く別の慰安婦像が浮かび上がる。

       米国戦争情報局資料「心理戦チーム報告書」(1944年10月1日)は、米軍がビルマ(現ミャンマー)・ミートキーナ(同ミチナ)で捕らえた朝鮮人慰安婦20人らから尋問した内容をまとめている。それによると慰安所における慰安婦の生活の実態は、次のように記されている。

       「食事や生活用品はそれほど切り詰められていたわけではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことができた。兵士からの贈り物に加えて、衣服、靴、たばこ、化粧品を買うことができた」「ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツを楽しんだりピクニックや娯楽、夕食会に参加した。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物に出ることを許されていた」

       報告書はまた、「慰安婦は客を断る特権を与えられていた」「(日本人兵士が)結婚を申し込むケースが多くあり、現実に結婚に至ったケースもあった」と書いている。雇用契約に関しては、慰安所経営者と慰安婦の配分率は50%ずつだが、平均月収は1500円だった(当時の下士官の月収は15円前後)。

       国連人権委員会に96年、慰安婦を性奴隷と位置づける報告書を提出したクマラスワミ特別報告官と会い、慰安婦問題について説明したことがある現代史家の秦郁彦氏は次のように語る。

       「クマラスワミ氏は、河野談話は『強制連行』とは書いていないが、それを否定していないと解したのだろう。河野談話は日本政府の談話であり、国連などの場で他者を説得するには一番便利だ。また、外国人の感覚では『悪いことをしたから謝るのだろう。やはり強制連行をしたのだ』と受け止めるのも無理はない」



      ソープランドで売春行為が行われた場合、罰せられるのは経営者と売春をした方。

      そのロジックを韓国は、経営したのは日本政府(軍)、売春したの方は強制されたから無罪という風にするために、「従軍慰安婦」と「強制連行」がセットで語られる訳です。

      現在の感覚では売春は違法ですが、日本でも1958(昭和33)年までは合法でした。

      「従軍慰安婦」といいますが、最前線に慰安所(売春宿)が置かれた訳ではありません。軍隊の移動した先に一緒についていく訳もありません。なにせ軍の行動は機密ですから。軍が移動した先で駐屯を終えたタイミングで、それを聞きつけて慰安所が開設されるのです。そういう慰安所を開設していたのは、民間の日本人、朝鮮人、中国人。慰安婦も、日本人、朝鮮人、中国人で構成されていました。しかも慰安所は、軍から認められた施設だけではありません。不許可な売春施設も存在していました。

      掘れば掘るほど真実は藪の中です。

      結局、1993年(平成5年)8月4日に出された『河野談話』の取り扱いが、日本と韓国では違ってしまったのが、この問題の大きな原因ではないでしょうか。

      そもそも吉田清治という日本人が、済州島などで戦時中に朝鮮人女性を慰安婦にするために軍令で強制連行(「慰安婦狩り」)をしたと1977年以降に告白証言を行い、その謝罪活動などが韓国で注目されたはじめた事に、韓国の金泳三大統領(1993年2月25日~1998年2月24日)が着目して、外交問題にした時に、この問題の政治外交問題としての出発点がありました。

      もともと金泳三政権は「歴史の立て直し」を公約し、政権を得て行動した久々の大統領です。(初代の李承晩以来)まずは、国民に分かり易いように、1993年8月には旧朝鮮総督府の解体を決定してみせました。(1995年8月15日には解体が行われた)次ぎに外向的な勝利を得るためのツールが「従軍慰安婦問題」です。

      悪いことに、1992年7月に宮沢内閣の加藤紘一官房長官(当時)は、慰安所に日本政府が関与していた事を認め、「朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する官房長官発表」を公表していたのです。

      これを更に進めたのが河野談話です。

      どうして、河野談話が産まれられたのかと云えば、その前提になったのが、 1993年3月に金泳三大統領の「従軍慰安婦問題に対し日本に物質的な補償は求めない方針だ」という言明でした。恐らく外務省が韓国政府に、この件で確約を取ったはずです。日本的には、これで慰安婦問題は韓国と解決できたという判断ですが、民間主導で韓国側の慰安婦への救済も進めて、脇を堅めて、完全な解決が出来たとしていました。(村山政権時の1995年7月には「女性のためのアジア平和国民基金」が発足し、元「慰安婦」に対する償い事業を行っています。)

      この基金は、約6億円の募金を日本国内、国外から集め、支援事業を展開。償い事業は、

      (1)国民からの拠金による「償い金」(1人1律200万円=総額約5億7000万円)、
      (2)政府予算からの医療・福祉支援事業(総額約5億1000万円)
      (3)内閣総理大臣のお詫びの手紙(元慰安婦の方々に対する内閣総理大臣の手紙)

      からなっていました。

      フィリピン、韓国、台湾では、元「慰安婦」とされた285名に償い事業を実施したのですが、このうち韓国では韓国政府に登録された236人の元「慰安婦」中61人が基金から支援を受けるに留まっています。どうして、こういう少数に留まったかと云えば、韓国政府や韓国の民間団体が基金を受け取らないと誓約すれば政府300万円、民間団体200万円を支給することを表明したからです。何故こういう事をするのかといえば、その理由は「民族の自尊心と尊厳を日本に売り渡すこと」を阻止するため。

      責任や補償を日本に問うわりには、実際の個人補償は受け取らないように圧力を掛ける。韓国にとって「反日」は国民の支持を得るカードでしかないということです。つまり、どんな真実が発掘されようが、「従軍慰安婦」カードは韓国にとっては使われ続けるでしょうね。

        過ちを招くなかれ

        http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=2778882

        「米国のヘーゲル国防長官は24日、来年度の国防予算の方針を示した記者会見で、陸軍の兵員を、第2次世界大戦に参戦した1941年以降で最も少ない人数に削減する方針を明らかにした。ヘーゲル長官は会見で2015会計年度(14年10月~15年9月)の国防予算の基本方針を説明。現在約52万人の陸軍兵員数をこれまでの計画よりさらに減らし、今後数年間で44万人から45万人規模にする方針を示した。ヘーゲル氏は「現在の陸軍は、我々の国防戦略が求める規模や削減された予算で賄える規模よりも大きい」と述べ、国の歳出全体の削減方針に伴う国防予算の減少が要因の一つであることを認めた。」

        米陸軍を大まかに分類すると、国内にいる部隊と、国外にいる部隊とに分けることが出来ます。以下のその大まかな分類です。

        ◎第1軍(予備役):東部管区隊、西部管区隊

        ▲第1軍団:第7歩兵師団
        ▲第3軍団:第1機甲師団、第1騎兵師団、第1歩兵師団、第4歩兵師団、第3ストライカー騎兵連隊
        ▲第18空挺軍団:第3歩兵師団、第10山岳師団、第82空挺師団、第101空挺師団

        ◎第3軍(アメリカ中央軍):国内軍からの派遣部隊を指揮

        ◎第7軍(アメリカ欧州軍):第2ストライカー騎兵連隊、第173空挺旅団戦闘団

        ◎太平洋陸軍(アメリカ太平洋軍):第25歩兵師団

        ◎第8軍(在韓米軍):第2歩兵師団( 1個旅団戦闘団基幹)

        ◎在アラスカ陸軍:第25歩兵師団・第1ストライカー旅団戦闘団、同第4空挺旅団戦闘団

        さらに、アメリカ陸軍の人的リソースは、3つの部分から構成されています。

        ○(連邦)常備軍(現役兵)
        ○(連邦)予備軍(予備役兵)
        ○州兵(現役兵及び予備役兵)

        連邦政府の管理する常備軍は現在のところ約52万人、予備役は約35万人が所属しています。この常備軍を54万人から45万人に減らすというのが記事の主旨です。

        削減理由は予算の縮小によるため。

        といっても、国内の部隊から人を減らすと、有事の際に各地へ派遣するのに支障がでます。外地の部隊にいる人員は在外手当などの経費も掛かります。

        だから、まずは海外に出している部隊を司令部機能のみ残して削減してしまい、その穴埋めには国内部隊を交代で派遣して、臨時にその司令部の手駒にするというやり方に転換されます。これは今でも行われているので、より徹底して行うことになります。特に在韓米軍と太平洋軍から多くの人員を削ぎ取るのでしょうね。太平洋には海兵隊も1個師団を沖縄などに展開させていますから、まず抑止力としては機能すると踏んでいるのでしょう。

        米陸軍がコンパクトになるのだとしても、世界中の陸軍の規模からすれば、まだまだ強大です。

        例えば英陸軍は約12万人(グルカ人部隊を含む)、仏陸軍も約12万人、独陸軍は約9万人、陸自が約15万人なのですから。

        ちなみ人民解放軍は約85万人。削減される米陸軍の倍の規模なのですが、だから海外に全てを派遣できるのかといえば、さにあらず。国内の治安維持のためにも必要な軍事力がありますから、実際に出せるのは約3割程度でしょう。

        困るのは米軍が予算の関係でスリムになることを、好機と捉えてしまうことです。第一次大戦後に急激に縮小された米軍を見て、米国は他国の戦争に介入する気を無くしてしまったと判断して、あの第二次大戦を引き起こしてしまったドイツと日本はどうなったのか?皆さんはご存じと思いますけどね。

        ロシア、クリミア掌握へ

        http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=2786023

        「ウクライナ南部のクリミア半島で2日、ロシア軍とみられる武装部隊がウクライナ軍の関連施設の武装解除を進め、半島全域を掌握しつつある。これに対しウクライナ新政権は激しく反発。米英仏は、ロシアのソチで6月に開催予定の主要国首脳会議(G8サミット)に向けた準備会合を当面ボイコットする方針だ。米国は、資産凍結などロシアに対する経済制裁の可能性もあると警告した。ロシア上院がウクライナでのロシア軍の活動を承認してから一夜明けた2日、ロシアのプーチン大統領はまだ行動命令を出していないとしている。しかし、クリミア自治共和国の各地で、武装部隊の活動が目撃されている。共和国の首都シンフェロポリ近郊のウクライナ軍基地は2日午前、大型トラックで乗り付けた兵士数百人に取り囲まれた。トラックの一部はロシアナンバーをつけていた。兵士の一人は「モスクワから来た」と語った。国連安全保障理事会は1日、緊急会合を開催。ウクライナや米英仏がロシアを非難したのに対して、ロシア側は「地元当局の要請に基づく行動」と主張し、平行線に終わった。」

        ウクライナはウクライナ人の国ですが、ソ連時代にクリミア半島はロシア人が多く移住していて、ウクライナが独立後の1992年5月5日、ウクライナ共和国クリミア州議会はウクライナからの独立を決議し、クリミア共和国を宣言しました。ウクライナ議会との対立はあったものの1998年にクリミア自治共和国憲法が制定されて、自治権を得ました。

        2013年から2014年にかけてのウクライナの経済低迷をきっかけに、ウクライナ国内では、親露派と親欧米派の対立が激化。2014年2月28日、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権が崩壊。暫定政権が発足するが、クリミア自治共和国では、暫定政権への移行に反対する親ロシア派のデモが拡大し、反ロシア派住民との間に衝突が発生したのを契機に、ロシア軍が事実上の侵攻を行ったのです。理由の表向きはロシア系住民の保護ですが、事実上のロシア編入を目指す意図は明らかです。

        ただし、クリミアでは、ロシア系住民とウクライナ系住民の対立だけが存在する訳ではありません。

        クリミアはクリミア・タタール人の先祖の土地でした。ペレストロイカとソ連崩壊によってクリミアへの帰還を許されたクリミア・タタール人は徐々にクリミア自治共和国へ戻りはじめていて、彼らは先祖の土地返還の訴えや、イスラム教国への回帰運動を起こしています。

        ロシアがクリミアを編入しても、ウクライナ人住民やタタール人住民の抵抗を押さえ込めなければ、其処に出現するのは第二のチェチェン紛争かもしれません。このあたりの舵取りを間違えるとプーチン政権は、自らの政治生命を損なうかもしれません。

        さて、居留民保護を理由に軍を出すのは、歴史に前例が幾らでもあります。米国も英国もドイツも、そしてロシアも、その前例に加わったことがある大国です。

        オバマ大統領は、先月2月28日にウクライナに対するいかなる軍事介入も代償を伴うと警告していました。しかし、プーチンは、これを無視。これまで可能な限り国際紛争に巻き込まれるのを避け、米国内の問題に集中を続けてきたオバマ政権の姿勢は、米国の政治的な求心力を低下させ続けて来ました。

        ロシアのクリミア侵攻は、オバマ政権にとってはケネディー政権時のキューバ危機に近い状況になりかねません。つまり冷戦終結以来の最も危険な米ロの対立に直面しているのです。

        もっともオバマ政権が軍事行動によるロシアとの対立を選択するとは考え難い現状を考えると、この事態を契機に、さらに米国の影響力が低下すると見ておく方が宜しいかと思います。

        この影響が日本に及ぶと覚悟して、自国の安全保障を考える時期なのに、今の国会は憲法解釈を弄んでいるのですからね。国会の必要性を考えさせられます。

        マクロに見ると

        http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=2789269

        「政府は、北朝鮮が3日朝に発射した弾道ミサイルに対し、17時間以上が経過した同日深夜に抗議声明を発表した。3日は日朝赤十字会談に合わせて政府間の非公式協議が行われたが、その場では明確に抗議せず、ちぐはぐな対応が目立った。政府は3日午後11時45分、同日午前6時20分ごろと同30分ごろに弾道ミサイル2発が朝鮮半島から発射され、約500キロ先の日本海に落下したと公表した。航空機や船舶の安全確保を理由に「極めて問題のある行為であり、厳重に抗議する」とし、北京の外交ルートを通じて北朝鮮側に3日のうちに抗議した。北朝鮮は2月27日にも4発の弾道ミサイルを日本海に向けて発射したが、政府は「わが国の安全保障に影響があるわけではない」(小野寺五典防衛相)とし、公式見解は出さなかった。今回は公表に踏み切ったが、菅義偉官房長官が2月28日の記者会見で「わが国の安全保障に直接影響を及ぼすような事態が生じる場合、国民に迅速に知らせる」と明言したばかりだった。菅氏は4日の記者会見で、公表が遅れた理由を「情勢分析し、米国や韓国と調整しながら対応にあたった」と説明した。ただ、小野寺氏は4日の記者会見で、3日朝の時点で、発射を把握していたと説明した。」

        ”北ミサイル発射に政府ちぐはぐ”と云いますが、それはミクロな視点と言えませんかね?

        韓国国防省によると、3日に北朝鮮東部沿岸から発射されたのは2発で、それは短距離ミサイル。北朝鮮は米韓合同軍事演習が始まった数日後の2月27日にもスカッドミサイル4発を東部沿岸沖に向けて発射していて、韓国ではそれに続く発射だと受けとめています。韓国によると、北朝鮮によるスカッドミサイルの発射は2009年以来で。同ミサイルは朝鮮半島全域を射程に収めることができる能力を持っていて韓国には脅威です。(スカッドCの射程は約1000㎞)

        ミサイルが発射された同じ日の午前に、日本赤十字社と北朝鮮の朝鮮赤十字会による会談が、日朝両政府の外務省課長も交えて、中国・瀋陽のホテルで始まっていました。この時期に日本に向けて威圧行動を北朝鮮がする理由があるようにも思えません。

        日本政府は、この日朝会談の成功を慮んばかって、あえて非難を外交ルートではするが、波風は立てないという、如何にも日本流の対応に出てるように見えます。

        どうして日朝会談に安倍政権が拘るのでしょう。それは日韓関係の現状を打破するためかもしれません。日朝国交正常化が進めば、日本は3兆円(約295億ドル)ほどは賠償金を北朝鮮に支払うことになります。これとは別に年間1000億円程度の円借款も行われると思います。北朝鮮のGDPは260億ドルあたりですから、これは大きな金額です。今の北朝鮮は日本からの賠償金は喉から手が出るほど欲しい筈です。日本が北朝鮮との関係を改善すれば、困るのは韓国で、喜ぶのは米国です。米国が日韓関係の改善を強く求めるのも、北朝鮮の脅威を理由にしているからですから。

        そういう風に見ると、産経新聞が云いたいのは、抗議は抗議で堂々とやれということなのかも知れません。

        色々深刻な韓国社会

        http://www.news-postseven.com/archives/20140228_240923.html

         韓国で一般国民を対象にした国民年金制度が導入されたのは1988年。当初は「従業員10名以上の事業所で働く労働者」が対象で、国民皆年金が実現したのはわずか15年前の1999年だ。

         国民年金は「事業所加入者」(企業就労者)と「地域加入者」(自営業者など)に大別され、前者は保険料を労使で折半。後者は全額個人が支払う。専業主婦などの任意加入も可能だが、韓国国民年金研究院による昨年の調査では国民の約4割がいずれの年金にも未加入だった(15歳以上の世帯で所得のある者を対象とした調査)。

         制度導入当時、基準所得額(日本の標準報酬月額に相当)の3%だった保険料率は段階的に引き上げられ、現在は一律9%となっている。また現行の受給開始年齢は60歳だが、2033年までに65歳まで引き上げられることが決定済みだ。韓国の就労者の実質的な定年は50歳代。受給開始までの数年間、場合によっては10年以上も無収入になる恐れがある。

         それだけではない。税金を投入しないため、年金支給額も減らされ続けている。40年間加入した場合の給付額の所得代替率(現役時代の収入に対する割合)は当初の70%から60%(1998年)、50%(2007年)と引き下げられ、今後も毎年0.5%ずつ引き下げて2028年に40%にすることが決まっている。

         昨年、国民年金を管理・運用する国民年金公団(NPS)が1955~63年生まれ(ベビーブーム世代)の年金加入状況を元に、彼らが将来的に受け取る年金を試算。1人当たりの平均受給月額は約46万ウォン(約4万4000円)となり、生活保護の現金給付月額約49万ウォン(約4万7000円)を下回った。

         一方で、この世代の実に50.8%が年金未加入という調査報告もある。被保険者の配偶者を対象とする「第3号被保険者」のような制度がなく、女性の任意加入者は少ない。なお、最低加入期間の20年を満たさない場合は受給額を大幅減額されるため、手にする金額は日本円で数千円ということもある。

         それでも、年金を受け取れる世代はまだ恵まれている。韓国では制度開始からわずか25年余りで早くも年金制度崩壊の危機が叫ばれているからだ。亜細亜大学アジア研究所・奥田聡教授が語る。

        「韓国の少子高齢化は深刻で2026年には老齢人口比率が20%の超高齢社会になります。現在、現役世代6人で高齢者1人を支える世代間扶養比率が30年後には1.6人で1人を支えることになる。今後、保険料率と受給年齢を段階的に引き上げたところで将来的な制度の維持は極めて難しい。政府は年金財源の枯渇を2060年ごろとしていますが、かなり甘い見通しと言わざるを得ません。政府は税金を投入する余裕もない」(※SAPIO2014年3月号)

        *「韓国の年金制度



        韓国の平均寿命は、男性70.37歳、 女性78歳です。韓国では年金制度に税金が投入されていません。そのため少子化による影響を考慮して、韓国政府が選択したのは、給付の維持ではなく負担の抑制です。1997年までは40年加入した場合で70%の給付率でしたが、1998年の法改正で60%に引き下げられました。そして2007年の法改正では2007年は50%、それ以降は毎年0.5%ずつ引き下げることで2028年に40%へ引き下げることが決まっています。

        韓国は最も少子化のスピードが速い国で、2005年の統計(暫定)によると、1人の女性が一生の間に産む子どもの数は1.08人。香港、シンガポールと列んで世界最低ランクです。これは日本よりもずっと低い数字です。このままの出生率で進めば、総人口は2020年をピークに減少していき、約152万人の労働力不足が起こり、潜在経済成長率は2040年代に0.74%に低下すると予想されているほど深刻です。

        少子化に伴う労働力不足への対応は普通、移民による補充です。

        2012年11月の韓国国立統計庁は報告書によると、韓国には111万4000人の移民が暮らしているそうです。これは人口のほぼ2%に相当します。その内のおよそ82万人の移民が外国人労働者として働き、53%の労働者が1週間で平均50時間以上働いており、75%が月200万ウォン(1800ドル)を稼いでいます。彼らの就労先は韓国人には魅力的でない、いわゆる「汚い仕事」、「きつい仕事」が大半だそうです。

        韓国社会はもともと余所者に閉鎖的なところです。ですから、韓国の労働移民は韓国社会から孤立しています。ほとんど不可視民の扱いだそうです。そのため韓国での稼ぎを貯めたら、さっさと帰国することが多いようです。

        とはいえ、前述の2020年に予測されている152万人の労働力不足を外国人労働者で補おうとすれば、約2500万人しか就労人口のいない韓国社会に大きな影響を及ぼします。しかも、韓国の労働人口の平均年齢が年々高くなり2020年頃には40歳に達すると予測されています。 若年労働人口の減少は国防にも大きな懸念材料です。

        つまり韓国の未来はとても深刻なのです。

        これを解決する禁じ手が南北統一です。北朝鮮の人口は推計で2200万人。北の平均寿命は40歳と低いため、高齢化が起きていません。少子化もありません。労働人口は700万人前後。そう考えると、開城工業団地で北朝鮮が土地と労働力を提供し、韓国が技術と資本を提供する試みは、双方の政治体制を崩すことなく、お互いに利益のあることなのだとも言えます。

        対岸の火事ではないウクライナ問題

        http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=2792565
        「ロシアがウクライナ南部クリミア半島の実効支配を強めるなか、クリミア自治共和国の最高会議(議会)は6日、ロシアへの編入を求める決議を採択したほか、ロシアへの帰属替えの是非を問う住民投票を16日に実施することを決めた。これに対し、オバマ米大統領が住民投票に反対する姿勢を示すなど、情勢は一段と緊迫している。
        欧州連合(EU)は、クリミア半島におけるロシアの行動は違法だと非難した上で、ウクライナの領土保全を支持すると表明。ただ、ロシアに対する当面の制裁措置としては、査証(ビザ)発給と貿易自由化に関する協議の停止など、小幅な内容にとどまった。また向こう数日以内に協議が開始され、一定の時間的枠組みの中で何らかの結果が出ない限り、渡航禁止、資産凍結、EU・ロシア首脳会談の中止などの追加的な制裁措置に踏み切るとした。
        こうしたなか、オバマ米大統領は6日、「ウクライナの主権や領土保全を脅かすロシアやウクライナの個人や企業」を対象に制裁を発動する大統領令に署名した。在米資産の凍結や米国への渡航禁止などを柱とし、クリミア半島をめぐるロシア側の動きに対抗した。米政府高官によると、プーチン大統領は制裁対象に含まれていない。
        ホワイトハウスは声明で「ウクライナの不安定化に直接関わった者に制裁を科すことができる、柔軟性のある手段」とし、状況が悪化すれば追加措置も辞さない構えを見せている。クリミア自治共和国の住民投票について、オバマ大統領は記者団に対し、「ウクライナの憲法、および国際法に違反する」と指摘。その上で「ウクライナの将来に関するいかなる議論も、同国の正統な政府の関与の下で行われなければならない」との考えを明らかにした。
        米ロ外相は6日、ウクライナ問題をめぐりローマで再び会談した。ケリー米国務長官は、ウクライナ情勢の安定化に向け「各関係者が交渉のテーブルに着けるかどうかを見極めるべく、双方が引き続き緊密に連絡を取っていくことで合意した」と語った。米大統領令署名については、制裁発動に向けた法的枠組みとなるが、ウクライナ問題をめぐる対話の道は引き続き開かれているとも述べた。」
        1936年3月7日、ヒトラー率いるナチスドイツが、ヴェルサイユ条約により非武装地帯と定められていたラインラントにドイツ陸軍を進駐させ、同地のアーヘン、トリーア、ザールブリュッケンに兵営を設けて駐留を開始させました。
        第1次世界大戦に敗戦したドイツは、1919年6月28日に連合国と平和条約である「ヴェルサイユ条約」に調印。同条約の第42条と第44条には、ドイツは「ライン川左岸以西並びに右岸沿い幅50kmに要塞等の軍事施設を建築・維持してはいけない」と定められており、更に、「条項に違反する行為がどのような形でも行われた場合、これは連合国に対する敵対的行為、(中略)世界の平和を脅かす行為とみなす。」と明言されていたので、この行為は重大な条約違反です。
        だから、ヒトラーも内心は相当ビビってたそうです。作戦は冬季演習という秘匿名称の下に、フランス政府の省庁が休みになる土曜日に実施することにしたほどなのですから。
        ところが、国境を接するフランスは、「フランス政府は条約違反に対して抗議し、フランス軍は国際連盟の下す決定に従う。」という声明をだしただけ。イギリスはドイツとの戦争を回避したいため、事態を静観する及び腰。その後開かれたに国際連盟でドイツへの制裁に積極的だったのはソ連のみ。総会はドイツのラインラント進駐がヴェルサイユ条約とロカルノ条約に対する違反であると断言したものの、ドイツは「ヨーロッパにおける領有主張を行うつもりは無い」と主張して終わり。
        第2次大戦後、ドイツ軍のハインツ・グデーリアン将軍は「ラインラントへ兵を進めた後の48時間は私の人生で最も不安な時であった。 もし、フランス軍がラインラントに進軍してきたら、貧弱な軍備のドイツ軍部隊は、反撃できずに、尻尾を巻いて逃げ出さなければいけなかった。」と回顧しています。
        条約違反を犯したのに、事実上の違法行為を追認された格好になったヒトラーは図に乗ってしまいます。
        それじゃと、1938年3月12日午前8時に、オーストリア制圧作戦『オットー』を発動してドイツ軍の進駐が開始されました。オーストリアでは、1932年の地方選挙においてオーストリア・ナチス党が台頭していたし、1936年7月には独墺協定が結ばれてドイツが干渉する下地は出来ていました。オーストリア政府の反ナチス派は、国民投票を実施して、国民に「ドイツとの合併」か「自主独立」か選択させ、国際社会に国民の総意として、ドイツの干渉を拒絶していると公言することを試みようとしていたのです。それがヒトラーのやる気を引き出しました。だから軍を進めたのですが、その判断の背景にあるのは、ラインラント進駐での国際社会の消極的な態度でした。
        そして、読み通り再び英仏は、この併合を批判しながらも追認したのです。
        次いでヒトラーはチェコスロバキアのズデーテン地方の併合を試みます。その動きを察知した英仏は、1938年9月29日に開催されたミュンヘン会談で外交交渉で問題解決しようと試みます。しかし、チェンバレン英首相とダラディエ仏首相は、ヒトラーに妥協して、ドイツの要求する、ズデーテン獲得、さらにポーランドのテシェン、ハンガリーのルテニア等の領有要求を承認してしまいます。これらの地域にはドイツ系住民が多く住み、ナチスは民族自決主義を掲げていたので、ドイツ系住民の安全を確保すると伴に、併合はドイツ系住民の要求であるというドイツの主張を認めたのでした。
        ヒトラーは英仏の消極的な態度にますます確信を持ち、1939年3月15日にチェコ全域を占領してスロバキアを独立させ保護国としてしまいます。これはミュンヘン会談での約束を反故にする行為ですが、英仏は再び動きませんでした。
        そのため、1939年3月22日にドイツはリトアニアからメーメル地方を割譲させ、さらにポーランドに対し、東プロイセンへの通行路であるポーランド回廊及び国際連盟管理下の自由都市ダンツィヒの返還を要求。ポーランドがこれを拒否すると、4月28日にドイツは「ドイツ・ポーランド不可侵条約」(1934年締結)を破棄すると一方的に通告し、同年9月1日早朝にポーランドへドイツは侵攻を開始したのでした。
        さすがに、これには英仏も我慢が出来ず、9月3日にドイツへ宣戦布告を行い、第2次世界大戦が始まりました。
        以上、歴史の授業は終わりです。
        今回のロシアによるウクライナ侵攻は、クリミア半島に多くのロシア系住民が住み、ロシアに併合されるのを、此の地域の住民で反対する勢力は少ないと思われます。しかも、ウクライナはロシアと戦争を行ってしまえば、国ごとロシアに占領されることにもなりかねないほど、軍事力の格差があります。
        米国もEUも、今はロシアと戦争を開始する決断をするとは思えない状況です。EUはロシアから、その消費量の2割の天然ガスをパイプラインで購入しています。ロシアはその供給を意図的に中止することだってやりかねない国ですから。米国は10年にも及ぶイラク戦争やアフガン戦争からやっと手を引こうとしてるところです。自国にロシア軍が攻め込んでこない限りは動く気はないでしょう。
        つまり、外交的な努力は今後も継続されるでしょうが、現状での目標はこれ以上のロシアによるウクライナ侵攻を止めさせることに主眼が置かれると云うことです。実際、ロシアはウクライナの国境近くで行っていた軍事演習を終えると、部隊は引き上げを開始していると発表していますから、プーチン大統領も、この方向性で妥協を計るという意思表示を行っています。
        さて、この状況を見ている中国はどう考えるでしょう。
        何の抵抗も受けない状況や、軍事力に劣る国の領土であれば、それを占領してしまっても、国際社会は非難をするばかりで、何ら行動を起こすことはないと判断をしないでしょうか?
        実際に、尖閣諸島に中国軍が侵攻してきて、それに対して日本政府が外交による解決を決断したら、幾ら国連で非難決議が出されても、中国は自国の領土を回復しただけと言い張るでしょう。国際社会は、何処も軍隊を送って助けては呉れないのはウクライナの現状を見ても明らかです。
        最近国会で話題になっている集団的自衛権の解釈変更問題。これは、中国との紛争が起きた際に、日米安保条約に基づいて、来援する米軍を日本は護りますよという外交アピールを安倍政権が行っているに過ぎません。なにせ、解釈は時の政府が行うと云っているのですから。
        それを的外れな論理で大きな騒動にしている国会議員の皆さん。まぁ、その人達が紛争が起きた際にも、武力では無く外交で解決しようと提案する人達となるのは明白です。その連中の名前をよく覚えておきましょうね。

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