日記・コラム・つぶやき

2015年1月19日 (月)

『サン・オブ・ゴッド』は『Son of GOD』だった

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=25&from=diary&id=3093746 

「世界で最も名高く、最も多くの人々に読まれている「聖書」。その中で、これまで何度も映画化されてきたイエス・キリストの数奇な生涯を新たに描く『サン・オブ・ゴッド』が、2015年1月10日(土)より日本でも公開される。このほど、本作のポスタービジュアルが解禁となり、“ホット・ジーザス”という愛称まで付けられた “イケメンすぎる”キリストの姿がお披露目された。 」

札幌は大雪なので、遠出を避けて映画『サン・オブ・ゴッド』を見てきました。

この映画、救い主「メシア」としてこの世に現れたイエス・キリストの誕生から復活までを聖書に忠実に描きながら、歴史的な背景と、その深淵に潜む ミステリーをわかりやすく解き明かしたスペクタクル巨編・・・という宣伝文句は確かに嘘ではありませんでした。ただし、ミステリーは大袈裟かなぁとは思いましたけれど。

映画に関して相棒から『サン・オブ・ゴッド』と聞かされていたもので、自分の頭の中で「太陽の神」?と訳してしまい、えっ、キリストの話なのに?と奇々怪々な思いをしておりました。ですが映画を見始めて、原題が『Son of God』なのを確認させられ、映画会社さんのレベルを知らされる羽目になりました。映画の題名である『Son of God』とは、「神の子」、つまり「イエス・キリスト」のことを示す言葉です。ですから、この映画の翻訳は大丈夫なの?という疑念を持ちながら映画を見ていくことになりまして、あまり楽しむ事ができませんでした。

私は細かいところが気になる性格なものですから。

映画の中の日本語訳の字幕の中で致命的な誤訳だったのは、ナザレのイエスが何度も口にする「Father」を単に「父」と訳していたことです。恐らく真面目なキリスト教徒なら、立ち上がって怒るのではないでしょうか級の誤訳なんです、これが。

どうして、そんなことを思うのかと言いますと、キリスト教の大切な教義のひとつに「三位一体」というものがあるあらです。「三位一体」というのを簡単に言えば、「父なる神」・「子なる神」・「聖霊なる神」の3つが、それぞれ独立性を持ちながらも1つであるという教義のことです。

えっ?「神」は1人しかいない(それを「絶対神」といいます)のでは?と思った、あなたはとても偉い人です。

ローマ教皇庁(バチカン)の解釈によれば、「父」と「子」と「聖霊」とは、それぞれに3つのペルソナにおいて「神」ではあるが、3つの神ではなく、1つの神であるということになっております。つまり、1個のリンゴには、皮と身と芯がありますが、それらひとつひとつがリンゴであり、全てもリンゴであるという解釈をしているのです。

何のこっちゃ?と思われるあなたには、こういう話は如何でしょうか?

「アウレリウス・アウグスティヌス」(ラテン語圏において最大の影響力をもつ神学者)や「トマス・アクィナス」(スコラ学の代表的神学者である)が唱えた定説では、、父なる神は「知性」、子なる神は「言葉」、聖霊なる神は「愛」であると説明しています。詳しく知りたい人は、トマス・アクィナスの『能力論』などを読んでみても眠くなるだけかも知れませんので、ここをどうぞ。

はい?教会の運営するホームページでは嫌だ?それなら、ここは如何でしょうか。

話を元に戻しましょう。映画の字幕で「父」だとだけ書いてあると、見ている方は「イエス」の実のお父さん?確か大工だったあのお父さん?と思ってしまうかも知れません。そうなったら、大変な誤解を生んでしまうことになります。なにせ「Father」は神様なのことであるからです。実の父親と解釈するのは致命的な間違いを犯しています。

映画自体は、メル・ギブソンの『パッション』と同じレベルに仕上がっていたように思いますので、映画の翻訳にキリスト教の基礎知識のある方が顧問ではいられたら良かったのにと思ってしまいます。

主演に抜擢されたディオゴ・モルガドのイケメンなキリストを見ていて思い出したのは、若き日のマシュー・マコノヒーの事でした。近作『インターステラ』での彼のイケメン劣化ぶりは痛々しいばかりでしたけれど。

2015年1月14日 (水)

マクドナルドが日本から撤退する日

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3215008 

「日本マクドナルドは1月7日、マックフライポテトに異物が混入していたという苦情が昨年8月に客から寄せられていたことを明らかにした。人の歯だと判明したが、「工場や店で混入した可能性は低く、原因は不明」としている。苦情があったのは、大阪府河内長野市の店で売ったポテト。女性客から「白いものが混じっていた」との指摘があり、外部機関に調査を頼んだところ、人の歯とわかった。この歯から、ポテトを揚げるのに使う油は検出されず、当時の店に歯が抜けた従業員もいなかったことから、混入の経緯はわからないという。日本マクドナルドでは、先月に東京都、今月に青森県で販売したチキンマックナゲットから異物が見つかっている。7日午後3時半から記者会見を開き、調査結果を説明する。」

日本社会では、「企業の提供する商品やサービスについて、概ね100パーセントは安全だろう」という認識があります。それは企業の知名度が高いほど強くなります。知名度の高い企業の商品が低価格で提供されると、お得感が生じて、消費者は安心して買いますが、無名の企業の値引きは不信を生むだけです。

そんなお客(消費者側)様の意識(リテラシー)の方は年々向上しています。ですから、トラブルが起きた時に企業がどう消費者側に公表し、どう対応するのかが年々大切になってきています。

さて、マクドナルドの不祥事が続いていますね。主なモノを以下に書き出してみます。

○2014年7月22日:中国の食肉加工会社「上海福喜食品有限公司」から期限切れのチキンナゲットを輸入していたことを公表した。期限切れのチキンナゲットの輸入量は全体の2割に上っている。この会社から輸入したチキンナゲットは、日本の1340店舗で使用されており、うち500店舗で販売中止となった。(現在はタイ産の鶏肉に変更されている。)

○2014年8月26日:ドライブスルー店舗でフライドポテトを購入した客から「ポテトを食べたところプラスチック状のものが出てきた」と指摘を受けた。マクドナルドが第三者機関に依頼して調べたところ、人の歯と判明した。誰の歯なのかは特定できなかった。

○2014年12月31日:東京・江東区のマクドナルドで販売されたチキンマックナゲットにも異物が混入していた。このチキンナゲットは中国産から切り替えたタイ産のもの。

○2015年1月3日:マクドナルド三沢店で販売したチキンなゲットの中に異物が混入していたことが判明した。

12月と今年新年の2件が公表されてから、昨年8月の件が出てきてしまっては、世間の信頼を裏切ってしまいかねません。なにせ7月に大不祥事が起きていて、その翌月の事ですから、本当は騒動になっても公表していないといけないモノです。 それを隠蔽していたと取られてしまいかねませんから。今時、ネットの上では真贋交えた情報があっという間に流されてしまうということが、日本マクドナルド側に理解出来ているとは思えない対応です。


今日、こういう記事を目にしました。
「私は大学卒業と同時に日本マクドナルドに就職しました。マクドナルドには3年間在籍していました。先日からマクドナルドの異物混入問題が盛んにマスコミに取り上げられています。私はこの異物混入問題に違和感を感じています。 マクドナルドは現場主義のため、新卒採用者は必ず店舗に配属されます。3年間、様々なお店で働きましたが、異物混入が無かったかと言えば嘘になります。人が行うオペレーションは、どんなに優れたマニュアルがあったとしても完璧なオペレーションは不可能です。 改めてあなたに説いたのですが、飲食店での異物の混入はそんなに珍しいものでしょうか? 検索エンジンで「異物混入」と検索すると78万件のページがヒットしました。飲食店で異物混入があった際の経験を書いた個人の媒体もかなり多く存在するようです。私が学生時代勤務していた居酒屋は最も大きな居酒屋チェーン店ですが、やはり稀に異物の混入はありました。最大限気をつけて、出来るだけ異物の混入は防がなければなりませんが、飲食店で100%異物の混入を防ぐというのは不可能です。あってはならないことではありますが、異物の混入に関しては飲食店であれば発生するのです。 現在の報道のされ方は正しいでしょうか? 視聴者の不安を煽れば、視聴率が取れるから、そういう風に感じるのは私だけですか。マクドナルドでトレーニングを受けている際に、クレームの連絡をしてくるお客様は一部のお客様でほとんどは連絡すらしてきてくれない。そういったお客様は二度と店舗に来店してこない。だからクレーム対応はしっかりとしなければならない。というトレーニングを受けました。私は今でもこの教えを大切にしています。クレームを言ってこないお客様を、マクドナルドではサイレントコンプレーナーと言っていましたが、今回は1つの異物混入の報道をきっかけに、サイレントコンプレーナーが次々に主張して言った結果だと思います。でもこれって、本当にしっかりと事実確認が取れている結果でしょうか? 「マックフライドポテトから歯が出てきました」 、朝のニュースの司会者のコメントに思わず吹き出してしまいました。 私はマクドナルドのポテトのオペレーションも知っていますが、油で揚がっていないという時点で、ポテトのオペレーション中に歯が混入するのは不可能です。この冗談みたいな話を平気で報道しているマスコミ各社はまさに異常な状態に突入していると思います。どこまで、この報道が過熱するのかわかりませんが、視聴者は冷めた目で見始めているという情報もあります。早く正しい報道の形に戻ることを願っています。 」 (http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=3223551

私も仕事の上で,クレーム対応をしたことは数知れずあるので、上の元マクドナルド従業員と称するの人の主張には納得します。確かに世の中には100%はありませんから、何かしらトラブルが起きるのは事実でしょう。問題は、トラブルは起きてしまうのですから、そんなにあなたが怒らなくてもという態度をしてはいけないということです。特に食品会社は安全・清潔・信頼が揃わないと,客足は遠のくばかりなのですから。

かつて雪印乳業は、「雪印集団食中毒事件」を平成12年に引き起こして死者まで出してしまい、大きな企業ダメージを受けました。翌年に、グループ会社の雪印食品による「雪印牛肉偽装事件」が発覚してしまい、雪印ブランドは地に落ちてしまいます。その結果、大企業として知られた雪印は解体されてしまいました。

日本マクドナルドが、この教訓に学んでいたとは思えません。同じような異物混入事件に見舞われたペヤングは、主力商品を回収して製造を中止し、工場を操業停止にして清掃や事故解明にあてると発表して実行に移しました。操業再開は数ヶ月先だとも明言しています。

本当はマクドナルドも全店舗の営業を停止して、全従業員への再教育、店舗設備の一斉清掃を実施して、1ヶ月後に営業を再開すると公表するべきだったですね。もう、その時期は逸してしまいましたけど。

この記事自体が、マクドナルドによる世論造りのためにマスコミを利用した工作だとしても驚きませんが、今説明したように、ことはそういう段階を過ぎています。そこを気付けないでいる今の経営陣は、この調子でいけば日本マクドナルドを倒産させてしまうかも知れません。

さて、不祥事で大きな印象を残した中国の食肉加工会社「上海福喜食品有限公司」についてですが、この会社はアメリカの「OSI(オットー&サンズ)」の中国法人です。この「OSI」という会社は、マクドナルドが全米展開をし始め、順調に業績を伸ばし始めた1955年に、当時「オットー&サンズ」と名乗っていた後のOSIと提携をして以来、一貫してマクドナルドに食肉を供給してきた全米食肉処理の大手企業(フォーブス誌の民間企業リストでは全米62位)のことです。

「オットー&サンズ」社について、もう少し書いておきますと、1909年にシカゴ西部郊外でドイツ系移民のオットー・コルショウスキー氏により、小さな肉屋として創業してた創業106年目の老舗です。「OSI」の強みは、その品質への信頼性と巨大な肉の塊を一貫性のある製品へ着実に処理できるノウハウにあります。例えば、マクドナルドの均一サイズの「クオーター・パウンダー」のパテやKFC用の鶏胸肉などが、同社の納入製品です。従業員は2万人。年商は60億ドル(約6100億円)の大企業です。現在は世界17カ国で60の事業所を運営し、約40カ国の顧客に製品を納入しています。この顧客には、マクドナルド以外にも「ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)」や「ピザハット」の親会社である「米ヤム・ブランズ」社やスターバックス、サブウェイ、バーガーキングなどが含まれています。

そんな「OSI」の顧客の中でも事業の95%以上の売り上げ占めるのがマクドナルドです。つまり同社はマクドナルドの成長と共に成長してきた会社なのです。そんな深い関係にあるマクドナルドとOSIとは、中国法人「上海福喜食品有限公司」の不祥事発覚以後も、関係に変わるところが有りません。2014年7月22日の不祥事発覚から僅か6日後の7月28日には、OSIと取引を継続し中国の上海以外の工場を利用する意向をマクドナルドのドン・トンプソン最高経営責任者(CEO)が明らかにしています。さらにマクドナルドの中国現地法人は、7圧24日に「中国政府は上海福喜食品が所有する上海の工場を調査しているが、OSI社が中国内に持つ他工場からの仕入れは続ける意向だ」と説明をしています。今回異物が混入したタイ産のナゲットも公表はされていませんがOSIの現地法人の可能性が高いのですから。 
早い話が、マクドナルドとOSIはズブズブの関係です。急に他社から仕入れをする気は無いという事です。こういう関係の場合、相互依存の関係ですから、事故や事件は隠蔽されやすく、チェックは形式的になりかねません。今起きている日本マクドナルドの不祥事が全世界で起きてしまう可能性も否定できない状況だとも言えるでしょう。

そんな中で肉製品に異物が混入する事故が起き続ければ、それがOSIという肉製品を製造した側に責任が生じているのは明らかです。この点を論じないのは私には解せない事です。

ご参詣のルール

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3212339 

「安倍晋三首相は5日、三重県伊勢市の伊勢神宮に参拝した。岸田文雄外相や甘利明経済再生相ら11閣僚も同行した。新年の伊勢参りは歴代首相の恒例行事で、安倍首相は2012年の再登板以降3回目。首相は外宮、内宮の順に参拝し、5日夜に東京に戻る。」

時の為政者が、伊勢神宮へ年始に参拝をして、国を護って欲しいと神に祈るのは、昔からの慣例です。例えば江戸時代、徳川幕府は高家に命じて、将軍の名代として伊勢神宮に参拝することを続けていました。明治以降も、時の為政者は、その習わしに従ってきたともいえます。こういう習わしを時の為政者個人の考えで中断してしまい、その後に大災害でも起きてしまうと、その災害が為政者のせいにされてしまわないかと心配するのが日本人のメンタリティーです。だから、未だに参詣をやめられないともいえます。

時々、総理の伊勢神宮参拝に関して、公費でお賽銭を出すのは憲法違反だろうという意見を言う人がいますが、そういう人ほど伊勢神宮のことを知らない傾向があります。 そもそも伊勢神宮は普通の神社ではありません。伊勢神宮では個人的な願いをかなえようと手を合わせてはいけない神社なのです。願うのが許されるのは「国家鎮護」のみなのです。

実は伊勢神宮の「外宮」も「内宮」も、正殿前には、「おさい銭箱」がありません。どうしてかといえば、伊勢神宮の基本中の基本は「私幣禁断(個人の寄付を禁じる)」だからです。それ故に天皇以外の者が奉幣(お賽銭を上げること)することを禁じています。これは平安時代に定められた「伊勢太神宮式」で決められて以来、千年以上守り通されてきた定めです。

君、いい加減なことを言うな、内宮も外宮も白い敷布が敷いてあって、そこにはおさい銭があっただろうという方もいると思います。あれは伊勢神宮の決まりを知らないで、お賽銭を投げ込む人が後を絶たないので、お金が地面に接触して聖域が穢れてしまうのを防ぐために敷いてある「防御装置」的なものです。 けして賽銭箱の代わりではありません。

さらに言えば、以前は「内宮」に民衆が参拝することすら認められていませんでした。「内宮」は天皇のみが参詣を許される聖域であって、朝廷の許しを得た将軍などの高官が特別に参詣を許されたに過ぎませんでした。江戸時代に流行した「お伊勢参り」は「外宮」に参詣することであって、けして「内宮」に参ることではありませんでした。

では、その「外宮」とは何?というと、「外宮」は元々から伊勢・山田の地にあった地元の神社でした。その近くへ、7世紀後半になって大和朝廷がやってきて、伊勢に設けたのが「内宮」です。つまり「内宮」は創設時から天皇家専用の神社だったのです。その「内宮」を日本全体の鎮守と敬ったのが武士達でした。そんな武士集団による喜捨で伊勢神宮は栄えましたが、中世の後期に戦乱が続くと、伊勢神宮も衰微してしまいます。その際に「外宮」と「内宮」が一丸になって立て直しを図った事から一体化されてしまっているに過ぎません。


ですから、参詣の時間が無い時には「内宮」だけを参る(ただし国の安寧を祈る場合ですが)だけでも構いません。なお、歴代総理は、外宮、内宮の順に参拝します。

さて、日本書紀によれば、雄略大王の時代から王女が「伊勢大神」の祠に侍する慣行があったようです。これを「斎王」といいます。以後、代々天皇家の王女が斎王を務めてきました。現在だったら、元紀宮様が斎王になっていたことでしょう。 しかし、歴代の天皇は伊勢神宮に参拝しては来ませんでした。伊勢神宮を最初に参拝した天皇は、実は明治天皇なのです。以後は今上天皇に至るまで、参詣は繰り返し行われています。

その理由には諸説があるのですが、定説とされているのは祭神を変えてしまったためというものです。伊勢神宮に元々祭られていたのは、イザナギ・イザナミ神および弟の月読(つくよみ)神でした。ところが、大海人皇子(後の天武天皇)が「天照大神」を神宮に祭神として拝しました。この際に、後に祟りが起きてしまい、そのことを歴代天皇が忌み嫌ったからだと言われています。早い話、参詣した天皇の治世に大災害が起きてしまうと、参詣した天皇に責任が生じるのを懼れたのでしょう。 なお、後に起きた災害とは、続日本紀によると、772年(宝亀3年)8月に伊勢湾台風級の台風が伊勢を襲い、大きな被害を出した事だと推測できます。ちなみに、天武天皇の治世は673年3月20日から686年10月1日まで。彼の治世では何も起きていません。実際に災害が起きたのは天武帝の死語100年後ことでした。 
「天照大神」を祭神に加えることは、「伊勢大神」からの移行ではなく、新しい神の創出にあたります。自然神の「日神」と、人格神である「天照大神」には大変な違いがあります。相容れない神を無理矢理合祀するということが、どうして起きたのか、それは今も謎なのです。

マッサン、広島に帰る

連続テレビ小説「マッサン」の第二章が年始から始まりました。

主人公のマッサンは、社命で北海道へウィスキーの行商に出掛けます。これが、後に余市にニッカウィスキーを興す事につながっていく契機となる布石的な部分です。

そんな最中に広島の実家に住む母親が危篤になったという知らせが妻からもたらされました。慌ててマッサンは広島へ向かうのですが・・・。

今なら、新千歳空港から広島空港への直行便があるので、これが最速での移動手段です。ただ物語の舞台となっている昭和8年あたりでは、飛行機利用はあり得ませんから、鉄道での移動になるのは確実です。我が家には、昭和5年の鉄道省編纂の時刻表(復刻版)がありますので、気になってダイヤを調べてみました。

(1日目)
・(504列車函館行き)余市発8:50 ~<倶知安・長万部経由>~ 函館16:10着
・(青函連絡船)函館発17:30 - 青森着22:00
・(104急行上野行き)青森発23:00発 ~ 上野着(翌)14:30

(2日目)
・(37列車豊橋行き)東京発15:00 ~ 豊橋着23:10

(3日目)
・(5急行下関行き)豊橋発02:48 ~ 広島着15:32

乗り換えの手間とかを省いた最速の接続で考えても、3日ほどは必要な事が判りました。これが意外に早いと捉えるか、やはり遅いのかと思うのかの判断は皆さんにお任せします。


さらに調べてみると、

・青森発13:00 ~ 大阪着(翌日)13:14 

という急行(502列車)があります。これは日本海沿いを秋田、新潟、富山、金沢、米原、京都、大阪と進む先代の特急「白鳥」(ただし湖西線が完成後は湖西線周り)の路線です。これに接続しようとすると、余市からは、こうなります。

・余市発11:15 ~ 函館着06:21 急行(402列車)
・函館発07:30 ~ 青森着12:00 青函連絡船

なお、大阪から広島に関しては、

・大阪発13::00 ~ 広島着23:21 (27列車)

があります。しかし、これに乗ったら、あんな昼間にマッサンの実家にはつけませんけどね。

次に運賃の話をしたいと思います。

・余市~上野 三等乗車券料金:10円63銭
・東京~広島 三等乗車券料金:8円37銭 
・急行料金 三等:1円 

マッサンが広島に帰郷するのに支払った運賃を合計すると21円位になるものと思われます。当時の1円(100銭)は、現在の1900円前後の価値だそうです。ということは、21円は現在の39,900円に相当すると思われます。意外にも現在の運賃と大差はないのに驚かされます。ただし、マッサンは年収4,000円(現在の760万円)。このくらいの運賃なら十分払えたのだと思います。

なお、当時の鉄道は、現在の普通座席である三等の他にも、グリーン車に相当する二等、貴族や華族専用の一等というランキングがありました。庶民でもお金を出せば二等に乗ることは出来ましたが、運賃は三等の2倍になります。寝台車は二等扱いのため、寝台料金も含めて庶民が利用できる代物ではありませんでした。なお一等の運賃は三等の3倍に設定されていました。


2014年3月24日 (月)

武人の本懐

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=2800276
「震災から3年が経過し、海上自衛隊の知られざるエピソードをまとめた著書『武人の本懐』(講談社)をこのたび出版しました。我々は将来も災害から逃れることはできません。そのためにも記録を残しておきたいと考えたからです。」
東日本大震災での海上自衛隊の活躍ぶりは、あまりマスコミで報じられてこなかったので、この本の出版を契機に少しは世間に知られるといいのですが。
一応海幕も、こういう資料は<a HREF="http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/tamokutekisen/2/pdf/shiryou01.pdf" target="_blank">公開</a>してるのですが、なにせ宣伝下手ですから。
教え子の数人は、被災地に派遣された護衛艦に乗り組んでいましたので、少しは話しを聞いています。とはいえ、アッと驚くような活躍ではなく、地味な仕事での頑張りです。そんな中で私には驚きだったのは水の問題でした。
護衛艦や民間船での生活用水は出港時に搭載する真水で賄います。船では清水(雑用水:風呂、洗濯、掃除などの生活用水)と飲料水(飲み水、調理用水)を別々のタンクに蓄えています。蒸気タービンエンジンの場合はボイラー用の水も必要です。
航海が長くなると真水タンクにある水が無くなっていきます。昔は、何処かの港に寄って水を補給する必要がありました。それでは航海に余計な時間が掛かります。そこで今時の船は造水機(船舶用造水装置)で真水を作ります。
海水から真水を造る方法には、海水を沸騰させ、その蒸気(湯気)を集めて冷やすことによって蒸留水を造っています。蒸留水は飲み水としては美味しくないので、そこに薬品(殺菌剤、ミネラル)を投入し、清水、飲料水として利用しています。この方法で無限に真水を補給することが出来るようになったのです。燃料補給が数年は必要のない原子力機関の場合は、無限に航海出来るに等しい能力を得ました。ただし、それ以外の機関の場合、造水機を使えば余計な燃料を消費してしまいます。これが唯一の欠点です。技術革新により最新鋭の造水装置では、逆浸透膜エレメントを利用して、海水を濾過し、真水を作る方式を採用している船もあるそうです。これだと発電機の電力を利用するだけなので、燃料の消費は抑えられます。
ところがです。被災地沿岸部の海面には、津波により多くの物が漂い、水質は最悪でした。それらの浮遊物を大量に吸い込んでしまう可能性もあって、救援にやってきた護衛艦の造水機が使えなかったそうです。同様に海水を使う各種冷却海水ポンプなどのは目詰まりが多発してしまい、機関員は漉し網(異物混入防止用の網)の掃除に忙殺されることになっていたと聞いています。
そうなると調理や入浴、洗濯、洗面など、水を使う生活用水を切り詰めていくしかありません。そして、それが限界になる日時を算出しておいて、司令部に補給を予め要請するなどしておかないと、一旦は何処かの港に戻らないといけなくなります。そうそう現場を離れられない(たくない)のですから、洋上での補給を希望するのですが、補給艦ですら捜索任務に従事している有様では、その補給が先になるのは確実と覚悟するほかありません。ひたすら水の節約に務めるしか有りません。つまり、顔を洗わず、髭も剃らず、パンツも履き替えず、海自の隊員達は汚神となって活動していたのです。しかも寝食を忘れて。

2013年10月17日 (木)

台風26号による伊豆大島への災害派遣状況

http://www.mod.go.jp/j/press/news/2013/10/16a.html
「防衛省は2013年10月16日、台風26号に伴い東京都大島町での行方不明者の捜索活動について、災害派遣を行うことを発表しました。東京都知事から、陸上自衛隊第1師団長へ災害派遣要請があり、これを受けて練馬の陸自第1普通科連隊、立川駐屯地の第1飛行隊と東部方面航空隊、相馬原駐屯地の第12ヘリコプター隊が対応します。」
台風26号の被害がもっとも酷かった伊豆大島の災害派遣に関しまして、現在判明している情報を書いておきます。
マスコミは大島町の町長が避難勧告を出すタイミングを失したことを責める様子ですが、実は町長は15日には島を離れておりました。翌日に出張先の島根県の隠岐の島から航空自衛隊差し回しの輸送機で島に戻って、災害への対応を始めています。この事実を報道しているマスコミは少なく、ただ当日不在だったことのみ伝えている場合が多いようです。公開情報を出来るだけ集めてみることも、今の時代大切なことだと思いました。
最後になりましたが一人でも多くの島民の皆様が救助されることをお祈りしております。

【16日(水)】
10時20分:東京都知事から第1師団長に対し、災害派遣要請。
11時28分:東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。
11時34分:東方航空隊のUH-1(1機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。
11時58分:第1普通科連隊のFAST-Force(人員約10名)がUH-60(1機)にて練馬駐屯地を離陸。 →12時40分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
12時28分:第1普連の捜索部隊(人員約40名)がUH-1(4機)にて練馬駐屯地を離陸。 →13時04分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
12時29分:第1師団の第1次増援部隊(第1普連の人員約30名、車両1両)がCH-47JA(2機)にて朝霞駐屯地を離陸。→13時18分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
13時50分:第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸。→15時00分現地到着後、3名の患者を収容して帰投。
15時10分:第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸。→15時30分現地到着後、2名の患者を収容して帰投。
15時12分:第3輸送航空隊のC-1(1機)が大島町長一行を輸送のため(隠岐の島(島根県)で開かれた会議のため15日から島を不在にしていた)美保基地を離陸。→隠岐の島経由で16時53分に大島空港到着。
17時04分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁機動隊派遣部隊(人員22名)、国交省のTEC-FORCE(人員2名)の人員空輸のため入間基地を離陸。→17時27分大島空港到着。
18時30分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が東京消防庁の派遣部隊(救助資機材積載車両2台、隊員21名)空輸のため入間基地を離陸。→18時53分大島空港到着。
19時25分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁機動隊増援部隊(人員47名)人員空輸のため、入間基地を離陸。→19時51分大島空港到着。
21時19分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が国土交通省のTEC-FORCE(人員5名)、消防応援部隊(第1派:人員19名)の人員空輸のため、入間基地を離陸。→21時47分大島空港到着。
21時30分:第1輸送隊の輸送艦(おおすみ)が広島湾から横須賀に向けて出発。→18日の午前中に横須賀基地到着予定。災害派遣活動を想定しての進出。
22時34分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第2派:人員1名、車両1両)人員等空輸のため、入間基地を離陸。→23時02分大島空港到着。
22時51分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第3派:人員1名、車両1両)人員等空輸のため、入間基地を離陸。→23時24分大島空港到着。
23時53分:第1師団の第2次増援部隊(第34普通科連隊の第1派:人員約10名、車両1両)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸。→17日00時17分到着。以降、行方不明者捜索活動を開始。

【17日(木)】
00時23分:第1師団の第2次増援部隊(第34普連の第2派:人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸。→:00時38分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
00時56分:第1師団の第2次増援部隊(第34普連の第3派:人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸。→01時14分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
03時26分:第1師団の第3次増援部隊(第34普連の第1派:人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸。→03時49分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
03時42分:第1師団の第3次増援部隊(第34普連の第2派:人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸。→04時15分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
04時16分:第1師団の第4次増援部隊(第1普連の人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸。→04時42分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
04時44分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第1派:人員7名)人員等空輸のため入間基地を離陸。→05時09分大島空港到着。
05時21分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第2派:人員2名、車両2両)人員等空輸のため入間基地を離陸。→05時49分大島空港到着。
07時48分:東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。→10時00分立川駐屯地帰着。
10時31分:第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の特科車両隊等(第1派:人員33名)人員空輸のため、入間基地を離陸。→11時01分大島空港到着。
(1)派遣部隊
(陸上自衛隊)
第1師団・第1普通科連隊(練馬)
第1師団・第34普通科連隊(板妻)
東部方面航空隊(立川)
第1師団・第1飛行隊(立川)
第12師団・第12ヘリコプター隊(相馬原)
(海上自衛隊)
第1輸送隊(呉)
第21航空群(館山)
(航空自衛隊)
第2輸送航空隊(入間)
第3輸送航空隊(美保)
(警視庁)
(東京消防庁)
(国土交通省)

(2)派遣規模
・自衛隊
人員:約270名(延べ約350名)
車両:2両(延べ3両)
航空機:6機(延べ22機)
・警視庁
人員:69名(自衛隊輸送分のみ)
・東京消防庁
人員:21名(自衛隊輸送分のみ)
車両4台
16日、東京消防庁ハイパーレスキュー隊27人を含む計41人を消防ヘリで派遣。
・緊急消防援助隊
人員:9名(自衛隊輸送分のみ)
車両2両
(注)
【FAST-Force (ファスト・フォース)】:災害発生時に被災地現場に駆けつける自衛隊の<strong>初動対処部隊</strong>に対する名称です。名称の由来は、自然災害等の発生時の初動(First)において、迅速に被害収集、人命救助(Action)及び自治体等への支援を実施(SupporT)する部隊(Force)の頭文字から名付けられました。自衛隊は、日本各地で発生する様々な自然災害に対して迅速に国民の生命と財産を守るための初動部隊を、全国各地の各駐屯(分屯)地・基地に従来から常駐させていましたが、その部隊に新たに名称が付与されたものです。
【TEC-FORCE】: 国交省の「緊急災害対策派遣隊」(Technical Emergency Control Force) の略称。国土交通省本省、国土技術政策総合研究所、国土地理院、地方支分部局(地方整備局、地方運輸局、地方航空局)、気象庁に設置されます。
具体的な任務は、
・「被災状況の迅速な把握」
・「被害の発生及び拡大の防止」
・「被災地の早期復旧」
などです。
派遣隊は国土技術政策総合研究所・地方整備局が担当する、
・「先遣班」
・「現地支援班」
・「情報通信班」
・「高度技術指導班」
・「被災状況調査班」
・「応急対策班」
地方運輸局が担当する、
・「輸送支援班」
国土地理院が担当する、
・「地理情報支援班」
気象庁が担当する、
・「気象・地象情報提供班」
で構成されています。なお機動力として地方整備局が保有する防災ヘリが運用されます。

2013年8月28日 (水)

分かったようなふりですか

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=2519898

「命名・進水式を来月行う海上自衛隊史上最大の新型護衛艦に関し、旧海軍を象徴する戦艦「長門(ながと)」の名を受け継がせる案が浮上していたことが分かった。護衛艦には旧海軍の艦艇名が付けられるケースが多いが「時代錯誤では」と懸念する声もある。長門は真珠湾攻撃で重要な役割を果たした連合艦隊旗艦として著名で国内外で波紋を呼ぶ可能性があることから防衛省内でも異論があり67年ぶりの「復活」は見送られた。海自の艦艇名は月や雨雪などの天象・気象や山岳河川地名などから命名しているがイージス艦「こんごう」のように旧海軍の艦艇名に使われたものも多い。既存のヘリ搭載型護衛艦「ひゅうが」と「いせ」は律令制に基づく旧国名にちなんだ航空戦艦の名を継いでいる。今回も部隊のアンケート結果や語感などを踏まえて選んだ案を防衛相が許可する形で命名するが大臣に提出する前の段階で「長門」が有力な数候補の中に残ったという。」

この記事を読んで、思わず笑っちゃいました。

まず、護衛艦の命名には規準があります。その基準内で、これまで命名されてきました。だから、護衛艦の名前には「中曽根康弘」とか、「伊藤博文」なんて名前は永遠につくこともないのです。記事にもあるように、護衛艦の名前に関しては、月や雨雪などの天象・気象や山岳・河川・地名などから命名されています。ただ、その命名に関して、一定の流れは創設以来の伝統としてあるのは確かです。

さて、護衛艦と一口に言いましても、その種類で分けることができます。


○DDH(ヘリ搭載型大型護衛艦):

・山の名前:「はるな」・「ひえい」・「しらね」・「くらま」
・旧国名:「ひゅうが」・「いせ」


○DDG(防空ミサイル護衛艦)

・風の名前:「あまつかぜ」・「たちかぜ」型・「はたかぜ」型
・山の名前:「こんごう」・「きりしま」・「みょうこう」・「ちょうかい」・「あたご」・「あしがら」


○DD(汎用護衛艦)

・月の名前:「あきづき」型
・雨の名前:「むらさめ」型
・雲の名前:「やまぐも」型・「みねぐも」型・「あおくも型」
・雪の名前:「はつゆき」型
・霧の名前:「あさぎり」型
・波の名前:「あやなみ」型・「たかなみ」型

DDHとDDGの項目も見て下さい。従来、山の名前を命名してきたDDHに旧国名が命名されるようになった布石は、イージス型DDGに山の名前をつけた事と無関係ではありません。天象・気象や山岳・河川という命名規準は既に使われてしまっている。また旧海軍の空母を想起させるような「ひりゅう」・「そうりゅう」はつけたくないし、それらは潜水艦の命名規準とされているから使えない。となると旧国名を使うというのは当然出てくる答えなのですけどね。もっとも旧海軍の空母で元々戦艦だったものを改造した「赤城」・「加賀」・「信濃」は命名されることはないでしょう。

イージス艦の1番艦が出来るとき、DDGは伝統として「かぜ」が命名される事から、「ゆきかぜ」となるのではという下馬評が多かったものです。「かぜ」シリーズでいってれば、こんな言い掛かりもつけられなかったのに・・・と思うのは私だけ?

マスコミがウダウダ云うのだったら、東北の旧国名をつけてやったらいいでしょうに。記事になっている新型護衛艦(「DDH」)は「ひゅうが」型の発展拡大タイプです。いわば改「ひゅうが」型。一番艦は「ひたち」、二番艦は「でわ」でどうでしょう。

エッ?「むつ」でも佳いのじゃないか?

「むつ」という名前のついた戦艦は謎の爆沈をした「陸奥」があり、日本発の原子力実験船も「むつ」でしたが放射能漏れ事故を起こして廃船になった経緯がありまして、縁起を担ぐ船乗りとしては、この名前はつけ難いでしょうね。だからパスされると思いますよ。

この記事を書いた記者さんは、他にも「(改「ひゅうが」型は)全長は51メートル長い248メートル、幅は5メートル長い38メートルで、基準排水量は1.4倍の1万9500トン。全長は世界最大・最強と称された戦艦「大和」の263メートルに迫り、ヘリ9機を同時運用できる。」と書いています。戦艦「大和」と同じ長さだと隣国や周辺国に脅威を与えるのでしょうか?戦艦「大和」を越える長さの護衛艦を建造してはならないとでもいうのでしょうか?

下らない教養は捨てて、ちゃんと海上防衛のために、どんな護衛艦を建造するのが相応しいのかを論じて欲しいものです。例えば記事にある「他艦への給油や医療の設備もあり離島奪還作戦などの中枢と目されるほか災害救援の拠点も担う。」というのは、実は大事な項目なのですけれど。

最後に閑話休題をひとつ。

海自の補給艦には湖の名前がつけられています。昔々、海幕に「のじり」さんという偉い人がいました。ご自分のところに新造される補給艦の名前候補が回ってきたので見てみると、候補の中に「のじり」があったそうです。あとでめざといマスコミに揚げ足を取られないように、その名前を外したとか聞いています。

 

2013年8月25日 (日)

遅すぎた

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2517119

「社民党の福島党首は25日の常任幹事会で、参院選敗北の責任を取り、辞任する意向を表明した。」

そもそも福島瑞穂党首は、2003年に社民党が第43回衆議院議員総選挙で大敗し、党首の土井たか子が引責辞任をした後、後任の党首に指名されたのでした。その後の選挙の結果は下の通りなのですが、党勢を盛り返せたとはいえず、社民党の衰退を止められずに長らく党首を務めた(2003年11月15日~2014年1月20日で5期目の任期満了)訳ですから、今更ですが遅すぎたと思います。ご本人も以前から辞めたがっていたのですが、社民党の議員で誰もが名前を云えるのは彼女だけという状態では、他に人がいないという皮肉な話しになっているのでしょう。慰留があったそうです。しかし、流石に今回は退任も仕方なしというところでしょうか。

<衆議院>

*第41回総選挙前には30人
第41回総選挙:15人
第42回総選挙:19人
第43回総選挙:6人
第44回総選挙:7人
第45回総選挙:7人
第46回総選挙:2人


<参議院>
*第18回通常選挙前には20人
第18回通常選挙:5人
第19回通常選挙:3人
第20回通常選挙:2人
第21回通常選挙:2人
第22回通常選挙:2人


ということで、社会民主党の国会議員は2013年7月現在、衆議院議員2名、参議院議員3名の計5名。皆さん、福島党首以外の名前を云えますでしょうか?

衆議院議員
・小選挙区:照屋寛徳(沖縄2区)
・比例区:吉川元(比例九州)

参議院議員
2019年改選:又市征治(比例代表)
2016年改選:福島瑞穂(比例代表)・吉田忠智(比例代表)

辻元清美(現民主党)という後継者に逃げられ、次の党首はと云われても、名前が少しは知られているのは、又市征治(幹事長)か照屋寛徳(院内総務会長兼国会対策委員長)ぐらいでは。

しかし辻元清美は所属する政党を必ず傾かせる疫病神だね。次は共産党に鞍替えして欲しいぞ!

さて、福島党首の辞任表明に敬意を表して瑞穂ちゃんの名言(迷言)を少しご紹介します。


○2001年の参議院予算委員会:海上自衛隊インド洋派遣の質疑で、中谷元防衛庁長官に対し「よくわからないんですね。そこ(アラビア海)でB52が、実際に艦船から飛び立ち、攻撃をするわけです。直接に攻撃をするわけです。ですから、そこは相手方から見て十分攻撃される場所ですから、アメリカは戦闘地域と考えているわけです。日本がいつまでも、日本は戦闘地域と考えないと日本だけが言って、だから自衛隊は行けるのだとすることは極めて問題だと思います」と述べた。実際B-52H(1960年から運用中)は戦略爆撃機で、全長48.5m、全幅56.4m、離陸距離2,900mであり、艦載機として艦船から発艦するのは不可能。=軍事を批判する割に軍事音痴なのが可愛い!

○2005年の衆議院予算委員会で「生涯賃金が5200万円しかないということはマンションも買えないということです。 子供を一人育てるのに2400万円以上かかると言われています。少子化と言われますが、心構えの問題ではなく、 5200万円しか生涯賃金がない中で2400百万円は、少なくても子供にかかる。どうやって子育てができるのか。 これは明らかに政治の責任。これをどう解決するかについてどうするのか」と発言。これに対し、自民党議員からは「マンション買いたいなら働かなくちゃ」 「フリーでいたいからフリーターなんだろ」 「そんなの政治の責任じゃないよ」 とヤジが飛んだ。=支離滅裂な論理が東大法学部卒・司法試験合格の弁護士の論理構成だと思うとキュート。

○2005年の第44回衆議院議員総選挙で自民党が大勝した前後において、「郵政よりも大切な問題がある」「国民は全ての問題で自民党を支持したわけではない」との旨の、国民は「郵政民営化」についての限定的な政策について、自民党を支持したとする意見を表明した。自民党内において新総裁・新内閣が誕生した際に記者会見や党・個人のHPにおいて「極めて古い自民党内閣」・「いくら総裁が代わっても政権が変わらなければ意味はない」との旨の意見を発表したことがある。福田康夫内閣発足の際は「民意を得ていない」と批判した。 安倍内閣については「僕ちゃんの投げ出し内閣」、またその政治手法について「僕ちゃんの僕ちゃんによる僕ちゃんのための政治」と形容した。福田康夫内閣については「国民投げ捨て内閣」と評した。また麻生太郎首相を「国民の苦しみから最も対極にいる雲の上首相」と批判した。自身の政党観について2005年8月21日付けの自身のブログ福島みずほのどきどき日記にて、「自民党と民主党はカレーライスかライスカレーかの違いでしかなく、私たちの社民党はオムライスであり、カレーライスでもライスカレーでもないのだ」と語っている。しかし一方で、2004年7月8日、札幌市内における記者会見では「自民党への批判票が 民主党に流れるのを止めたい。地方の民主党の人たちは有事立法に反対と言っており、なぜ、社民党に来ないのかと不思議に思う 民主党(の表皮)をはげば考え方は社民党だ。何としても、これをはぎたい」と語っていた。=云ってること自体が支離滅裂なんだけど。

○2008年11月19日、元厚生事務次官宅連続襲撃事件について事件発生後の会見で、行為を肯定するものではないとしながらも、「ここまで追い詰めた政府の責任は厳然と存在する」と述べた。=自分が殺されてもそういえたら、貴方も憲政史に残る政治家になれるぞ!

○2009年12月3日、普天間基地移設問題について、「もしも、辺野古の沿岸部に海上基地をつくるという決定をこの(鳩山)内閣が行った場合には、社民党としても私としても、重大な決意をしなければならない」と述べ、辺野古への移設が決まった場合の連立政権離脱を示唆した。

○2009年3月26日の参院予算委員会において、2009年3月よりの北朝鮮のミサイル発射問題に関して弾道ミサイルが日本領内に落下した場合にこれを迎撃する日本政府の方針を批判した。中曽根弘文外務大臣、浜田靖一防衛大臣から理解を求める答弁がされたが、これに対しても福島は「当たらない場合は国益を侵害し、当たった場合でも単なる人工衛星だったらどうなるのか」と迎撃批判を続けた[1]。4月4日、政府の北朝鮮ミサイル発射の誤報に際し、「間違ってミサイル防衛で迎撃していたら先制攻撃にもなりかねなかった」と、先制攻撃が起こった可能性を主張した。=選挙区に北朝鮮のミサイルが落ちて死傷が出ていたら、政府はなにをやっていたのかと批判する融通無下さが社会主義運動家の論理だよね。

○2010年1月12日、東京都内で開かれた、在日本大韓民国民団(民団)中央本部の新年会で、「社民党も先頭に立って(永住外国人に地方参政権(選挙権)を付与する法案を)一緒に成立させたい」と発言した。同年4月17日、石原慎太郎が「与党の党首や幹部は帰化した人の子孫が多い」と発言したことに対し、福島はこれを自身への発言と捉え、同4月19日の記者会見において帰化した朝鮮人ではないと否定し、名誉毀損だとして発言の撤回を求めた。=この発言をせずに無視を決め込んだら在日帰化人説は出てこなかったろうに。

○2010年5月28日、普天間基地を辺野古へ移設するとした政府方針への署名を拒否し、大臣を罷免された。後の記者会見では「社民党、私は沖縄を裏切ることはできない。沖縄の人たちにこれ以上の負担を押し付けることに加担できない。署名はできない」と述べた。また「私を罷免することは、沖縄を切り捨てることだ。国民を裏切ることだ」と指摘した。同30日、政権離脱を決定し、その理由として「辺野古の沖に造らないということを国民の皆さん、沖縄の皆さんに約束してきた社民党としては、自分たちの言葉に責任を持つ政治をしっかりやっていかなければならないと考えた」と述べた。=こんなに筋を通したのに社民党は今や支持されない政党になったのは誰が悪いの?

○2010年11月1日、 尖閣諸島中国漁船衝突事件で海上保安庁が撮影したビデオ映像を視聴した後、「車が道路でちょっとコツンとぶつかるような、あてて逃げるという映像だ。(挑発行為は)離れてるし、分からなかった。反日デモがエスカレートしている状況だ。国民に公開することは慎重であるべき」との考えを示した。=ご自分のお車が追突されても、そう云えるのか聞いてみたい。

○2012年11月2日、参議院緊急質問において「復興予算が被災地以外で使われていることに、被災者が激怒しています。当然です」と発言。しかしその後、2011年6月から当該発言のあった同年11月にかけて、全額公費助成で実施されていた社民党本部の耐震診断の一部に復興予算が流用されていたことが明らかになった。この公費助成は、東日本大震災以後、拡充され復興予算の一部が当てられたが、その根拠法である東日本大震災復興基本法(2011年6月施行)は福島自身を含む社民党所属国会議員全員と与野党の賛成多数で可決成立した物である。同法では、その目的を、東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする(法1条)と明記しており、いわゆる復興予算が復興だけに使われる物ではないことが示されている。なお、発覚から5日後、又市征治幹事長は「違法ではないが好ましくない」として、復興予算相当分の280万円を被災地に寄付することを表明した。 =人間誰でも表の顔と裏の顔がありますよね。

○2013年5月14日、社民党党首として橋下徹・日本維新の会代表の従軍「慰安婦」必要発言についての談話を表明した。その中で、かつて、従軍「慰安婦」はいなかった、従軍「慰安婦」制度はなかった、狭義の強制性はなかったなどと隠蔽発言して糾弾された保守政治家はいたが、従軍「慰安婦」制度自体を必要だったと肯定する発言は聞いたことがない。軍規律維持に慰安婦制度が必要ということは、当時の日本軍は戦地で暴行をするような軍隊だったと認めたに等しい。として強く反発した。=いゃ、どっちも悪いと思うぞ!

2013年8月24日 (土)

大阪の地下鉄になぜか多い長い駅名のナゾ

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=95&from=diary&id=2514090

「大阪市営地下鉄にみられる特徴のひとつに、「長い駅名が多い」という点が挙げられる。日本一長い駅名があるというわけではないが、少なくとも誰もが一見して「長い駅名だなぁ」と感じるものがやたらと多く存在する。」

大阪や京都界隈は歴史が2000年はありますから、そんな歴史に裏打ちされた地名も沢山あります。以下はその一例です。大阪に住んでいる人は、どれも何を今更なのですが、余所者には全く読めない地名もあるのではと思います。

大開(おおひらき)- 大阪市福島区
夢洲(ゆめしま)- 大阪市此花区
立売堀(いたちぼり)- 大阪市西区
靱(うつぼ) - 大阪市西区
波除(なみよけ)- 大阪市港区
伶人町(れいにんちょう)- 大阪市天王寺区
浪速(なにわ)- 大阪市浪速区
御幣島(みてじま)- 大阪市西淀川区
柴島(くにじま)- 大阪市東淀川区
大桐(だいどう)- 大阪市東淀川区
新喜多(しぎた)- 大阪市城東区、東大阪市
鴫野(しぎの)- 大阪市城東区
放出(はなてん)- 大阪市城東区、鶴見区
河堀口(こぼれぐち)- 大阪市阿倍野区
我孫子(あびこ)- 大阪市住吉区、泉大津市
遠里小野(おりおの)- 大阪市住吉区、堺市堺区
依羅(よさみ)- 大阪市住吉区
千躰(せんたい)- 大阪市住吉区
杭全(くまた)- 大阪市東住吉区
住道矢田(すんじやた)- 大阪市東住吉区
百済(くだら)- 大阪市東住吉区
楠珺社(なんくんしゃ)- 大阪市住吉区
聖天下(しょうてんした)- 大阪市西成区
天下茶屋(てんがちゃや)- 大阪市西成区
十三(じゅうそう)- 大阪市淀川区
新高(にいたか)- 大阪市淀川区
茨田大宮(まったおおみや)- 大阪市鶴見区※昔はまんだおおみやと読んだ。
安立(あんりゅう)- 大阪市住之江区
瓜破(うりわり)- 大阪市平野区
喜連(きれ)- 大阪市平野区
加美鞍作(かみくらつくり)-大阪市平野区
天満(てんま)- 大阪市北区
兎我野町(とがのちょう)- 大阪市北区
長柄(ながら)- 大阪市北区
浪花町(なにわちょう)- 大阪市北区
道修町(どしょうまち)- 大阪市中央区
丼池(どぶいけ)- 大阪市中央区



これ以外にもまず読めないのが「高龗(たかおがみ) - 貝塚市」でしょう。「龗」の字を拡大すると、こういう風になります。



この字を何と読むかというと「おかみ」と読みます。「龍」という字の原型はこの字だと云われています。元々中国から入ってきたのですが、その際に雨の神様・水の神様という風に伝わった為に、元々の日本の水神だった「淤加美神(おかみのかみ)」を現す文字とされるようになり、日本書紀では「高龗神((たかおかみのかみ)」と表記されています。ちなみに古事記では「闇淤加美神(くらおかみのかみ)」と書かれています。火の神カグツチ(火之夜藝速男神(ひのやぎはやを))を産んだイザナミが陰部を火傷して死んでしまい、激怒したイザナギがカグツチを切り捨てた剣の柄から滴った血から生じた神とされています。同じく水神の「罔象女神(みづはのめのかみ)」は、そのとき死んだイザナミの尿から生じた神です。

「高龗神((たかおかみのかみ)」と「罔象女神(みづはのめのかみ)」は混同されていたり、共に祭神となっていたりするので、覚えて於いて損はありません。

水は水田で米を作る我が国では必要不可欠なものです。湧き水も豊かな我が国ですが、雨水も大切です。その雨水をもたらす神が「龗」です。龍は雷の稲妻を想起させ、龍を見れば雨が降ると信じていた時代もありました。そのため御祭神として祀られている神社は多く、有名なのは京都の「貴船神社」などがあります。貴船神社の総本社は「大和(おおやまと)神社」の摂社「高龗神社」であるのは当然です。治水を祈願することから九頭龍信仰と同一見されることがあり、「九頭神社」「戸隠神社」の御祭神であることも多いです。また神仏習合で真言密教と結びついたことで、善女龍王と紐づけられて「善女龍王社」や「龍王社」といった扁額が掲げられている神社もあるので、注意して見てみましょう。

話しは遠回りしましたが、貝塚市にも「高龗神社」があるのは書くまでもありません。

○全国初、2つの地名が合体した「西中島南方」

大阪地下鉄のメインラインとなる御堂筋線には、「西中島南方(にしなかじまみなみがた)」駅という、仮名表記で11文字にもなる駅名がある。新幹線・新大阪駅の近くにあり、2つの方角が混在しているような駅名を奇異に感じる人もいるようだ。この駅は阪急電車の「南方(みなみかた)」駅と連絡しており、最初はこの御堂筋線の方も「南方」駅となる予定だった。しかし、実際の駅の所在地が西中島町内であったため、「西中島」駅と「南方」駅、2つの駅名候補で論争が起こる。そして最終的に、どちらの主張も立てる形で両方を合わせた「西中島南方」駅に決定。これは、全国で初めて2つの地名を合体させた駅名と言われている。

○「四天王寺前」と「夕陽ケ丘」の争い

大阪の地下鉄駅名の中で、漢字表記・仮名表記どちらにおいても最も長いのが「四天王寺前夕陽ヶ丘(してんのうじまえゆうひがおか)」駅。谷町線という路線にある駅だ。この駅は地上で見ると夕陽丘町に接する場所に位置しており、当初はその町名をとって「夕陽ヶ丘」駅と命名される予定であった。しかし、駅からほど近いところに、かの聖徳太子が建立した四天王寺という寺院がある。四天王寺と言えば日本最古の本格的仏教寺院として、日本史の教科書にも必ず登場する歴史的建造物だ。そこで、全国から参詣者が集まるこの名所を駅名にするべきではないかという意見が浮上し、開業直前に「四天王寺前」駅という名前が最有力候補となった。ところが、「夕陽丘」を駅名に推す地元住民からの強い反発があり、結局「四天王寺前(夕陽ヶ丘)」と表記することに決定。社内アナウンスも「してんのうじまえ・ゆうひがおか」と呼んでいた。そして年月は流れて平成11年(1999)。同じ大阪市営地下鉄の別路線に「大阪ドーム前千代崎(現在はドーム前千代崎)」という駅が開業し、切符などに文字数の多い駅名が記載できるようシステムが改良される。これを機に「四天王寺前(夕陽ヶ丘)」のカッコが外され、「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅が正式名称となった。28年にも及ぶ地元住民の念願がついにかなったわけだ。「夕陽ヶ丘」なんて新興住宅地などによくある名前に、なぜそこまでこだわるのか?と疑問に思うかもしれないが、この大阪市天王寺区の夕陽丘はそれらとはちょっとわけが違う。中世の頃までの大阪湾は、現在の天王寺区を含む上町台地のすぐ西側まで海が迫っており、この夕陽丘の辺りは大阪湾に沈む夕日を眺める絶好のビューポイントだった。新古今和歌集の撰者のひとりでもある鎌倉時代初期の歌人・藤原家隆は晩年をこの地で過ごし、その住居を「夕陽庵(せきようあん)」と呼んだ。これが夕陽丘という地名の由来と言われており、また、幕末の国学者・伊達宗広も、藤原家隆に倣(なら)って住居を構えたこの地を「夕日岡(ゆうひのおか)」と命名している。いわば日本における元祖“夕日の見える丘”という歴史を持っており、それゆえ「そんな由緒ある地名を外して、少し離れた四天王寺を駅名にするとは何事か!」と地元住民は憤慨したのだ。

○2つの地域の言い分を尊重した苦肉の策

地下鉄は幹線道路の地下に敷かれることが多く、したがって隣接する町や区の境に駅が位置することが多い。大阪市営地下鉄は、先述の「四天王寺前夕陽ケ丘」駅の駅名論争があって以降、2つの地名を合体させて両地域住民を満足させる手法を多く取るようになり、その結果、こうした駅名が多くなっているわけだ。ただでさえ難読地名の多い大阪において、こうした2つの地名合成の駅名が多いことに、「地下鉄の駅名も分かりづらいものが多い」という声はもちろん沢山ある。

*「関目高殿(せきめたかどの)駅」

「関目」駅として開業。しかし、地元自治会の要望によって「関目(高殿)」駅と表記され、車内アナウンスでも「関目・高殿」呼ばれるようになる。そして平成9年(1997)、「関目高殿」駅が正式名称になった。「四天王寺前夕陽ケ丘」駅パターンの前例とも言えるが、同駅のような長期間の論争にはなっていない。

*「千林大宮(せんばやしおおみや)駅」

開業前は駅の東側が森小路町、西側が大宮町であったが、住居標示変更で森小路の一部が千林となったため、「千林大宮」駅として開業。ただし、駅の大部分は森小路に含まれており、駅の所在地も森小路2丁目となっているのだが、不思議と森小路側からの反対はなかったよう。

*「太子橋今市(たいしばしいまいち)駅」

もともと2つあった市電の停留所「太子橋」と「今市」を統合して誕生。

*「駒川中野(こまがわなかの)駅」

南海平野線(現在は廃線)の駒川町駅と中野駅の中間地点に位置し、計画時は「駒川」駅の予定だった。しかし、中野側から反対意見が出たため、2つを合体した。



私は昔昔、大阪工業大学の付属高校で教えてましたので、谷町線には随分お世話になりました。関目高殿や千林大宮もよく知っています。また、阪急の上新庄からバスで通うこともあって、太子橋今市にも土地勘があります。さらに自分が通学していた高校は夕陽丘の近くだし、教えに云っていた予備校は西中島南方の近くと、何だか自分のテリトリーの話しのように記事を読んでしまいました。

    2013年8月23日 (金)

    この国の敬意のあり方

    「クローズアップ現代」を見ていて、アッと思ったのが、安倍総理がNHKの日曜討論のスタジオに入ってきた場面。日本国の総理が会場入りしているのに、他党の党首や代表は誰も立たない。立ったのは司会者だけ。驚いたことに公明党の山口代表ですら立っていない。

    この国の総理大臣は憲政上最高位に位置するのに、それを判りきっている筈の国会議員がこの態度。これで道徳がどうとか、教育がどうとか云えないのじゃないのと思ってしまった。敬意というのは形式的な意味もあるけれど、それを国民の代表であり、自らを選良を称する立場であることを、彼等は本当に理解していないと言うのが、この行為から透けて見えてくる。

    テレビドラマを例にするの恐縮だが、米国のNBCで1999年から2006年にかけて放送された『ザ・ホワイトハウス』(原題:「The West Wing」)のある回での出来事。ホワイトハウス内で行われた何かのパーティーに突然バートレット大統領が飛び入りでやってくる。会場にいた全員が立ち上がり大統領を迎えたのだが、ある女性のテレビキャスターだけは座っている。リベラルな発言で有名なそのキャスターは、皆の話題の中心。しかし大統領が立って皆と談笑しているのに、彼女は相変わらず座ったまま。彼女の元にやって来た大統領は、皮肉たっぷりに彼女の不作法を叱りつける。会場の誰もがその通りという雰囲気に押されて、彼女は渋々立って大統領に敬意を示すことに。

    総理に敬意を示せない政党の代表達は、結局は党員や党友に尊敬されるのだろうか?

    変な平等主義がまかり通り、権威にふざけた態度で接するのが格好いいという子供のような倫理で構わないと云う連中が、国民の代表?

    笑わせるんじゃない!と思ったね。

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